第578話 騎士を退団します4
「遅れてすみません」
僕達がコロシアムに向かうと、既に他の団員が集まっていた。
その中には、王宮騎士団のガダール団長や陛下の姿もある。
先に来ていたアルフォンス団長は、コロシアムの真ん中で大剣を地面に突き立てて、腕を組んで立っている。
「……」
コロシアムの真ん中に立っていたアルフォンス団長はポツリと言葉を漏らした気がした。
そして、彼はこちらを真っすぐ見ている。
「行ってくるよ」
僕は一緒に歩いてきた三人に声を掛けてからコロシアムの階段に足を踏み入れる。
「レイ、踏ん張れよ」
「絶対勝つのよ、レイ君」
「夢の第一歩ですよー!!」
ジュンさん、カレンさん、サクラちゃんの三人の声が踏み出した僕を後押しする。
僕は振り向かずに手を挙げて応える。
そしてそのまま僕は前を歩いて、アルフォンス団長の目の前で立ち止まる。
「……来たか」
団長はポツリと言葉を発する。彼は僕から視線を外さない。
「……ええ、お待たせしました」
ここまで来たら言葉は要らない。僕の想いを剣に乗せて彼にぶつけるのみだ。
「ふむ、これでメンバーは揃ったようだな」
グラン陛下は、揃ったメンバーを一望した後に、一人の人物に視線を移す。
「―――ガダール団長、頼めるか?」
「―――ハッ」
ダガール団長は短く返答して、コロシアムに足を踏み入れる。
「……これより、騎士の規則に則り、アルフォンス・フリーダムとサクライ・レイの決闘を行う!! 誇り高き王宮の騎士であるならば、この決闘は断じて辞退することは許されぬ!!」
「「はい!!!」」
観客の騎士達は、声を合わせて威勢よく叫ぶ。
「……両者、構えよ!!」
僕とアルフォンス団長は互いに武器を構える。
「……始め!!」
試合開始の合図と同時に、僕とアルフォンス団長は互いに向かって駆け出す。
「はあああああああ!!」
「うおおおおおおおおおおおおぉぉ!!!」
互いに、まるで獣の咆哮のように叫びながら互いの刃がぶつかり合う。
―――ここに、互いの想いをぶつける戦いが始まった。
「うおぉぉぉ!!」
「はぁっ!」
レイの剣とアルフォンスの大剣がぶつかり合い火花を散らす。彼ら二人の公式戦での戦いは、これで三度目。1戦目はレイの勝利で、二戦目もレイが勝ちを収めている。
ならば、この二人の勝負、レイの有利だろうか……?
―――否、そうとは限らない。
この二人の以前までの公式は戦いどちらも全力を費やした勝負とは言い難かった。
一戦目、レイが勝利した時は、アルフォンスは前日に酒場で女に振られて酔いつぶれていた。
その時に、激しい二日酔いで彼が大剣を振るうたびに頭痛でダメージを受けており、明らかに集中力を欠いていた。
本人の自業自得と言えばそれまでだが、それでも彼が不利な状況だったのは疑いようがない。
事実、その後に行った非公式の模擬戦では、アルフォンスはレイ相手に勝利を収めている。
……もっとも、この勝負は互いに訓練用の装備で戦っており、レイは魔法を封印していた為、これも公平とは言い難い。
では二戦目はどうか?
二戦目は、闘技大会の本戦前半のチーム戦での戦いだ。
本来なら一騎打ちの勝負では無かったが、彼ら二人のチームメイトが気を利かしてくれて、レイはアルフォンスとの一対一で戦うことができた。
この勝負は互いに制約など無い。
レイもアルフォンスも武装は万全、体調不良なども無い。
しかし、ここでアルフォンスが本来の実力を発揮できなかった。
理由はというと……レイが
アルフォンスは自身にとある制約を課しており、女性に対して全力で戦うことが出来ないのだ。加えて、女体化していたレイはかなりの美少女で、アルフォンス自身も
その後、正体を明かされて彼は自己嫌悪で死にたくなった。
そんな状態のレイとの試合で、彼は本気を出すことが出来なかった。
それでもアルフォンスは防御に回ってどうにか隙を伺っていたのだが、
もはや不運と呼ぶしかないだろう。
そして、今――
国王陛下の前で行うこの御前試合にて、彼は全力を尽くす。
この戦いはレイにとっては、自身の未来に繋げる為の戦いだが、アルフォンスにとってはレイと戦える最後のチャンスであり、リベンジマッチなのだ。
故に、アルフォンスは負けるわけにはいかない。彼は、自身のプライドと騎士としての誇りを掛けて戦う。今の彼は、これ以上無いほど絶好調だった。
「せいやあ!!」
「くぅ!?」
レイは剣を振り下ろすが、上手く回避されすかさずアルフォンスの大剣による強烈な一撃が入る。レイは咄嗟に剣で彼の反撃を受け止めるが、勢いを殺しきれずにコロシアムの端まで吹っ飛ばされてしまう。
「ぐっ……」
レイは立ち上がるが、その表情に余裕は見られない。
レイとアルフォンスは、それぞれの体格を比較すると大きな差がある。今のレイの身長はおよそ165cm体重53kgと男性にしてはやや小柄だが、アルフォンスは身長189cm体重90kgと成人男性の平均を大きく上回る巨漢だ。故に互いの素の筋力には大きな差があった。
「……どうした、レイ。お前の力はそんなもんか!!」
アルフォンスはレイに向かって大声で吠える。
だが、形勢不利に思えるレイに動揺した様子はない。
「……」
自身の埃を振り払って黙って剣を構える。
純粋な筋力差は今の攻防で十分に理解できたはず。
アルフォンスは気付いていた。本来、自分のような巨漢を相手にするならば、彼は魔法を使うしかないと。だが、今まだ彼は強化魔法や攻撃魔法を一切使っていない。
「(……何考えてやがる)」
アルフォンスは警戒して構えるが、数秒後レイが何かを呟いたと思ったら彼の周囲から深紅の霧が放出される。
そして、次の瞬間、彼の周囲から膨大な熱量と炎が渦巻き始める。
「――――っ!!」
アルフォンスは彼の周囲から突如発生した灼熱の業火に目を焼かれないように腕で覆う。
――これは、上級獄炎魔法!?
