第490話 決闘なら仕方ないね

 前回までのあらすじ。

 僕達は、王都で起きた誘拐事件の調査を陛下に依頼される。


 カレンさんにその事を相談し、犯人の情報を得るために僕達は冒険者ギルドに顔を出したのだが、カレンさんの熱心な害悪ファンたちに絡まれてしまった。


 僕がどうしようか悩んでいると、

 カレンさんは、彼らの前で突然僕を抱きしめて、彼らに叫んだ。


「聞いて!! この人はね、私の婚約者なの!!!」



 ……。

 ………?

 …………!?

 ……………!?!?!?


「「「「「なぁぁああんだとぉぉお!?」」」」」



 冒険者達の絶叫がギルド中に響き渡る。そして、カレンさんの爆弾発言フリーズしてた僕は、彼らの叫び声でようやく再起動する。


「ちょ、ちょっとカレンさん! こ、こ、こ、こ、こ、こ、こ、こ」


「落ち着いて、レイ君。ニワトリみたいになってるわよ」


「落ち着いてられるかー! カレンさんなんてことを―――!!」

 なんてことを言うんですか!!

 ……と、言おうとしたのだが、カレンさんの両手で僕の口が塞がれてしまい、言葉が出せない。


「つまりそういう事、私と彼は交際してるの!!

 だから冒険者のアイドルとかサインとか言われても困ります!!」


「「「「「うぉぉぉおおおお!!!」」」」」


 冒険者ギルド内が、屈強な男たちの悲鳴に包まれる。そして、僕はカレンさんに口を塞がれたまま、連行されるように受付に再び連れていかれる。


「受付さんっっ!!!」

「は、はいぃぃぃぃぃ!!」

 カレンさんのあまりの剣幕に、受付のお姉さんは怯えて震えている。

 そんな彼女に、カレンさんは言った。


「ちょっと私達、重大な調べ事をしているの!!

 ここのギルドマスターを連れて来て、い・ま・す・ぐ・に!!!!」


「はひぃぃぃいい!」

 カレンさんの有無を言わさぬ迫力ある命令口調に、

 お姉さんは涙目で返事をして、慌てて奥の部屋へと駆け込んでいった。


「……さてと、これで少し待ちましょうか」

「あ、はい……?」

 カレンさんはそう言うと、屈強な男たちの悲鳴をガン無視して、

 入り口の左の方にあるテーブルに向かっていく。


 そこで、ようやく僕も冷静になり、

 カレンさんの爆弾発言が、この場を乗り越えるための演技だと気付いた。


「『迷惑掛けちゃうかも』って言ってたのは、これのことか……」


 カレンさんは、ギルドに入れば自分が注目されるのが分かっていたのだろう。だからいざという時は、僕を理由にして、騒ぎを収めようとしたのだ。


「はぁ、驚いた……」

 最初はびっくりしたが、そういう事なら仕方ない。僕は納得して、カレンさんと同じく屈強な男達をスルーして、カレンさんが休んでいるテーブルまで歩いて、彼女の向かいの椅子に座る。


「ごめんね、レイ君、変な事に巻き込んで……」

「ううん、いいよ。理由は何となくわかったから……」


 カレンさんはその美貌と圧倒的な強さから冒険者の間で絶大な人気がある。<蒼の剣姫><蒼の英雄>など、強そうな異名の他にも、その美貌とカリスマを称えるように、彼女には<冒険者のアイドル>という二つ名があったのをすっかり忘れていた。


「それにしても……ふふっ……」

「どうしたの?」

「ふふっ……だって、レイ君が私の婚約者だなんて……ふふふっ……」

「(……あ、あれ? なんか喜んでる……?)」


 その様子は、本当に恋した女の子のように頬を染めて嬉しそうだ。

 なんだか僕の方まで恥ずかしくなってきた。


「ねぇ、レイ君。せっかくだし、一緒にお茶でもしない?」

「えっ、別にいいけど……」


 僕がそう答えると、カレンさんは嬉しそうな表情をして、テーブルに置かれているメニューを手に取り、注文する食べ物を選び始めた。


 が、それから10秒も経たないうちに、気品あふれるスーツ姿の中年の男性が僕達のテーブルの前まで歩いてきた。


 気品あふれる中年の男性は頭を下げながら僕達に言った。


「お待たせいたしました。

 私がここのギルドマスターを務めている<ラバン>と申します。

 受付の者に、『急ぎの用』という事で、急いでこちらに来たのですが……」


 どうやら、さっきのカレンさんの剣幕で慌ててきたようだ。


 しかし、カレンさんは物凄く不満そうな顔をして「……どうも」とだけ呟いて、そっぽを向いてしまう。


 ラバンさんは困惑した様子で言った。


「あの……何か失礼な事を致しましたでしょうか?

 もしや先程、私の部下達が粗相を? それならば大変申し訳ありません。

 後できつく叱っておきますので、どうかご容赦を……」


 ラバンさんは自分の部下が粗相をして、カレンさんの機嫌を損ねたと思ってしまったようだ。ある意味、事実ではあるのだけど、少なくともこの場ではそういう意味では無い。


 僕は、慌ててラバンさんに言った。


「あ、いえ、そんなことは……。

 カレンさん、折角ギルドマスターさんが来たんだから、僕らも行こう?」


「……もう、折角久しぶりにデート出来たのに……」


 カレンさんはまだ不貞腐れていた。これは、もうちょっと付き合ってあげないとカレンさんの機嫌が治らないかも……。


 仕方ないと思い、僕はラバンさんに頭を下げながら言った。


「ごめんなさい、ラバンさん。折角来てくれたところ申し訳ないのですが、少しカレンさんの体調が優れないので、後で僕達の方からそっちに行きます」


「そうですか……体調不良なら仕方ありませんね。

 それでは私は一旦下がりますので、後で奥の私の部屋に来て頂けますか?

