第580話 騎士を退団します6
レイとアルフォンスとの戦いが始まって数十分は経過していた。アルフォンスは果敢に攻めて近接戦闘を挑み続け、レイはそれに立ち向かいながら彼の攻撃を凌ぎ続ける。
二人は既に相当消耗しており、満身創痍に近い状態だ。レイとアルフォンスは、お互いに致命傷こそ避けているが、身体中に切り傷を負っており、血を流していた。
しかし、それでも戦いは終わらない。
レイは自身の未来を目指して、アルフォンスは自身のプライドの為に。
どちらも必死に戦い、戦いは消耗戦に突入していた。
「はぁ、はぁ……」
「……ぜぇ………ぜぇ……!!」
レイもアルフォンスも息を切らして戦っている。
「や、やるじゃねえか……レイ。この俺相手に近接戦闘で互角とは……!」
「……はぁ、はぁ……」
レイはアルフォンスの言葉に答えずに呼吸を整えながら構える。
「(……やりにくい……)」
レイは自身にとって不本意な戦いを強いられていた。
アルフォンスの実力が予想以上というのも理由だが、それ以上に自分の動きが彼によって封殺されている。
レイが距離を離そうとすると同時にアルフォンスはこちらに急接近して距離を離せず、一転攻勢に出ようとすると、アルフォンスは防御を固めてレイの攻撃を凌ぐ。彼にして消極的な戦法に思えたレイだったが、その実、これが彼の策だと気付いた時にはレイの体力はかなり消耗させられていた。
「……行くぞ!」
「――!!」
僅かな休息すら許さないと言わんばかりに、アルフォンスはその大剣を振り上げながら攻めてくる。レイも初めは自身の聖剣を大剣に変化させていたが、力勝負では彼に分があると思い知らされて今は普通の状態に戻していた。
レイは攻撃を予測して、防御・回避を行い、僅かな隙を縫って攻撃を叩き込む。
「―――ぐっ!!」
レイの隙を突いた攻撃はアルフォンスの肩鎧を貫いて鎧の一部を破壊する。その一撃を受けて僅かに顔を顰めた彼だったが、次の瞬間には反撃を繰り出そうとレイに攻撃を仕掛けてくる。
ダメージを与えて一息を入れたいところなのに、まるでスタミナの消耗など感じさせないアルフォンスの怒涛の攻めに、レイは徐々に精神と体力をすり減らしていた。
意外な事に、この二人の決闘は現在互角に近い勝負となっている。
レイの最大の強みは距離を問わずに攻撃できる点にある。
聖剣による近接攻撃、魔法による中~遠距離攻撃、更に聖剣を活かした身体強化と切り札である聖剣技。全ての距離において隙が無く、更に剣技や魔法の技術も並み以上に備わっている。
反面、アルフォンスは魔法が得意では無い。
純粋な戦士な為、攻撃する為に距離を詰める必要があるが、レイは単純な速度においてもアルフォンスを上回る。仮に、レイが自身の脚の速さを活かして逃げながら魔法主体で戦えば、如何に魔法対策が得意なアルフォンスであっても勝ち目は無かった。
では、何故二人は互角の勝負を出来ているのか。
アルフォンスが取った策は、レイの攻撃魔法を封じる事だった。魔法を発動させる隙を与えずにアルフォンスは常に攻め続けることでレイに一息も与えない。また彼に速度負けしないように、アルフォンスは自身の速度を上げる装備を着用している。
当然だが、それだけではアルフォンス自身の体力も消耗し続けてしまう。
故に、彼はそちらに関しても事前に対策をしていた。
―――時は、昨日の夜まで遡る。
「―――おい、薬屋、いるかぁ!!!」
アルフォンスは、とある理由で時々通っている裏商店街の店の一つに来ていた。
店名は【薬屋のオッサン】。
いかにもそれっぽい名前だが、その店主もいかにもな人物である。
アルフォンスは返事を待たずにズカズカと店の中に入っていく。
「相変わらず汚い店だな」
アルフォンスは店の中をグルリと見渡しながら顔を顰める。
この店は、王都の商店街の店と比べると、人が来ないのを理由にロクに整備がされておらず埃も被りっぱなしで所々蜘蛛の巣が張っている。
「はい、いらっしゃい。……おや、旦那じゃないですか。ヒヒヒ」
現れたのは、店の中と同じく汚らしい男だった。彼は元冒険者だが、今は引退し、自身の得意とする分野の調合を駆使して薬屋を営んでいた。
もっとも、一般人は誰も立ち寄らないのだが……。
