第701話 エミリア激おこ
【視点:エミリア】
……調合再開するつもりだったのですが……。
「しまった……もう材料がありません……」
数日前にレイ達を見送ってから、ずっと作業に没頭しては居たのですが、どうやら材料を使い切っていたようです。
「足りない素材は……これなら市販で売ってるかもしれません」
幸いだったのは足りない材料は、魔法具屋店で売られているものでした。
「仕方ない、ちょっと行きますか」
私はそう言って窓を開けてそこから飛行魔法で宿の外に降り立ちます。
そしていつも世話になっている魔法具屋店に向かい、そこで必要な材料を持って主人の元へ持っていきます。
「主人、これの清算お願いします」
「……ん、アンタか。そこに貨幣を置いといてくれ」
カウンター越しに座っていた店の主人の男性は、こちらをちらりと向けるとそれだけ言って再び手にしていた書物に視線を落とす。
「相変わらずそっけない態度ですね」
「……別に良いだろう。ここに来るのはアンタみたいな冒険者か、よほど偏屈な研究者くらいのもんだ」
この店の主人の態度は相変わらずだ。私のような美少女でも、その辺のゴロツキが冷やかしに来た時も、何なら王宮の兵士に呼び出しを喰らった時も同じような態度で接する。
時々、兵士が訪れて店を留守にしていることが多く、重用されている様子を見るに、そこそこの立場の人間のようですが……。
「では、合わせて金貨1枚、銀貨3枚、銅貨4枚で……」
私はそれだけの貨幣をテーブルに置いて、その場から立ち去ろうとする。
「―――おい、待て。その材料など銀貨があと5枚足りないぞ」
「ちっ……」
「……おい、今お前舌打ちしたろ?」
「いえ、していませんが?」
私は軽く微笑んでカウンターに置いてあった銀貨の上に更に銀貨を5枚上乗せします。
「全く……魔法使いってのはどいつもこいつもそんなのか……少し前に来た見慣れない女といい……」
「失礼ですね、私とその人を同じにしないでください」
誰かは知らないけど、私と同じように強引に値切ろうとした女性が居たらしい。
「……まぁ、アンタはまだマシか。ポーカーフェイス気取ってる割に嘘つくときは反応が分かりやすいし」「……」
……どうやら、顔に出ていたらしい。もしかして、今までちょろまかしていた金銭も実はバレてたのでしょうか。
「そうだ、アンタ。これ買っていかないか、持っているだけで幸運が訪れる魔道具らしいぞ」
店の主人はそう言って、自身の左隣の棚から一つのブレスレットを取り出してカウンターに置く。
「何ですか、それ?」
「その変な女が俺に売りつけていったものだ。正直、断っても良かったんだが、そいつの言い回しが面白くて暇つぶしになったから買ってやったんだ」
「効果はあったんですか?」
「知らん」
主人はきっぱりと即答する。
「詐欺じゃないですか?」
「さぁな……金なんて有り余ってるから、物珍しい物はつい買ってしまう癖があるんだよ」
「羨ましい話ですね……」
「……で、どうだ? 俺は無理だが、アンタなら魔法でこれの詳細を知ることが出来るんじゃないか」
「……まぁ、不可能じゃないですが」
【鑑定】というアイテムの性能を調べる魔法がある。この魔法を習得しているか否かで、冒険者パーティから誘いがかかることもあるくらいだ。
「欲しいなら元値の金貨三枚で売ってやるが」
「要りませんよ、そんなの。魔法的価値があるなら別ですが、見た感じ何の変哲も無さそうですし……」
「そうか……使い道も無いし、誰かに二束三文でもいいから売っていいと思ったんだがな」
「二束三文で売るつもりなら金貨三枚は高すぎじゃないですかね。売りつけてきた人の名前は?」
「……セレナ……とか言ってたな」
その名前を聞いた瞬間、私は手にしていた調合素材を床にぶちまけてしまいました。
「……は? セレナ?」
「ああ、そう言ってたな……何だ、アンタの知り合いか?」
「い、いえ……やっぱりそれ買い取っても良いですか?」
「別に良いが、本当にそんな物で良いのか?」
私は主人からブレスレットを受け取ります。そして、その魔道具についての詳細を調べます。
「……あの、アホ姉。ちょっと用事を思い出したので帰ります!」
私は今買い取ったブレスレットを握りしめ、下に落とした調合素材をかき集めて袋に入れて店を出ていった。
「……やれやれ、慌ただしい客だな」
店の主人はそう呟くと、再び書物に目を戻すのだった。
◆◆◆
私は予定を変更してセレナが仮住まいにしている王都の中心から離れた一軒家に急ぎます。
そして、辿り着いたその家の扉を乱暴に叩く。すると中から「あー! もう、うるさいわねぇ!」というセレナの声が聞こえてきました。すると、小さな足音がパタパタと家の中から聞こえてきて玄関の扉が空きました。
顔を出したのは、ノルンの方でした。
「……エミリア、どうしたの?」
「ノルン、セレナに用事があるのですが」
「今、仕事で忙しいって言ってるわ。私も手伝わされているのよ」
「知ってますよ」
私はそう答えて彼女の横をすり抜けて家の中に入っていく。セレナの部屋に入ると、霊薬を作る際に発生する甘い匂いと怪しげな煙が立ち込めていた。
部屋の中には沢山のビーカーと、効果不明の薬が棚に沢山置かれており、テーブルの上にも材料の粉末やら素材やらが散乱しています。
「セレナ姉、居ますか?」
私はそう呼びかけます。すると、奥の方から返事が聞こえました。
「今忙しいって何度言ったら分かるの!」
