第575話 騎士を退団します1

 ――それから二日後の話。


 僕はとある理由でグラン国王陛下に謁見を申し出ていた。

 その日は国王陛下との面会の約束を取り付けており、現在はグラン国王陛下と対面していた。


「グラン陛下、お久しぶりです」


「やぁ、レイ君。確かに、キミを顔を見たのは久しぶりだね」


 久しぶりに対面したグラン陛下は、相変わらず立場を気にせずにフランクな態度で接してくれた。


「ハイネリア殿から聞いているよ。魔法学校の件、臨時とはいえキミは生徒たちの信頼を得て無事に最後までやり遂げてくれたようだね。彼女は君とエミリア君の事を随分と褒めていた。改めて礼を言う」


「いえ、そんな……ハイネリア先生を含めて子供達が僕を支えてくれたお陰です」


「はは、相変わらず謙虚だなキミは。まぁいい、今日は何の用かな?」


 朗らかな表情で陛下は笑い、僕に質問を投げかける。


 その表情に、僕は若干の罪悪感を覚えた。

 何故なら、今から僕は陛下にとってあまり利益の無いお願いをするからだ。


「……実は―――」

 僕は、二日前に講師としての役割を終えた時から考えていた想いを陛下に打ち明けた。


 ―――10分後。


「―――ふむ」

 陛下は、僕が切り出した内容を真面目な表情で黙って聞いてくれた。

 そして僕の言葉を全て聞いてから、陛下は話し始めた。


「――なるほど……自由騎士団を退団したいと……」

「……はい」


 僕は静かに頷いて答える。自由騎士団は、陛下自身が私兵として設立した部隊であり、サクラちゃんや僕もそこに末席として所属していた。しかし、今回ハイネリア先生の話を聞き、自分が今後どのように生きていくか考えた結果、今の僕の気持ちは固まっていた。


 陛下は椅子に深く腰掛けて息を吐く。


「……」

 僕は、緊張しながら次の言葉を待つ。

 そして、陛下は再び口を開いた。


「……ハイネリア殿から少しだけ聞いている。

 キミは騎士や勇者の立場よりも、子供達を導く聖職者としての道を選んだ……と。なるほど、確かに、騎士団に所属しながら、今からハイネリア殿のように講師を目指すとなると色々と問題が出てくるだろう。……だが、惜しいな」


 陛下は、そう言って少しの間だけ目を瞑る。


「……正直に言おう。私は、キミに騎士団団長の座についてもらい、この国の守護を任せたいと思っていた」


「!」


「今のキミは自由騎士団代理副団長という立場であるが、それ以上に魔王を打ち倒した『勇者』にして『大英雄』でもある。それだけの強さと実績、それに国民からの人気もある……私はキミ以上の適任者はいないと思っている」


「……」


「……しかし、だ。それはあくまで私個人の勝手な要望に過ぎない。

 レイ君、私はね、キミの事は大切な友人と思っているのだ。その友人に対して、国王としての権力で縛るような真似はしたくない」


「……僕が、友人ですか?」


「ああ……私はこんなナリ子供の姿をしているが、これでも既に100を超えたお爺さんだ。ならば、交友関係が広いと思うだろうが実情はそうじゃない。私にとって、これまで本当の親友と呼べる人物は生きててたった一人しか居なかった」


 陛下は、静かにため息をついて語り始めた。



「……今から、そうだな。既に100と5年の歳月は経っているが、私は、今のキミと同じく『勇者』だったことは前に話したことは覚えているか?」


「はい、以前に魔王軍基地から帰還した際に聞いています」


「結構……覚えていてくれて嬉しいよ。

 私は、この王都の元々貧民街に生まれた貧民でね。今でこそ、国王などという地位に就いているが、昔はそれは酷いものだった。毎日食べるものにも困り、時には盗みだってやったこともある。当然そんな暮らしだから、周りの人間からは疎まれて、常に迫害を受けていた」


 陛下のその言葉に、僕は内心驚いていた。

 今の王都に、貧民街なんて呼ばれる場所は存在しない。


 確かに、富裕層やそれ以外という区別こそあるが、それは一部の貴族の特権階級のようなもので、他の層の人間は平民だろうが、不自由なく仕事が与えられ生活にも困らない暮らしをしているからだ。


 それに、陛下が貧民……?

