第250話 乱入

 ――僅かに時を遡り、エミリア達は。


【視点:エミリア】


 更に三時間近く経過し、見張りの魔物達を蹴散らしつつ、

 私達はようやく山の頂上付近までたどり着いた。しかし、頂上は不気味なほど静かでまるで争いなど起こっていないようだった。


「……妙ですね」


「ええ、雷龍が暴れ回ってるはずなのだけど、魔王軍の姿も雷龍の姿も見当たらない。暗雲が立ち込めているはずなのに、頂上付近に着いた途端に空も快晴に戻ってるわ。これは、何かあるわね……」


「……恐らくは」

「……そうね、どの道行くしかないわ」

 罠であることは確定だ。しかし、どのみち先へ行くしかない。

 私達は覚悟を決めて、木造りの頂上へ向かう階段で上に上がっていく。


 しかし―――


 ガンッッ!!


「いたっ!?」

 階段を登り切ったところで、カレンが突然何かに頭をぶつけて俯く。

 しかし、目の前には何も見当たらない。


「どうしました、カレン?」

「な、なにか、ここにあるみたい……頭ぶつけちゃったわ……」

「……? 何もありませんが」


 目をこすって再確認するが、やはり壁も何も無い。


「いや、そんなことないわよ! 確かにここに何かがあるわ!」

「……ふむ、手を当ててみましょうか」


 レベッカはカレンの言うとおりに、そこに手を当ててみる。すると、突き出した手に感覚があったようで、レベッカは目の前をノックするような動作をする。


 コンコン、と音が響いた。


「カレン様の仰る通りでございますね」

 私も調べてみると、頂上付近は全て同じように透明な壁で阻まれていた。


「結界ですね。おそらく障壁を作って侵入を拒んでいるのでしょう」


「ふむ……お二方、少しお下がりください。わたくしが壊せないか試してみます」

 

