第702話 我が家に帰ろう
【視点:レイ】
次の日の朝、僕達はジンガさんの作った朝食を食べてからジンガさんの家を出る。
「ジンガさん、お世話になりました」
「素晴らしい槍を作っていただき、感謝の言葉もございません」
「あ、あの……手料理美味しかったです!」
僕とレベッカとルナは、見送りに来てくれたジンガさんにお礼の言葉を述べる。
「別に構わん。今回はミーシャたちも世話になったしな」
ジンガさんは隣に立っていたミーシャちゃんとアリスちゃんに視線を向ける。二人の背後にはカレンさんが立っており、彼女達二人の頭を撫でていた。
「カレンさんはなんでそっちに居るんですか?」
「ちょっと仕事の件でね。私だけ少し遅れて戻ることにするわ」
「そうですか……?」
昨日の内に大体の話は付いていたように思ってたんだけど……。
「あ、あの、レイさん!」
「うん?」
カレンさんに撫でられていたミーシャちゃんが絞り出すように僕に言った。
「今回の旅、短い間でしたが楽しかったです!」
「そっか、良かった……」
「アリスも、楽しかったよ。今度はサクラを誘って一緒に冒険しよっ」
「……だね、僕も二人と一緒に過ごせて楽しかったよ。サクラちゃんは騎士団の仕事で忙しそうだけど、時間がある時に僕から誘ってみるよ」
僕は二人にそう答える。
「ルナさんも一緒に冒険しようねっ!」
「また竜化してアリス達を背中に乗せてくれる?」
「うん、勿論っ」
ルナは二人の手を握って笑顔で答える。
「レベッカさんも……今回の戦い、とても勉強になりました」
「次戦う時もアリス達、負けないよっ!」
「ふふ……これはわたくしも負けていられませんね。こちらも次こそ勝つために尚の事鍛錬に励まなくては……!」
レベッカはミーシャちゃんとアリスちゃんに向かって微笑む。
「レイ」
「……はい」
ジンガさんに名前を呼ばれて僕は彼の方を向く。
「お前の今回の活躍ぶりは二人から聞いた。噂に違わぬ強さへと成長したようだな。伊達に王都で『大英雄』と呼ばれているだけの事はある」
「……知っていたんですか?」
「こんな辺境の地でも噂は入ってくるものさ。
『蒼く輝く意思を持つ剣を手にする若き少年が、仲間達と共に蘇った魔王を倒した』……という話だ。すぐにお前の事だと分かったぞ」
「あはは……なんか照れますね」
「だが、まだ戦いは終わっていないのだろう?」
「……はい。まだ、この剣を振るうことになりそうです」
僕は改めて自分の腰に携える剣、蒼い星を見ながらジンガさんに答えた。
「……フ、なら決着を付けて来い。その剣の支払いはその時まで待ってやる」
……忘れてた。この<蒼い星>をジンガさんの手で復活してもらった時、持ちあわせが無くて『出世払い』ということになったんだった。
「……こ、今度こそ、ちゃんとお金を払いに来ますから!」
「ああ、待っているぞ」
ジンガさんは眉間を深くして意味深に笑う。……もしかして、利子が増えてたりしないだろうか。
「さて、そろそろ時間だな」
そう言ってジンガさんは後ろを向く。
「ジンガさん、お元気で」
「……フン、俺を年寄りだからと言って変な気を遣うな。これでも死線はお前以上に潜っている」
それの言葉はジンガさんの照れ隠しだったのだろう。
「ええ、分かりました」
僕は小さく笑いながらジンガさんに向かってそう答えた。
「ではな、レイ」
そう言って、彼はミーシャちゃん達を連れてその場を後にしていく。僕達はその大きな背中を手を振って見送った。
「……じゃあ私も仕事の話を済ませ次第戻るわね」
カレンさんは微笑みながら、三人の後を追うのだった。
「……では、わたくし達も帰りましょう」
「うん、サクライくん行こう」
レベッカとルナが僕に向かって手を差し出す。僕は二人の手を取る。
「うん、帰ろう……僕達の街へ」
そう言って、僕達は王都へ戻るのだった。
◆◆◆
ジンガさん達との別れを済ませた僕は森の魔法陣を通って王都へワープした。そのまま自分達の拠点の宿に戻る。その後、僕達がいつも集まっていて実質的に貸し切り状態になっていた大部屋に向かう。
「ただいまー」
「只今帰還いたしました」
「皆、元気だったー?」
仲間が集まっていると思い、扉を開けるとすぐ帰宅したことを知らせる。
……しかし。
「あ、レイくん達おかえりー」
部屋に居たのは、僕達の女神様である姉さん一人だけだった。姉さんは内職しているようで、僕達に笑顔で答えながら手を動かして造花を作っていた。
「……あれ? 姉さんだけなの?」
てっきり他の皆も居るものだと思っていたのだが。
「ベルフラウ様、エミリア様とノルン様はどうされたのですか?」
「サクラちゃんは……騎士のお仕事かな?」
「まずルナちゃんの質問に答えるけど、サクラちゃんは今まで副団長の仕事をサボりまくってたせいで団長さんに自室で缶詰の刑を受けてるわよ。ここ数日ずっと書類仕事と格闘してるわね」
姉さんは作業の手を止めて、やれやれといった感じにそう答える。
「あ、あはは……」
……それで良いんだろうか副団長サクラちゃん。
いや、それ以前に今までずっと仕事から逃げてたって事なの?
