第830話 ○○の色

 まんまと罠に嵌められた僕達だったが、幸いにして全員が無事に脱出し、魔王城の奥へと進むのだった。

 

 魔王城の中には他の冒険者達の姿もちらほら見掛けて怪我をしている人も多かったので、姉さんが辻ヒールで回復させながら奥へと進んでいく。


 当然魔物達もわんさか沸いており、魔物達がひっきりなしに襲い掛かってくる。


 襲い掛かってくる魔物は魔物の系統でも上位種ばかりで強敵ではあったものの、ここまで来て流石に苦戦することは無かった。


 ルナとノルンだけはあまり戦闘に慣れていないので、僕達がカバーしつつ彼女達が上手く動けるように連携を取る。


 そうやって戦いを繰り返しながら1時間ほど経過した頃―――


 戦闘そのものはさほど苦戦する事はなく比較的余裕ではあったのだが、罠に嵌って散々歩き回り今もずっと走り回ってる現状で疲れが無いわけがない。


 僕はそう思い、敵の姿が見掛けないタイミングで皆に声を掛ける。


「……皆、疲れてない? そろそろ休憩しよう……ね、姉さん?」


「……そうね、ずっと歩き続けて疲れているでしょうし、折角お弁当作ってきたわけだから、この辺りで休憩しましょっか♪」


 姉さんが僕の言葉に気を利かせて荷物からお弁当を取り出す。


「……私もちょっと仮眠を取りたいわ」


「いや、魔王城で仮眠って……ノルンらしいですけど……」


 ノルンの一言に呆れたようで感心した声を出すエミリア。


「では、わたくし達も準備をしましょうか。ルナ様」


「うん! ……準備って何するの?」


「そうでございますね。まず魔物が近くに居た場合、とりあえず屠っておいて安全を確保。その後、火を焚く為に燃える物を集めリラックスできる環境を作るといった流れでございます。

 キャンプの為の飯ごうやテントを用意してあればそれも組み立てることになりますが、今回は流石に用意しておりませんね……」


「敵の本拠地でそれやるの? ねぇ、サクライくん?」


「そうでございますよね、レイ様?」


「うん、信じられないかもしれないけど、冒険者にとってはこれが普通なんだよ。流石に魔王城でやるとは思わなかったけど」


 ルナがレベッカに野営のやり方を聞いていたのだが、困惑したルナによって僕も会話に加わることになった。


「それじゃあ安全を確保した後に、何処かで休憩しましょうか」


「さんせ~い♪」


 カレンさんとサクラちゃんも異論はないようですぐにその場から移動し、安全確保の為に結界と周囲に聖水を巻いて魔物が近づかないようにした。


 そして、姉さんがレジャーシートを広げて僕達に座って休んでいいと言ってくれる。僕と姉さんは隣同士で座り、反対側の隣にエミリアとレベッカが座る。さらに隣にノルン、ルナの順に座った。


 サクラちゃんとカレンさんは敵が周囲に来ないか見張りだ。当然二人にも休んでもらわないといけないので二十分経ったら僕が交代に入る。


 皆はそれぞれお弁当を広げながら談笑を始める。そうして休憩中は皆で和気あいあいとしながら楽しく食事を過ごす。


「(……しかし)」 


 ……もしこの光景を魔王が覗いていたら、一体どういう気持ちなのだろうか。魔王に会ったら一度聞いてみたいものだ。


 ◆◇◆


「これでようやく魔王をぶちのめしにいけますね」


 姉さん達が作ったお弁当をパクついていると、向かいで食べているエミリアがテンション高めに言う。


「エミリア、なんか妙に気合い入ってない?」


「ええ、気合入ってますとも。今まで散々魔物達に苦戦させられましたからね。思えばレイやベルフラウと出会った時も変な悪魔と戦いましたし」


「おや、その話は確か……以前お話されてたわたくしと出会う前の話でございましたよね?」


 エミリアと僕の話にレベッカが加わってくる。


「そうそう、私達三人とアドレーさんで廃坑の中を調査してた時に得体のしれない魔物と、今となってはお馴染みの下級悪魔と戦ったのよね」


「お馴染みの下級悪魔……」


 実家の様な安心感的な言い方をする姉さんの言葉に苦笑する。


 姉さんの言う事もあながち嘘では無く、戦う機会は割と多く、何ならこの魔王城に入ってから50歩くらい歩くごとにエンカウントしている気がする。


 流石に上級悪魔や地獄の悪魔と比べたら大したことは無いが、それでも並の魔物より強いので油断は禁物だ。


「懐かしいですね……あの時のレイのヘタレっぷりと来たら……」


「いや、止めてよ。そんな事語ろうとしないで」


 エミリアが余計な事言いそうになったので僕が慌てて止める。


「エミリア様、そのお話わたくし興味がございます!」


「わ、私も……」


 レベッカとルナが目を輝かせて喰いついてしまった。


「お、面白い話じゃないよ?」


「いえ、わたくしはこれでもレイ様の妹を自称しておりますので、レイ様の全ての事は把握しておきたいのでございます」


「……私はその……自分が居ない時、サクライくんがどういう冒険をしていたのか知りたかったから……」


「だそうですよ、レイ?」


「うう……」


 ちょっと意地悪な表情をして笑うエミリア。二人が聞きたいと言うなら止めろとは言い辛い。


 でも、二人はそんな昔の事が何故気になるのだろうか?