 私とカレンは壁のある場所から少し離れる。

 レベッカは、空間転移で自身の槍を呼び出して、両手で構える。


「――はああっっ!!」


 レベッカが、気合を込めて一閃する。

 すると、槍が直撃した場所にひび割れが入ったかのような跡が出来る。

 そのまま何度か攻撃を繰り返すと、その障壁の一部が崩れ落ちた。


「ふう……流石に硬いですね」

 レベッカの攻撃すら数発防ぎきるほどの障壁とは、

 かなり念入りな防御結界ですね。これは時間が掛かりそうです。


 カレンも、そう思ったのかウィンドさんに連絡を取る。


「私よ。頂上付近で結界に阻まれているわ。突入に少し時間が掛かりそう」

 カレンが魔道具に向けて、そう話すと、少し間を置いて返事が返ってきた。


『……確認しました。大規模な防御結界が山頂付近を覆っていますね。こちらから干渉してみましょう』

「ええ、よろしくね」

『こちらから圧力を掛けてみます。変化があったら一気に突破してくださいね』

「わかったわ」


 少しして、結界を覆っている壁に変化があった。

 今まで透明だった壁の色が石のような灰色の壁に変化し、少しずつ崩れていく。


「よし、脆くなったみたいだし一気に行くわよ」

「はい、カレン様」

 二人は、それぞれ槍と聖剣を構える。


 私も杖を取り出して、魔法の準備を整える。

 そして、二人に向けて言った。


「二人とも、今見えてる光景は多分幻覚です。結界が崩れると同時に、周囲の光景が変化して、崩れた結界の先には大量の魔物が待ち構えているはずですよ」


「ええ、そうでしょうね」


「覚悟の上です」


「では、行きますよ」


 私の言葉を皮切りに、目の前の壁が音を立てて砂のように崩れていく。

 今まで快晴だった空は暗雲が立ち込め、周囲には雷鳴が降り注いでいた。


 それだけではない。

 周囲には数えるのも面倒になるくらいの魔物や魔獣たちの姿が目に映る。

 しかし、その魔物達はこちらに気付いていない。


 私たち以上に脅威となる存在と今まさに交戦中だったためだ。その相手は、私達から最も離れた位置の崖の外に縦横無尽に翼で空を飛び回り、魔物達に襲い掛かっている。


「あれが、雷龍ですか……」

 雷を纏った全長十五メートルを超える巨大な青い龍だった。


 以前に私達が見た時よりも更に大きい。そこまで時間が経っていないはずだが、奇跡の実のおかげで急成長したのだろうか。


 雷龍は、魔物達に向かって咆哮を上げ、鋭い爪と口から放たれる青白いレーザーを放ちながら、周囲にいる敵を次々と屠っていく。


 雷龍と戦っている魔物達、ガルーダ、ドラゴンキッズ、ツインドラゴン、それにストーンゴーレム、それに悪魔系の魔物達だ。


 他にも、ゴブリン系やオーク系の魔物もいるが、それらは雷龍に対してまともな攻撃手段を持たないためか少し離れたところで武器を構えて見守っている。


 どの魔物も決して弱くはないが、雷龍はその魔物達を圧倒し、次々となぎ倒していく。私達が突入する以前から戦っていたのだろう。至る所に、魔物達の死骸が散乱している。


 その魔物を指揮する人間の姿をした魔王の眷属の姿もあった。

 その眷属、魔軍将クラウンは、力強く叱咤激励を上げる。


「怯むな!! たかが、神の残した出来そこないだ!!

 この程度の相手に逃げ出すような愚か者は私が直々に処刑してやる!

 それが嫌ならば勇んで戦え!!」


 クラウンが叫ぶと、配下の魔物たちは奮起して雷龍へと向かっていく。

 しかし、勢いよく攻めかかっても、雷龍には傷一つつけることが出来ないようだ。


「チイッ……!!」

 埒があかない判断したのか、クラウンは自ら前に出て、詠唱をし始める。


「―――魔王軍を侮るなぁぁぁ! 神に操られしデク人形がぁぁぁぁ!!」


 クラウンは両手に膨大な魔力を込めて、魔法を解き放つ。

 すると、腕から巨大な火球を出現させ、それを雷龍に向けて放った。その一撃を受けた雷龍は苦しそうな声をあげるが、それでも倒れることはなく、逆に怒り狂い、クラウンに対して突進してきた。

 だが、雷龍の接近を許す前に、クラウンは掌を突き出した。


 すると、途中で何かに遮られるように雷龍は、吹き飛ばされてしまう。


「さぁ、今だ!!」

 クラウンは部下に一喝すると、ダメージを受けた雷龍に襲い掛かる。


「あいつは……クラウン!!」

「どうやら、あちらはあちらで必死に戦っているようですね……」


 これは逆にチャンスかもしれない。

 魔物達もクラウンも私達の存在に気付いていないようだ。

 今であれば、魔物達もろとも殲滅できるかもしれない。


「レベッカ、今ならあの男魔軍将を討ち取るチャンスでは?」

「ですね……やってみます」


 レベッカは、スゥーっと深呼吸を数回繰り返し、

 手に持った槍を消してから代わりに弓と矢を出現させる。


「余力を残さないとダメよ。あなたが動けないと困るんだから」

「分かっております、カレン様」

 そして、レベッカは弓に矢を番えて詠唱を魔法を発動する。


「……では私も」

 レベッカの狙撃の成否に関係なく、敵は私達の存在に気付くだろう。

 もし、一斉に襲い掛かってきたときの為に、私も魔法の準備をしておく。


 カレンも、聖剣技を放つための準備をしている。


『大地の精霊よ……力をお貸しください。

 ――地の力を、我が弓に宿れ――<地魔法アース付与エンチャント>』


 レベッカの手に番える矢の色が変わり鋭さを増していく。

 更に、レベッカは別の魔法を詠唱する。


『世界よ、我が言葉に耳を傾けたまえ――<重圧・付与>グラビティ


 レベッカの周囲が重力を増し、草木が潰れ、周囲に僅かながらクレーターが作られる。

 この攻撃は少なからずレベッカにも反動がある。以前使った時よりも、加減はしているようだが、それでも今レベッカは多少苦痛を感じていてもおかしくない。


「―――行きます。……飛べ、重力の矢よ!!」

 レベッカの合図と共に、重力を持った矢が雷龍に向かって一直線に向かっていく。しかし、その矢は途中で軌道を変化し横に逸れ、魔軍将クラウンを貫かんと加速していく。


「何!?」

 突然の出来事に、クラウンは慌てて回避行動に移るが、間に合わないと判断したのか、両の手を前に突き出して構える。

 その直後、レベッカが放った矢がクラウンの掌に衝突し、激しい金属音を響かせる。


 ――ガキィィィィィィィィィィンンン!!


