第574話 卒業

 次の日――

 キーンコーンカーンコーン。授業終了を知らせるチャイムが鳴る。


「今日はここまで。みんな、自宅に帰ってもちゃんと復習をお願いね」


「はーーーーい」

「ありがとうございましたー」


 僕の言葉に子供達は元気よく返事を返す。

 この授業を以って、僕とエミリアの講師としての仕事が終了となる。

 僕は複雑な胸中を抑えながらも笑顔で子供達と向き合う。


 最後に言わなければならない。

 僕は教卓に置かれた教科書を鞄に閉まって、僕は一旦深呼吸を行う。


 そして、僕は教室内で楽しそうにはしゃいでいる子供達を真っすぐ見て言った。


「――――それから、皆に言わないといけないことがあるんだ」


 僕が言葉にすると、教室の中が静まり返る。

 子供達の後ろにはハイネリア先生とエミリアが見守っている。


「(……レイ、言うんですね)」

「(……レイ先生)」



 僕は子供達の視線を受けながら、口を開く。

「―――実は、僕とエミリア先生は、この学校の先生を辞めることになったんだ」



 ・・・・・・・・・・・



「「「「えええええええええっ!!!」」」」


「マジかよ、レイ先生!!」


「……そっか。前言ってたもんなぁ……」


「うぅ……寂しいかも……」


「レイお兄様、行っちゃヤダ!」

 リリエルが僕の元に走ってきて、小さな手で僕の手をギュッと握る。


「……ごめんね。でもこれは最初から決められてたことなんだ」


 僕の言葉に、教室内がざわめく。

 僕達が魔法学校に来たのはハイネリア先生のサポートの為だ。


 こうして今まで教鞭をとっていたのも、手が足りないからに過ぎない。

 本来の講師が王都に召集された以上、僕達の役目はこれで終わることになる。


「……先生、じゃあもうボク達はレイ先生に教わることはもうないのかな?」

「……コレットちゃん」


 僕は悲しそうな顔をしているリリエルちゃんの頭を撫でる。

 そして、コレットちゃんの方を向いて話す。


「僕もまだ未熟なんだ、コレットちゃん。

 本来なら僕は皆に教えられるほどの知識も技術も無かった。それをハイネリア先生とエミリア先生のサポートのお陰でなんとか形に出来ていたんだ。むしろ、僕が皆から教わってたくらいだよ」


 すると、フゥリ君が大声で言った。


「そんなことねぇよ。だってレイ先生はすげぇじゃんか!! 滅茶苦茶強くて、オレなんかにも優しくて……レイ先生よりすげぇ大人なんて見たことねぇよ!!」


「……ありがとう、フゥリ君。短い期間だったけど、僕はキミと仲良く出来て嬉しかった……それに、ネィル君もね」


 僕は、フゥリ君の隣で不安そうに見ていた彼に視線を移す。


「……!」


「ネィル君、キミも随分と成長したと思う。

 先生の立場って考えると、こういう事を言うのはどうかと思うけど、キミは最初、とても嫌な子だった。親の権力を使って、クラスメイトをイジメたり、先生を脅したりと、はっきり言って最悪だったよね」


