第248話 弟子

 ――更に時が経過し、再びエミリア達。


【視点:エミリア】


 初戦、派手に戦った私達でしたが、それ以降は散発的な戦闘を繰り返し、徐々に頂上に近い場所まで登ってきていました。


「……不満ですね」

「何がですか、エミリア様」

 レベッカに問われて、私は答える。


「敵があんまり出てこないことです!

 そりゃあ、時々出てくる魔物とは数度戦っていますが、初戦のように百に近い魔物と何度も抗戦するような展開を望んでいたのですが、さっぱりじゃないですか!!」


「魔物との戦いを渇望するなんて、貴女、そこまで戦闘狂だったかしら?」

 カレンは呆れてそんなことを言う。


「カレンだって分かってるでしょ? 私達の役割を……」


「分かってるわよ……。私達は魔物達の気を引いて、敵の首魁を誘き寄せること。まぁ、初戦でちょっと派手にやり過ぎたのかもね」

「確かに、少し目立ちすぎてしまったかもしれませんね……」

 カレンとレベッカは苦笑しながら言った。


 焔の嵐は演出として、ちょっと過剰過ぎたかもしれませんね。

 極大魔法はどれも派手で広範囲を巻き込む魔法なので、こういう戦いにはもってこいなのですが……。


「やり過ぎて敵がしり込みしてしまうのはねぇ……」


「わ、私のせいだっていうんですか!?

 私は気持ちよく極大魔法を使いたかっただけです!!

 何故二人は私に気分よく魔法を使わせてくれないのですか!?」


「敵を倒すためって言いなさいよ……」

 カレンは私の言葉に呆れたような顔をしながら返した。


 そこにレベッカが仲裁に入る。


「お二人とも、言い争っても仕方ありませんよ。

 あちらも安易に手が出せなくなっただけで、こちらが頂上に近付くほど余裕は無くなるはずです。そうすれば、いずれあちらから出向いて下さるでしょう」


 レベッカの仲裁されたので、語尾を緩めて話すことにする。


「だと、良いんですけどね……」


「ま、気長に行きましょう。それにしても、魔物の姿が全然見えてこないのよね……」


「そういえば、そうなんですよね。魔王軍の連中が寄ってこないならまだしも、野生の魔物達や魔獣すら出てこないのは不自然です」


「ふむ……初戦のアークデーモンが『この山の魔物達は既に我らの傘下となった』と言っていましたね。つまり、本当に完全に支配下に置いたということなのでしょうか」


「それが本当だとするなら、大した統率力ね」


「感心してる場合じゃ無いですよ。もしそうだとするなら、今頃は山頂で雷龍と魔王軍が勢ぞろいで待ち受けていることになってしまいます」


 仮に、雷龍が支配下に既に置かれているとしたら状況は絶望的だ。

 レイ達が既に雷龍を見つけて保護しているのを期待したいところだが、

 今のところウィンドさんからそのような連絡は来ていない。


「それなら、少し訊いてみましょうか……ウィンド、今話せる?」


 カレンが魔道具に向かって言葉を発する。


『……カレンですか、どうしました?』


「状況を教えて、レイ君達は上手く頂上に着いて雷龍と邂逅できたの?」


『いえ、まだですね。数度魔物と交戦して、一度離脱に成功して再び頂上に向かっているようですが、頂上付近に幾多も張られている結界に足止めを受けているようです。こちらもそれを把握して、遠隔から結界を解除しているのですが、それでもまだ時間が掛かりそうです』