セレナはそう言いながら私の前に姿を現します。そして、私の顔を見て……何故か硬直しました。
「み、ミリーちゃん……どうしたの?」
私と気付いたセレナは無理矢理笑顔を作って取り繕う。部屋に籠っていた為か身だしなみをロクに整えられておらず、髪もボサボサ、化粧もしておらず美人が台無しになっています。
「セレナ姉……相変わらず人が見てないとロクに整理整頓も出来ないんですね……」
私は呆れて部屋を見渡す。仕事材料の調合素材や失敗したと思われる物品がその辺に散乱している。
「す、すぐ片付けるから」
「別に遊びに来たわけじゃないですからそのままで構いません。ちょっと貴女に聞きたいことがありまして……」
そう言って私は魔道具屋店で受け取ったブレスレットを懐から取り出してセレナ姉に見せつけます。
「これ、貴女が売りつけたものですよね?」
「!!」
セレナ姉は肩をビクリと跳ねさせて私から視線を逸らします。
「さ、さぁ……」
「しらばっくれても無駄ですよ。貴女が、店の主人に魔道具の失敗作を高値で売りつけたのは分かっていますから」
私はそう言いつつ、セレナに歩み寄ります。すると、彼女はさらに後退りします。
「……フォシールで貴女の話は聞いています。どうやら、詐欺まがいの行為を行って旅人からお金を騙し取っていたとか……」
「ち、違うの、エミリアちゃん。それは失敗作じゃないのよ。フォシールの時だってちゃんと効果のあるものを渡したんだから」
「へぇー……さっき調べたところ、これ大した効果無かったんですけど……」
「し、調べた後なんだ……」
「私が調べた結果、このブレスレットの効果は【金運が申し訳程度に上昇する】【探し物が見つかる可能性が0.1%上昇する】……だそうですけど。
貴女、一体どういうつもりでこんなガラクタを売りつけたんですか?」
「……うっ……」
「一応それっぽいものを作ろうとした努力は見受けられますが、話で聞いたところ金貨三枚で売りつけたんですよね。普通に詐欺ですよ」
「あー、えっとね……こっちに来て生活費の工面が難しくなって……たまたまフォシールで制作した魔道具が売れ残ってて、それを売却して生活費に充てただけよ?」
「……はぁ」
確かに、私達も最初王都に訪れた時は、この王都の物価の高さに驚いて生活が安定するまで苦労したものだ。特に彼女が少し前まで滞在していたフォシールは他の国と比べて物価が安いため余計差を感じてしまうのも仕方ない。
だからといって、他人にこんなガラクタ押し付けて良いわけじゃない。
「……変な商売を始めたとか言ってましたが、まさか詐欺行為をやってるわけじゃないですよね。もしそうなら王宮の方に密告しますけど?」
私がそう言ってブレスレットをセレナ姉に返そうとすると、彼女は慌ててそれを引ったくりました。
「そ、そんな事ないわよ。ここでは、ちゃんとしたお薬を売ってるんだから!」
「……へー」
私はジト目で目の前の実姉を睨み付けます。尊敬する姉ですが、悪いことに手を染めていると分かれば心を鬼にしないといけません。
「……本当よ、エミリア」
しかし、私の後ろに立って様子を見ていたノルンが小さくそう呟いた。
「そうなんですか……?」
「本当よ。例えば数日前、心臓を悪くしたおばあさんが訪ねて来て、セレナは一日掛けてその薬を作るために頑張ってたのよ。とてもそのおばあさんに払える金額じゃなかったけど、サービスって事で利益度外視で売ってあげたの。
フォシールに居た時も、確かにエミリアの言う通り詐欺まがいの事をやってたこともあるみたいだけど、それは本当に切羽詰まってた時だけで、今は心を入れ替えて真面目に働いてるから」
「……ふーん、そうなんですか?」
私は改めてセレナ姉とノルンを見ます。
「そのブレスレットは元手が無かったから仕方なくといった感じよ。勘弁してあげて……」
「……」
ノルンにそう言われて、喉元まで出ていた怒りの感情を引っ込める。
「……分かりました。今回はノルンに免じて許してあげます」
「ほ、本当?」
「ノルンの話を聞いて素直に感心しましたし……今回は騒動になる前に私が回収したので、表沙汰にはならないので安心してください。……ただし」
「……ただし?」
私はそのまま彼女に背を向けて、後ろに立っていたノルンの肩を掴みます。
「???」
「ノルンを借りていきますね。ちょっと、私の方の依頼が明日までに終わるか微妙で助っ人を探していたんです。セレナ姉のサポートが出来るって事は、調合の助っ人も問題ありませんよね?」
「え、ちょっと待って、ミリーちゃん。今、その子を連れてかれたら私の方が―――」
「というわけで行きますよー、ノルン」
私は彼女の身体を魔法で浮かせてそのまま引っ張って限界まで走っていき、外に出ると飛行魔法で空へと飛び立ちました。私とノルンの身体が一気に浮き上がって高速で空を進んでいきます。
「素直じゃないわね……エミリア」
「五月蠅いですよ、ノルン」
私は腕で掴んでぶら下がってるノルンに対して平坦な声で答えます。
「折角会えた実姉なんだからもうちょっと優しくしてあげてもいいのに」
「あっちが悪いんですよ。私を放っておいて長い間帰って来ませんでしたし、久々に会ったと思ったら、周りから散々な評価ばっかり聴こえてくるんですからね。……全く、素直にお帰りって言いたかったのに……」
「……ツンデレ」
「違います。断じて違います」
私はノルンの言葉を全力で否定しました。
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