第249話 突入寸前

 ――時を同じくして、レイとベルフラウの二人は。


【視点:レイ】


『そちらの状況はどうですか、レイさん』

「暗雲が立ち込めたと思ったら上空に雷龍らしき存在が飛び出してきていました。間違いないと思います」


 頂上に近い位置まで浮上し、結界の処理に苦戦していた時、ついに探し求めていた雷龍の姿があった。だけど、それは暴走してしまった雷龍の姿だった。ボク達はそれを遠巻きに見ている。


「これからボクたちはどうすればいいですか、ウィンドさん」


『もうじきエミリアさん達が頂上の結界を破って突入を開始します。

 その時に合わせて、レイさんとベルフラウさんは雷龍の元へ向かってください。暴走している状態なので反撃を受ける可能性も高いですが、後で私もフォローに行きます』


「了解です、それでは」

 ウィンドとの通信を切り、隣に居るベルフラウへと声を掛ける。


「という訳で、もう少し待つことになったよ。姉さん」

「うーん……待つのは良いんだけど……」

 一旦、地上に降りて、ボクと姉さんは、暗雲と雷鳴が轟く上空を見上げる。


 そこには、咆哮を上げながら、青白いブレスを頂上に向かって放つ雷龍の姿と、反対に、山の頂上から大量の魔法攻撃が雷龍に飛んでくる光景が見える。


 そして、その攻撃によって生まれた爆煙の中から、雷龍が再び姿を現した。互いに壮絶な戦いを繰り広げており、あの間に割り込む度胸がある人間なんてまず居ないだろう。


「……確かに、これはヤバそうだね」

「えぇ、とても近づきたくないわね」

「……だね」


 魔王軍は、雷龍の捕獲は既に諦めたようで、

 暴走している雷龍を始末しようとしているようだ。

 魔王軍の指揮をしているのは、魔軍将のクラウンだろう。


「流石にあの状況に割って入るのは無理そうね」


「もう少ししたら、エミリア達が頂上に突入してくるって言ってたからそれまで待つしかないかな……」


 エミリア達も心配だけど、

 この状況下でボク達が無理して動くのはどう考えても無謀だ。

 魔王軍と雷龍を引き離さないと、<契約の指輪>を使用する暇もない。


「そうね、それじゃあしばらくお姉ちゃんとゆっくりしましょ?」

「いや、まだ臨戦態勢でいないと……」

 流石に、みんなが戦っているというのに、ほんわかしている状況じゃない。


「もう、レイくんったら折角女の子になってるんだし、少しくらい女の子っぽいことしていいのにー」


「そんなこと言われても……」


 女の子らしいことなんてした事がないから何をすればいいのかわからない。それに、女の子の姿にもう拒否感も感じないし受け入れてはいるけど、中身が男なのは変わらない。


「大体、姉さんのいう女の子っぽいことって……」

「そうねー、例えば恋をするとか」


 恋って……。


「それ、男の人とってこと?」

「………あ」

 何やら、ハッとした表情を浮かべて固まるベルフラウ姉さん。


「勘弁してよ……ボクが男を好きになるわけないでしょ……」

 想像するだけで気持ち悪くなってきた。


「ま、まぁ、お姉ちゃんもレイくんが男の人に恋してる姿とか絶対見たくないけど、ほら、カレンさんだって女の子が好きだし、あり得ない話じゃないんじゃない?」


「それとこれとは別のような……」

 あと、カレンさんが百合なのかどうかは未だに不明だ。あの人は女の子が好きというよりは、自分が大切と思う人には強い感情を持つ人ではないかな。傍から見ると恋愛感情に見えてしまうのだろう。


