第700話 ブラック労働エミリア
【視点:エミリア】
同日、王都にて―――
「……ふぅ、出来上がりっと……」
たった今作った液体を用意していた小型の薬瓶に詰め込んで棚に置く。そこには青色の液体を詰めた薬瓶がズラリと並んでいる。これと別の棚にはこれとはまた別の色の薬瓶がずらっと置かれており、そちらは合計25本。どちらもノルマには足りていない。
「いくら陛下の命令とはいえ、経った数日でこの量のポーションの調合は無茶過ぎませんかね……」
私、エミリアは、以前の戦いで自作の調合品の性能をグラン陛下に評価され、とある依頼を受けていました。
数日前―――
私はグラン陛下の使いから呼び出しを受け、一人で王宮に訪れていました。
「グラン国王陛下、ご機嫌麗しゅうございます。エミリア・カトレット、呼び出しを受けて参上致しました」
いつもならレイ達と一緒に訪れる場所であるのだが、今日に関しては何故か私一人の指名だった。
今までに無かったことなので、少々緊張気味でした。
「やぁ、エミリア・カトレット君。フォレス大陸から帰国したばかりで呼び出しすまないね」
「いえ、問題ありません」
「無事に地元の民に協力を得て神依木を見つけ出したそうだね。
カレン君のご両親から彼女が目を醒ましたという報告も聞いている。彼女の命が犠牲が出なくて何よりだ。今、彼女は元気そうかい?」
「ええ、まだ身体が鈍っているようですが、以前と違って内包する魔力が溢れていました。もっとも、魔王そのものを倒さなければ完全に呪いを消すことは難しそうですが……少なくとも以前のような不安定な状態ではありません」
「まだ油断は出来ないというわけだな……彼女は戦えそうかい?」
「カレン自身はそのつもりのようです。……ですが、彼女の両親が……」
「……ふむ、まぁあの二人はカレン君を溺愛していたからな……まぁ、今はその話はいい……いずれ、私からも説得してみよう。今日はキミに話があるのだ」
「なんでしょうか、グラン陛下」
「以前、王都防衛戦において、キミが王宮に寄付してくれた調合の品が兵士達に好評でね。市販品よりも遥かに傷の治りが早く、軽い病くらいなら完治してしまう優れモノだった。
あんな質の良いポーションを提供してくれたキミには感謝の言葉も無い。本当の所はそれなりの謝礼金を出したいところなのだが……戦後という事であまり資金に余裕が無くてね。
その後、キミ達の知っての通り、魔軍拠点襲撃作戦を実行する為にかなりの資金を投入してしまった。故に、今日までずっと謝礼が遅れてしまったわけだが……」
「いえ、あれに関しては私からの慈善活動なのでお金は頂きません」
「助かるよ……これから魔王軍に攻め込むということでまだまだ資金に余裕がない状況が続くからね。……と、前置きはこの辺りにしておこう。今日はキミに仕事の依頼をしたいのだ」
「仕事の依頼?」
「ああ、キミの調合師の腕を見込んでの依頼だ。ポーションとマナ回復の為の霊薬を作ってほしい。今回は数が多いが頼めるかな?」
「それは問題ありませんが、数はどれほどですか?」
「……そうだな。今回は、魔王軍に攻め込むために、兵士や騎士達にそれぞれ個別に持たせるつもりでいる。霊薬は魔法使いだけに持たせるつもりでいるが、それを踏まえても合計千本ほど必要になるかな」
「せ……千は流石に……」
「ああ、勿論キミ一人にそれだけの負担を掛けさせるつもりはないよ。
王宮にも調合に詳しい知識人が何人か居てね。キミほどではないが、彼らも腕利きの調合師だ。それに、実はキミの姉にも既に依頼させてもらっている」
「セレナ姉もですか?」
「ああ、昨日のうちにキミ達より一足早く依頼させてもらったよ。
それでだ。キミに依頼したい数は、ポーション250本分、霊薬50本分だ。これをあと一週間ほどで仕上げてほしい」
「……一週間、ですか」
私の調合の腕ではギリギリ過ぎるラインだ。ポーションの製造はそれなりに経験はあるが、霊薬に関しては怪我を治すポーションと違って、マナを補給する霊薬は製造過程が複雑で調合の際にも細かな注意点が多い。
調合の際に温める温度がズレてしまうとそれだけで作り直しとなってしまう。他にも、0.1グラム調合粉末の量を間違えてしまうと効果量が大きく変わってしまう。故に、私であっても霊薬を作るのは相当時間が掛かってしまう。
