第576話 騎士を退団します2
しばらくして、アルフォンス団長が謁見の間にやってきた。
「国王陛下、自由騎士団団長アルフォンス・フリーダム、ここに馳せ参じました」
団長は、普段の軟派な雰囲気は何処へやら、
今は凛とした佇まいで玉座に腰掛ける陛下の前に膝をついて頭を垂れている。
「うむ……突然だが、キミに話がある」
「はっ、何なりと」
「実は、キミの所属する自由騎士団から一人抜けることになった。こちらで承諾しても問題ないのだが、一応キミの部下でもあるからな。最低限スジは通しておくべきだろうと思って呼んだのだ」
「なっ……自由騎士団に欠員ですと!? 一体、誰が……!!」
「そこにいる、レイ副団長だが」
「!?」
陛下の言葉に、アルフォンス団長は驚愕の表情を浮かべて僕を見る。
「本当なのか……?」
「はい。僕が先程、自ら退団の意思を伝えました」
「……理由を言え。いくら陛下が承諾したとしても俺は納得いかねぇぞ」
団長は先程の落ち着いた雰囲気は消え去り、声を荒げて僕に詰め寄ってくる。
「すみません団長、騎士よりも僕はやりたいことが出来たので」
「……てめぇ、大英雄とか言われて調子乗ってんじゃねえのか!?
確かにお前の入団は特例だったが、それでもお前が今背負ってる『騎士』の肩書はただの飾りじゃねえんだよ。それを簡単に捨てると抜かしやがるのかっ!!!」
「……っ!!」
団長の剣幕に気圧されそうになるが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「……確かに、僕はまだまだ未熟で、英雄だなんて呼ばれても実感が湧かないというのが正直な気持ちです。
それに騎士という立場を軽んじているわけではありません。僕も団長と同じく、この王都が好きですし守りたいと思います。だから団長の気持ちも分かります……でも、それでも僕は……」
「……僕は、何だよ。お前は、騎士を捨てて何をやりたいって言うんだ?」
「……先生です」
「……今、なんて言った……?」
自分の聞き違いかと思ったのか、団長は確認するように僕に問いかけてくる。
「僕は、これからは魔法学校の先生を目指そうと思っています。そして、子供達にこれからも色んなことを教えてあげたいんです」
「……せ、先生……先生……だと……お前が……?」
団長は、困惑した様子で僕の言った言葉を何度も復唱する。
「な、何かおかしいですか……?」
「いや……別に俺も学校の先生がどうの文句を付けるつもりはないがよ……」
団長は気まずそうに視線を逸らす。
「まさかとは思うが、学校の教師になるために退団したっていうのか……?」
「はい」
「……お前、今いくつだ?」
「もうじき17になりますけど」
「子供じゃねーか!!」
「それ言い出したら子供なのに僕は騎士団の副団長やってますし、サクラちゃんだって今15歳ですよ。それに、今すぐ先生になるわけじゃないです。しばらく先生になるために勉強する時間が必要で、騎士を続けるとなると両立は難しいと思いまして」
「…………」
団長は呆然としている。
「まぁそういうことだ。アルフォンス、キミにも彼の意思を尊重してもらいたい。いいな」
「……はい」
陛下に諭されて、アルフォンス団長も渋々ながら頷く。しかし……。
「……いえ、陛下。騎士を辞めるならそれ相応の辞め方が必要です」
「ふむ、というと?」
陛下は興味深そうに質問する。
「……そうですね、例えば」
そこで、団長はこちらを向いて真剣な表情で何かを言おうとする。
……何かイヤな予感がしてきた。
そして、団長は言った。
「レイ、お前がこのまま騎士を辞めるというなら――」
◆◆◆
その日の夜――――
「――で、アルフォンス団長と、退団を賭けて決闘する羽目になったと」
「うん。なんか成り行きでそうなっちゃった」
僕は宿屋の一室でベッドに腰掛けて、僕の部屋に遊びに来ていたエミリアに、今日の出来事を話していた。
「なんというか、最近のレイって決闘ばっかりしてません?」
「いや、僕が言いたいくらいだよ」
エミリアの質問に僕は、疲れた声で答える。
騎士という職業は、街の治安維持を務める武力集団の側面がある。
それゆえか、何か揉め事やどうしても譲れない事がある時は、決闘で決着をつけることが慣例となっているらしい。実際、今までそれが理由で何度か決闘する羽目になった。
「ふぅむ、アルフォンス団長ですか。今まで何回くらい対戦してるんです?」
「……騎士団の訓練の模擬戦を含めるなら10回くらいかなぁ?」
「今の所、勝率は?」
「五分五分くらい?」
「うーん微妙ですね」
「しょうがないじゃん。団長、あれで本当に強いんだもん」
僕がちょっと頬を膨らませて抗議すると、エミリアは苦笑した。
「一応訊いときますけど、騎士団の模擬戦ってルールとか無いんです?」
「あるよ。基本的に、武器と魔法の使用は禁止で、木刀を使った一本勝負。でもそのルールで団長相手だとかなり辛かったんだよね」
「今回の決闘も同じルールなんですか?」
「ううん、今回は前に闘技大会で使ってたコロシアムで戦うし、武器も魔法もオッケーだよ」
「なんだ……それなら楽勝ですね」
「いや楽勝って……」
僕はエミリアの元も子もない言葉に呆れてため息をつく。
