第247話 紐無しバンジー

 ――その頃、【視点:ウィンド】


「随分派手に戦っていますね……」

 ウィンドは、遠くに見えるエミリア達の戦闘を見て呟いた。


 敵の目を引くという意味であれば、効果を発揮しているのは間違いない。

 ですが、逆にあれほど強力な魔法の使い手がいるという事で敵が警戒してしまう可能性もありますね……。


「とはいえ、今は時間を稼いでくれるだけで十分ですが……」


 複数の魔法を同時展開しながら、周辺の状況を確認する。ウィンドの周辺にテレビのモニターのように、いくつかの映像が映し出される。


 そこには、戦闘を終えたカレン達の様子や、空中を浮遊しながら山の頂上へ向かっているレイ達の様子が映し出されている。


「レイさん達は、頂上に近付くほど魔物の襲撃に遭っているようですね」


 戦力的に見ると、今の彼等二人は少々厳しい状況にある。

 未覚醒状態の勇者であるレイは、私の秘伝の薬を飲んでしまったせいで性別が変化して弱体化してしまっている。代わりにマナの量が増幅されたおかげで魔法力が向上しているのは幸いかもしれません。


「まぁ、何かあれば私に声を掛けてくるでしょう」

 多少の魔法付与程度なら少々距離が離れていても私なら可能です。

 それよりも今は頂上付近の状況の確認を急がねば。


「―――<結界解除>リリース……残る結界数はおよそ25ヵ所……妨害結界以外にも、いくつか罠が用意されていますね」

 このまま頂上に向かっても、結界の解除を行わないと立ち入るのは難しいでしょう。


「……頂上の様子は……ふむ、多数の妨害結界が置かれていますね」


 ここまで集中して探知魔法の妨害を掛けるという事は、十中八九ここに目的の存在が隠されているのは間違いないでしょうね。

 妨害結界のせいで、地形や敵の存在を完全に把握できないのは痛いですが、それも時間の問題です。


「ふふ……この私の目を欺けるのもここまでですよ……」

 ウィンドは不敵に笑うと、魔法を展開し続けるのであった。


 ◆


【視点:レイ】


「たぁあああああ!!」

 空中で襲い掛かってくるガルーダ達を、ボクは帚を操作しながら迎撃する。風の魔法剣で敵の炎のブレスを切り裂き、雷魔法で自身の上空の敵を迎撃しながら戦い続ける。


 普段と違って慣れない空中戦のせいで、少々苦戦気味だ。


「レイくん、私の周りからあんまり離れちゃダメよー」

「分かってるよー!!」


 姉さんの言葉に返事を返しながら、

 極力姉さんの周囲から離れずに敵を魔法で攻撃していく。


「さっき、かなり派手な炎魔法が飛んでたけど、エミリアちゃんかしら?」

「多分そうだと思うけど……」

 ボクたちと別行動してるエミリア達は、本命のボク達に敵の目が向かないようにわざと目立つように戦っている。そのおかげか、こちらに向かってくる敵の数は少ない。


「それにしても空中で戦うのはかなり難しいなぁ……」

 魔法を主軸にして戦ってるけど、本来のボクは接近戦の方が得意だ。今は女の子だから、魔法の威力が上がってるけど、それでも接近して戦った方が強いのは変わらない。


 今のところ、ガルーダやグリフォンだから戦えてるけど、これがもし凶悪な魔物だったら……。そんなことを考えてると、遠くから翼を羽ばたかせながらこちらに向かってくる魔物達を見掛けた。


「げっ……あれって……」

 悪魔的な尻尾と羽を持つ魔物、アークデーモン。


 それと、他に取り巻きとして、小型のドラゴンが複数体だ。さっきまで鉢合わせした魔物ばかりと戦ってたけど、こうやってこちらに一直線に向かってくるという事は、ボクたち別動隊の存在に気付かれてしまったのだろうか。


「どうする、レイ君!?」

「どうするも何も……」


 正直、空中で戦うのはかなり不利だ。こちらは数も少ない上に力の半分も出せない。姉さんも援護してくれているけど、相変わらず魔法の狙いが下手なせいで攻撃役としてあんまり当てには出来ない。


「居たぞ! あいつらだ!」


 リーダー格と思われるアークデーモンの声がこちらにも響いてくる。それに呼応するように、周囲のドラゴンキッズたちが翼を大きく羽ばたかせてこちらに加速して襲い掛かってきた。


「ちょっ!?」

「きゃああああ!!」


 一斉にドラゴンたちがこちらに急接近してきたせいで突風のように風が吹いて、ボク達を吹き飛ばす。咄嵯に防御態勢を取ってダメージは軽減できたものの、ボクたちはそのまま地面へと落下していった。


 ◆


「いったぁぁぁぁい……!!」

「姉さん、無事……みたいだね、良かった」


 僕は受け身を取れたけど、姉さんは尻餅をついて尻を摩っていた。

 まぁ、普通に動けてるみたいだし大丈夫そうだ。


「ぜんっぜん! 無事じゃないんだけど!! お尻がぁ……!!」

「回復魔法でも使う?」

 もしかしたら、お尻の骨が折れているかもしれないし。


「いいよ……自分で治すから」

「そっか」

 ボクは地面に座り込んでる姉さんに手を差し伸べて、立たせてあげる。


「あ、ありがと」

「うん。……それより、敵は……」

 上空を確認すると、アークデーモンとドラゴンキッズたちがこちらを睨みつけている。そして、アークデーモンがツメをこちらに向けると、ドラゴンキッズたちが一斉に炎のブレスを吐いてきた。