「もちろん、謝礼金は弾ませてもらう。それに、無理を言っているのも重々承知している。キミにも色々と都合があるだろうからね。ただ……もしキミがこの依頼をこなしてくれたなら、それはこの戦いに於いて大きな力になる」
グラン陛下はそう言いながら私を真剣な眼差しで見つめてくる。
「……分かりました。一週間後にまた来ます」
……という事があった。
「いや、一週間で合計300本とか無理ぃぃぃぃ!!!!」
「ぐあああああ!!」と、私は自室で吠えながら頭を抱えていた。霊薬に関してはポーションよりもさらに繊細で細かな注意点が多いので、一週間では到底間に合わない。
ポーションの方だって在庫は多少あったが、それでも20本ほどで陛下に依頼された量の1/10にも満たない。ここ数日、私は徹夜で作業を続けているがいい加減しんどくなってきた。
「もう……こうなったら、助っ人を頼むしかない……」
私はそう呟くと部屋を飛び出したのだった。
「……さて、誰を助っ人にするかですが……」
調合によるアイテム生成は簡単なものであれば素人でも出来ないわけじゃない。
例えば、煙を出すスモッグや魔物を誘き寄せる魔物の餌などは調合初心者にもうってつけで、材料を用意して適当にビーカーに適切な量を入れるだけでも作れてしまう。
しかしながら、今回の依頼はポーションと霊薬。その中でも最高品質のものが求められる。
当然だが、その辺の素人に作らせるわけにはいかない。それなりに調合の知識があり、最低限手先の器用な人材を求められる。
「レイ、レベッカ、カレン、ルナは金策の為にまだ帰って来ません……せめて、ルナが残っていれば……」
ルナは少し前に魔法を覚えたばかりの見習いだ。しかし新人ながら彼女の魔法には目を見張るものがあった。正直、弟子にしたいくらいである。
もし彼女がこちらに残っていれば色々手伝ってもらったのだが……。
「……なら、ベルフラウに頼んでみましょうか」
彼女はレイの義理の姉、兼、何処かの異世界の元女神様だった人だ。能力もそれ相応に高く、私が手を伸ばしても到底使うことが不可能な不思議な魔法をいくつも使いこなす。
しかし、だからといって彼女が魔法使いとして優秀というわけじゃない。こちらの世界を学んだ初日は、初歩魔法である
「……う、うーん……」
調合は、魔法と同じく繊細な技術と集中力が求められる。彼女が調合まで器用かどうかはわからないが、細かい作業は苦手そうに思えてしまう。
「……なら、サクラは」
彼女は、ベルフラウよりも更に細かい事が苦手で大雑把な面が目立つ。調合には不向きだろう。
「……サクラは却下ですね。……なら、セレナ姉は」と、私は口に出すのですが。
「……忘れてた。彼女も陛下に同じ品を依頼されてたんでしたっけ」
となると、私と同じく今も調合に専念している頃でしょう。
「となると、残りは……」
私の知る限り、そんな器用そうな人物で心当たりがあるのは一人。いつも寝てばかりだが、私達よりもずっと長生きでおそらく調合の知識も豊富だろう。
その人の自室を訪ねてノックをする。しかし、返事が無い。寝ているのだろうか。
「ノルン。寝てるんですか?」
私はその人物の名を呼びながら彼女の部屋のドアノブを握る。すると鍵が掛かっておらず、中をこっそりと覗き込むのだが、どうやら留守のようだった。
「……どうせ寝てるだろうと思ったのに、肝心な所で居ないとか……」
私は彼女の部屋の中で思わず愚痴る。しかし、ふと部屋に置かれている小さなテーブルに、一枚の白い紙があった。
「……これは?」
私は、その紙切れを手に取ります。そこにはこう書かれていました。
『セレナに呼ばれたからちょっと出ていくわ。夕食までには帰るから心配しないで』と。
「……セレナ姉に?」
もしかして、私と同じく彼女を助っ人として呼んだのだろうか?
「ぐぬぬ……我が姉に先を越されてしまうとは……!」
しかし、あまりのんびりはしていられない。こうしている内にも期限がどんどん迫っているのだ。
「仕方ありません。ノルンの事は諦めて自分で何とかしましょう」
私はそう言うと再び自室に戻り、調合作業を再開したのだった。
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