 部下に言っておきますので、御用の際は、受付に申し付けてください」


「はい、すみません」


 ラバンさんは、渋々引き下がってくれた。

 そして、ラバンさんの背中を見送ると僕は再び席に座る。


「もう、カレンさんってば……」

「だってぇ……」


 カレンさんはまるで子供のように可愛らしく拗ねる。

 そんなに、お茶をしたかったのだろうか?

 それともさっきの騒ぎが負担だったのだろうか。


「……鈍感」

「えっ」

「なんでもないわよ、ばーか……」

 カレンさんはそう言うと、テーブルの上に置いてあった水を飲み干した。


 これは、僕もカレンさんの機嫌を損ねちゃったのかな。

 それにしても、カレンさんがこんな子供っぽい一面を見るのは初めてだ。


 なんというか、その………。


「(かわいい……)」

 カレンさんの日頃の凛とした態度とのギャップに僕はときめきを覚えた。


「なにニヤついてるのよ……」

「えっ!? べ、別に笑ってないですよ!!」


 思わず本音が顔に漏れてしまった。


 僕が慌てて弁解すると、カレンさんは、「……ふふっ、冗談よ、もう……」と、優しい表情で笑いながら言った。どうやら、本気で怒らせたわけじゃなさそうだ。


 それから、カレンさんは機嫌を治し、

 少し食事をしてからギルドマスターの元へ向かおうとしたのだけど……。


「おい、そこの見せつけてる二人っ!!!」

 と、背後から、さっきの屈強なカレンさんのファンたちが大声で僕達を呼び止めた。


 折角、カレンさんが機嫌を直して、事が進みそうだったのに……。

 僕は、邪魔する彼らに対して、少し怒りの感情が芽生えていた。


「……えっと、なんでしょうか?」

 僕は、振り向いて、感情が出ないよう抑えて言った。


 男達は、僕を指差しながら怒りの表情で高圧的に言い放つ。


「お前が、カレン様のフィアンセであることは分かった!!」


「だがよぅ!! 俺達、カレンさんの大ファンなんだ!!」


「いきなり俺達のアイドルに婚約者が居た、と言われても、『はい、そうですか』と納得は出来ねぇぇ!!!」


「だからよぉ、カレン様に釣り合うかどうか、今ここで試させてくれやっ!!!!」


「男なら黙って受け入れろやぁ!!!」


 そう言うなり、彼らは一斉に武器を取り出した。

 剣、槍、斧、ハンマー、弓……様々な種類の武器が、彼らの手にあった。


「……」

 この流れって、もしかして……また……?


「「「「「決闘だぁあああああああ!!!」」」」」


「……勘弁してよ」

 僕はため息を吐いた。

 しかし、僕が一言言う前に、カレンさんが僕の前に出て言った。


「ちょ、待ってよ、さっきの婚約者って言うのは、私のデタラ――」

「カレンさん、良いよ、僕に任せて」


 カレンさんは、僕の事を思って言ってくれているのだろう。だけど、ここは僕がなんとかしないと何度も絡んできそうだし、カレンさんの言葉を遮る。


 しかし、それでもカレンさんは僕を止めようとする。


「ダメよ、彼らだって冒険者よ!? もし怪我でもしたら……」

「大丈夫だよ、負けないから」


 そう言って、僕はカレンさんを落ち着かせてから、彼らの方を見る。


「……良いですよ、決闘、おもてに出ましょうか」

 穏便に済ませたかったけど、決闘を申し込まれたら断るわけにもいかない。

 一応、今の僕は騎士の端くれだからね。


「そうこなくっちゃなぁ!」

「それでこそ男だぜぇ!!」


 僕は、カレンさんファンクラブの冒険者達と戦う事になった。


「レイ君、危険よ!!」

「カレンさんは待ってて、すぐに済ませてくるから」

 僕は、カレンさんに笑顔でそう言って、彼らとギルドの外に出ていく。



 ◆



 そして、僕達が外に出て五分後―――



「カレンさん、お待たせ」

 僕は戻ってきて、入り口付近で不安そうにしていたカレンさんに声を掛ける。


「えっ!? もう終わったの?」

「うん」


「……さっきの屈強な連中は?」

「全員、死なない程度に剣で殴りつけてから、警備兵に引き渡しておいた」


 僕が想像したよりも彼らは全然弱かった。


「……つ、強くなったわね、レイ君」

「あはは……そんな事ないよ……」

 最初は一対一で戦ってたのだけど、途中で彼らとの力の差を感じて時間の無駄と思い、一人倒したところで、残り4人同時に掛かってきてもらった。


 実力不足とは言わないけど、彼らは実戦経験が足りないみたいだ。


「とりあえず、ギルドマスターの所に向かおうよ」

「そ、そうね……」

 僕らは受付の人を呼び止めて、ギルドマスターの部屋に案内してもらった。

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