「そう……分かったわ。ありがとう」

 カレンは通信を切った。


「やっぱり、雷龍はまだ見つからないみたいね」


「困りましたね……もうとっくに昼は過ぎているのに」


「……このままだと、本当にあちらに雷龍を支配下に置かれてしまう可能性も考えられますね。わたくし達も急いで向かった方が良いのかしれません」


 レベッカの言葉に同意だ。万一、魔王軍と雷龍が結託してしまった場合、何とか引き離さなければレイ達の作戦は成功しない。


 私達が話し合っていると、山の周囲の空が暗雲に覆い尽くされていく。


「……天候が崩れてきたのでしょうか」

「随分唐突でございますね……」

 勿論、天候が崩れることなんて珍しい話ではないが、数分前まで雲一つないような快晴だったのにこの変化である。何かあると疑ってしまうのも仕方ないだろう。


「これは……まさか……」

 しかし、カレンだけは反応が違った。

 空の様子をじっと眺めているが、その顔に汗が流れている。


「カレン、何か気付いたんですか?」

 その様子に、嫌な予感を覚えた私は、思わず質問していた。


「えぇ……恐らくだけど、……雷龍の暴走が始まったのだと思う」


「ぼ、暴走……ですか」

 その言葉を聞いて、私達は緊張が走る。


「以前、私は雷龍と戦った時、一度あの雷龍を追い込んだのよ。

 でもそのすぐ後に、いきなり周囲の天候が悪化し始めて、その時に雷龍の魔力が爆発的に高まったの。その時の雷龍は正気を失ってたわ。だから、多分今回も……」


「なるほど……そういうことですか」


「多分だけど、魔王軍が下手に突っ突いて暴走させたんでしょうね。こうなると、雷龍との戦闘は避けられないかもしれない……」


「そんな……」

 私達にとって、あまり好ましくない展開になってしまったようだ。


「どのみち、魔王軍が私達より先に接触したのは間違いなさそうですね」

「そうね……想定通り、雷龍が頂上に住み着いていたのでしょう」

「……お二人とも、どうなさいますか? このまま頂上に向かうと、魔王軍と雷龍と私達の三つ巴の戦いになってしまいます」

 レベッカが、心配そうに問いかけてくる。


「雷龍を助けに行く……と言いたいですが、危険ですね」

「そうね、私達三人で乗り込むのは危険だと思うわ」

「そうでございますね……」


 魔王軍は、雷龍の捕縛に失敗し、暴走させてしまった可能性が高い。

 暴走してしまえば、その力を取り込むこともおそらく不可能だ。こちらを殲滅するまで暴れ続ける。

 そうなれば、魔王軍にとって雷龍は邪魔な存在でしかない。捕縛を諦めて、雷龍を殺そうとするだろう。



「……いえ、まだ手はあります」


 頂上に向かえば最悪の場合、雷龍と魔王軍の両方を相手取る必要がある。

 だけど私達もウィンドさんの考案した作戦を聞いている。


 レイの所持する<隷属の指輪>……否、<契約の指輪>を使用すれば、あるいは雷龍の暴走を止められる可能性がある。


 私は、その事を考えて、二人の方に振り向いて言った。

「雷龍の事は、レイとベルフラウの二人に任せることにします。

 代わりに、私達は先に頂上に向かい、魔王軍のみに狙いを絞って攻撃を仕掛けましょう。

 出来る限り、別動隊のレイに目を向かせてはいけません」



「そうね……それが一番良いと思うわ」

「承知いたしました。では早速行動を開始しましょう!」

 こうして、私達はこのまま頂上に駆け上がることに決めた。


 ◆


 ――その直後……。


【視点:ウィンド】


『ということだから、私達は先に頂上に向かわせてもらうわね』


「……了解です。レイさん達にも連絡を送りました。ある程度タイミングを指示しますから、突入直前に再度連絡をお願いします」


 カレンから連絡が来ました。

 雷龍が暴走した可能性を考慮し、混乱の最中に襲撃を掛けるという案でした。


 最悪、三つ巴になる可能性もありますが、彼女らのチームはレイさんが上手くやってくれることに賭けたようですね。


 私に言わせれば少々無謀なように思えましたが、レイさんとカレンは『大丈夫』と言っていましたので、信じてみましょう。


 雷龍が暴走した余波で、頂上に張られていた大半の結界も壊れたことで、私のモニターから様子を窺い知ることも出来るようになったのは不幸中の幸いでした。


「結界の数は……おおよそ十は吹き飛んでしまったようですね。

 これで残りの結界は、頂上を覆う障壁のバリアと、飛行魔法を封じる結界、それと……これは……」


 あと一つは、地上への連絡用の魔法陣だという事に気付く。

 これは一体何のために……?


「……まぁいいでしょう。そろそろ私も合流することを考えましょうか」


 私は、この場を離れるべく、移動を開始する。

 しかし、その前に何処からか通信魔法で連絡が入ってくる。


『ウィンドさーん!! ししょー!! 聴こえますかー!?』

 唐突に聞こえてくる元気な女の子の声、この声は……。


「……師匠は止めてください。どうしたのですか、サクラ」


『あっ、やっと繋がった!!どうしたのか? じゃないですよ!!

 何度も通信魔法で送ってたのに、何で出てくれなかったんですかー!』


 何度も……?

 ああ、そういえば、この結界、外部からの通信魔法を遮断する結界も張られていましたね。たった今、雷龍の暴走で破壊された結果、ようやく繋がったといったところですか。


「すみません、サクラ。どうやら通信障害が起こっていたようです。

 それで、何用ですか? 私は少々忙しいので、なるべく手短にお願いします」


『あっ、そうだった!

 王宮から依頼です。すぐに戻って次の任務に移ってほしいとのことです。

 以前から観測されていた、敵の拠点の一つに遂に攻め込むそうです。その際には、私とカレン先輩、それに師匠も参加してほしいと』


「なるほど……ついに動き出したというわけですね」


『はい、なのですぐに戻ってきて下さいね。それじゃあ、待ってますよ~♪』

 と、そこで通信が切れる気配がしたので待ったを掛ける。


「待ちなさい、サクラ。あなたは今、何処にいるのですか?」


『えっ……? えっと……サイドとサクラタウンの境にある街ですね。最近、ここのギルドマスターが失脚したらしいですけど……』


「なるほど、丁度いいですね。今すぐこっちに来なさい」


『えっ!?』


「少々嫌な予感がするのです。

 今から座標を映像魔法で送りますから、その場所の麓で私が戻るまで待機してなさい」


 サクラと通信を続けながら、

 映像魔法を投射し、更に索敵魔法で割り出した位置情報を伝える。


『えっと……あ、情報来ました。

 ここから50キロ離れた北の山……ですか。ちょっと遠いような……』


「飛行魔法で最速で飛んでいけば2時間以内で来れる筈ですよ」


『いやいや、師匠と一緒にしないでくださいよ! 私、まだそんなに慣れてないんですからね!』


「慣れていなくても、普通に飛べていたではないですか」


『うぅ……でも……』


「とにかく急いで来なさい。

 あなたに会わせたい人物も居ますし、これも鍛錬と思いなさいな」


『は、は~い……それじゃあ、通信切りますね……』


「はい、では後程」

 そう言って、通信を切る。


 今、通信で話していた女の子は<サクラ・リゼット>

 この場にいるレイさんと並ぶ素質を持つ、今世代のもう一人の勇者です。


 彼女は、カレンから教育を頼まれて私の弟子になりました。

 レイさんと同じくまだ完全に覚醒しきっていませんが、会わせることでそれも早まることでしょう。競争相手がいるほど成長が早くなるのは、教育でよく言われることですからね。


 さて、そろそろ私も行かなければ。

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