「金属音……!?」

 おかしい。あのクラウンは無手の筈だ。

 素手と弓矢がぶつかったとして、そんな音がするわけがない。


 クラウンは、矢の衝撃で数十メートルに引きずられ両手を血に染めながらも何とか直撃を避けて、勢いが完全に無くなるまで抑えきった。


「くっ……!!」


 何とか凌いだ矢を地面に叩きつけ、

 クラウンは血だらけになった自身の両腕を忌々しそうに見る。


「ま、魔軍将さま……!!」

「襲撃だ、すぐ近くに侵入者がいるはず! 見つけ出して殺せ!!」


 クラウンの言葉を聞いた一部の魔物達は周囲を探し始める。

 そして、間もなく私達に気付き、一匹の魔物が声を上げた。


「いたぞ! こっちだ!!」


 気付かれた!

 しかし、これは計画通りだ。

 私達の目的は、魔王軍の目を雷龍やレイ達から引き離すこと。

 魔物達やクラウンがこちらに向かってきてくれれば……!!


「ここからが本番ですよ!!

 魔法の準備は整っています。食らえ!!<魔力暴走マジックバースト上級獄炎魔法インフェルノ>!!」


 準備しておいたとっておきの魔法を発動させる。

 魔物達の中心に、紅の霧が発生し、その中心から大爆発を引き起こす。


「申し訳ありません、エミリア様。失敗しました……」

 敵が爆発が被害を受けている間、レベッカが落ち込んでいた。


「気にしないでください。一撃で倒せる相手とは思っていませんから……」

 申し訳なさそうに謝るレベッカに慰めの言葉を掛ける。


 しかし、あれは一体何だったのか。

 奴を一撃で仕留められなかったのは想定通りだけど、矢と奴の掌がぶつかった時の金属音……。もしかして、奴は素手では無く、何か武器を手に持っているのか?


