第374話 結末の決まっていた戦い

「―――女神の名の元に、邪悪を滅する光と為せ! <大浄化>!!」


 姉さんの言葉と共に、デウスの周囲に発生した光の柱。

 それは、デウスの身体を包み込み、その全身を白く染め上げる。


「ぐぅうおおぉお!!! な、なんだ、これは……!?」

 デウスは苦しみ悶えるように叫び声を上げている。

 その身体が光によって分解されようとしているのだ。


「か、身体が溶ける……何故……!!」

「……本来、この魔法は人間には通じないわ。

 だけど、今の貴方は人間の魂も持たなければ、魔王の力に溺れて邪悪に染まった魂を持っている。そんな存在に、聖なる光が効かないわけがないでしょう?」


 姉さんは淡々と告げる。

 デウスは魔王の力を得て強靭な肉体と魔力を手に入れたが、代償として魂を闇に染めてしまった。故に、奴は光の魔法によって致命的なダメージを受ける身体になってしまったのだ。


「ぐうぅぅ………!! な、舐めるなぁぁぁ!!」

「なっ……!」


 奴はまだ完全には死んでいなかったのか、

 突然翼を羽ばたかせると凄まじい暴風を引き起こして周囲の全てをなぎ倒す。

 僕達もその衝撃に飲み込まれ、吹き飛ばされてしまう。

 そのせいで、三人の魔法が解除されてしまい、奴は再び上空に浮上し始める。


「……ふぅ……………危ない所だった。だが、これで形勢逆転だな」

 奴は、重力によって全身の骨がひび割れ、氷の魔法によって全身が凍結し、更に光の魔法で肉体が浄化しかかったにも関わらず、それでもまだ動いていた。


 明らかに死に体にも関わらず、だ。

 それが逆に不気味過ぎた。奴は痛みを感じているのだろうか?

 実は、全身麻酔のような状態で無痛覚で戦っている。

 そう見えてもおかしくない状態だ。


 僕、カレン、サクラの三人は再び立ち上がり剣を拾い上げ構える。

 ダメージを受けたとはいえ、まだまだ戦える状態だ。

 

 だけど、魔法にキャパシティを割いていたエミリア、レベッカ、姉さんの三人は、受け身こそ取って致命傷は避けたものの即座に動くことが出来なかった。


「く……すみません、すぐには動けそうにないです」

「なんという失態……申し訳ありません、レイ様……」

「うう……最後は、女神らしく決めたかったのに……」


 三人はすぐに戦闘再開とはいかなさそう。

 彼女達は立とうとするが、顔を歪めてすぐにその場に座り込む。

 足を挫いたのだろう。立ち上がるのも辛そうだ。


「大丈夫、僕達に任せて」

 振り向いて、僕は三人に声を掛け、再びデウスを方に振り向く。


「……でも、ここまで追い込んでもダメなんて……」

「伊達に今まで散々、人間や魔物を実験台にしただけの事はあるわね」

「あれで生きてるって、もう生物とかいう次元じゃないです」

 僕の呟きに、カレンさんとサクラちゃんが反応してぼやく。


「ようやく理解したか、力の差というものを。だが、今のは流石に堪えたぞ。如何に神に近い力を持った私でも、これほどのダメージを受けては満足に動けん」


 奴は、そう言いながら、自身の身体に手を当てる。


「あいつ、回復魔法を使う気よっ!!」

「させません!! 行きますっ!!」

 サクラちゃんは、デウスの詠唱を止めるべく、自身に強化魔法を付与して飛び上がる。だが、奴は、自身の身体から手を離し、サクラちゃんに数本の腕を向ける。


「小賢しい、雑魚は雑魚らしくしていろ!!」


 奴の手の平から、圧縮された魔力が放出させる。空中に飛び上がって、自由に動くことが出来ないサクラちゃんは、慌てて短剣で防御姿勢を取るものの、その攻撃を完全に防ぎきれずくらってしまう。