「姉さん、逃げるよ!」

「えっ!?」


 ボクは姉さんの手を掴んで、そのままブレスの範囲外まで走る。

 しかし、こちらはあちらに比べて視野が狭いため、すぐに追い込まれてしまう。


「くっ……崖か……」

 箒は一応回収してるし、また空中に離脱することはできるけど……。


「レイ君、敵の攻撃が!!」

 と、姉さんの声と同時に、上空のドラゴンキッズの炎のブレスがこちらに向かって放射してくる瞬間を確認できた。


「ひとまず、防御!」

 ボクは魔法の剣を鞘から抜き放ち、氷の魔法を付与する。


「剣よ、凍れ……<上級氷魔法>コールドエンド

 そして、そのまま解き放ち、炎のブレスを全て相殺する。


「レイ君、危ないわ!!」

 姉さんが叫ぶ。

 それと、同時に、突進してきた悪魔の爪の攻撃を剣で横に受け流す。


「なにっ!? 弾かれただとっ?」

 アークデーモンは驚愕しているようだけど、こちらの攻撃は終わっていない。

 弾いたと同時に、ボクの腕に微弱な雷魔法を流して行動の隙をキャンセルする。


「――疾風斬・雷!!」

 流した電撃によって即座に動いた腕による二段目の攻撃を仕掛ける。

 アークデーモンはまさか反撃されると思わず、そのまま胴を切り裂かれる。


「ぐぉおおおっ!?」

「今だよ、姉さん!!」


 ボクは叫びながら、姉さんの手を引いて走り出す。

 このまま逃げ切るしかない。


「待てぇっ!!」

 後ろからは怒り狂った声を上げているアークデーモンが追いかけてくる。

 他の魔物たちも一緒だ。このまま走っても逃げ切るのは難しいかもしれない。


「れ、レイくん、このままだと追いつかれちゃう……!!」

「そ、そうだね……どうしようか……」

 考えながら走っていると、また崖の方に追い込まれてしまう。


「くくく……人間め、追いついたぞ……!!」

 アークデーモンは、その巨体でこちらに突っ込んできた。


「仕方ない、姉さん、後ろに跳ぶよ!」

「えっ? 後ろ? えっ!?」


 躊躇してる姉さんを仕方なく、ボクはそのまま腕で掴み、そのまま崖の外に跳ぶ。当然、下は何もない。このまま地上に落ちれば、さっきと違い、間違いなくペシャンコになるだろう。


「な、正気か!?」

 アークデーモンは思わず驚愕するが……。


「きゃあああああああああ!!!!!!!」

「ちょっ!! 姉さん落ち着いて!!!!」

 当然だが、何の算段もなしにこんな身投げのような事をしたわけでは無い。


「姉さん、空間転移使って!!」

「きゃああああああ………えっ!? 空間転移……?」

「そう、それを使って、あの崖の上に移動するんだ!!」


 ボクは先ほど、空を飛んでる時に見つけた、この辺りで一番高い崖を指差す。

 すると、姉さんは少し考えてから、何かを思い出したような表情をした。


「あ、わかった!!」

 そして姉さんは目を瞑り、そのまま空間転移が発動する。そのまま、僕達は空間転移により、崖から身投げする振りをして戦闘区域から離脱することに成功した。


 ◆


「ふぅ……危機一髪だったね……」

「そうだね……」


 何とか空間転移が間に合ったおかげで、飛び降りた崖の上よりも高所の崖に上がることが出来た。アークデーモンたちは、ボク達が身投げした場所に降りて周囲を探し回っている様だ。


「でも、レイくん、何で正面から戦わなかったの?」

 その質問は、『その気になれば勝てるでしょ?』という意味が含まれている。

 姉さんの質問に、僕は思案しながら答える。


「んー……なんとなくかなぁ……」

「えっ!? そんな理由で?」

「冗談だよ。雷龍と遭遇する前に消耗するのは避けたかっただけ。出来る限り、万全の状態で手薄になった状態で雷龍を保護しないといけない」


 ボク達の最大の役割はそれだ。

 この作戦は、ボクが託された役割が重要なのだ。

 そのために力を温存する必要がある。


 数時間前のウィンドさんとの会話を思い返す。


「レイさんの所持するその指輪、<隷属の指輪>という名称が付いていますが、それは本来の名前ではありません。正式名称をご存じですか?」


「いえ……聞いたことが無いです」

 ボクは首を振って知らないことを示す。


「正式名称は<契約の指輪>といいます。そして、これは勇者が魔王を討伐する際に使用していた物の一つです」


「勇者が使っていた……という事は、やはり聖遺物とかそういった類のアイテムなのでしょうか」


「はい。この<契約の指輪>には二つ能力があります。

 一つは対象の自由意志を奪い、意のままに操ること。こちらの効果が有名になり過ぎて隷属の指輪という名前が付いてしまったのでしょうね」


「もう一つの方は?」

 ボクは話の続きを促す。


「契約を結んだものの同意があれば、能力を共有することが可能です。

 ――例えば、攻撃魔法が使用できない使用者が、魔法を得意とする者と指輪で契約を結ぶことで、短期間の間、同じように魔法を使用出来たり、などですね」


「なるほど、つまりボクの場合は……」


「はい。レイさんは雷龍と契約することで、短時間ではありますが、同等の能力を得ることが可能なのです。上手く活用することで、この窮地を乗り越えることが出来るかもしれません」


「分かりました、やってみます」

 <契約の指輪>……ボクはこの力を最大限利用させて貰う。


「さて、敵が来ないうちに頂上を目指そう」

「そうね……行きましょう!」

 ボク達は再び、箒で浮き上がり、頂上を目指し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る