第563話 休日10
そして、夜―――
夕食を終えた僕達は、皆で焚火の前に座ってくつろいでいた。
「ふぅ、自然と触れ合いながら皆さまと鍋を囲む素敵な一日でございました」
レベッカは満足そうにお腹を摩り、僕の膝の上に頭を乗せて横になる。
「レベッカ、今日はよく食べてたね」
僕の膝で横になる彼女の髪の撫でながら僕は言った。
「満腹でございますぅ……にゃう……」
レベッカは頭を撫でると猫のような声を出して気持ちよさそうに目を細める。
「ふふ、レベッカちゃんも眠そうね」
「小さな身体なのにあれだけいっぱいお腹に詰め込んだらそうなりますよ。レベッカ、お腹大丈夫ですか?」
「……大丈夫でございます、エミリア様……ふにゅう……」
レベッカの目がどんどんと閉じていく。
「もう寝ちゃいそうですね、レベッカさん。本当、かわいい♪」
サクラちゃんは僕の隣に寄ってきてレベッカの頭を撫でる。レベッカは抵抗せずにスヤスヤと寝息を立て始めた。
「こうしてるとレベッカちゃんはやっぱり子供ねー」
姉さんはほんわかした表情でその様子を眺めている。
「子供と言っても、わたし達とそんなに変わりませんけどねぇー」
「ふむ、それはそうですね。しかし、レベッカはここ最近、あんまり身長も伸びなくなってちんちくりんのままですねぇ」
エミリアはレベッカのほっぺを楽しそうにつつく。
「やめなってエミリア……。でも言われてみれば確かに……」
僕はレベッカと出会った頃を思い出す。レベッカは今と当時を比較すると、修羅場を潜ってきたお陰か精神部分が大きく成長して頼もしくなった。
当時の幼げな口調も今では好んで大人びた様な口調に変わってはいるが、外見的な部分でいえばさほど変わりない。多少、身長が伸びたくらいのものだろうか。
「一度、レベッカが変な果物を食べて大人になったことがあったよね」
「ん、何それ?」
「大人にですか? 詳しい話が聞きたいです!」
僕の言葉に、カレンさんとサクラちゃんが反応する。
「あー、<奇跡の実>でしたっけ、懐かしいですねー」
エミリアは当時の事を思い出しているのか、少し遠い目をしながら答える。
「昔、立ち寄った場所でレベッカがこっそりと私達が知らないところで、木に成っていた果実を食べてしまいまして……」
「懐かしいわねー。朝起きたら、急にレベッカちゃんが大人の姿になってたのよ」
「そうそう、僕が川の水で顔を洗ってたら後ろからレベッカの声が聞こえてさー、振り向いたら幼い外見のレベッカが姉さんにも見劣りしないくらいのスタイルの美人さんになってて驚いたよ」
「あはは、あの時一番動揺してたのはレベッカちゃん本人だったけどねー」
姉さんはクスリと笑う。
「へー、そんなことがあったのねー」
「結局、その後どうなったんです?」
サクラちゃんの質問に、僕はスヤスヤと眠るレベッカの髪を撫でながら答える。
「あの時は本当に理由が分からなくて、原因を探ろうとレベッカに色々質問して、レベッカが食べた木の果実だって判明してさ。その後色々ハプニングがあったけど、何とか元の姿に戻れて安心したよ」
「レイ、今はそんな事言ってますが、本当は大人の姿のレベッカの姿に見惚れてたじゃないですか?」
「い、いや……否定は出来ないけどさぁ」
エミリアのその言葉に、僕は頬を掻きながら答える。
あの時のレベッカは、本当に綺麗でスタイルも凄くて、その雰囲気も合わさって思わずドキッとしてしまったのは事実だ。更にその後、ドキドキイベントがあったことは今は伏せておく。
「レベッカが25歳くらいになったらあんな感じかなーって思ってたよ」
「奇跡の実は膨大な魔力と同時に肉体を急成長させる果実でした。
それだけ聞けばパワーアップアイテムにしか見えませんが、かなり危険な代物で放っておくとレベッカもどうなってたか分からなかったんです。
結局、ベルフラウの活躍で事なき終えましたが、あれ以降レベッカの外見は戻りましたが、魔力も底上げされたままで結果オーライでしたね」
僕とエミリアと姉さんは、昔の事を知らないカレンさんとサクラちゃんに分かるよう、当時の事を回想しながら話す。
今思えば、あれもかけがえのない大切な思い出の一つだ。
「あの外見で想定すれば、レベッカはもっとすくすくと成長してもおかしくないと思うんですけどねぇ……」
エミリアは、ちっちゃくて可愛い寝姿のレベッカの頬っぺたを突いていた。
「ん……むぅ……」
レベッカは一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべたが、すぐにまた幸せそうにスヤスヤと寝息を立てる。エミリアの言う通り、あれほど女性らしい成長を遂げるレベッカが出会った当初と殆ど外見が変わらないのはちょっと不思議だ。
その事を皆で話し合っていると、姉さんが言った。
「それなんだけどね……ちょっと心当たりあるのよ」
姉さんは思わせぶりな事を言う。
僕達は姉さんの言葉が気になって姉さんに注目する。
「ベルフラウさん、何か知ってるのかしら?」
「うん、でもその前に、レイくんとエミリアちゃんに聞きたいことがあるの」
「?」「?」
僕とエミリアは互いに顔を見合わせて、再び姉さんに視線を向ける。
「なに、姉さん?」