「きゃあああああ!!」

「サクラっっ!!!」


 カレンさんは、彼女が無防備に地上に叩き落とされそうになったところに、素早く駆け寄っていく。


「く……あぁ……!!」

「大丈夫!?」


 地面に落下する寸前のところで、カレンさんがお姫様だっこで受け止めたおかげで、どうにか彼女は無事だったようだ。だが、奴は今度は両手を二人に向ける。


「死ね、勇者の片割れ!!!」

 奴は高らかに叫びながら、その手から極大の魔力弾を解き放つ。


「まずい!!」

 今のカレンさんとサクラちゃんはまともに動ける状態じゃない。

 このままだと無防備に攻撃を受けてしまう。あの大きさでは下手をすると即死だ。


 僕は彼女たちを庇うように、動いて前に立って剣に語り掛ける。


「蒼い星!! 力を貸して!!」

『わかった』

 彼女の声に応えて、聖剣が眩く輝き始める。

 そして、奴の魔力弾目掛けて剣を一閃させる。


 聖剣によって威力が跳ね上がったその一撃は、

 奴の魔力弾を押し返し、デウスはそれでも魔力を流し続けて堪えていたが、

 少しずつこちらが押していき、最後には奴の近くで爆発を起こす。


「ぐぉおおおおっ!!」

 奴はその衝撃に吹き飛ばされる。


「二人とも、今だよ!!」

「ええ!!」

「一気に攻めましょう!!」


 サクラちゃんとカレンさんは頷き、それぞれが攻撃に転じる。


「久々の聖剣技、食らいなさい!!」

 カレンさんは、自身の持つ聖剣に膨大な魔力を注ぎ込み、デウスが吹き飛んだ方向に解き放つ。解き放たれた光の斬撃は、大地を抉りながら奴に直進し直撃する。


「ぬぅううう!! 調子に乗るなぁ!!」

 しかし、デウスは全身から闇を放出して、その攻撃をかき消す。


「嘘っ、あれも防ぐの!?」

 カレンさんの技すら防ぐ奴の強さは本物だ。

 だけど、こちらも負けていない。


「なら、サクラ、任せるわ!」

「はい、先輩♪ では、私のとっておきの技、いっきまっすよー!」


 カレンさんの言葉に、サクラちゃんは元気よく返事を返すと、自身の持つ短剣に魔力を込めていく。


「何度やっても同じこと!!」

 デウスは、再び腕を振り上げ、僕達に複数の魔力弾を放つ。


「ふふん! それはどうですかね?」

 自信満々に言いながら、彼女は自身に次々魔法を付与していきながら、奴の魔力弾を短剣で器用に防いでいく。


「ば、馬鹿なっ!! 何故、貴様がそんな力を!?」

「何故って……私も、レイさんと同じく勇者なんですから。一応、女神様の力の一端を借り受けてますし、私は結構強いですよ?」


 サクラちゃんは、魔力弾を防ぎつつ、短剣を地面に向けて投げつける。


「これで終わりです!!」

 そして、奴の足元に突き刺さった短剣から、途轍もない風が噴き上がる。


「な、何だ、この短剣……いや、魔法か!?」


「正解。私の短剣の一振り、ルーンブレイドは魔法を封じ込めて好きなタイミングで放てるんです!!

 封じ込めた魔法は……極大魔法の、<天轟く大嵐>サイクロンテンペストです!!」

 サクラちゃんがそう叫ぶと同時に、彼女の放った短剣から巨大な竜巻が発生し、デウスの身体を飲み込んでいく。

 流石のデウスも極大魔法クラスの魔法を防ぎきることは出来ず、そのまま身動きが取れないまま竜巻の中で体中が引き裂かれていく。


「ぐああああああっ!!!」

「すごい……」


 その光景を見て、僕は思わず感嘆の声を上げてしまう。


「感心してる場合じゃないですよ、レイさん。

 レイさんも勇者なんだから、ささっと追撃してやっつけちゃいましょう!! ほら、ほら!!」


 いつの間にか僕の傍まで来ていたサクラちゃんが、笑顔で僕の肩を叩いて催促する。


「わ、分かったよ、もう。

 ……天よ、我の言霊を聞き届けたまえ。我は汝を統べるもの。我は天の代行者なり、故に告げる――」

 

