第581話 騎士を退団します7

 エミリア達がレイの応援に駆け付けた頃―――


「ぜぇ……ぜぇ……ん、後ろが騒がしいな」

「はぁ……はぁ……え?」


 戦いに集中していた二人だったが、アルフォンスが様子が変わった事に気付いてレイに声を掛ける。


 レイは、彼の言葉に反応して後ろを振り返る。

 すると、レイの大切な家族であるエミリア達が観客席から応援をしていた。


「みんな……来てくれたんだ……」

 戦いで消耗していたレイは、彼女達の声援で多少気力を取り戻す。

 そして、彼女達の期待に応えようとアルフォンスの方に向き直ると……。


「隙ありぃぃぃぃ!!」

「ちょっ!!」


 アルフォンスはレイの一瞬の隙を突いて彼の懐に飛び込んだ。


「貰った!!」

「団長、それは卑怯だよっ!!」


 アルフォンスによって振るわれた大剣を自身の剣で受け止めたレイは、非難の声を上げる。


「うるさい! お前が余所見するからだ!!」

「うわっ、理不尽!」


 言葉を返しながらレイは彼の攻めを捌きながら彼の観察を行う。

 既に決闘が開始されてから一時間は経過している。ここまで時間が経つと互いの消耗はピークに達しており、普通に考えるなら動きが鈍くなるはず。


 しかし、アルフォンスは未だに動きの衰えを見せない。


「(流石に、このスタミナは異常過ぎるような……)」

 彼はこちらを封じるために自分の倍以上スタミナを消耗させながら攻め続けている。いくら団長が強くてもそこまで動いていたらとっくに限界が来るはず。


 また、先程から奇襲を繰り返してきているのも気にかかる。勝利に貪欲だといえば聞こえはいいが、誇り高い騎士である彼にしては少々姑息な戦法だ。


「……ん?」

 ふとレイは彼の戦いを見ていて違和感を感じた。彼の動きに多少変化があった。


「(最初の方は、長期戦を意識しているように感じたんだけど……今は、むしろ勝負を急いでいる気がする……なんで……?)」


 レイは彼を注意深く観察する為に、積極的に攻めず合わせるように動く。

 彼が突っ込んでくるようなら、こちらは一歩引いてそれを受け止める。彼が防御に回るようなら、こちらも防御に徹して様子を伺う。そんな風に戦いながら、彼の動きの変化を分析する。


「(さっきまでよりも……明らかに攻撃に重さが増してる?)」


 レイは考えを巡らせる。


 今までの動き方と比べると、彼は明らかに短期決戦を狙っているように見える。レイが考えていると、アルフォンスは大剣を大きく頭上に掲げて大ぶりな構えを取った。


「―――!!!」

 その雰囲気を感じ取ったレイは、考えるのをいったん中断して後方に跳んで距離を取る。それまでのように、アルフォンスは焦って攻めてこない。だが、代わりにその場で大剣を地面に大きく突き刺した。


「なっ……?」

 彼が地面に突き刺すと同時に、コロシアム全体が大きく揺れる。

 まるで地震が起きたかのような揺れに、レイは戸惑いながらも両脚で踏ん張って耐える。同時に、アルフォンスの大剣を突き立てた地面の周囲から光の奔流が立ち昇った。


「これは、まさか……!!」

 レイは彼の今から使う技の予測を立てる。


「(この光の奔流……間違いない、聖剣の力だ!!)」

 アルフォンスはそれまでも僅かながら聖剣の力を絶技に込めて使用していたが、それまでよりも聖剣の力に依存した強力な攻撃を放とうとしている。


 また、彼が聖剣を突き立てて引き起こされたこの振動は……地球の武術にあった震脚と呼ばれる予備動作のように感じた。つまりこの地震は技ではなく、踏み込む為の足場作りだったとするなら……。


「行くぞ、レイ!!」


 アルフォンスが叫ぶと同時に、突き立てた剣を引き抜く。同時に更に周囲が揺れるが、アルフォンスは構わず大きく跳躍してこちらに飛んでくる。


「(団長はこの一撃に賭けるつもりだ!!)」

 レイはそう確信して、自身も出来るだけ使用を控えていた聖剣の力を解放する。


 予想だが彼の<絶技>は通常の技とは違う。

 魔法と同じく言葉にすることで発現する類のものだ。その証拠に、彼は今まで絶技を放とうとするときは、どんなに余裕が無い状況でも必ず技名を叫んでいた。逆に、技名を叫ばずに絶技を使った事は一度も無い。 


 アルフォンスがこれから放つ技は、おそらく接近技だ。超接近して一撃KOを狙う高威力技だと予測したレイは、聖剣の力を発動させて防御に転化する。


 レイの周囲に聖剣解放による光のバリアが展開されていく。


「――――食らえ、レイ。これが俺の最強の絶技―――!!」

 そして、アルフォンスが空中でいきなり軌道を変え、レイに向かって超高速で迫ってくる。レイは聖剣のバリアと自身の防御魔法を同時展開し、更に剣を正面に構えて全力で防御の構えを取る。