 多少距離感を掴むのが下手なのだろうし、決めつけは良くない。

 まぁ、あの人が百合っ子だったとしても、それはそれで……。


 そんなどうでもいいことを話していると、離れたところから怒声が飛んできた。


「見つけたぞー! やっぱり生きていやがったなぁ!!」

 声のした方に振り向くと、少し前に撒いたアークデーモンとドラゴンキッズが複数取り囲んでいた。


「しまった……変な話してる場合じゃなかったよ……」

「へ、変な話じゃないから……!」

 姉さんはプンプン文句言ってるが、今は相手にしている場合ではない。


「まぁ、仕方ないか……ボクがやるから下がっててね」

「うん、頑張ってねレイくん」


 さっきまでの不満顔が嘘のように笑顔に変わるベルフラウ姉さん。この状況、まぁまぁピンチなんだけど、姉さんはボクが負けるとは微塵にも思ってないみたい。


 ボクは魔法の剣を鞘から抜いて、右手に持つ。

「消耗は避けたかったんだけどなぁ……まぁ早く終わらせようか」


「何をブツブツ言っている!? 今度こそ逃がさんぞ! まずはそっちのメスガキの方からだ、やってしまえ!!」

「メスガキって、もう少し言い方何とかならないの……?」


 まぁこいつらと話するだけ無駄か。

 ボクは諦めて、剣に風の魔力を込めながら周囲を俯瞰する。


「(敵の指揮官はアークデーモン、

 ドラゴンキッズは正面に三体、背後に一体か)」


 背後に一体いるのが少し厄介だ。そちらを先に倒すか。けど、後ろに下がった時に姉さんを狙われると困る。一時避難してもらった方が良さそうだ。


 敵に関しては、もう語るほどの相手じゃない。

 今まで散々戦った相手だ。特性も能力も大体把握している。


「姉さん、空間転移でちょっと避難してて」

「分かった、それじゃあ後でね」

 姉さんは素直に言う事を聞いてくれた。


「おぉ? なんだ逃げる気か?

 俺達の恐ろしさを思い出したようだな。だが無駄だ、やれ、ドラゴン共!!」

「はいはいそーですね」


 適当に返事をして、ドラゴンたちが炎のブレスをこちらに放射してくる瞬間を確認する。それと同時に、姉さんの姿が搔き消える。


 姉さんが避難したのを確認し、僕の背後から熱量を感じた瞬間、


<中級爆風魔法>ブラスト

 背後を振り向き、そのまま自身の足元を対象に爆風の魔法を発動する。

 放たれた爆風は、迫ってきたブレスを勢いを僅かに緩め、その瞬間、爆風によって加速したボクは後方のドラゴンキッズに狙いを定める。


 距離にして十五メートル程度、高さは十メートルほど宙に浮いていたドラゴンキッズに向かって跳躍し、そのままドラゴンの翼を左手で掴んで身体を支える。


「あと四匹」

 暴れるドラゴンを無視して、風の魔力が付与された魔法の剣をドラゴンキッズの首に向かって横一閃する。


 真空の刃によって通常よりも鋭さを増した斬撃は、キッズの首から少し下辺りを両断し、放たれた真空の刃はなおも衰えずに前方の魔物達に襲い掛かる。


 アークデーモンは咄嗟に回避を試みるが、その斜め後ろに陣取っていたドラゴンキッズたちは風の余波によって吹き飛ばされ、陣形に乱れが出てしまう。


 そして、風魔法で調整しながらボクは地上に降り立つ。

 

 ――うん、この身体にも随分慣れてきた。


 地獄の悪魔の時は、身体に合わない戦いばかりしてきたけど戦闘を繰り返すことで分かってきた。この身体は、力や防御力は男の時と比べて大きく劣るけど、魔力や素早さに関してはこちらの方が数段上だ。


 それなら力に頼らず、上昇した魔力を主軸に自身を強化すればいい。そしてスピードで敵を翻弄して戦えば、きっと以前と同じかそれ以上の戦い方だって出来そうだ。


「なっ!? 速い!! 貴様、どうやって後ろを取った!!」

「別に、ただのジャンプだけど」

 そう言いつつ、今度は目の前にいるアークデーモンに、そのまま駆けていく。


「くっ……上級悪魔を舐めるなよ……!! 喰らえ、インフェ……!!」

「遅いって」


 詠唱を短縮して上級魔法を放とうとしたアークデーモンの技量は大したものだけど、既に剣の射程圏内に捉えている。


 先程と同じように横薙ぎの一閃を放つと、アークデーモンは咄嗟に腕を交差して胴体を固める。しかし、両翼は無防備だったため、腕と一緒に剣で切り裂かれてしまい、浮遊能力と両腕を失ったアークデーモンはそのまま地上に落下していく。