「よう、てめぇも変わんねえな……」
王都の商店街の地下にあるこの店は、普通の店では扱わない怪しげな薬がいくつも売られている。
とはいっても、決して違法なものでは無い。どれも普通の客が買わないというわけで、ベテランの冒険者などは利用することもある。
売られているものは、店主が調合したポーションや強化薬、それにあまり人には言えない薬などだ。普段、アルフォンスは後者の薬を求めて足を運ぶのだが今回は違う。
「旦那は今夜も元気ですなぁ。例の薬ですかい。ヒヒヒ、いつ旦那が来ても良いように揃えてますぜ」
「いやそうじゃねえ。普段のアレじゃなくて、アッチだアッチ」
アルフォンスは、店主の後ろにあるカウンターに置かれている緑色の液体が入った瓶を指差す。店主は指差された薬を見て少し驚いた顔をする。
「おや、珍しい。旦那がこの【スタミナ増強剤】を買いに来るとは。冒険者の中でも無類のスタミナと馬鹿力と言われていた旦那がこんな薬を求めるとは……もしやドラゴン退治でも行くのですかい?」
「いや、ドラゴンよりもよっぽどやべぇ相手さ。その薬の倍は効果のある薬を今すぐ作ってくれ、金ならいくらでも払う」
「……へぇ、それはまたとんでもない相手を敵に回しましたねぇ。まぁ、ワシに任せておきなさい。明日の朝までには必ず完成させましょう」
「おう、頼んだぞ。今回は例の薬は止めとく。禁欲するつもりだからな」
そのアルフォンスの言葉に、店主は唖然とした顔をする。
「き、禁欲……性欲の塊みたいな旦那が!?」
「うるせえよ!」
「じゃあ旦那がこないだ作ってくれと言ってたこの【効果3倍超精力剤】は要らないので?」
「今名前出すんじゃねーよ! 言われたら買いたくなるだろーが!」
「禁欲出来てねぇじゃねーか……旦那ぁ……」
……という事である。
アルフォンスは店主の作った【改良体力増強剤】を決闘前に服用し、レイとの勝負に臨んだのだ。その効果は凄まじく、レイの圧倒的な手数の攻撃をのらりくらりと躱してどうにか彼を追い詰めていた。
「(……しかし、薬があってもここまで俺が消耗しちまうとは……!)」
アルフォンスは自分の作戦に満足していたが、内心焦っていた。
「……ふぅっ!!」
レイはそんな彼の隙を突いて攻撃を放つ。アルフォンスがそれを防御しようとすると、レイは突然身体を回転させながら剣を振り下ろし、そのまま剣の刃をアルフォンスに向けて彼の防御を崩しに掛かる。
「無駄だっ!!」
だが、アルフォンスも負けていない。彼は自分の剣の柄の部分でレイの剣を受け止める。
レイはその瞬間に攻撃を止めてすぐに剣を引き戻し、今度は逆回転で斬りかかるが、これも防がれてしまう。この攻防は一見互角に見えるが、実際はアルフォンスの方がやや優勢だった。
「くっ……!!」
隙を狙った攻撃を防がれたレイは苦悶の声を上げる。
アルフォンスは、レイの剣を受け止めたままニヤリと笑みを浮かべる。
「どうした? 動きが鈍ってきているぞ?」
「――!!」
レイはアルフォンスから距離を取る為に後ろへと下がるが、当然アルフォンスは即座に反応する。
「逃がさん!」
かなりの消耗戦だというのに、アルフォンスはレイの初速と大差無い速度で距離を詰める。彼が事前に用意した速度アップの腕輪と、体力増強剤あっての芸当だ。
しかし、レイはそんな状況でもまだ策があった。
レイはアルフォンスの接近と同時に、聖剣の力を僅かに使用する。
「
次の瞬間、アルフォンスの視界が眩い閃光に包まれる。
「ぐぉおおおっ!!!」
目潰しを喰らいアルフォンスはよろめくが、それでも目を瞑って彼を攻め立てようと大剣を振るう。だが、一瞬でも視界を奪う事に成功したレイは、その隙に距離を取って難を逃れる。
すぐに視界が戻ったアルフォンスは怒鳴るように言った。
「くそ……結局聖剣の力使ってんじゃねーか!」
「そういう団長だって絶技を使うたびに聖剣の力をちょっと使ってるでしょ! 流石にバレバレですよ!!」
「俺はちゃんとした技術として使ってるから良いんだよ!!」
「同じですよ! 今の技だって、僕が開発した技なんですから!!!」
「……」
「……」
二人は睨み合い、互いに呼吸を整える。
◆◆◆