僕は、目を瞑って魔法の展開に集中する。

 これから放つ魔法は、さっきサクラちゃんが放った天轟く大嵐サイクロンテンペストと同格の極大魔法。

 まだ2回くらいしかこの魔法を使ったことが無いため、魔法の詠唱に全ての神経を注ぎ込む。

 そして、その魔法が完成し―――


「―――天を貫く一撃で浄化せよ!! <神の雷>インディグネイト!!!!」

 僕は目を見開き、魔法名を口にした瞬間、奴の頭上に光の柱が出現し、そこから無数の稲妻が降り注ぐ。

 デウスはサクラの魔法によって体の自由がまるで効かず、僕の魔法攻撃を防ぐ術がない。そして、その神の雷は奴の脳天に直撃し、瞬く間に全身に駆け巡っていく。


「ぬぉおおおおおおお!!!!!」

 デウスの絶叫と共に、奴の身体は激しく痙攣を起こし、やがて動かなくなる。

 そして、魔法の効果が切れると、無抵抗にその身体が地面へと激突する。


「な、何故……私は、神に匹敵する力を手にしたはずなのに………」

 デウスの身体は、全身風の刃によって切り裂かれ、複数あった腕の大半が深く抉られ、体の半分が炭化していた。その身体も、黒い煙を上げて少しずつ燃え広がっている。


「……私は、理想郷を作り上げるんだ……ここで死ぬわけには……」

 奴は必死で身体を動かし、炭化しかかってる残った腕を身体に当てて、魔法を使おうとする。


「あいつ、この後に及んで回復魔法を!」

 僕は剣を握りしめ、今度こそ止めを刺そうと走り出すが―――


「待って……大丈夫、もう止める必要はないわ」

 いつの間にか、僕達の傍に駆け寄ってきていた姉さんに腕を引っ張られて止められる。


「でも、姉さん」

「いいから、見てて……あれが、魂を闇に染めてしまった人間の末路よ……」

「え?」

 姉さんの言う通り、デウスを見ると……。


「何故、身体の崩壊が止まらない……?」

 デウスは自身に回復魔法を何度も使用する。 だが、その身体の傷が塞がることはなく、それどころか回復魔法を掛けた箇所が壊死し始める。


「馬鹿な……こんなことが……」


「……当然よ。魂を闇に完全に染め上げてしまった人間に、

 神の奇跡である回復魔法は効果を発揮しない。逆に肉体を蝕む毒となる」


 姉さんは、憐れむような表情で奴を見ながら答える。


「そ……そんな……だが、魔物でも、このような事は……」


「無から生まれた魔物は純粋な魔力の塊。悪しき生物ではあるけど本能で動いているだけで善悪の範疇に無い。だけど、アナタはもう―――」


 姉さんは、そこで一旦言葉を区切る。

 そして、はっきりと奴に聞こえる様に言った。


「今のアナタは、もう生物ですらない。

 妄執と妄信、そして空っぽの理念だけが形になった意識体。アナタの肉体は戦ってる最中でとっくに死んでいて、今はただ形を成してるだけの、闇のエネルギーの集合体に過ぎない」


「う、嘘だ……私が死んでいる? そんな筈はない! 私は、この世界を統べる神になる男なんだぞ!? 死ぬ訳がない!! 死ぬわけが……!!」


 だが、奴の言葉と真逆に、デウスの身体はどんどんと砂のように崩れていき、もはや頭だけしか形を留めていなかった。


「い、いやだ、死にたく……死にたくない……だ、誰か、助けて……」

 そして、その言葉を最後に、デウスの身体は完全に消滅していった。


「終わった……のかな?」

「うん。……あの男は、最期まで死ぬことを受け入れられなかった。

 魂が穢れてしまったあの男は、輪廻転生も出来ず、煉獄で魂を浄化することも出来ず、永久に亡霊として彷徨う。

 そして、自分が何故死んでいるのかも理解できず、いずれ記憶すら失い、完全に消滅することになる。……でも、それは自業自得よ」


 そう言って、姉さんはデウスがいた場所を見つめていた。


「レイさん!! やりましたね!!」

 サクラちゃんが笑顔で僕と姉さんに飛びついてくる。


「わっ!?」

「さ、サクラちゃん、びっくりさせないで……」

「えへへ、ごめんなさい」

 彼女は、舌を出して謝りながら僕達から離れる。


 そして、他の仲間達もこちらに歩いてきた。

 デウスが完全に消滅したことを、ここにいる全員で確認し、

 僕達は急いで街の外に戻ることにした。

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