第579話 騎士を退団します5
レイとアルフォンスの決闘が始まり、コロシアム内で白熱した戦いが続いていた。そして、彼らの仲間である騎士達やグラン陛下はその様子を見守っている。
「二人とも流石だな。どう思う、ダガール」
「ふむ、そうですな。陛下……」
陛下と、その側近の王宮騎士団団長ダガールは、観客席から二人の戦いを見ていた。
ダガールは自身の立派なひげを弄りながら言った。
「……あのレイという少年、魔王を討伐したと聞いて眉唾モノでしたが本物のようですな」
「ほう、お前が素直に彼の力を認めるとは……お前は彼の事が気に入らないように見えたが、いつの間にか心変わりしていたのか?」
「滅相も無い。国王陛下が認めた人物を私如きが否定する訳が無いでしょう」
「ふん……どうだか……。
彼の周囲を部下に見張らせていただろう、私が知らないとでも思っていたか?
……まぁいい。この戦いをどう見る?」
「……正直、どちらが勝つのか予想できませんな」
「お前がそんな弱気な事を言うなんて珍しい。年老いて頭の回転が鈍ったか?」
「お戯れを……陛下の方が私よりも長く生きているでしょう」
「ふん……」
グラン陛下はガダールの言葉を鼻で笑う。外見的に見れば、陛下は子供にしか見えないが、その実、既に130を生きた不老の人間なのだ。陛下からすればまだ80歳前後のガダールすら若造と変わらない。
ちなみにグラン陛下の口調が普段と違うのは相手がガダールだからである。レイ達と話す時は、陛下は若々しく振る舞う為、どちらかと言えば今の方が素に近い。
陛下自身はガダールと話していると、自分が年老いたことを自覚してしまうため、最近は彼と話すこと自体を控えているようだ。
「陛下はどうお考えなのですか?」
「私が言ってしまえば贔屓してしまう事になるだろう。それに、私はこう見えても中立の立場でいるつもりだ」
「では、私の見解を申し上げましょう」
「聞かせろ」
「まず、アルフォンス・フリーダム。彼は『英雄級』の実力を持っています。彼が魔王の討伐に乗り出していたら幹部の一人と互角に戦える力はあったでしょうな」
「……ふむ、普段若造とか言っておきながらその力は認めていたのだな?」
「ええ……私が若い頃ならいざ知らず、この年老いた身では今の彼に遠く及ばないでしょう」
「なるほど……それで?」
「はい。しかし、彼は少々問題がある。
確かに彼の戦闘スタイルは完成されていると言ってもいい程素晴らしいものです。だが、お調子者の性格と色を好み過ぎる故に力にムラがある。私が彼を『若造』と未熟者扱いするのはそれが理由です」
「『英雄、色を好む』……とも言うがな」
「ええ、彼はその通りの存在と言えるでしょう。現に、彼はこれまで何度も女に手を出してはトラブルを起こしています。はっきり言って、彼一人のせいで騎士団の風紀が大きく乱れているといっても過言ではありません」
「……若気の至りだ、少しは多めに見てやれ。最近はカレン君のお陰で自由騎士団のイメージも良くなって、彼も落ち着いてはいるだろう?」
「むしろ、彼女が居なければ何かしら問題を起こしていた可能性もありますがな……。そして、もう一人……サクライ・レイの方ですが……」
ダガールは、アルフォンスと互角以上に戦っているレイの方に視線を移す。
「あれが勇者……恐ろしい存在ですな」
「ほう、お前でもそう思うのか?」
「ええ……同じ人間とは思えません。アルフォンス団長もまだ全力では無いでしょうが、彼はそれ以上に余力を残しているように思えます。まるで、アルフォンス団長の力を完全に把握しているかのように……」
「……ふむ。それはどうだろうか」
「陛下は、また違った意見をお持ちだと?」
「ああ。彼はアルフォンス君の力を把握しているわけでは無い。戦いの中で、相手の思考を推測し、その上で自身の戦術眼を用いて戦いに臨んでいるのだろう。アルフォンス君も彼のその柔軟な戦い方に苦慮しているようだ」
「なんと……まるで軍師のようではありませんか」
「流石にまだその域では無い。せいぜい小隊の指揮官と言ったところか。それでも、あの歳であそこまで冷静に判断できる者は中々存在しないぞ?」
「……それほどの逸材が、魔法学校の『先生』などに―――」
「止めろ。真剣に自身の将来に向き合っている彼に、お前の言おうとした言葉は侮辱以外の何者でもない」
「……失礼しました」
「しかし、そこまで評価しているのであれば、何故お前は『どちらが勝つか予想できない』と言ったのだ?」
「それは、あの少年の考えが分からないのが理由ですな」
「ふむ?」