「うんうん……」

 僕の言葉に、エミリアが後ろで頷いている。


「……うぅ」

 ネィル君は、当時の事を思い出したのか落ち込んだ表情を浮かべる。

 ……ちょっと言いすぎたかもしれない。


「こほん……ちょっと言い過ぎた、ゴメン。だけど今の君は違うよ。自分が悪い事したらちゃんと謝るようになったし、他のクラスメイトに威張るようなことも無くなった。

 それに授業で自分一人だけ上手くいかなくてふて腐れても、こっそり一人で頑張れるようになったのも偉いと思う」


「えっ、せ、先生、なんでそれを知ってるの!?」


「隣のお兄ちゃんが嬉しそうに言ってたよ」


 フゥリ君が物凄い勢いで首を動かすと、フゥリ君が良い笑顔で親指をグッと立てていた。


「に、兄さん余計な事を……。先生、あの時は本当にゴメンなさい……」


 ネィル君の瞳からは涙がこぼれ落ちる。


「気にしないで、もうキミはあんなことしないって確信してるから」


 僕は彼の言葉に頷きながら話す。

 それから、傍で目をウルウルさせているリリエルちゃんに視線を向ける。


「リリエルちゃん、泣かないで。大丈夫、僕達はまた会えるから」

「レイお兄様……」


 僕は再び彼女の頭を撫でてから、教卓を離れて一歩前に出る。


「皆、聞いてほしい。僕達は今日でキミ達の先生じゃなくなってしまう。だけどね、僕はいつか戻ってくる」


「……先生、それはもしかして……!」 


 僕静かに見守っていたハイネリア先生が僅かに声をあげる。

 僕はハイネリア先生に一瞬視線を移して頷き、再び子供達に視線を戻す。


「ハイネリア先生、決めました。僕は、これから時間を掛けて勉強して、いずれ正式な教師になりたいと思ってます。だから……皆、それまで待ってて」


「レイ先生……よく決心してくださいました」

 ハイネリア先生は感極まったように目元を拭いながら、微笑む。


「レイ先生、僕達ずっと待ってるぜ!」


「先生、頑張ってくれよな!!」


「レイ先生、応援しています」


「約束……だよ……先生……」


 子供達は口々に僕を応援する言葉を口にする。


「皆……ありがとう………!!」

 そのまま、僕は時間を忘れて、夕方遅くまで子供達と話をしていた。


「(……良かったですね、レイ)」

 エミリアとハイネリアは、レイと子供達の様子を見ながら、お互いに顔を合わせて笑みを浮かべている。こうして、レイとエミリアはしばしの間、魔法学校を去ることになった。



 ◆◆◆



 それから、子供達を送り届けた後。

 僕達先生三人は、子供達が居なくなった教室で話をしていた。


「レイさん、エミリアさん。今日まで本当にご苦労様でした」


「いえいえ、僕も凄く楽しい日々でした」


「こっちこそ、ハイネリア先生にお世話になりましたね」


「お二人とも、私にとっては恩人ですよ。グラン国王陛下にお願いした甲斐がありました……」


「そんな……大袈裟です」


 僕が慌ててそう言うとハイネリア先生は穏やかに笑って僕の手を握る。


「……っ!」

「ちょっ!?」


 突然手を握られた僕は驚いたが、

 ハイネリア先生は何故か僕の後ろを見てからクスクスと笑って言った。


「ふふふ……違いますよ。エミリア・カトレット。そういう意味じゃないので安心してください」

「……?」


 僕は後ろを見ると、エミリアは若干顔を強張らせていた。


「エミリア?」


「い、いえ……突然ハイネリア先生の行動に驚いただけです。続けてください」


 と、彼女は少し恥ずかしそうに顔を赤らめて、最後に咳払いして僕達から視線を逸らす。ハイネリア先生は、彼女をまるで母親のような優しい目で見てから僕に視線を戻して言った。


「では、お言葉に甘えて……。私にとって今回の事で一番嬉しかったのは、レイさんが私と同じ聖職者としての道を選んでくれたことです。

 貴方が教育者の一員として加わってくれることを、私は心の底から嬉しく思っています。これからは、同じ道を進むものとしてお互い切に努力していきましょう」


「はい、こちらからもよろしくお願いします」


 僕とハイネリア先生は握手を交わす。


「あなたが教師になるために、これからも私は貴方を誠心誠意サポートします。時間が空いた時で構いませんので、私を尋ねて来て下さいね。

 ……その時は、エミリアさん。貴女も一緒に来て下さい。まだ貴女にも色々話をしたいことがありますからね」


「ぜ、善処します……ハイネリア先生」


 エミリアはぎこちなく答える。


「ふふ、楽しみにしておきます」

 ハイネリア先生は、エミリアを見て楽しそうに笑う。


「では、最後にこちらをどうぞ」

 先生は僕から手を離して、自分のポケットから封筒を取り出して手渡してきた。


「これは?」


「ささやかな贈り物です。開けてみてください」


「……ありがとうございます、では」


 僕達は礼を言い、早速中身を確認する。中に入っていたのは手紙だった。

 内容は、僕達への感謝や労いの言葉などが書かれていて、最後には僕達の名前と、その下には『レイ先生とエミリア先生、ありがとう』という言葉が複数の筆跡でいくつも書かれていた。


「これは……」

「子供達のメッセージです。今日の帰り際に子供達に書いてもらいました」

「!」


 僕は目を見開く。

 エミリアもその言葉を聞いて、僕の持つ手紙の覗き込んできた。


「おお、これは……感謝の言葉がいっぱいですね」


 一つ一つの言葉を読み上げていく。


『先生のお陰でルウと仲良くなれた。ありがとな!』


『先生のお陰でフゥリ君達と和解できました。僕も、先生みたいな立派な人になって、お父さんを支えたいと思ってます』


『今はパパと一緒に屋敷の使用人やメイドたちと仲良くなれるように努力してます……』


『俺、レイ先生みたいに立派な騎士になれるように頑張るよ!』


『レイ先生って女の子に凄くモテるよな……俺も……いや、何でもない』


『レイ先生、エミリア先生。今度私の家に遊びに来て下さい。今、練習中の料理をご馳走したいです』


『先生の可愛い女の子姿、また見たいな……私のお店に来てね♪』


『またご指導、ご鞭撻、お願いします。レイ先生、それにエミリア先生』


『お兄ちゃん……お姉ちゃん……今度は一緒に遊ぼうね……』


『リリエルとレイお兄様との関係は永久不滅です!』


「……最後は何か違う気もしますが……今までで一番のプレゼントですね……良かったじゃないですか、レイ」


「うん……うん……」

 僕は涙ぐみそうになるのを抑えながら返事をする。


「僕も、少しの間だけど先生になれて良かった……」


「……そうですね」

 僕の言葉に、エミリアは静かに同意してくれた。


 ――こうして、僕達の臨時の先生としての生活は一旦の終わりを迎えた。

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