第629話 のるんちゃんせんさい

 闇ギルドの連中を湖に沈めた後、僕達は湖の先へと続く道を進んでいた。


「……」

 僕は先頭を歩くエミリアと、その隣を歩いているノルンを見る。


「……」

 二人共、いつも通りの様子に見えるが、その表情は先程までより真剣だ。エミリアは、もうすぐ会いたかった姉のセレナさんと再会できるため少し気が急いでいるのだろう。ノルンはセレナさんが護る自身の本体が近いのが理由だろうか。


「(ノルンの本体か……)」

 彼女は今は少女の姿だが、本体はもう人間では無いと言っていた。となれば、セレナさんが護ってる彼女の本体は人間以外の何者かという事になる。


「……ノルン、そろそろ皆に説明してもいいんじゃないかな」

 僕はノルンに近付いてそう声を掛ける。


「……そうね、それそろ言うべき時かもしれない」

 ノルンは僕の言葉に頷く。そして、歩みは止めずにノルンは僕達に聴こえるよう配慮したのか、彼女にしては大きめの声で言った。


「……皆、ここまで来てくれてありがとう。今回の一件、あなた達は『神依木』と『セレナ・カトレット』の所在を知るために私に案内を求めたのは理解してる。だけど、私の方にもあなた達に協力してほしくてここまで連れてきたの」


「協力ですか?」

 サクラちゃんは首を傾げる。


「わたくし達も無理にお願いしましたし、こちらがノルン様に協力するのは吝かではございません」


 レベッカの言葉に僕達は静かに頷く。

 僕達の方に振り向きレベッカの言葉にお礼の言葉を述べる。


「ありがとう、レベッカ。なら私の事をきちんと説明しないといけないわね」


 ノルンは立ち止まる。彼女が立ち止まったことで、僕達も足を止めて、彼女の次の言葉を待つ。


「ノルンちゃんのこと?」


「そうよルナ。正確には私の正体……レイにはもう明かしているけど、皆も気になっているでしょう?」


 ノルンは僕に視線を向ける。他の仲間も一瞬僕に視線を向けるが、すぐにノルンの方に視線を戻す。


「正直、かなり気になってます!」


「……まぁ、私達からすればあなたは奇妙な人物に見えますね。この国の歴史にやたら詳しいし外見の割に博識すぎる。これでただの子供だったら逆に驚きです」


「それを今から説明するわ、エミリア・カトレット」


 ノルンはそう言葉にして、語り始めた。



 ――そして、彼女は、昨日、僕に話してくれた自身の事を語り始める。



「……というわけよ」

 彼女は一気に語ったためか、少し疲れた表情で軽く息を吐いた。


「……」

 僕は、彼女の話を黙って聞いていた。


「ええと、つまり……ノルンちゃんは……」

 ルナはやや戸惑った様子で言う。


「大昔にこの島で巫女さんをやっていた人って事?」


「端的に言えばそうなるわね。私がこの島の古い歴史や文化に詳しいのもそれが理由よ」


「でも、ノルンちゃん……その姿は……」

 ルナがそう言いたくなる気持ちも分かる。ノルンの見た目はどう見ても幼い少女だ。とてもじゃないが、そんなに長く生きているようには思えない。


「でもルナちゃんの気持ちも分かる。ノルンちゃんが千年の歳月を生きていると聞いてすぐに信じるのは難しいでしょうね……。かといって、神様かと言われるとちょっとそうは見えない」


 姉さんはルナの言葉に同意して付け加える。


「あら、あなた達は本物の神様に会ったことがあるの?」


「あるわよ。レイくんは勇者だから顔見知りだし、私に至っては事情があって他の人よりそっち界隈の事には詳しいくらい」


「ふぅん……あなたも見た目通りの人じゃないのね」

「……」


 姉さんはノルンの言葉に笑顔の表情で固まる。


「レイ、貴方の姉が固まったわ。どうしたかしら?」


「あまり深く触れないであげて……一応17歳という設定なんだよ」


「設定って何!?」


 固まってた姉さんが僕の一言で動き出す。


「17歳……ええと、レイ。あなたって今何歳なの?」


「……もうすぐ17だよ」


「ベルフラウはいつから17歳なの?」


「二年前からかな……」


「矛盾ね。何故弟の貴方が17歳なのに、なんで姉のベルフラウの年齢が17歳のままなの? そこはスライドして19歳と言わないといけないわ。ねぇベルフラウ、どうして?」


 その矛盾に踏み込んではいけない。追及すると姉さんが泣いてしまう。


「……まぁ彼女の言う通り、私は神様じゃない。だけど神様に力を頂いて、とある使命の為に生き続けている」


「使命?」


「……そう、私は神様にこう神託を貰ったの。『人間同士の抗争で人々が多く死んでしまった。それが理由で我への信仰が消えつつある。この国の人間が戦争を起こしたことを悔い改め、再び信仰を取り戻した時、我は力を取り戻そうぞ。それまで、其方が我の代わりに、その身を聖木へと変えてこの国を平和へと導いてほしい。』……ってね」