 自分としては、この二人は特に僕の事を慕ってくれている。だからこそ、自分の情けないところをあまり知ってほしくないのだけど……。


「本当に面白い話じゃないからね……」


 二人に事前にそう言い聞かせながら、エミリアに言われるのも癪なので自分で話すことにした。


 当時、異世界に来たばかりの自分と女神だった頃の姉さんは、戦う手段を持たずに魔物達相手に逃げ回るくらいしかなかった。その時にたまたま出くわしたエミリアに助けてもらった。


 その後、僕達の身の危険も考えてエミリアに同行して仕事を手伝う形になった。

 

 この世界の事をよく知らないため現地の人の話を聞きたかったのも理由の一つだが、何より僕はエミリアが使っていた”魔法”に強い関心があった。


「私が魔法の事を教えたら子供みたいにはしゃいでいましたよね」


 口元をニヤニヤさせながらエミリアは僕の方を見てそう言う。


「まぁ否定はしないよ。実際、魔法の事を知って喜んでたし。その頃のエミリアってさ、今よりも人当たりが良くて親切で……妙に優しかったよね」


「多少気を遣っていたかもしれませんね。だけどそれはレイが自分より年下だと思ってたので……後で自分よりも年上だと聞いてビックリしましたよ」


「当時のレイくんは15歳でエミリアちゃんは14歳だったわね」


「そしてベルフラウは今も昔もずっと17歳と言い張ってますよね。貴方の弟分も17歳になってますが何か弁解はありますか?」


「……お、お姉ちゃんは女神様だから……歳を取らないから……!」


 姉さんはずっと自分を17歳だと言っているが、この世界の女神様から見ると17歳で女神になる事はまずあり得ないそうだ。本当はもっと年齢を重ねているに違いない。


「まぁベルフラウの年齢弄りはこのくらいにしておいて……」


「いつもオマケのように弄ってくるの止めてくれないかしら。誰にでも、言いたくないことくらいあるのよ……」


「私には特にありませんよ? もう大体の事は話した気がしますし」


「じゃあエミリアちゃんに質問。今の下着の色は――」


「黒」


「即答!? まさか答えてくれるとは思わなかったけど……」


「……あの、僕が居ること忘れないでね。今のエミリアと姉さんの会話も普通に聞いてるよ……」


 一応、僕にも性欲はあるのだ。魔王と戦う前に変に意識してしまう発言をするのは止めてほしい。


 もしこれで魔王に負けようものなら、僕は仲間の下着の色が気になって集中できずに負けた勇者として歴史に名を刻む事になる。


「レイ様、そんなに下着の色が気になるのございますか……? ……ちなみに、わたくしは『白』でございます(ボソッ)」


「レベッカまで余計な事言わないでよっ!?」


「……ご、ごめんねサクライくん。私は無理……」


 顔を赤らめて申し訳なさそうにそう言うルナ。いや、良いんだよ。っていうか僕が強要してるわけじゃないんだ。


「言わなくていいよ、ルナ。ありがとう、キミが普通の女の子で居てくれて助かってるよ」


「そ、そう……」


 僕がそう答えるとルナは引きつった表情で笑う。だが―――


「(あれ? それって褒められてるの?)」


 ルナは自分のアイデンティティが『普通』の一言で片づけられた事に気が付いていないようだった。


 レイもそういうつもりで言ったわけではないが、地味にルナの地雷を踏んでしまった。だがルナが気付いていないため結果的にセーフである。


「ねぇねぇ、レイくん。お姉ちゃんの下着はね」


「さて、続きを話そうか」


「無視された!?」


「えっと、どこまで話したっけ?」


「あれ、本当に無視されてる?」


「いや……無視はしてないけど……姉の下着の色を聞いて僕にどうしろって言うんだよ……」


「あ、姉といってもアレだよ? 血が繋がってるわけじゃないし……」


 姉さんの事は今も昔も大好きだけど、ウザ絡みは勘弁してほしい。


「うー、ノルンちゃん。お姉ちゃん弟にイジメられましたー」


 姉さんは話に入ってこないノルンに助けを求める。だがノルンは壁の方に背を預けてくぅくぅと小さな寝息を立てて眠っていた。


「ね、寝てる……魔王の居城で……」


「ノルンは肝が据わってますね……流石と言うべきでしょうか」


「……私達も魔王のお城の中で平然とお弁当食べて休息取ってるし、あまり人の事は言えないと思うよ」


「皆様、しぃー、でございますよ」


 ルナが冷静に突っ込み、レベッカが口元に指を立てて静かにするように伝える。眠ってるノルンを気遣ってるのだろう。


「えっと、それで話の続きを―――」


 と、僕が話を続けようとすると、見張りをしていたカレンさんとサクラちゃんが戻ってくる。


「お待たせ。ちゃんと私達のお弁当も用意してある?」


「お腹空きましたー」


 二人はそう言ってレジャーシートの上に座る。


「勿論用意してあるわ。待っててね」


 姉さんはそう言って鞄の中に手を入れて用意し始める。


「じゃあ僕は見張りに行くよ」


 そう言って席を立つと、二人にお弁当と飲み物を用意した姉さんも立ち上がる。


「私も行くわ」


「ん、別に僕一人でも……」


「ここは一応敵地よ? いくらレイくんが強くても単独は危険よ」


 ……姉さんの言う事も尤もか。


「じゃあ僕は姉さんと一緒に見張りするから皆はゆっくりしてていいよ」

「いってらっしゃ~い」


 カレンさん達やエミリア達に見送られ、僕と姉さんは一緒に結界の外の見張りに向かった。

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