「確かにレベッカちゃんは外見が大して変わってないけど、私の方は2年前と比べて全く変わってないことに気付かないかしら?」
そう姉さんに問われて僕は改めて考えてみる。
「そういえば……」
僕やエミリアは当時から二年弱が経過しているため、外見は変化している。僕は身長が当時よりも10センチほど伸びてるし、エミリアも可愛い系だった外見が大人びて美人になってきている。
だけど、姉さんは初めて出会った当時から外見は一切変化していない。
「言われてみるとそうですね……一体どういうことでしょう?」
エミリアは首を傾げる。
「それはね――」
「それは……?」
「
姉さんの言葉に、僕達はちょっと驚いた。
しかし、すぐに納得は出来ていた。姉さんが元神様だということ周知の事実だし、以前に現役の神様であるイリスティリア様が『神の外見は変化せぬ』と言っていたからだ。
だが、姉さんの言葉の一部に引っ掛かりを覚えた。
「……ん、私達?」
そう、姉さんは自分以外を指すような言い回しをしたのだ。
僕の疑問に、姉さんは微笑みながら答える。
「つまりね、レベッカちゃんも私と同じ、女神様になりつつあるのよ」
・・・・・・・・・・
「ええーっ!?」
「嘘っ!?」
「ベルフラウさん、それ本当なの。レベッカちゃんが?」
「こんなちっちゃくて可愛いのに神様なんですか?」
僕達は驚きながらレベッカを見る。
レベッカは「すやすや……」と気持ちよさそうに眠ったままだった。
その様子はとても可愛らしく、まるで子猫のようだった。
「これは、私の経験に基づく推測の話なんだけどね……」
姉さんは話を続ける。
「レベッカちゃんは<大地の巫女>という二つ名が付いてるのよね。
これは、<大地の女神ミリク>の巫女として付けられた称号だと思ってた。だけど実際は違うと思うの。おそらくだけど、彼女は<神の後継者>としての資格を持っているのだと思うわ」
「後継者? ってことは……」
「神様に何かあった時、あるいは自身が消えてしまった時。後先を考える神様はそういう時に備えて、自身の後継となるものを自身が生み出した人間の一人から選出するの。
ミリクはずっと前からレベッカちゃんを自身の後継者とすることを決めていたと思う。彼女が纏う衣装も、デザインこそ違うけど私が現役の女神だった頃の<女神の正装>のようなものに見えるし」
姉さんの説明に、僕達……特に、僕とエミリアは唖然としていた。
仮に、姉さんのその推測が正しいとするなら……。
「つまり、レベッカは人間ではなくて……」
「神様……だったってこと?」
僕達の問いかけに、姉さんは「そうね」と答える。
「今の段階ではレベッカちゃんも自覚してないみたいだし、どうなるかは分からないけどね。ただ、神様の後継者として選ばれている以上、肉体的な成長が殆ど起こらなくなってるはずよ。
そうね……予想だと20歳くらいまでは緩やかに成長するけど、それ以降はずっと変わらなくなると思うわ」
姉さんの話を聞いた僕達は、レベッカの方を見てみる。
僕達が見つめている間も、レベッカはスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
その姿からは、とてもじゃないけど、彼女が神様だなんて想像もつかない。
「……外見が変化しない……何処かで聞いたような話ね……?」
カレンさんは、今の姉さんの言葉に何か引っ掛かりを覚えたようだ。
「でも、どうして急にそんな事に?
最初の頃は普通にちょっとずつ変わっていた気がするんだけど」
「彼女自身がミリクの本当の名前を知ったのが切っ掛けでしょうね。
私達と出会った頃は、間違いなくレベッカちゃんは人間だった。だけど、それは彼女が巫女としての自覚が薄く、信仰すべき神の名前すら正しく知らなかったのが理由よ。
今は女神であるミリクと言葉を交わして、彼女こそ自身の仕えるべき相手だと確信した事で、ようやく神と人間の橋渡しをする<大地の巫女>という本来の役割を思い出したんだと思う。
その役目を果たすために、レベッカちゃんの身体は無意識のうちに人間から少しずつ神として変化しつつあるんじゃないかしら」
「……そんな」
姉さんの言葉を聞いて、僕達は何とも言えない気持ちになっていた。
しかし、姉さんは言った。
「……とはいえ、それでレベッカちゃんが何か変わるわけではないわ」
「……そうなんですか?」
サクラちゃんが姉さんに確認する様に問いかける。
「ええ、彼女はこれから神様としての能力を開花させていくでしょう。それでも、レベッカちゃんが私達の知らない誰かに変わるわけじゃない。
皆が私が元女神様だと知っても、変わらない態度でいてくれたのと同じように、私達がレベッカちゃんを特別扱いしなければ、彼女は今までと変わらず接してくれるはずよ。きっと彼女もそれを望んでる」
「……だね」
「……そうですね。レベッカが神様だとしても、私は態度を変えたりしません」
「ええ、勿論ね」
「ですねー♪」
僕達は、姉さんの言葉に迷いなく頷く。
他人だからとか、人間じゃないからとか、そんなの関係ない。
「僕達は、もう家族なんだから」
僕は皆の顔を見渡してから、そう言って笑った。
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