「彼はアルフォンス団長より実力は上でしょう。しかし、何処か甘い部分がある。最初の打ち合いも初めから魔法を併用すれば楽に勝ちに行けただろうに、何故か剣だけの勝負に拘っていた。彼なりの美徳なのか、それともすぐに力を出すのが苦手なのかもしれません」
「ふむ、スロースターターというわけか」
「そういうことです。だからこそ、勝負の行方が分からない。少年が力を出し切れないなら、アルフォンス団長が勝つ可能性は十分あるでしょうな」
「………」
ガダールの見解を聞いて、グラン陛下はその瞳を細める。
「(確かに、ガダールの言う事も一理あるが……)」
だが、彼の予想は一つ抜けている部分がある。
グラン陛下は、観客席からコロシアム内の二人を見つめる。
◆◆◆
「はぁっ!!」
「―――くっ!!」
レイは上段から振り下ろしてきたアルフォンスの剣を受け止めて、鍔迫り合う。
鍔迫り合いの場合、単純な筋力差の勝負となりがちだ。
「ぐおおおおおおおお!!!」
アルフォンスはここぞとばかりに渾身の力を込めてレイを押し切ろうとする。
しかし、レイは最初は負けじと力を込めていたが、突然力を込めるのを止めて受け流す様にして後方に飛び退いた。
「逃すかぁッ!」
アルフォンスはレイの動きを読んで追撃する。レイは後退しながら両手で持っていた剣を片手に持ち替えると、空いた手から火球の魔法を数発放つ。
火球の大きさは100㎝程の大きさを連続で3発。即死級の破壊力を持つ魔法ではあるが、アルフォンスにとってはまだ対抗手段のある攻撃だ。
「―――絶技・風斬り!!」
アルフォンスは自身に飛んでくる火球に向かって大剣を一回転させ、真空を作り出してそれ斬撃として解き放つ。その威力はレイの放った全ての火球を真っ二つに切断し、周囲で大爆発を起こす。
「っ!!!」
流石のレイも、ここまで簡単に対処されるとは思わなかったのだろう。オマケに自身の魔法の爆風の余波のせいで、彼自身も思うように動けない状況になってしまった。
アルフォンスもチャンスと思い、この状況で一気に攻め込む。
「貰った!!!」
アルフォンスは、地面を一気に蹴って加速を付けてレイに斬り掛かる。
「絶技・大切断――!!」
だが、アルフォンスが勝ちを確信して技を発動しようとした瞬間、寒気を覚えて即座にその場から後退しレイから距離を取る。
「(な、なんだ、今の感覚……!)」
一瞬、自身の首筋に、冷たく鋭い何かが触れたような……?
アルフォンスは目を凝らしてレイの周囲を凝視する。
すると、彼の周囲に何か透明なものがいくつか浮いているように見えた。
あれは……。
「……氷の塊か、それは」
「正解です。エミリアに初めて習った
レイは、その氷の塊の一つを手に取る。
「エミリアの得意技なんですよ。彼女はいざ接近された時の備えとして、下級の魔法を複数設置して対策するそうです」
「いつの間にそんなものを……」
「後方に跳んで
「……っ、マジかよ、お前……!」
「でも、流石です……魔法使っても簡単に切り抜けられると、僕も危機感感じますね……」
レイはそう言って、手に持った氷の塊をアルフォンスに向けて放り投げる。
「ちぃッ……!!」
アルフォンスはその攻撃を先程の自身の技と同じ要領で切り裂く。
更にレイは周囲に浮かせていた
アルフォンスは大剣を盾にしてそれらの攻撃を全部ガードする。大剣にぶつかった氷の槍は全てあっけなく砕け散った。
が、レイの攻撃は終わらない。
「剣よ、稲妻を纏え――!!」
レイの周囲に膨大なマナが集まっていき、彼の上空に雷鳴が降り注ぐ。
しかし、その雷鳴はレイを傷付けることなく、彼の剣に全て吸収されていく。
――ゾクッ!
アルフォンスはその剣に集まったマナの量と、そこから繰り出される技の威力を想像して身震いを感じて、半ば反射的に自身で行える最善の技に集中する。
「絶技・
「
アルフォンスはレイの攻撃に対して全力で防御を選択し、レイはその防御を打ち破ろうと魔法剣を用いて、アルフォンスに接近する。
「――ぐうううううううううっ!!」
レイの凄まじい一撃を防御したアルフォンスは、あまりの一撃の重さに意識を昏倒しそうになるが、両脚に力を込めて踏ん張りどうにか堪えきる。
「(――ぐっ!!)」
「――っ!」
このままでは無理だと判断したアルフォンスは、無理矢理両手を動かして手に持つ大剣を振り回し、レイはそれを喰らわないように距離を取る。
「(やべぇな、こいつ。マジでつええ……)」
アルフォンスはレイの攻撃をギリギリで防ぎながら冷や汗を流す。
レイは自身の攻撃を凌ぎきっているアルフォンスに尊敬の念を持っているようだが、アルフォンスはレイの技を切り抜けるたびに、彼の戦闘技術の高さを肌で感じていた。
「(それに、最後の魔法……今まで見たこともねえぞ……!