アルフォンスはこの魔法が何なのかすぐに思い当たる。魔法使いが扱う上級魔法の一つで、地獄から呼び寄せた炎で広範囲を焼き尽くす強力な炎属性の魔法だ。
対戦相手のレイは剣士なのだが、その魔力に関しては並の魔法使いを遥かに凌ぐ。故に、この魔法の威力は自身が想像する平均威力を大きく凌ぐものと考えて良い。
つまり正面から受ければ、如何に自分であっても無事では済まない。
――ならば!
アルフォンスは瞬時に思考を切り替えて、大剣を構えながら突撃を開始する。
彼我の距離は約25メートルほど。
アルフォンスは走りながら剣に意識を集中させる。
同時に、レイは左手をこちらに突き出して魔力を手の平に集め始めた。
そして――――
「――
「――絶技・
二人はほぼ同時のタイミングで技を解き放つ。
「はああぁ!!!」
アルフォンスは大剣を横薙ぎに振るい、レイの放った地獄の業火に真っ向から立ち向かう。
そして、互いの技がぶつかった瞬間にコロシアム全体が爆ぜるような衝撃が発生し、観客の騎士達も思わず吹き飛ばされそうになる。
―――そして、レイの魔法はアルフォンスの技によって打ち消された。
「―――ふぅ」
なんとかレイの大魔法を乗り切ったアルフォンス、しかし彼に油断は無い。以前にこの技の発動後の硬直をレイに狙われたことがあった。追撃の魔法が飛んできてもいつでも切り払えるように構える。
しかし、追撃が飛んでこない。
アルフォンスは警戒しながら、こちらから仕掛けようと歩き出す。
―――が、途中で気付く。
「(―――レイの野郎がいねぇ!!)」
アルフォンスの技で魔法を打ち消したといっても周囲の爆風や炎が完全に消えたわけでは無い。威力の大半を打ち消したものの、僅かな周囲の変化でレイの姿を見失ってしまった。
アルフォンスは即座に周囲に目を配らせる。
しかし、どこにもいない。まさか逃げたのか? そう思った時だった。
「!!!」
正面から何かが残像を残しながらこちらに猛スピードで向かってくる。
アルフォンスは即座に反応できず、その残像は目の前まで迫ってようやく視認出来た。
――レイだ。
彼は剣を振りかぶっており、その瞳には闘志が宿っている。
そして、彼が手にしている剣を見て驚愕した。
「な……なんだそりゃ!?」
レイの持っていた剣はいつの間にか形を変えており、まるで自分の大剣のように変化させていた。
「―――ぐっ!!」
レイの一撃に、自身の武器を滑り込ませてどうにか攻撃をガードするが……。
「ぐあああああああっ!!」
彼の力とは到底思えないほどのパワーで、アルフォンスの巨体はあっけなく吹き飛ばされてしまった。
「く……くそっ……!!」
「流石団長、相変わらず凄い必殺技ですね」
レイは、吹き飛ばされたアルフォンスを見つめながら、涼しい顔をして言った。
「こ、コノヤロウ……!!」
アルフォンスは大剣を使って身体を起き上がらせて、そのまま構え直す。
「てめぇ、さっき何しやがった!?」
「え? ああ、風魔法で姿を消す
レイはアルフォンスの質問に素直に答え、見本を見せるかのようにその魔法を使用する。
すると、レイの姿がいきなり搔き消えて何も見えなくなった。次の瞬間、レイはの魔法を解除し、再び姿を現す。
「と、まぁこんな感じです。上級魔法を発動した直後なら、たとえ防がれても団長はすぐには追撃してこないと思いまして。こうして姿だけ見えなくして気配を消せば、姿を見失ってくれるかなーって……」
「て、てめぇ……」
アルフォンスは、自分の質問に素直に答えるレイを見て、内心で怒りを覚えた。それは舐められていることに対しての怒りでは無く、単純な悔しさだ。
「(こ、こんな単純な仕掛けに俺が惑わされるとは……!!)」
一瞬、卑怯だと言いそうになったが、レイは状況を見ながら戦術を考えたに過ぎない。それに対応しきれなかった自分の落ち度である。
確かに自分も油断していたのは事実だが、それでも自身の攻撃を防がれた直後にこんな奇策を用意しているとは思わなかった。
「(……くそっ、しかも今のパワー……!!)」
先程の剣の一撃は、俺の攻撃と遜色ないかそれ以上のパワーだった。
魔法使い以上に自在に魔法を操り、純粋な戦士を超えるパワーで剣を振るう。
だというのに、彼は自身の力に慢心しない、油断を誘う事も出来ない。
おまけにこちらの戦い方を冷静に把握する観察眼を併せ持つ。
「(―――これが、『勇者』か………!!)」
アルフォンスは、レイの底知れぬ力に恐怖を覚えずにはいられなかった。
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