第246話 火力 vs 物量


 一方、その頃――【視点:エミリア】


 エミリア、レベッカ、カレンの三人は、他のグループと違い、正規ルートを進んで頂上を目指していく。

 緊急依頼の話では、ドラゴンや頂上に住み着いていたという情報があった。

 とするならば、私達も頂上を目指して進む必要がある。


 山道は舗装がなされており、中腹では山小屋のような休憩所もあった。

 おそらく、ここで旅人たちが休んで、頂上を目指すようになっているのだろう。


 しかし、今私達は休んでいる場合では無い。

 何せ出来る限り、敵の注意を引き付けて、他のグループが動きやすいように進まなければならないのだ。特に、敵の首魁と思われるクラウンを雷龍の元から引き離さなければいけない。


「……カレンよ、ウィンド、雷龍は見つかった?」

 カレンが私の後ろで、通信魔法でウィンドさんと連絡を取っている。


「……そう、引き続き探索お願いね……ふぅ」


「カレン様、ウィンド様は何と仰ってましたか?」


「……まだ雷龍は見つからないみたい。ウィンドさんが言うには、この山は上に上るほど結界が多重に敷かれていて、簡単に探知が出来ないんだって」


 予想できた事態ではあるけど、捜索は難航しているようだ。

 当然だが、通常時にこの山に結界など敷かれているはずがない。

 間違いなくあの男の仕業だろう。


「頂上までの距離は……考えたくもないですね」

 徒歩で行くしかありませんが、私のような魔法使いには厳しい道のりだ。


「ふむ……頂上までの距離はまだまだ掛かりそうですね」


「山道を歩くだけなら簡単よ。でも、私達の役割はそれだけじゃないからね」


「分かっています。幸い、ここの登山客は居ないようですから、多少派手に動いても問題は無いでしょう」


 居ないというよりは魔王軍が占拠しているというのが正しいのだろう。

 こうなると麓の村に被害が出てないか確認すべきでしたね。

 今さら言っても仕方ないことですけど。


 私達は体力の浪費を避けるために、極力黙って山道を進んでいく。

 そして、唐突にカレンの持つ魔道具から通信が入った。


『カレン、聞こえますか』

「聞こえるわ、どうしたの」

『敵と思われる多数の魔物がカレン達の元へ向かっています』

「……そう、計画通りね」

『敵の数は五十を超えています。ですが、大きな反応はありませんね』

「ということは、あの男は来てないのね?」

『はい……悪魔系モンスターの一体が指揮をしているようです。と言ってもせいぜいアークデーモン程度でしょう』

「それなら敵じゃないわね」

『くれぐれも油断しないように、それでは通信を一旦切ります』

「了解よ、それじゃあね」


 カレンは魔道具を仕舞うと、私たちに振り返った。

「エミリア、レベッカちゃん、聞いたとおりよ。もうすぐ戦闘になるかもしれないから準備しておいて」


 予想通りの状況だ。

 数は想定よりも少ないくらいだが、厳しい戦いになるのは間違いないだろう。


「了解です」

「はい、せいぜい派手に戦って敵の目を引き付けてやりましょう」


 私達は武器を取り出し、それぞれ構える。

 数十秒後、前方からホブゴブリン、ゴレーム、オークなどの魔物が数十体。

 空にはグリフォン、ガルーダが複数と、アークデーモンが一体だ。


 はっきり言いましょうか。

 この程度の相手では私達の敵になりません。


「カレン、一応訊いておきますが、魔力は大丈夫ですか」


「問題ないわ。昨日じっくり休んでおいたから全力全開状態よ。もっとも、この程度の相手に本気で戦うわけにはいかないけどね」


「そうですか、頼もしいですね」

 私はカレンの言葉を聞き安心する。そして、カレンは聖剣を構えて言った。


「レベッカちゃん、エミリア、打ち合わせ通りにやるわよ!」


「承知しました。エミリア様、わたくしとカレン様がお守りします。どうぞ、派手な魔法を使ってくださいまし」


 レベッカのその言葉を聞いて、私はニヤリと笑う。


「ふふふ……」

 抑えていましたが、思わず笑いが零れてしまう。

 そうです。こういうシチュエーションは私の大好物だったりします。

 大量の魔物に囲まれた絶対的に不利な状況下、仲間と共に窮地を脱しようとする……素晴らしい展開ではないでしょうか。


「何というか、楽しいですねぇ!!」

 思わず高笑いしたくなる気分です。

 テンション爆上がりで素晴らしい一撃が放てそうです!


