第577話 騎士を退団します3

 次の日の朝。

 僕は、決闘の前に鍛錬を行おうと、朝から騎士団の訓練所に訪れていた。

 しかし……。


「あ……」

「げ……!」

 よりにもよって、決闘前に決闘相手と鉢合わせしてしまった。

 それもそうだろう。ここは自由騎士団が自由に出入りできる場所だ。


 当然、自由騎士の団長の彼が居ないわけがない。

 むしろ、決闘を行うとなれば、このタイミングで現れる事は予想出来た。


「お、おはようございます……」

「お、おう……」


 お互い、一言だけ声を交わして無言になり視線を逸らす。

 そして邪魔にならないように距離を取って、互いに黙々と訓練に励む。


「……」「……」

 き、気まずい………。


 昨日は陛下の傍で言い合っていたため抑えられていたが、もしかしたら喧嘩に発展していた可能性すらあったのだ。彼が『決闘』を申し出たのも、ある意味、喧嘩別れしそうになった事に対するケジメだったのかもしれない。


 そんな状況で、一体どんな会話をしろと……!?


「(……とりあえず集中……!)」

 僕はなるべく彼の存在を意識しないように、鍛錬に励む。


 が、やはり隣で鍛錬をしてる団長の存在はどうしても気になるというもの。

 彼は僕と比べてガタイも良いため、剣を振るう動作一つ取っても迫力がある。流石は、自由騎士の団長を務める男である。


 剣筋は鋭く、無駄が無い。

 表情も真剣そのもので、正に王都を守護する騎士としての風格がそこに合った。


「――おい、何見てるんだ?」

「!!」


 僕は即座に目を逸らして素振りを再開する。


「……なぁ、おい。……その……先生ってのは、お前にとって……」


「え?」


「……何でもねぇよ」

 団長は、それ以上何も言わずに再び剣を振り始めた。

 それ以降、他の団員が朝練に来るまで、僕達は無言で鍛錬に励んでいた。


 そして、その日の夕刻。ついに決闘の時間がやってきた。


 僕は、仲間達に声を掛けてから宿を出て、決闘の予定場所であるコロシアムへ向かう。


 その途中―――


「あら、レイ君」

「こんばんわー♪」


 王宮内を歩いていると、カレンさんとサクラちゃんに出くわした。

 彼女達二人とも私服ではなく、騎士としての鎧を身に纏っている。


「こんばんわ。二人とも、どうしたの?」


 意外な所で出会った二人に僕は挨拶をする。


「聞いたわよ、団長の決闘をすることになったらしいじゃない?」


「わたし達も自由騎士団の団員ですからねー。

 今回の決闘を見届ける為に陛下に呼ばれてるんですよー」


「自由騎士団の他の皆も?」


「はい♪ それに、自由騎士団だけじゃなくて王宮騎士団のガダール団長も、決闘の立会人として来るみたいですよー」


「……そうなんだ」

 それは知らなかった。

 確かに騎士団の皆が来ているのなら、王宮騎士の人が来てもおかしくはない。


「団長に勝てればレイ君は学校の先生を目指して頑張れるわけね」


「頑張ってくださいねー、わたしも応援してますから♪」


「ありがとう二人とも」


「……でも、もしレイ君が居なくなったら、サクラが一人で副団長やることになるわね」「え゛」


 カレンさんの呟きを聞いて、サクラちゃんは肩をビクンと震わせてギョッとした表情をする。


「そ、そうなんですか……? あぅ……わたしには無理ですよぉ……」


「大丈夫だってば。いざとなったら私がフォローに入るし」


「っていうか、先輩が副団長に復帰すればいいじゃないですかー!?」


 サクラちゃんはカレンさんに詰め寄るが、彼女は涼しい顔で言った。


「えー……でも私、最近はお父様に『騎士の仕事もそろそろ良いだろう』って言われてるし……」


「嘘だー!!絶対ただ面倒くさいだけですよねそれ!!」


「あはは……」


 僕が苦笑していると、ふいに後ろの方から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「お、三人ともこんな所で何やってんだ?」


 振り返ると、そこには自由騎士団の先輩のジュンさんが立っていた。


「あ、ジュンさん」

「どもー」

「久しぶりじゃない。元気してた?」


 カレンさんは気安そうに尋ねると、ジュンさんは腕を組んでニヤリと笑って答えた。


「まぁな。カレン元副団長も思ったより元気そうで安心したぜ。……しっかし、騎士団を辞めるとはなぁ……一言くらい俺に相談が欲しかったぜ」


 ジュンさんはこちらに歩いてきて、正面から僕の肩を手で軽く叩く。


「ゴメンなさい……学校の一件が終わった時には、心に決めていたので……」


「それならまぁ仕方ないが……団長、怒ってなかったか?」


「すごい剣幕で怒られました。今朝、訓練場で会った時は機嫌悪そうで話しかけづらかったですし……」


「だろうなぁ……あの人、あれで仲間意識も強いから、相談もなく勝手に辞めるなんて許せねえって思ってるんだろうさ。意外と熱い奴なんだよ、団長は」


「……」

 ジュンさんの言葉に僕は何も言えなくなって黙り込んでしまう。


「……やっぱり、突然過ぎましたか?」


「まぁな……だが、悩み続けて言えなくなるよりはマシじゃねえか?」


「そうね……貴方にしては早い決断だったと思うけど、私もジュンさんの意見が正しいと思うわ。レイ君は遠慮しがちだし、自分の意見を押し込めて長引かせるより、思い切って行動するのが正解よ」


