第311話 のんびりし過ぎ

「それじゃ、私達もいきましょ。レイさん♪」

 サクラちゃんが笑顔で言う。

「う……うん」

 僕は緊張しながら返事をする。

 正直、今すぐここから逃げ出したい気分だけど、それはできない。


 僕はサクラちゃんと一緒に、カレンさん達の後を追うようにして目の前の門を潜り抜けていく。王宮の門の前には鎧で武装した沢山の兵士さんがおり、その門の先には門と王宮を繋ぐ橋が架かっている。


 門を越え僕達は先行するカレンさん達の背を追いかけるように歩いていく。橋は最初は平地だったのだが、次第に少しずつ傾いていき途中から上に登る階段のようになっている。


 僕達が進む橋の両脇には槍を携えた兵士さん達が並んでいる。


 皆、僕とサクラちゃんを注視している。

「ここにいる人達も自由騎士団の人達なの?」

 僕は隣に歩くサクラちゃんに小さな声で問いかける。



「ううん、違いますよ。

 ここにいる人たちは、私達とは別の王宮の兵士さん達です」


「別の?」


「はい。王宮騎士団さん達です。

 私達の『自由騎士団』ってのは名前だけでこんな沢山人はいないんです」


「え、そうなんだ?」


「私を含めて訳アリの腕利き冒険者を、王宮の戦力としてカウントしたいと考えた人が付けた名称です」


「そんな経緯があったんだ……」

 サクラちゃんは僕の耳元に手を当てて周囲に声が漏れないように話す。

 あまり兵士さん達に聴かれたくないようだ。


「私は啓示を受けてから王宮に来た時に先輩から訊いたんですけど、『自由騎士団』というのは王宮が『王宮騎士団』とは別に自由に動かせる戦力が欲しくて作った組織らしいです」


「……でも、自由騎士団って言われると、何か凄そうだよね」


 僕がそういうと、サクラちゃんは「実際はそんなことないですよー」と笑いながら言った。


「偉そうに『騎士団』なんて名称付いてますけど、実際は十人にも満たない少人数ですし、先輩や私みたいな特別な事情のある冒険者を王宮内で自由に使えるようにするために、無理矢理組織されたってのが事の経緯らしいですよ」


 そう言って、サクラちゃんは苦笑いを浮かべる。


「自由騎士団設立以前は、王宮は特別な形で冒険者ギルドに依頼してたみたいなんですけど……。

 そうすると王宮が想定した人物が依頼を受けずに、身の程を弁えない冒険者が依頼を受けたり、恐縮して誰も依頼を受けなかったり上手くいかなかったらしくて……。本来、王宮で働く人は何かしらの功績がある人物か、貴族階級の人間だけだったので、冒険者を直接雇うわけにはいかなかったみたいですね。そこで白羽の矢が立ったのが自由騎士団というわけです」


「なるほど……」


 冒険者ではなくて王宮の騎士という肩書きがあれば、王宮に出入りしても問題にならないってことなのだろうか。


「でも私は正直ちょっと窮屈かな……。

 前みたいに冒険者として自由にやれたら良かったんですけど……」


「サクラちゃん、大変そうだね……」


「レイさんも覚悟した方がいいですよー。立場的には私と同じ理由で王宮に来たわけですから」


「うっ……」

 彼女も勇者としての扱いになったから呼ばれたんだっけ。

 そう考えると、今の僕の状況と全く同じだ。他人事では無い。


「……と、話していたら着いちゃいましたね」

 いつの間にか、僕達は階段を上がりきるところだった。


 ◆


 僕達はようやく王宮を目の前にした。

 それまでは城塞に囲まれていて沢山の兵士達や騎士さん達がいて、とても近寄り難い雰囲気だったが、今はそれが無くなり、代わりに立派な城壁と大きな門が現れた。


 門には大きな鐘が設置されており、その先は広い庭と白い壁で作られた建物が見える。そこには先ほどまで見られた物々しい雰囲気は消え、建物の手前には女神様を模した二つの銅像が建てられている。庭は建物に向かう綺麗な白い石で舗装された道と、石垣で隔てられたお花畑が広がっている。


 建物は三角に尖った形の青い屋根、そして清楚な白いレンガの壁。

 周囲には数人の兵士が見張りをしているようだが、さっき渡ってきた橋と比べると人の数は少ない。


 最初、王宮と聞いて想像してたのはよくゲームとかで見られる『お城』だと思ってたけど、

 実際は違った。どちらかというと―――


「教会みたい……」

 十字架の紋章はないけど雰囲気は近い。


「あはは、レイさんも同じこと思いました? 私も初めて来た時はそう思いましたよー」


「やっぱりそう思うよね」

 僕はサクラちゃんに同意するように言う。


「ちなみに、兵士さん達は王宮内ではありますけど別館で寝泊まりしているんです。私も王宮で泊まるときは基本そっちで寝泊まりしてます。たまーに、こっちにお呼ばれする時もありますけどね。

 先輩たちは先に行ったみたいですし、私達も中に入りましょうか」


 歩き出す彼女に僕も一緒に並んで歩いていく。

 門の前に着くと、二人の門番さんが槍を持って立っていた。


「こんにちは」

 サクラちゃんは笑顔で言う。


「おお、これはサクラさん。

 カレンさんやお連れの方はもう先に入られてますよ。

 ……ところで、お隣の少年は?」


 門番の二人は僕を不思議そうな目で見る。


「レイさんです。陛下と面会に来ました」

「!!」

 門番さん二人は、サクラちゃんの言葉に驚くような反応をした。


「という事は、陛下が今日会う客人というのは」

「……はい」


 サクラちゃんは静かに頷いた。

 陛下……それって、やっぱりここで一番偉い人なんじゃ……?


「そういうわけでしたか。陛下が喜んでいたのも頷けますな」

「うむ、これで準備が整うというもの!」


 多分、僕の事を言われてるんだろう。

 なんだけど、主語が抜けてるせいで置いてきぼりだ。


 サクラちゃんがこちらを見て言った。


「レイさん。この人達は、騎士団の方では無いですがある程度事情を把握している人たちです。王宮の警備を担当している兵士さんですね」


「あっ、どうも。はじめまして」

「うむ!よろしく頼む」


 僕ともう一人の門番さんは挨拶を交わす。


「では、私はレイさんの案内があるので行きますね」


「うむ、陛下がお待ちだ。急いだ方が良いだろう」


「はい。ありがとうございます」


「うむ。道中気を付けてな」


 そう言って、門番の二人と別れた。

 僕達は門を通り過ぎて庭園の中に入って行く。

 すると、そこで皆が待っていた。


「遅いですよ、レイ」

「レイ様、こちらです」

「大丈夫? ここまで迷わなかった?」

「いやいや、ベルフラウさん。ここまで一本道ですから……」


 仲良さそうな四人の姿を見れて少し安心した。


「四人はなんでここに?」

「王宮内に入ろうと思ったのですが、主賓より先に入るのもどうかと思ったので……」

「それにわたくし達は、今回は付き添いという形でございます」


 僕に気を遣ってくれたという事なのだろうか。


「まぁ本当は、レイくんが居ないと王宮に入れなかっただけなんだけど」

「なんだ、そういう事か」

 僕は苦笑する。


「それじゃあ皆で入ろう。サクラちゃん案内お願い」

「はーい」

 元気に挨拶するサクラちゃんを先頭に、僕達は王宮に入る。

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