 そんな風に私が悦に浸っていると……。


「え、エミリア様……?」


「この子、ちょっとトリップしてるわね……放っておきましょ」


「待って下さい! 今、良いところなんですから!!

 最大限に高揚感を高めて、最大の一撃を放とうとしているのです。余計な水を差さないでくださいよ!!」


「いいから、今は目の前の敵に集中なさいっ!! 来るわよっ!!!」


 カレンの言葉を皮切りに、前方から多数の魔物が押し寄せてきます!!

 さぁ、ここからが本番ですよ!!


「レベッカちゃん! 作戦通りに行くわよ!」

「はい、カレン様!!」


 二人は示し合わせながら魔物の集団に立ち向かっていく。

 カレンもレベッカも強い。どちらも魔物を一撃の元に葬り去り、一匹倒せばまた次の魔物へ標的を移しながら敵の数を減らしていく。しかし、今回はあくまで迎え撃つ形だ。


 敵の数が多い以上、孤立してしまうと死を招くことになる。

 特に、私は詠唱中、無防備になってしまうため、カレン達が守ってくれなければ危険極まりない。そのため、私は二人の戦い方に合わせる形で魔法を放ち続ける。


「はあああっ!!」

「やあーっ!!」


 一騎当千を思わせる二人の活躍ぶりに、

 敵のリーダー格であるアークデーモンが焦り出す。


「くっ……何だ、こいつら……! 貴様ら、それでも魔王軍の端くれか!!」


 なんか悪魔が言ってますが、

 こんな寄せ集めの雑魚で魔王軍(笑)のつもりだったのでしょうか。

 数だけは無駄に多いですが苦戦する要素がありませんけどね。


「あんたこそ、こんな雑魚を集めて私達をどうにかできると思ったの?」

「ぐぬう……小娘どもめ……調子に乗るなよ……!」


 怒りを露にするアークデーモン。


「だが! この程度で終わると思うなよ! この山の魔物達は既に我らの傘下となった! すぐにでもこの場に多数の魔物が押し寄せてくるぞ!」


 ほうほう、援軍ですか。

 まぁ、元々私達はそれが狙いなので来てくれて一向にかまわないんですけど。


 ―――と、そこに、カレンの通信魔法から連絡が入る。


『カレン、そちらの状況は?』

「順調よ。何かあったの?」

『そちらに、またしても魔物の群れが向かっているようです。どうやら派手に戦っているようですね』

「あら、それはごめんなさいね。でも大丈夫よ。もうすぐ片付けるから」

『そうですか……では、お気をつけて』


 そこで、ウィンドさんとの通信は切れる。

 数十秒後、先ほどより多くの魔物の群れがこちらへ向かってくる姿が見えた。


「ふはは! 来たか!! 今度こそ終わりだ、人間ども!!」

 勝ち誇ったように叫ぶアークデーモン。


「随分、喜んでおられるようですが……」

「えぇ……そうね」 


 レベッカとカレンが呆れるような声を出す。

 あの悪魔、戦いそのものに殆ど関与せず、号令と指示だけしてずっと空に浮かんでますね。部下の魔物達は、カレンとレベッカの足止めにしかなっていないのですが。


 援軍は……よく見たら他の魔物の中にオークキングがいますね。あとゴブリンウォリアーと、ドラゴンキッズですか。今までが下級~中級の魔物だとするなら、今度は中級~上級といった感じ。さっきと比べると魔物の質が上がっていますね。


 あちらも戦力の出し惜しみを止めたのでしょうか。まぁ遅いですけど。


「――では、そろそろ本気で行きますけど、良いですか?」


 私はカレンとレベッカに、そう言って、二人は頷く。


「さっきまでの雑魚にこの魔法を使うのは勿体なかったですからね。ここからは私に任せてもらいましょうか!!」


 そう高らかに声を上げ、私は杖を地面に立てて、詠唱を行う。

 同時に、私の周囲に紅の魔法陣を複数展開させる。


「な、何だ……あの女は何をするつもりだ?

