第831話 女神の仕事も楽じゃない
魔王城攻略の最中。
長く緊張状態だった僕達は疲労を感じて休息を取ることを提案して少しの間休むことになった。僕達が休憩している間はカレンさんとサクラちゃんが見張りを行い、今は僕と姉さんが二人で見張りをしていた。
「……最初は私とレイくんの二人だけの旅だったけど、随分と大所帯になったわね」
「だね。異世界に来た時は、まだ女神様だった姉さんと、親離れも出来てないもやしっ子の僕の二人だった」
自分で言うのもなんだが、異世界に転生したばかりの頃の僕は全く頼りにならなかった。
「それがいつの間にか勇者一行とか呼ばれるようになって、魔王討伐なんてするようになるなんてなぁ……」
「本当にそうね……でも、これじゃあフローネ様の思惑通りになってちょっと気に入らないわ」
フローネ様というのは、女神様時代の頃の姉さんの先輩女神様だ。僕は会ったことないが、元々そのフローネって女神様の指示でこの世界に転生者を送り込んでいたらしいのだが……。
「姉さん、今更だけどさ」
「ん?」
「最初、僕に巻き込まれる形で姉さんが異世界に付いてきちゃったわけだけど、あれってわざとだったの?」
「わざとよ」
……あっさり告白するなぁ。
「あなたが交通事故で死んでしまった時は、あなたのご両親と同じくらい私も悲しんだものよ。
でも死んだという事は、転生の為に私の仕事場に魂が送られるという事。あなたが死んだ事を知った時は何も考えられないくらいに気持ちが沈んでたのだけど、ふとチャンスだと思ったわ」
「チャンス?」
「うん。……実は私、女神様の仕事に限界を感じてて、正直この役目を降りたいと思ってたのよね。フローネ様は私があなたの事をずっと気遣ってた事を知ってたから、私があなたの橋渡しを担当したいと言ったらすぐに受け入れてくれた。
あなたを担当できると決まってから、私はすぐに作戦を考えたのよ。あなたを異世界に送った時に『事故』として巻き込まれてしまえば、もしかしたら女神の仕事から遠ざかることが出来るかも……って」
「……あの時、異世界に来た時の姉さんが一言目が『私も一緒に転移しちゃったみたい!』だったのは……」
「迫真の演技だったでしょ?」
「……物凄い棒読みだった気がするんだけどね。 いや、まぁその時は完璧に騙されてけど……」
当時の自分は、異世界という見知らぬ世界に来たことの不安と、自分が死んでしまった事での動揺とか色々な感情がぐちゃぐちゃになってたらそこまで頭が回らなかった。 むしろ姉さんが付いて来てくれた事で安心してたくらいだ。しばらくは一人ぼっちじゃなくて済むって……。
「まぁ事情は分かったよ。でも、その後女神様辞めちゃって大丈夫だったの?」
「全然大丈夫じゃないわ。物凄くフローネ様に怒られたもの。その後、何とか説得出来たから良かったけど、もしまた顔を合わせることになったら私は速攻で逃げるつもりよ」
「元上司に怒られるのって嫌な感じだね」
「仕方ないわよ。女神様って結構ブラックなの。一度なっちゃうと主神様の元にお仕えして一生働かされるのよ。ワ○ミもビックリなくらいに労働時間も過酷で安月給なの」
現実にありそうな会社名を例に出すのは色々危険だから止めてほしい。
「僕、女神様の事全然知らないから分からないけど……そんなに嫌な仕事なの?」
「そうねー。日本の時刻で朝四時に起きたら主神様の部屋に行って挨拶を行い、その後主神様を称える歌を歌いながら30分くらい踊り続けるとか、主神様に言伝された仕事をやるとか……朝の時点で相当過酷よ。
その後に、自分が担当してる世界の様子を雑に監視して、問題がありそうなら同じ担当の女神と相談して対策を考えて、それを文面に纏めて主神様に提出して許可を取るの。
許可を取れなったら少し時間を置いて文面を微妙に変えて再提出。とにかく許可が出るまで粘って、その間も事故や病気で亡くなった人達がバンバカ出てくるからその人達をリストアップして面接。場合によってはご飯を食べる暇すらない位に重労働よ」
「め、面接……」
天上の世界ってもっと煌びやかで厳かなものだと思ってたのだけど、姉さんの言い方だとあんまり変わらないんだろうか。
「あ、面接ってのはレイくんが来た時と同じような感じよ?