「簡単じゃないですか。レイが本気でやれば速攻で聖剣の力解放して、心眼で動きを読みながら初速で一気に近づいて背後から奇襲すればそれでKOでしょう?」
「いやいやいや、そんなRTAみたいな動きなんて出来ないって」
「ん、RTAって?」
「あ、こっちの話」
RTAとはReal Time Attackの略で、ゲームを高速でクリアすることである。
要するに、超効率的な動きで攻略を行うゲームプレイの一つなのだが、それを異世界で行うのは自殺行為だ。相手は人間だ。そんな機械的で読みやすい動きなんて簡単に看破されてカウンターを喰らうのは見えている。
「大体、一騎打ちで聖剣の力を借りるなんてご法度だよ。正々堂々と戦わないと」
「えー、騎士道精神ってやつですか? 自分の将来が掛かってるんですから、そんな甘い事言ってられないでしょ」
「それはそうかもしれないけど……」
「私はレイが絶対勝つと思ってますけど、万一にも負けでもしたらハイネリア先生に顔向け出来ませんよ? それにあんな期待の眼差しを向けてくれた子供達に『ごめんね、先生は無理だったよ。てへっ☆』って言うんですか?」
「そ、そんな言い方しないって!」
「なら手段を選んでなんかいられないでしょう?……それに」
エミリアは立ち上がり、僕の隣に座る。
「……それに?」
「あの騎士団長が使ってる剣……多分ですけど……」
エミリアは、「う~ん」と少し考える素振りを見せる。
「……もしかして、聖剣だって言いたいの?」
「っ!」
僕の言葉に、エミリアは驚いた表情を浮かべてこちらを見る。
「どうして分かったんですか!?」
「なんとなく……団長の剣が普通の武器とは違う気がしたからさ。多分そうじゃないかなって……」
団長自身のマナの量は普通だが、剣から放出されるマナは不自然な程多く感じた。
それに、団長が使用する<絶技>と呼称する大技は、単純な筋力では不可能な性能を有している。あれは、おそらく剣の性能を最大限に開放した結果なのだろう。
「……仮にそうだとしたら、レイも聖剣の力を使わないと、勝てないと言わないまでも苦戦するのでは?」
「……」
「手加減出来る相手じゃないなら、そこは全力で行くべきですよ。
団長はレイを騎士として傍に置きたがってる。レイは未来の為に騎士の道じゃなくて先生の道を選択して巣立とうとしている。
両者に譲れないものがあるなら、後はもう意地の張り合いです。騎士を辞めるなら騎士を辞めるなりの意地を見せて、先生になるなら先生になってやるっていう気概を見せてください」
「……そうだね」
エミリアの言う通りだ。
ここで怖じ気づくようであれば、先生を目指す覚悟が足りてない証拠だ。
「ま、頑張ってください。私はレイが勝つと信じてますよ」
エミリアはそう言いながら立ち上がり、自分が持ってきた鞄の中から2冊の本を取り出して僕に手渡してくれた。
「レイに言われた通り持ってきましたよ。昔、ダンジョンで入手して私が保管してた『自然干渉魔法理論 応用編 -上巻-』と『下巻』の二冊です」
「うん、ありがとう」
僕はお礼を言いながらその本を受け取る。
「でも良いんですか、私がサポートすれば効率よく魔法の事を学べると思うのですが?」
「分からなかったら頼むと思う。でも、僕が自分の意思で選んだ道だから、魔導書の一冊や二冊自分で解読できないとカッコつかないじゃん?」
「ふふ、そうですか」
「次に子供達に指導する時は、又聞きの知識じゃなくてちゃんと自分で調べて理解してから教えたいんだ」
「分かりました。なら、私も全力で応援します」
「……ところで、エミリアは先生の仕事に興味ないの? ハイネリア先生にそれとなく誘われてなかった?」
僕がエミリアにそう質問すると、エミリアは苦笑しながら手を左右に振って言った。
「あはは……残念ですが、私はあれが限界ですよ。子供達に自分の知識をひけらかすのは楽しかったですけど、人に何か教えるなんてことは向いてない事が分かりました。ハイネリア先生には悪いですけど、私は教師ではなく冒険者に戻ります」
「そっか……」「それに……」
そこでエミリアは僕の耳元に口を寄せて囁いた。
「私は今の生活がとても楽しいんですよ。レイがいて、皆がいて、一緒にダンジョンに潜ったり、こうやって毎日のように宿屋でおしゃべりしたりとか……。
今の私はそれだけで十分満足ですし、これ以上は必要ありませんから……」
「そ、そ、そ……そうなんだ……」
エミリアのその囁きと、温かさに思わず理性が飛びそうになるほど心臓が跳ね上がる。
「おー、顔が真っ赤になってますね……やっぱり私の事が大好きなんですね♪」
「~~~!」
僕は何も言えずに、ベッドを離れてエミリアから貰った二冊の本を持って机に移動する。
「冗談ですよ。勉強、頑張ってくださいね♪」
エミリアは、笑顔でそう言いながら僕にパタパタと手を振って部屋を出ていった。
「……はぁ」
その後ろ姿を見送った後、僕はため息をつく。
……全く、あの子は本当に油断ならないというか何と言うか……。
僕は、椅子に座り、受け取ったばかりの魔導書をパラパラと捲る。
「……よし、頑張ろう」
気合いを入れて、僕は早速魔導書の解読を始めた。
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