第375話 とある青年のお話

 ――時は少し遡る。


 レイがネルソン選手と試合を行おうとするタイミングにて、

 王都周辺の平野にて魔王軍の別動隊が群れを成して王都に攻め入ろうとしていた。


【視点:???】


「魔軍将、ロドク様!! あと数分で、王都の外壁が見えてまいります!」

「よし、そのまま進め」

「ハッ!」

 部下の報告を聞き、ロドクは平坦な態度で指示をして進軍を進める。


「(ふむ……王都か………懐かしい……)」

 アンデッドである彼は元はといえば人間である。

 遠い過去の話ではあるが、かつて彼はこの王都にも訪れたことがあった。


「(……遠い過去の記憶ではあるが……百年以上前の時と比べると、随分と王都も賑わったものだ)」


 私が人間として訪ねた時は、この王都は今のように平和の象徴のような国ではなかった。

 魔物のみならず、同じ人間同士が食料と領土を求めて争い、血を血で洗うような地獄のような光景が広がっていたのだ。


 当時のこの国の王は、一言で言えば腐っていた。国民から税を巻き上げ、貴族には甘い蜜を与える。同じ民でも税金を払えない者に重労働を課し、時には見せしめに処刑するような酷い有様だった。


 噂では、重労働を課して病気や怪我で動けなくなった者を捕らえた魔物と殺し合わせるのを貴族の娯楽として日常的に行われていたとか……。


 そんな国がいつまでも続く筈もなく、

 最悪な状況の中で、突如現れた一人の少年によって打破されることとなった。

 その少年は神童と称され、飛び抜けた魔力と身体能力を持っていた。

 少年は、苦しんでいた民たちの希望となり、民衆は彼を中心にまとまり始めた。


 その頃、この国は隣国と戦争中だった。

 劣勢状態となり、兵士と貴族以外ロクに食料が配給されないような酷い有様にも関わらず、国王は決して降参をせず、無謀にも兵を次々と投入し国力を浪費するだけだった。


 しかし、彼が青年となった頃、彼は戦争に率先して参加した。

 何処で学んだのか、洗練された技術と膨大な魔力で輝かしい戦果を挙げた。

 そして、彼の尽力により隣国との戦争に勝利することが出来た。


 彼は英雄として、王の側近に迎えられ、

 その後、王国は生まれ変わったかのように繁栄の道を歩んだ。


 そう、文字通り生まれ変わった。彼は、国王に気に入られるために戦争で活躍して、国王に近付ける機会を伺い隙を見て殺害したためだ。


 理由は、彼の出自によるものだった。

 彼は元々貧民街の生まれで、両親は病気で死んだ。


 ……いや、殺された。


 当時の貴族たちが面白半分で貧民街の人間を嬲り、奴隷のように酷い扱いをしていたと聞いた。そして、彼の父親は殺され、母親は……。


 結果、彼の母は梅毒ばいどくに掛かり、死んでしまった。

 下手をすれば感染しかねない病気だったため、周囲のものも彼ら親子から距離を遠ざけたようだ。

 当時、無力な子供だったため、相当辛い思いをしたのだろう。


 そして青年となり、彼は復讐を為したのだ。


 勿論、国王を殺害など許されるわけもない。

 彼を捕らえようとした国王の側近や兵士達も大勢いた。


 しかし、彼は戦争を終結させた立役者として民衆から英雄視されていた。それだけではなく、圧政を強いていた国王を殺した彼を庇う民衆が大勢いたのだ。


 もし、彼に何かあったら、今度は民衆に復讐される。

 自分達が、好き放題自由に権力を行使出来ていた理由の国王はもうこの世にいない。民衆の暴動を恐れた彼らは、彼を新たな王として祭り上げることにした。


 そして彼は王になった。

 彼が王になってから全てが変わった。


 彼に媚びを売る貴族は全て粛清された。前国王の側近だった者達は、彼に取り入ろうとしたが全て不幸な事故で間もなく死亡した。


 そして、それから百年の月日が流れた。

 王になって数年後、彼はとある戦いに巻き込まることになった。

 その時に、とある理由で祝福を得た彼は、不死性を得て今もなお国王として君臨し続けている。


「(……ふ、自分とは大違いだな……)」

 同じ不死といっても、彼と私とは歩んだ道が違い過ぎた。

 アンデッドに身を落とした私と、人間のまま不死となった国の英雄。


 かつては同じ志を目指したというのに―――

 と、そこまで思案していたところで、部下達の様子がおかしいことに気付く。


「……どうした、何かあったのか」

「あ、あれを……!!」

「なんだ……?」

 彼の視線の先には、以前に目にしたことのある青い竜の姿があった。


「雷龍……」

 以前に魔軍将サタン・クラウンが捕らえようとして失敗した存在だ。

 神によって生み出された雷龍は、世界が危機に瀕した時に、何処からともなく出現し、その元凶を消し去るとされている。まさに世界の守護者といってもよい存在だ。


「……何故ここに……いや、当然か」

 同じ魔軍将のデウスの部下の情報によれば、今、王都では大規模な闘技大会が開かれているという。その中に、私が以前に戦って痛み分けに終わった勇者一行の姿を確認したという話だ。


 『雷龍』と『勇者』は、

 立場は違えど神によって力を与えられた存在という意味では同じ存在だ。

 故に、勇者が現れる場所に、この龍の姿があっても不思議では無い。


「……厄介だな」

 私が以前に使役していたアンデッドドラゴンはもう居ない。

 あのドラゴンがいれば、奴に対抗する術はいくらでもあったが……。


「魔軍将、ロドク様!!ご命令を!!

 私どもがあの忌まわしき神の操り人形を滅ぼして見せましょう!!」


 神の操り人形とは、あの雷龍の事だ。


 雷龍は元より、自然に棲息する普通のドラゴンとは違い、神によって創られた存在である。故に、神と敵対する魔物達……つまり、私の部下達にとってあの龍は敵以外の何物でもないのだ。

 部下達は皆、目をギラつかせながら武器を構えている。


 以前のアンデッド達と違い、今回率いる兵士は全て魔物だ。彼らが装備している武器や鎧は、人間の装備を参考にして魔物用にカスタマイズされた物でもある。


 ロクに統率の取れなかった魔物達だが、魔王様の存在が近くなったことで、以前よりも遥かに統制が取れるようになった。


 だが、無謀だ。


「待て」

「!?」

 部下達は、私の制止の言葉を聞いて驚きながらこちらを見つめる。


「お前達が戦う必要はない」

「で、ですが……!! 奴は……!!」


「………言葉を変えよう。貴様らがアレに勝つのは容易では無い」

 いくら魔王様の影響で魔物が強くなっていようが、あの龍と渡りあえる存在などまず存在しない。


 それこそ、勝つ目的であれば私が直々に出向く以外に方法が無い。


「……もし、あの龍がこちらに向かってきた場合、私が対応しよう。今は王都を目指せ。既にデウスと奴の部下達が入り込んで戦いが始まっているはずだ」


「はっ!!」


 部下達は、私の指示に従い、進軍を再開した。


「(……しかし、因果なものだな……)」


 魔王軍に入ったとはいえ、

 私が彼を殺害することに加担することになるとは―――

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