このまま輪廻の輪に戻って再び長い時間を置いて転生するか、レイくんみたいに別の世界に生まれ直すかとかを話し合うの。
ただ、悪人はすぐに転生は出来ずに罪を洗い流すまで地獄で労働をする事になるけど。いうまでもなく地獄はブラックよ。全身を炎で焼かれながら自分の罪を悔いて反省を促して、それが終わったら10年くらい無休で毎日20時間労働を繰り返すの。労働の内容知りたい?」
「いえ、結構です」
とりあえず地獄が地獄なのはよく分かった。自分の想像する地獄とは別の意味で。
「ちなみにレイくんは私の推しだったから凄く贔屓されてたのよ? 仮に異世界に行かなくても、転生する前の間は天国でゆっくりさせて貰えて、その後は高待遇な状態で転生出来る予定だったんだから」
「推し?」
「うん。大企業のご子息として生まれて、少なくともお金で苦労するようなことにはならなかったと思うわ。まぁ、レイくんは転生を選んだからそうはならなかったのだけど」
「………」
もしかして、この世界に転生したのは実は損な選択だった可能性が……?
「……ま、まぁ……皆と出会えたし、僕として良い選択だったということで……」
「……ふふ、こんな綺麗な女神様を自分の姉に出来たんだから、そう思ってくれないと割に合わないものね?」
「姉さんは女神じゃなくなったけどね」
「……レイくんの意地悪っ」
そう言って拗ねたような態度を見せる姉さん。
「……で、何がフローネ様の思惑通りだったの?」
「結局、レイくんが世界の危機を救う方向で動いちゃったこと。私的には、世界の危機なんか無視してずっとレイくんとイチャラブ……じゃない、平穏な生活を送る予定だったわけなのにね」
「ああ……元々危機に瀕した世界を打開する為に異世界に人を送り込んでたって話だもんね」
イチャラブがどうとか言ってたのは聞かなかったことにしておく。
「結局、世界の危機って魔王のことだったの?」
「多分ね」
「……っていうか、今まで気にしたことなかったけど、僕とルナ以外にも他にも転生者っているはずなんだよね」
「居るはずよ。でもその人達はレイくん達のような選択をせずにこの世界に帰化してしまったか、志半ばで死んでしまったかのどっちかよ。だから、レイくんとルナちゃん以外に会ったことはないわね」
「もし生きてるならどういう生活を送ってるんだろうね?」
「さぁね……。ごく普通の冒険者として毎日過ごしているか、とっとと結婚して二度目の人生を謳歌してるかのどっちかでしょ」
「(僕も出来ればそうしたかったなぁ……)」
この世界の神様のミリク様の目に留まったのがいけなかったのだろうか。受け入れちゃった僕が全面的に悪いのは自覚してるのだけど……。
「……って、ちょっと話し込んじゃったね」
「そうね。皆も十分休憩しただろうし、そろそろ戻りましょう。いい加減、魔王討伐なんてさっさと終わらせたいし」
「(皆の中では、魔王討伐って短期で終わらせてピクニックに行きたいくらいな感覚なんだろうか……)」
僕はまた魔王と戦うと考えると手が震えてしまいそうなんだけど、皆がそこまで気楽に考えているのが不思議でならない。
グラン陛下は王宮の騎士達も、この戦いに全てを賭けているくらいには魔王を恐れていた。恐ろしい力を持つ魔王を、僕達はピクニック感覚で倒そうとしているのだ。
「(いや……ピクニック感覚って……もうちょっと別の例えは無いものだろうか……)」
僕は自分の考えを改めると共に、皆の認識の違いに頭を悩ませるのだった。
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