 突然の爆発に魔物達は混乱しながらも、

 クラウンの指揮で魔物達はこちらに襲い掛かってくる。


「カレン、レベッカ、作戦通り行きますよ!!」

「了解よ!!」

「失態は戦いで取り戻します!!」


 と、言いつつ、私達は一目散にその場から逃げて階段を降りていく。


「逃げたぞ! 追え!!」

「逃がすな!」


 後ろから怒号が聞こえてくるが、振り返らずに私達は走る。そして、階段を降りて数分走ったところで私達三人は走るのを止めて後ろを振り返る。


「逃がすと思ったのか? 蒼の英雄、カレン」


 私達の目の前には、傷だらけのクラウンが立ちはだかっていた。

 その眼には強い怒りが込められている。さっきの攻撃がよほど効いたようだ。


「(上手く釣れたようですね……)」


 懸念していたのはクラウンをこちらに引き付けられるかだった。

 しかし、それはクリアしたと言っても良いだろう。

 他にも全てではないだろうが多数の魔物達もおびき寄せることに成功した。

 ここまでお膳立て出来れば後はレイ達がどうにかしてくれる。


 ここまでは順調と言ってもいいだろう。

 あとは……。


「いえいえ、逃げるなんてとんでもないわよ。魔軍将クラウンさん?」

 カレンは皮肉たっぷりでクラウンに言葉を返す。


「あなたがここまで追っかけてくることは予想していましたよ」


「逃げられないのはどちらか……この場で決着を付けようではありませんか」


 あとは、この男をこの場で撃破することだ。


「ふん、随分と強気じゃないか。たかが人間が……」

「あなたも、見た目は人間と変わらないじゃないですか。それに、人間を舐めていると痛い目に遭いますよ?」


 私達はそれぞれ武器を構える。

 周囲の魔物達は少し距離が離れた場所からグルリと周りを取り囲んでいる。


「(私達が逃げられないよう、包囲しているというわけですか……)」


 魔物達は殺意剥き出しだが、今すぐ襲ってくる様子はない。

 おそらく目の前のこいつが、指示しているのだろうけど……。


「(まぁ、不利になったらすぐに手を出してくるんでしょうけどね……)」

 魔物共の考えそうなことです。


 私は、少し前に出ているレベッカに目線で指示を出す。


「(レベッカ、万一を考えて動いてください)」

 言葉にしてしまうと目の前の男に伝わってしまうため声は出さない。

 果たして、これで伝わるか少し心配ですけど……。


 しかし、レベッカはこちらに視線を僅かに合わせて、頷いてくれた。

「(伝わったみたいですね。さすがです……)」



「どうやら、キミ達を甘く見過ぎていたようだ。それにしても、たった三人かい? 以前私の腕を斬り飛ばしてくれた忌々しい女と、あと二人はどうした?」


「……さて、何処にいるのかしらね」


 カレンが挑発するように答える。

 言われてみれば、この男、以前にウィンドさんに腕を切断されたはずなのに元通りになっていますね。回復魔法での治療でも切断となると処置が難しいのですが……。


「そうか……なら仕方ない。

 魔王軍の邪魔にしかならないキミ達をこの場で皆殺しにして、次にあの三人も後で殺してあげよう。そうすればキミ達も寂しくないだろう?」


 …………へぇ、こいつは面白いことを言いましたねぇ。


「私達を殺す、あなたが? ……出来ますか?

 人間に化けて街を内部から滅ぼそうとしたのに失敗し、ここでも雷龍の捕獲に失敗し二度も失態を犯したあなたが、私達を倒せると?」


「!? 貴様、なぜそれを……」

 やはり、図星だったらしい。

 しかし、そんなことがバレていないと思っていたとは……。


「……決めた、貴様らはこの場で惨たらしく殺してやる」


 その言葉で、奴の雰囲気が変わった。

 いや、雰囲気だけではない。人間の姿だったそいつは、少しずつ姿を変えていき……まるで魔人のような姿へと変えていった。


 その姿は、地獄の悪魔にも似ているが、それより遥かに恐ろしい。


 人間だった姿はどこへやら、体は筋肉隆々に肥大化し、体は紫色に変貌し、頭には左右から後ろに曲がったような角が飛び出している。


 そして背中には、地獄の悪魔よりも立派で大きな蝙蝠のような翼が生えており、ドラゴンのような尻尾も生えている。


 もはや人間だった頃の面影はない。


 全身から禍々しい魔力が溢れ出す。

 その威圧感は凄まじく、私達の身体にもビリビリと伝わってくる。

 魔物達は本能的に危険を感じ取ったのか、奴から距離を取ろうとする。

 しかし、逃げようとする魔物達をクラウンは手で制す。


「貴様らはその場から動くな。動いたら殺す」


 その言葉を聞いた魔物達は、ビクッと体を震わせてその場で動けなくなる。

 魔物達も、こいつの実力が分かるようだ。


 魔物達の動きが止まったことを確認すると、クラウンはこちらを見据える。

 さっきまでの怒りの表情とは一転、今度は余裕の表情だ。

 よほど、今の姿に自信があるのでしょう。


「それがアンタの真の姿ってわけ?」


「……そうだ。人間の英雄よ。私は<封印の悪魔>の一人。

 真名は<サタン・クラウン>歴代の魔王の血を受け継いだ真の悪魔だ」


 真の悪魔……ですか。

 歴代の魔王は、それぞれ強大な力を持っていたと書物に記されていました。

 そして、全てに共通しているのが、悪魔族であり、その中でも<真の悪魔>名乗るものが多かったとも。


 つまりこいつは、魔王に近い強さを持っているのでしょうね。


「上等よ。あなたを倒せれば、私達は魔王にすら勝てるって事よね」

「なるほど、一理ありますね。カレン様」


 二人とも、相手が相手なのに強気ですね……。

 私は何だかんだで、奴の威圧感に気圧されてますけど。


「吠えたな、人間。良いだろう、ならばお前達に絶望を教えてやろう!」


 そして、私達の戦いが始まった。

 どこまで戦えるか分かりませんが、出来れば早く助けに来てくださいね。

 

 レイ、ベルフラウ――。

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