 僕のその内心の疑問を察したのか、陛下は少しだけ影を宿して笑う。


「いくつか疑問はあるだろうが、一つずつその疑問に答えよう。

 まず、貧民街について……当時の王都は今と違って荒んでいた。当時、別の国と戦争中だったこともあり、戦地に赴く兵士のために住居や食料を提供していた。当然だが何処かでそのしわ寄せがくる。それが、私達のような貧しい人々だった。彼私達は、住む家もなく、食べ物も満足に得られず、ただ生きることだけに必死になっていた」


「……昔の王都がそんな状態だったんですか」


「そしてキミのもう一つの疑問……。

 何故、私が国王として君臨しているか、だが……順序を追って話そう」


 陛下はそこで言葉を一度区切る。

 そして、軽く僕の周囲を見渡して、誰も居ない事を確認すると、口を開いた。


「当時、私は陛下に近付くために戦争に参加する為に兵士として志願した」


「近づく……つまり、自身の立場を向上させるために?」


「それも理由の一つだな。私の本来の目的を果たすためには地位が必要だ。貧民である私など王宮の門を潜ろうとするだけで、無礼者として死罪となるほど当時の王都は酷い有様だった。

 しかし戦争に志願して功績を挙げれば、私は血筋に関係なく王都の一員として迎え入れられる可能性が生まれる。私はその為に、他国の兵士達と戦い、数百の敵国の兵士を殺した。結果、私は国王の目に留まり、国王の側近して迎え入れられた」


「……なるほど、戦争のせいで貧富の差が激しくなっていたのですね。それで、本来の目的とは?」


「……当時のあの国王を、この手で殺すためだ」「!?」


 陛下の言葉を聞いて、僕は思わず驚きの声を出してしまう。


「驚くのも無理はない。しかし、事実だ。私の両親は、戦時中に栄養失調による病気で死んだ……という事になっているが、実際は違う。……国王の配下である貴族によって殺されたのだ。

 当時の国王は、言葉で尽くしがたいほどの外道で、戦争の理由も国王の私欲の為に他国に攻め込んだのが理由だ。そのせいで数多の自国の兵士や、そのしわ寄せに国民達を蔑ろにして、自分に擦り寄るクソ貴族共だけを優遇する……本当に吐き気がするような男だった」


 陛下の顔は怒りに染まっていた。


 しかし、僕が陛下の豹変に驚いていると、

「……と、失礼した。すまない、少し怖がらせてしまったようだな」

「い、いえ……」


 陛下はすぐに冷静さを取り戻して普段の表情に戻った。


「私は戦争で活躍し、勝利に導いたことで国の英雄と称えられるようになった。その後、国王の側近として迎え入れられ、私は国王を暗殺する機会をひたすら待った。……そして、国王と二人だけになった時、背後から奴の胸を抉った」


「……」


「その後、私が国王を暗殺したことが露見し捕らえて処刑されるところだった。だが当時、私は戦争を終結させた立役者として民衆からも慕われていたおかげで、国民達が私を庇ってくれてね。

 逆に、私を殺そうものなら、国民全員が反乱を起こしかねないと判断したのだろう。当時の国王の側近は、私を国王として祭り上げたのだ。それが私が今、この地位に居る理由だ」


 その陛下の壮絶な告白に、僕は絶句していた。


「そして、その時に私を率先して庇ってくれた人物の一人、それが私が親友と呼ぶべき男だった。彼が国民を扇動してくれなければ……あの時、私はここに居なかっただろうな……」


 陛下は当時を懐かしむように、目を瞑る。


「そう……なんですか」


「だからこそ、彼と同じくらい信頼しているキミの頼みを無下にするわけにはいかない。長い話をしてしまったな……キミの願いを叶えよう。自由騎士団の退団を許可する。……一人の友人として、キミの将来の夢を応援させてもらおう」


「ありがとうございます……!」


 僕は、深々と頭を下げてお礼を言う。


「今まで私に仕えてくれてありがとう。キミはこれで騎士を退団するわけだが、今まで通り王宮に自由に出入りしてくれて構わない。……だが、一つだけ懸念点があってな」


「……というと?」


「アルフォンス団長の事だ。キミが騎士を辞めるとなると彼を説得せねばならん。彼は軟派に見えて中々に頑固でな。一度決めたことは意地でも曲げない。そのくせ、いざという時は頼りになる……実に厄介な御仁だよ」


「あー……確かに、言われてみるとそんな感じはしますね」


 僕は苦笑して答える。


「なので、まず彼をここに呼んで事情を話すことにしよう。少しばかり待っていたまえ」

「はい」


 その後、陛下の指示でアルフォンス団長が謁見の間に呼ばれるまで僕は待機することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る