「団長さんも今は冷静じゃないんだと思いますよ。結構レイさんをライバル視してましたし、勝ち逃げされるのが許せないとかそういう感情があるんじゃないかなー。意外と可愛いですよねー♪」


 サクラちゃんはそう言って、くすっと笑う。


「団長が誰かを気に掛ける所ってあんまり見せねぇからなぁ。……しかし、レイがライバルねぇ……」


 ジュンさんは顎に手を当てて、思案するように目を細める。


「僕、ライバル視されてたんですか?」

 普段の団長を見ててそんな感じはしなかったけど……。


「模擬戦の成績の時にレイさんの名前が出ると、団長ちょっと顔を強張らせたりしてますよ?」


「団長は公式戦の勝負で負け越してるから、それも理由かしらね?」


「あー、なるほど。よく考えたら、レイが王宮に来た時も団長が負けたんだっけか」


「団長さん、今思えばボロ負けしてますね♪」


「う……」


 僕は、王宮に初めて行った時の事を思い出した。確か、初めて王宮に行った時に、サクラちゃんに案内されて団長と会ったんだ。

 そして、その時に団長と手合わせして、僕は団長に勝ったのだ。その後、闘技大会で当たった時も僕が勝った。模擬戦を含めた戦績なら互角くらいだけど、周囲の評価は僕の方が上なんだろうか。


「――おい、俺が聴いてないと思って、散々言ってくれるじゃねえか」


「「「!!!!」」」


 背後に人の気配を感じて振り向くと、そこにはアルフォンス団長が立っていた。

 彼は眉間にシワを寄せてやや不機嫌そうな表情をしている。


「アルフォンス団長……こ、こんにちは」


「……ったく。俺が出ていくと話し辛いと思ってしばらく黙ってやっていたのに、俺の話題で変に盛り上がりやがってよぉ」


「す、すみません……」


「謝ることないわよ、レイ君。今言ってたことは全部事実なんだから」


「うるせぇよ、お前はさっさと魔力戻して副団長に復帰しやがれ!」


 団長はカレンさんの言葉に反論して言い返す。


「あら、そんなに私に復帰してほしいのかしら?」


「お前が居ねえから仕事が溜まりっぱなしなんだよ。サクラに書類整理頼むとすぐにサボって何処か行くし、レイもお人よしが過ぎるせいで、王宮の外で変に仕事を増やして毎回遅くまで帰ってこねえし。他の奴にやらせるにも限界があるしで、俺の負担が増えまくってんのに気付けこの馬鹿!!」


「……そ、そうだったの……?」


 カレンさんは、団長のマジトーンに押されて、ジュンさんを見る。

 ジュンさんは苦笑して顔を縦に動かして頷く。


 そして、カレンさんは僕とサクラちゃんを見る。


「……二人とも、申し開きは?」


「ないです……」

「ごめんなさい……」

 僕とサクラちゃんは揃って頭を下げた。


「……すまん。つい熱くなって怒鳴っちまった。ここまで言うつもりは無かったんだが……」


「いえ、僕の方こそ仕事を溜め込んでしまってすみませんでした」


「わたしも、すいませーん」


 団長は、少し言い過ぎてバツが悪くなったのか、先程までの怒気が薄れる。

 そして僕達に背を向けて歩き出す。


「……俺は先に行くぞ。レイ、悪いが今回ばかりは手加減しねぇ。本気でお前が騎士を辞めて夢を叶えたいなら……全力で俺を倒してみやがれ。俺は全力でそれを阻む」


「……はい!」

 団長は、僕の返事を聞くと背中越しに手を上げて去っていく。


「あちゃあ……団長さんってば、余計熱血になっちゃいましたね」


「これは団長を倒すのに苦労しそうだな、レイ」


 サクラちゃんとジュンさんは笑いながら話す。


「……レイ君、ここが正念場よ、行ける?」


 カレンさんは僕に静かに問う。


「……大丈夫、団長に背負うものがあるように、僕にも―――」


 僕は、大切な仲間達、それに魔法学校に通う子供達の事を頭に思い浮かべる。


「――やりたいことの為に、負けられない理由がある」


「……そう、分かったわ。それじゃあ、貴方の覚悟を見せてちょうだい」


「うん、絶対に勝つよ」


 僕はそう宣言すると、団長が向かった方角へ歩いていった。

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