第699話 お仕事モードの二人
「――そこまで。ミーシャ、アリス、お前たちの勝ちだ」
レベッカ一人に大苦戦していたミーシャとアリスだったが、見事な連携で勝利を収めた。
「二人とも頑張ったな」
「良くやったわね、偉いわ」
ジンガさんとカレンさんも、彼女達に向かって労いの言葉をかける。僕もルナもミーシャちゃんたちの頑張りを拍手で称えていた。
「うん!」「ありがとー!」
彼女達は嬉しそうに笑顔を見せて、今しがた硬直が解けたレベッカの方を向いて頭を下げる。
「レベッカさん、ありがとうございました!!」
「今度また手合わせしようね!!」
「ふふ、お二人とも、見事な連携でございました。わたくしもまだまだ修行が足りませんね。是非、またの機会にお願いします」
レベッカは優しい笑顔を向けて彼女達と握手を交わす。
「二人とも疲れただろう。先程、居間にお前たちが好きなお菓子を用意しておいたからゆっくり休んでくると良い」
「うん、ありがとうお爺ちゃん」
「ワッフルある? わっふるわっふる♪」
「用意してあるぞ」
「やったー♪」
アリスちゃんは大喜びして真っ先に家の中に入っていく。
「あっ、待ってよアリス!」
それに続いてミーシャちゃんも慌てて追いかけていった。
「……さて」
二人の背中を見送るとジンガさんがこちらを振り向きレベッカの方に歩いていく。
「付き合わせて悪かったな」
「いえ、こちらも良い勉強になりました」
「そうか……あの二人の成長が見れて俺は満足だ。お前には感謝している」
「いえ、感謝されるほどのことでは……」
「……随分と謙遜をする。お前が二人に勝ちを譲ってくれた事は理解しているのだがな」
ジンガさんは軽くレベッカを睨み付けるように言った。レベッカはその人を威圧するような視線にも表情を崩さずに微笑を浮かべる。
「レベッカちゃん、わざと負けたの?」
ルナは二人の会話に驚いて声を上げる。ジンガさんはルナの方に一瞬だけ視線を移してすぐにレベッカの方に戻す。
レベッカをジッと睨み付ける。そして少しすると、根負けしたかのように息を吐いて静かに答えた。
「……正確には、勝たせたくれたと言うべきなのだろうな。
あいつらがギリギリ凌げるラインの攻撃を仕掛けて、上手く捌けていたから最後のアリスの攻撃魔法を甘んじて受けてくれていたのだろう?」
「流石ジンガ様、よく見ておられます。もしお二人が思いの外拍子抜けだった場合、最後に勝ちを譲ることはありませんでした」
レベッカは素直に自分の考えを吐露した。
「最後の魔法を防ぐ方法はあったのか?」
「強力な冷気でございましたが、手足が封じられても魔法で対抗が可能でした」
そう言いながらレベッカは自身の周囲に黒い炎を一瞬だけ顕現させる。
レベッカのもう一つの得意の闇属性の攻撃魔法だ。いざとなれば、その魔法の出力を上げて放つことで相殺が可能だったのだろう。
「(……私の時も思ったけど、レベッカちゃん意外とスパルタなのよね……それだけ期待してくれてたという事なんだろうけど)」
カレンは数日前のレベッカとの決闘を思い出して苦笑する。
「ね、サクライくん。もしかして、気付いてた?」
「まぁね……でも、勝利出来たのは彼女たち自身の頑張りのお陰だよ」
もし、二人の連携が乱れて形になっていなかったら。
ミーシャちゃんの頑張りが足りずレベッカに押し負けていたら。
アリスちゃんの最後の魔法がレベッカを倒すに至らない威力ならば。
レベッカは手合わせをわざと長引かせて、ギリギリまで二人を追い込んで力を引き出そうとしただろう。……数日前のカレンさんとの決闘の時のように。
「(レベッカって戦いだと本当に容赦ないよなぁ……)」
ジンガさんがミーシャちゃん達を先に家に上げたのは、彼女達に真実を教えたくなかったからだろう。手加減されて勝てたと知れば嬉しさも半減だ。
「……悪かったな、軽く威圧してしまった」
「いえ、愛おしい家族を想えばでございます。
ジンガ様の期待に応えることが出来てわたくしも安心しました」
「……フ」
レベッカは胸に手を当ててそう言った。どうやら、彼女はジンガさんの考えもお見通しらしい。ジンガさんは、目の前の少女に自身の考えを見抜かれたことに感服したのか、素直に笑い始めた。
「フハハハハ……なるほど、俺もまだ修行が足りないようだな」
「ふふふ、お互い、精進すべきかもしれませんね」
レベッカとジンガさんは互いに笑みを浮かべ合っていた。
「……? サクライくん、どういう事なの?」
「つまりジンガさんは二人を勝たせた真意を問いただそうとしたんだよ」
「???」
ルナは頭の上にクエスチョンマークを複数浮かべる。
「ジンガさんはレベッカが手を抜いたのではないかと疑ったんだ。もし、適当な理由で勝たせたら、二人が勝利に過信して成長を鈍らせてしまう。