「うわぁあああ!? 何故だ! たかが人間如きにぃいい!!」


「……<雷撃の一撃>サンダーブレイク

 上空から雷鳴を呼び寄せ、剣にそれを付与させる。

 そして、そのまま、地上に叩きつけられたアークデーモンに急降下していく。


 空中で回転を加えたその一撃は、加速を伴い、倒れたアークデーモンの頭部目掛けて剣を叩きつける。瞬間、その周囲に轟音が轟き、アークデーモンの周りに小さなクレーターが出来上がった。

 雷撃の一撃を受けたアークデーモンは、もう影しか残っていなかった。


「あと三匹」

 ボクは残りのドラゴンキッズたちに視線を向ける。

 流石にドラゴンの表情は読めないけど、少なからず動揺が走っている様だ。

 普段感じるようなドラゴン特有の覇気や威圧感が感じない。


 このまま撤退してもらえると楽なんだけど……。

 ただ、それは楽観で、敵はさっきよりも更に激しい炎を浴びせてきた。


「司令官が居なくなってもダメか……」

 ボクは魔法の剣を正面に突き出して、詠唱を行う。


「―――氷よ、我が身を守る盾となれ……<氷の盾>フリーズバリア

 唱え終わると同時に、ボクの正面に氷の壁が出現する。

 そして、迫りくる火炎放射を全て受け止める。火炎放射を受けとめて残った氷壁は分解され、そのままドラゴンキッズたちを貫く複数氷の槍に変化する。


<氷の槍・生成>アイスランス

 槍の形をした複数の槍を敵に向かって放つ、一体のドラゴンキッズの翼と喉元に突き刺さり、そのまま地上に落ちていく。


「あと二匹……まぁ、ここまでやれば普通に戦った方が早いかな」

 氷の槍を受けて、怯んでいるドラゴンキッズたちを尻目に、僕は軽く後ろに下がってから跳躍する。

 そして、二体のドラゴンの真ん中辺り、魔法を発動させる。


<魔法の大砲>マジックキャノン

 二匹のドラゴンに、それぞれ魔法の大砲を打ち込む。

 直撃し二匹のドラゴンはそのまま地上に落下していき、ボクもそれを追う。


 そして、地上に叩きつけられたキッズたちと相対する。

 どちらもまだピンピンしているため、翼を広げてこちらに向かって急接近、その鋭い爪でこちらに襲い掛かってくる。

 それを再び氷の盾フリーズバリアで防ぎ、ボクは後方に跳んだ。


<凍り付く風>フリーズウインド

 氷と風の複合魔法、それを剣に付与して、ボクが作った氷の壁に放つ。

 その壁は、一瞬で真っ二つになり、その先にいたドラゴンに直撃する。直撃したドラゴンは凍り付くと同時に真空の刃によって真っ二つに切断される。


「あと一匹だね」

 残ったドラゴンは半狂乱になって滅茶苦茶にブレスを吐きまくる。

 それを初級風魔法で吹き飛ばしながら、ボクは瞬時に奴に飛び掛かる。


「――剣技、三連斬!!」

 リカルドさんから教わった剣技。三つの斬撃をほぼ同時に放つ大技だ。

 女の子の柔軟な筋肉ならば魔法を併用することで十分に可能だった。


 放たれた三つの攻撃の袈裟斬り、薙ぎ払い、突き攻撃は全て命中し、最後のドラゴンは崩れ落ちた。


「―――よし」

 自身が十分に強くなったことを再確認し、ボクは剣を鞘に収めた。


「レイくーん、終わった?」

「終わったよ」

「お疲れさま。結構時間経ったけど……」

 と、そこへ、ボクのペンダントからウィンドさんの声が聞こえてきた。


『レイさん、準備が出来ました。雷龍の元へ向かってください』

「了解です」


 姉さんに目で合図を送って、ボクは地面に転がっていた帚を拾う。


「じゃあ姉さん、ここから本番だよ」

「うん、頑張ろうね」

 さぁ、ここからがボク達の本当の戦いだ。

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