一方、彼の戦いを見守る観客席の方は―――
「二人とも、よく体力持つな……」
二人の同僚であるジュンは冷や汗を掻きながら彼らの戦いを見守る。
「ここまで長期戦になると普通はフラフラになりそうなんだけどね……」
ジュンの隣で戦いを見守っていたカレンはそう呟く。
「それにしても、団長さん。レイさん相手に押してますよ、すごーい!」
カレンの隣で決闘を食い入るように見ていたサクラは興奮したように話す。
「―――お、やってますね」
三人の後ろから女性の声が掛かる。
三人が振り向くと、そこにはレイの仲間である少女達の姿があった。
「あら、エミリア。それにレベッカちゃんとベルフラウさん」
「お、なんだ。お仲間の登場か?」
ジュンは苦笑しながら彼女達に視線を向ける。
「はい、お久しぶりです。ジュン様」
「おひさー」
レベッカはペコリとお辞儀をして挨拶をし、
ベルフラウは相手が知り合いだったので軽く挨拶をする。
「エミリアちゃんにレイ君が決闘するって話をさっき聞いたの。これはお姉ちゃんも応援に行かないとって思って急いできたわ」
「はい、レイ様の妹として、応援するのは当然でございます」
「それで決闘はどうなりました?」
エミリアはそう言ってコロシアムの中央を覗き込む。
「……意外ですね。レイが苦戦してるじゃないですか」
「ふむ……レイ様とここまで渡り合えるとは……流石、自由騎士団の団長様でございますね」
エミリアとレベッカは感心したように言った。
「えー、レイくんが負けるわけないでしょー?」
「ですが、ほら見てくださいよベルフラウ」
「んー………うわっ」
エミリアに言われて、ベルフラウは中央にいるレイとアルフォンスを見て驚いたような顔をする。
「レイくん、カッコいい!!」
「いや、そっちですか……」
「レイくんが負けるなんてありえないよー。ねえ、ジュンさん?」
「え!? いや、俺としては団長を応援したいところなんですが……」
ジュンさんは突然話を振られて苦笑する。
「とはいえ……」
カレンは再び二人の戦いを注視する。
「(確かに、団長は上手く戦ってるわ。レイ君に厄介な魔法を撃たせないようにしつつ、果敢に攻めることで時間を与えなくしている……だけど……)」
カレンは今度はレイ一人を注視する。
「(逆に言えば、レイ君をフリーにしてしまえば、彼はすぐにでも聖剣の力を解放して勝負を決めてしまえるわ)」
レイが不利に見えるが、追い込まれているのはアルフォンス団長の方だ。
「……っていうか、レイ君は何故回復魔法を使わないのかしら……」
カレンはポツリと漏らす。
「え?」
「……あ、確かに」
カレンの呟きに反応したのは、エミリアとベルフラウだった。
レイは攻撃魔法だけでなくベルフラウ譲りの回復魔法も得意なはずだ。
なのに、彼はこの戦いで一度も使用していない。
「……そういえばそうだねー。レイくんなら簡単に傷くらい治せそうなのに……」
「使う余裕が無いとか……?」
ベルフラウとサクラが首を傾げていると、レベッカは言った。
「……いえ、レイ様の事ですから、回復魔法は公平ではないと考えて封印しているのでしょう」
「おいおいマジかよ……」
ジュンは呆れたような、感心したような複雑な表情をする。
「はぁ……レイの悪い癖が出てますねぇ……昨日、私、言ったんだけどなぁ……」
エミリアはため息を吐きながら、レイを見つめる。
「非情に徹せないのレイくんらしいけどね」
「問題は……回復魔法を封印した状態で容易く勝利できるお相手ではないという事ですが……」
レベッカはそう言いながらレイの戦いを見守る。
「ですが、レイは負けないでしょう。あれでも魔王を討伐した勇者ですよ。確かに、アルフォンス団長は強敵でしょうが、私にはレイが負ける姿は想像出来ません」
「うん、レイくんは絶対勝つ!」
エミリアとベルフラウは確信を持って断言した。
「がんばれー、レイ!!」
「レイくーん、お姉ちゃんが応援してるわよー!!」
「このレベッカ、あなた様を影ながら見守っております……」
三人は、それぞれレイに向かって声援を送った。
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