レベッカは彼女達が十分に成長できたと判断して、そして今後、二人が更なる成長をすると期待を込めて、大金星というご褒美をあげたんだ」
「……えっと?」
僕の説明を聞いてもルナは相変わらず困惑していた。
「ま、レベッカちゃんは『勝利』というご褒美を二人にあげたということよ」
カレンさんはフッと笑って端的にそう言った。
「……ともかく、お前たちは十分に俺の期待に応えてくれた。約束通り、修理代金を可能な限り減額させてもらおう」
「それは本当に助かります!」
もし減額をしてくれなかった場合、こちらも生活面で色々と不便になるところだった。
「それで、その槍……一応『並無き無双の槍』……と名付けたが、使い心地はどうだった?」
「振るっていてまるで重さを感じる事がありませんでした。それに初めての実戦だというのに、今までの槍と同じように使いこなせました。わたくしの身体の一部のように馴染む感覚でございます」
「……気に入って貰えて助かる」
レベッカの言葉を聞いて、ジンガさんは嬉しそうに笑った。
◆◆
それから僕達もジンガさんに招待され、その日はジンガさんの計らいで、彼の家で一泊することになった。見た目は筋肉質で強面のジンガさんだが、料理の腕はレストランのシェフ顔負けだった。
カレンさんやルナもすっかりジンガさんの料理に胃袋を掴まれたようで、とても美味しい美味しいと頬張っていた。レベッカに至っては、十皿以上御代わりを繰り返すほどだった。
食事が終わると、僕は片付けの手伝いを申し出たが「レイさん達はお客さんなのでっ!!」とミーシャちゃんに断られてしまった。
僕は居間に戻って座ってゆったりとした時を過ごすことにした。
「ジンガ殿の料理、とても美味しかったわ。鍛冶の腕も含めて王宮で働いてもらいたいくらいよ」
カレンさんは忖度無しでそう褒め称える。
「それは流石に褒めすぎだと思うけど……でも気持ちは分かる」
それくらい美味しい手料理とお菓子作りの腕だった。それに加えて、あれほどの鍛冶師として卓越した技量があるなら王宮仕えしても誰も文句は言わないだろう。
「カレン様、またジンガ様を勧誘なさらないのですか?」
「止めとくわ。以前に断られたのに、しつこくアプローチして二度も振られたくないもの」
レベッカの方をチラリと見ると、彼女はカップを持ちながら苦笑して答えた。
「な、なんか大人っぽい言い回しだねっ」
「ふふ、そう聞こえる? ルナちゃん」
ルナの言葉に、カレンさんは大人っぽい表情で口元に笑みを浮かべて答える。実際は、『あなたのその技術をうちの会社で活かしてみませんか?』という勧誘なのだが。
「とはいえ、王宮の兵士や騎士達の為に、新しい武器や防具の依頼をしたいのだけど、受けてくれるかしら……それも難しそうだけどね……」
カレンさんは顎に手を当てて難しそうな表情をして呟く。
「以前に戦争の話した時に厳しく断られちゃったからね……」
「ジンガ様の境遇を考えると、関わりたくないのは理解出来ます……それでも、お力添えを頂きたいのは事実ですが……」
「境遇?」
レベッカの言葉に、再びルナが反応する。
「―――何、ちょっとした昔の話だ」
彼女の言葉に応えたのはジンガさんだった。さっきまでミーシャちゃんとアリスちゃんと二人で片付けをしていた筈だが、いつの間にか居間の部屋の柱の前に立っていた。
「ジンガさん」
「カレンと言ったか……王宮騎士の」
「一応、所属は自由騎士の方なのですが……」
ジンガさんの厳かな問いかけにカレンさんはそう答える。
「どちらでも変わらん。……王宮仕えなど二度と御免だが、仕事の依頼なら考えても良い。既に出来上がっている武器もいくつか揃えてある。とはいえ、今から追加で注文しても鋳造が間に合うか怪しいところだがな」
「いえ! それでも助かりますわ。今からお仕事の相談、お願いしても宜しい?」
「……まぁいいだろう」
ジンガさんは渋々頷いた。その後、カレンさんとジンガさんは仕事の話を始める。ジンガさんもカレンさんからの依頼ならきっと快諾することだろう。
そして商談が纏まったところで、ミーシャとアリスが戻ってきた。
こうして、僕達はお金を稼いでレベッカの槍を新調することが出来た。ミーシャちゃんとアリスちゃんを鍛えることを頼まれたのは想定外の事だったが、今後、彼女達に力を借りることもあるかもしれない。
それに、最終的にジンガさんの鍛冶師としての腕を借りることが出来たのは大きい。今後の戦いできっと大きな戦力になる事だろう。
……そして、その日の夜は更けていく。明日は王都に帰る日だ。
……エミリア達は上手くやってるかなぁ?
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