 おい、貴様ら、何をやってる、さっさと殺しに行け!!」


 上空のアークデーモンが慌てて魔物達に命令する。


「グオオオッッ!!!」

「グルルルルッ!!」

 魔物達は無能な上司の怒号で慌てて、襲い掛かってくるが―――。


「行かせるわけないでしょ!」

「えぇ、エミリア様、わたくし達がお守りします!」

 その攻撃が届く前に、カレンとレベッカが魔物達の攻撃を防いでくれる。

 おかげで、詠唱に集中することができました。


「――光に覆われし漆黒、夜を纏いし爆炎よ、彼の地に来たれ―――」


 詠唱と共に展開された多数の魔法陣から炎が吹き荒れ、私の周囲を取り囲む。

 その光景を見て、アークデーモンは焦り始める。


 通常の攻撃魔法はこれほど複数の魔法陣は展開しないし、詠唱段階で既に効果が発生し始めるものなど殆ど無い。故に、私の使用する魔法の正体が掴めないのだろう。


「――我が魔力の奔流を受けて唸る業火よ。

 全てを焼き尽くす劫火よ、猛き力を以って顕現せよ」


 私の周囲にある十を超える魔法陣から上空に膨大な炎の柱が迸る。既にその余波だけで周囲の魔物はたじろぎ始める。空を飛んでいるガルーダ達の一部は炎の直撃を受けて燃え尽きた。


 そして、最後の詠唱を行う。


「――闇を裂いて天翔け抜けよ。

 汝の名はほむら、全てを滅ぼす、破壊の炎なり――――!!!」


 直後、全ての魔法陣が一斉に弾けるように消滅し、代わりに私を中心とした巨大な魔法陣が出現する。その中央には私の姿。ただし、私自身が炎のように揺らめいている。


 そして、私は杖を上空に掲げ、魔法を完成させる。


「―――これで、終わりです。極大魔法―――<終焉の劫火ザ・エンド焔の嵐ディープレッドノヴァ>!」


 瞬間、私が掲げた杖から無数の紅の熱線が降り注ぐ。


 それらは、魔物達を次々と貫く。まるで雨のような密度の攻撃に、被弾した魔物は凄まじい炎に焼かれて次々と燃え盛っていく。


 どれだけ抵抗しようとも、決して消えない終焉の炎は魔物達の大群全てを覆い尽くしていった。やがて、魔法の効果が収まる頃には、魔物の影は無く、ただ焼け野原が広がっているだけだった。


 五月蠅く騒いでいたアークデーモンも、いつの間にか燃え尽きていた。


 極大魔法とは、通常ではあり得ない程の強力な魔法を発動する。

 発動条件は幾つかあるが、その一つが、使用出来るだけのMPと、それを可能にするだけの魔力が必要となる。今の私は何のサポートも無く、極大魔法を扱えるようになっていた。


「―――ふぅ」


 一息吐いて、周囲を見渡すと、カレンとレベッカがこちらに歩いてくるところだった。

 どうやら、二人とも無事みたいですね。良かったです。


「エミリア様! ご無事ですか」

「えぇ、大丈夫ですよ」

 心配そうな顔をしているレベッカに笑顔で答える。

 MPはまだまだ余裕ありますね。あれだけの魔法を放って余力があるとは、私も成長したものです。



「お疲れ様、中々凄い魔法だったわね。あれってどういう魔法なの?」

 カレンはこちらを労いながら言った。


「あの魔法は、<終焉の劫火ザ・エンド焔の嵐ディープレッドノヴァ>です。炎属性の<極大魔法>で、単純な火力なら魔法の中でも最強だと思いますよ」


「へぇ~、確かに凄かったわね。ところでMPは大丈夫なの?」


「ははは、以前のように力加減を間違えるような事はありませんよ。今の私なら今と同格の極大魔法をあと2発は使用可能です!」


 本当はあと二発は怪しい気もしますが、多少盛っても問題ないでしょう。


「そ、なら先を急ぎましょうか。

 今ので敵も焦っているでしょう、これで敵も退散してくれたら楽なんだけどね」


 そう上手くはいかないでしょうけどね。

 まだまだ前哨戦になりそうですが、先に進むことにしましょう。


 ……さて、他のみんなは大丈夫でしょうか。

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