魔法学校の教師共だって、これほどの精度の魔法を連続して使える奴はいねぇ。魔法学校に通わずに独学でここまで強くなるなんて、一体どんな修行してんだよ……っていうか、エミリアって闘技大会で見たあのとんがり帽子の女かっ!)」
以前見た彼女の姿を思い浮かべる。
レイの仲間のエミリアという名前の少女は闘技大会で無双していた選手だ。
とんでもない詠唱速度と魔法の威力で殆どの相手を圧倒しており、その強さはアルフォンスが身震いするほどだった。つまり、レイは彼女から魔法のイロハを教わっていることになる。
「(要するに化け物魔法使いが、化け物染みた才能のこいつに魔法を教えてるって事じゃねえか……!)」
もはや、彼は二人の化け物と同時に戦っているようなものだ。
「(――クソッたれ!! 冗談キツイぜ!!)」
心の中で彼は毒づく。だが、彼は闘志を消さない。
彼はレイの猛攻に苦戦しながらも、その瞳はしっかりとレイを捉えている。
レイはそんな彼の表情を見て、少しだけ違和感を覚えた。
「……アルフォンス団長、まだ本気で戦ってないですよね」
「……ああん?」
アルフォンスはレイの謎の質問に怪訝な反応を示す。
「(馬鹿にしてんのか……? いや、こいつはそういう奴でも無いか……ってことは)」
アルフォンスは、自身の大剣に視線を移す。
「……その大剣、薄々気付いてたんですが……」
「……ち!!」
アルフォンスは、レイの呟きを聞いて舌打ちをしてしまう。
「……やっぱり、その剣、僕と同じく【聖剣】……ですよね」
「……」
アルフォンスは黙る。そして、観念したかのように溜息を吐いた。
「……はぁ、まあ、バレてんなら仕方ねえか」
「どうして隠してたんですか? 団長ならむしろ自慢しそうなのに……ナンパのネタとして」
「そういうわけにもいかねえんだよ……。
この剣は、他人に言いふらして自慢するようなもんじゃねえ」
アルフォンスの言葉に、レイは納得する。
「……そうだったんですか。すみません、変なこと聞いてしまって……」
「別に構わん。俺が勝手に喋っただけだしな。それよりお前の予想通りこの剣は聖剣だ。お前は、この剣の力を使ってないから本気じゃないといいてぇのか?」
「……えっと」
レイは視線を逸らしてバツが悪そうな顔をする。
どうやらアルフォンスの質問は図星だったらしい。
「はっ、お前も大概分かりやすいな」
「うぅ……」
「悪いが、俺はお前ほど自在に聖剣を扱えるわけじゃねえんだよ。
遣い手じゃないからな。お前のその……
そいつみたいに意を汲んでくれねぇし、【声】も聞こえねぇ」
聖剣に選ばれた人間は、聖剣に宿る人格と心を通わせるとアルフォンスは師匠から聞いている。自身はそんな声を聞いたことは一度もないが、目の前の人物……レイはその声と対話が出来るという。
そういう意味で、レイは聖剣使いとしても別格の存在なのだ。
「……大体、そういうお前はどうなんだよ」
「え?」
「お前、その聖剣の力この戦いで何度使用した?少なくとも本気では使ってないだろ」
「……あ、いや……その……」
「答えにくいって事は、自覚ありって事だな。以前からずっとそうだったが、お前の戦い方は、どこか遠慮しているように思えた。
手を抜いてるわけじゃねえが、相手を制圧したり一方的に勝負を決める様な事をしない。まるで剣を通じて、相手と対話をしようとしているみたいに見えるぜ」
「……」
「ま、そう言う俺も同じだがな。正直、この剣の力は強すぎる。下手に使って加減を誤れば、相手が死んじまいかねない。だから、俺は出来る限り力を抑えている。この剣を全力で使うのは、本当に必要な時だけだ」
「……そうでしたか」
レイは、ちょっとホッとしたような表情をする。
「(……まぁ、全力では無いが実際は何回か使ってるんだがな……)」
アルフォンスの使う<絶技>は、少なからず聖剣の力を借りた必殺技だ。
特に、彼の得意技の
「さぁ、続けるぞ。いい加減疲れてきたからな」
「……はい」
アルフォンスとレイは再び剣を構えて、戦いを再開し始めた。
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