 次の瞬間―――


「―――天地崩壊斬!!!」 

 アルフォンスはまるで流星の如き輝きを放ちながら、その剣から極大のオーラを発生させる。そしてそのオーラは物理的に具現化させて一つの巨大な光の剣へと昇華する。


「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 彼は光の剣を大きく振り上げ、地上の僕に力強く叩きつける。

 その反動だけで、周囲に亀裂が入り地面はクレーターのように抉れていく。

 

「ぐぅうっ……!!」

 彼の放った渾身の必殺技はレイの防御魔法を容易く切り裂き、更に聖剣のバリアすら突破しながらジリジリとレイを追い詰めていく。レイは更に魔力を聖剣に注ぎ続けることで時間稼ぎを行うが、それも一時凌ぎにしかならないだろう。


「(く……こうなれば、聖剣技で――――)」

 この状態から攻撃に切り替えるのは難しいが、聖剣技を使用すれば押し返せる。


 そう確信して、レイは覚悟を決める。しかし――――


「――――ぐ」「……?」

 様子が変わったのは攻撃を放ったアルフォンスの方だった。彼の両手の小手と腕の部分が砕け散り始める。何が起こったのかレイはすぐに気付いた。


 アルフォンス団長の両腕が赤く変色しており、彼の腕の血管がブチブチと音を立てて千切れていく。


「な……」「ぐっ……あぁあああっ!!!」


 アルフォンスは苦悶の声を上げながら、全身全霊を込めて剣を振り切るが、その威力は急速的に衰えていく。もはや戦っている場合ではないと判断したレイは、即座に聖剣のバリアを解除し、彼の持つ剣を自身の剣で弾いて、後方へ大きく距離を取る。


「はぁ……はぁ……」

 アルフォンスは両腕を血だらけにしながら息を乱していた。先程まで巨大化させていた彼の大剣は元の大きさに戻っており、彼は手に持っていられないのか足元に落としてしまう。