「……ノルンちゃんは神様の代わりをするために生きてるの?」


「……そうなるわ。そして、今の私は人間じゃなくて、あなた達が探している『神依木』に変えた存在」


「「「「「!!」」」」」

 彼女のその言葉に、僕達は唖然とする。


「ノルンが……神依木……!?」


「……流石に驚かせてしまったかしら。ごめんなさい、私が『神依木』だと言ってもすぐに納得してもらえないと思ったから、すぐに事実を確認できるようにここまで連れてきたのよ」


「それはいいですけど……何故そのような姿に? 神依木とは一体なんなのです?」


 レベッカは戸惑いながらも質問をする。


「……神依木は文字通り、神と人を繋ぎ合わせる木。巫女である私は、戦争前までは神依木を通じて神様のお言葉を聞き、それを皆に伝える役目だった。

 だけど、戦争が勃発したことで神依木が破壊されて、神様と対話が不可能になった。そればかりか戦争で人々が死んでいくたびに神様は力を失っていき、消える寸前に私にさっき言った神託を与えて、同時に私のこの身に『神依木』の根を降ろした。……その時から、私は神の代理としてこの島国を永遠に見届ける存在となった」


「対話不可能……? でも、歴史書には戦争終結時に神託を得たという話が書かれておりましたが……」


「レイが言ってた話ね。本当はあの時点で、神様の声は誰にも届かなくなっていた。だから、あれは神様の言葉を借りた私の本音」


 ノルンはレベッカの質問に答えて、一呼吸置いて言う。


「セレナ・カトレットが護ってる『私の本体』とは、つまり『神依木』そのもの。だけど、先の何者かの攻撃によって、神依木は滅ぶ寸前まで追い込まれてしまったの。

 歴史に詳しかったセレナは森の異常事態に駆けつけて私を見つけくれた。そして、彼女は、魔法の力で私の『魂』と『神依木』を分離させた。彼女は、神依木本体より先に、私の『魂』が消滅してしまうと判断したのでしょうね。私が、今こうやって話していられるのは、彼女……セレナのお陰よ」


 ノルンはエミリアに視線を向ける。


「……そうだったんですね……」

 エミリアは目を瞑り、最愛の姉を思い出すように呟く。


「でも、代償として彼女が私の代わりに神依木と同化してしまった」


「……セレナ、姉さんが!?」


 エミリアの言葉にノルン頷き話を続ける。


「そう。彼女は、私を救うために自身の身体を神依木の核となる事で、消滅から救ってくれた。だけど、その代償は大きい。

 彼女の魔力と生命力は神依木に常に分け与え続けることでどうにか神依木と森を維持してる。だけど、このままだと彼女が死んでしまう。だから、私はあなた達をここまで連れてきたの……彼女を助ける為に」


 ノルンは僕達を真剣な眼差しで見つめる。


「うん、当然だよ」

 彼女のお願いを拒否するような人物はここには一人も居なかった。


「ありがとう……あなた達になら、安心して任せられるわ」

 ノルンは、そう言って、ここで初めて彼女は自然な笑みを浮かべた。


「……ノルン」

「レイ、エミリア、ベルフラウ、レベッカ、サクラ、ルナ……行きましょう、彼女を救うために」


 ノルンは、僕達一人一人の名前を呼んで、目的地へと向かう。


 ―――だが。


「……なるほど、神依木はそのガキってわけか」

 突如、森の中に響く男の声。僕は咄嵯に声の方に振り向く。


 そこには、一人の男が立っていた。全身黒ずくめの服に身を包んだ長身の男。顔には黒い仮面をつけており、素顔を見る事は出来ない。


「ふふ、勇者殿、我らを無視して勝手にここまで来られては困りますな」


 仮面の男は、まるで演技のように言葉を取り繕う。


「……その口調、まさか兵士長?」

 その男の喋り方と雰囲気は、王城で見た兵士長とそっくりだった。だが、それだけじゃない。鎧姿だった時は兜の反響のせいかはっきりと聞こえなかったその声。


 ……僕達は、それ以前に彼と遭遇していなかっただろうか?


「……まさか、隠れ処で襲ってきた、あの時の男か……!!!」

「……ふふふふふふふふ、ははははははははははは!!!!!!!!!」


 仮面の男は、突然笑い出す。


「その通り!! よく覚えていたな、勇者殿! !」

 仮面の男は、そう叫んで、左手の親指と中指をパチンと鳴らす。すると、彼の背後から黒装束の男達がわらわらと現れる。全員が同じ格好をしており、覆面で顔を隠している。


「闇ギルド……!!」

「また数で攻めてくる気……だけど、私達には―――」


 と、姉さんは呆れたように言う。

 だが、リーダーである兵士長は姉さんの言葉を遮って言った。


「言っておくが、こいつらはお前達が今まで倒してきた雑魚構成員とは別物だ。何せ、俺が直々に鍛え上げた精鋭共だ。簡単に倒せると思うなよ?」


 兵士長は自信満々にそう言った。


「さぁ、部下共、そのガキを捕まえろ」


「「「「「「了解」」」」」」


 一斉に、黒装束達はノルンに襲いかかる。


「させるか!!」


 ――そして、ここで僕達は闇ギルドと最後の戦いを始めた。

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