 大きな音を立てて石床に転がる彼の大剣の柄には、彼の血がこびり付いていた。


「!!」

 その、血のこびり付いた大剣を見て彼が勝負を急ぎ始めていた理由を察した。彼の使用する【絶技】は、聖剣の力を借りるだけなく肉体に多大な負担を掛けるのだろう。


 限界が近いと感じた彼は一気に勝負を決める為に、更に負担の掛かる絶技で勝負を掛けようとしたのだ。


「大丈夫ですか!!」

 レイは慌てて彼の傍に駆け寄ろうとするが、

 アルフォンスは血だらけの左手をこちらに向けてそのまま静止する。


「……く、来るな……まだ……勝負は終わっていない……」


「もう、そんなボロボロの状態で戦うなんて無理です!!早く治療しないと命に関わりますよ!!」

「……」


 レイの言葉に対して、アルフォンスは黙って首を横に振る。


「何故!?どうしてそこまで……?」

「……理由なんてねえよ……俺は、ただお前に勝ちたかったんだ……」


 アルフォンスは、レイに視線を向ける。


「……俺は、お前の夢を否定するつもりはねえ。だけど俺よりも強いお前が、騎士の座を捨てようとするのが我慢出来なかった。

 決闘なんて名目を立てちゃいるが、これは俺の自己満足だったんだよ……付き合わせて悪かった……」


「……」

 レイは彼の言葉を聞いて、思わず押し黙ってしまう。

 アルフォンスはそんなレイの様子を見て、どこか寂しげな表情を浮かべた。


「……だが、流石に限界みてえだな……。

 結局、最後まで勝てなかったか……だが、これで良かったのかもしんねぇ……」


 アルフォンスはそう言って、膝を崩してその場に倒れ込む。


「団長!!」

「おい、大丈夫か!!!」


 観客席で見守っていた自由騎士団の面々が、倒れたアルフォンスの元に集まってくる。


「団長、無理し過ぎだぜ」

「格好良かったぜ、団長」


 団員達は、倒れた彼に寄り添って、彼の健闘を称える。


「いててて…………ち、畜生……体が動かねえ。悪いが誰か肩を貸してくれ」

「おら、しっかりしろ団長」


 団員の一人であるジュンは、アルフォンスさんの身体を担ぎ上げる。


「……すまんな、助かる」

「いいから、少し休んでろ……って、団長……重すぎだろ……」


 二人の様子を心配そうに見ていたレイだったが、団長の装備が想像以上に重かったのか、団長を支えるジュンは辛そうだ。


「……全く」

 レイは、少し呆れたように……。

 だが、少しだけ表情を緩めながら、聖剣を左手に持ち替えてジュンの傍に近寄る。


「ジュンさん、ちょっと」

「ん?」


 レイに呼ばれたジュンが動きを止める。すると、レイは彼が背負っているアルフォンスの身体に自身の右手を当てる。


「―――聖なる光よ、傷付いた彼に癒しを与え給え―――<完全回復>フルリカバリー

「な……!!」


 レイが魔法を使用すると、彼が負っていた怪我がみるみると治っていく。


「よし、これで大丈夫ですね」


 レイは上手くいったことに安堵する様に、表情を緩めて額の汗を手で拭う。


「お前、今何をやった?まさか……」

 アルフォンスは、レイを見ながら驚愕した表情を見せる。


「見ての通り回復魔法ですよ。両腕は大丈夫ですか?」


「お、おう……まだ痛くて痺れちゃいるが……って、そうじゃねえ。お前、そんな強力な回復魔法使えたのかよ!?」


「今回は聖剣の力を借りて魔法を強化しました……ね、蒼い星?」


 レイは左手に持つ剣に呼びかける。アルフォンスやジュンには、彼が何をしてるのか分からなかったが、剣と対話しているようだ。彼は笑いながら、愛剣を鞘に納める。


「おい、団長、もう降ろしていいのか? いい加減暑苦しくてやんなるぜ」

「お、おう……悪かったな、ジュン」


 アルフォンスは自分を背負うジュンに礼を言いながら彼の背中から離れる。


 そこに、王宮騎士団の団長であるダガールがつかつかと歩いてくる。


「―――アルフォンス団長、降参か?」


 ダガールの鋭く低い声が周囲に響く。

 アルフォンス団長は、疲れた様子で言った。


「……あぁ、ちょっと不完全燃焼だが、俺の負けだ」


「―――結構、では、この決闘。サクライ・レイの勝利とする!!!」


 ダガールの声が高らかに響き渡る。

 そして、その声を聞いたレイの仲間達は、観客席で大いに喜んでいた。


 反面、自由騎士団の面々は残念そうにしていた。


「あー、団長の負けかー」

「まぁ仕方ねえな、決闘で負けたんなら潔く認めねえと」

「入団した時よりも強くなったな、レイ!」


 団員達は残念そうにしながらも、その表情は決して沈んではいなかった。

 むしろ、二人を称えており、彼らの表情には悔しさはなかった。


「…………」

 レイは、そんな彼らを見て申し訳ない気持ちと同時に、これまで自分が彼らの仲間でいられたことを嬉しく思った。


「……皆、これまで一緒に居てくれてありがとう」

「おいおい、何湿っぽい事言ってんだよ」

「別に騎士を辞めても会えないわけじゃないだろ?」

「また遊びにこいよ、レイ」


「……うん、約束」

 レイは、彼らの優しさに心から感謝する。


「では、これにて失礼する」

 ダガールは淡々と言ってから背を向けて、コロシアムを降りていった。


「……行っちゃった」

 僕達はその様子をポカンとした様子で見送った。気が付くと陛下に姿も無く、ダガールの背中が見えなくなったところで、団長はため息を付いて言った。


「まさか、そんな強力な回復魔法まで使えちまうとは……これじゃあ消耗戦を挑んだ俺が馬鹿みてぇだぜ」


 アルフォンスは苦笑しながら、自身の両手を見つめている。

 レイは彼の手を見つめて心配そうに言った。


「……腕、動かないんですか?」


「一応動くが……しばらくは剣は握れねえな……まぁ、事務仕事ならなんとかなるだろ……」


「……すいません、無茶させてしまって……」


「気にすんじゃねえよ。言っただろうが、俺の自己満足だってよ……」


 アルフォンスは、力無く笑う。


「それよりも……一つだけ聞かせてくれ。レイ、お前の目指す『先生』ってのは、そんなに大事なものなのか……? 俺達と一緒に自由騎士として働くよりもか……?」

 

 アルフォンス団長にそう質問され、

 レイは静かに目を瞑り……若干の間を空けてから答えた。


「短い間でしたが、騎士として皆と一緒に働けたのは本当に楽しかった。でも、僕は魔法学校で、子供達を指導するうちに、先生として子供達をずっと見守りたいっていう想いが出来たんです。

 こうして目を瞑るだけで、子供達の顔がすぐに浮かぶくらいに、僕はあの子達を近くに感じるようになりました」


 レイは、そう言って目を開ける。


「……だから、騎士を辞めて後悔なんてしていません。僕は、あの子達の為に、先生になりたいと思えるようになりましたから……」


「……そうか」

 アルフォンス団長は短くそう言うと、小さく微笑んだ。


「頑張れよ、レイ。お前の夢、応援してるからな」

 アルフォンス団長は、まだ痺れが取れない左手でレイの肩をポンと叩く。


「……ありがとう、アルフォンス団長……これからも、人々の為に立派な騎士を続けてくださいね」

「はっ、当然だろ」


 アルフォンス団長は、ニヤリと笑う。


「……あと、女癖は直した方がいいですよ」

「良い感じのシメで終われそうだったのに台無しじゃねぇか!!」


 レイの一言に、アルフォンスは思わず叫んでしまう。


「ははは……」

 レイは笑いながら、観客席にいるであろう仲間の元に向かって歩き出す。


「じゃあ、皆さん。またいつか」


「あぁ、元気でな」


「達者でなー」


「正式に教員の資格取れたら報告に来いよー!!」


「また飲み会一緒に行こうなー」


「……はい!」

 レイは笑顔を向けて返事をすると、大切な家族の元に向かった。その後、観客席に戻ると家族たちに抱きつかれ、もみくちゃにされながら彼らは楽しそうに帰路に着いた。


 ――—ここに、レイは新たな一歩を踏み出せた。

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