「細かい書類を見ると嫌になって勝手に外回りに行っちゃうんだって」
「……サクラちゃんらしい理由だ」
「それで、エミリアちゃんとノルンちゃんだけど……こっちもこっちで陛下に任された仕事で部屋に籠りっきりね」
「エミリア様はまだ分かるのですが、ノルン様もでございますか?」
「猫の手も借りたいって気持ちなんでしょうね。昨日、部屋から出てきた時、かなりゲッソリとしててフラフラとしながらノルンちゃんを探してたわよ」
「……エミリア様、お可哀想に」
レベッカがエミリアの身を案じるように小さく呟く。
「ところでカレンさんはどうしたの?」
「そっちもそっちでお仕事だよ。ジンガさんと上手く折り合いが付いて兵士たちの為に武器と防具を制作してくれることになったんだ。話が全部付いてないらしくて、僕達だけ先に帰ってきたんだ」
「あら、そうなのね。じゃあ、レイくん達が帰ってきたことだし、お姉ちゃんも内職の仕事はこれくらいにして……」
姉さんは作っていた造花の束を箱に閉まって腋に抱える。
「どうしたの姉さん?」
「お昼の準備しなきゃね。エミリアちゃん達、きっと疲れ切ってるだろうし。仕事で缶詰してるサクラちゃんにもお弁当作ってあげなきゃ」
「姉さん……!」
「ベルフラウ様……女神でございます!」
「本当、まるで女神様みたいな優しさだね!」
僕達は感動しながら姉さんを呼ぶ。
「ふふ、お姉ちゃんはずっと前から女神よ……じゃ、台所に行ってくるわね。今日は奮発するから期待して待ってて」
姉さんはそう言って部屋から出ていった。それから数分後、姉さんと入れ替わるように顔色を悪くしたエミリアが部屋に入ってきて、机の椅子に突っ伏した。
「み、水……水を………」
「エミリア、大丈夫!?」
僕は急いで水をコップに汲んで彼女に差し出す。
彼女はそれを一気に飲み干し、ハァハァと息を切らす。
「ちょっと……張り切り過ぎました……」
どうやら相当ハードな仕事をしたらしい。流石のエミリアも堪えるものがあったのだろう。
「エミリアはレイ達が出ていってから眠ってないみたいよ」
すると、いつの間にか部屋に入ってきていたノルンが平坦な声でそう話してエミリアの隣に座る。
「ノルンちゃんは大丈夫なの?」
「……私は眠い以外は割と平気ね。まぁこれでも1,000年くらい大樹生活だもの。その気になれば光を浴びるだけで栄養を摂れるわ」
「……ノルンちゃん、その姿で光合成出来るんだね」
ルナはそう言って彼女の言葉に苦笑いを浮かべる。
「……エミリアが落ち着いたら皆で食事にしましょう。さっきベルフラウが食事の準備をしていたわ」
そう言ってノルンは机に突っ伏していたエミリアの頭を撫でる。
「……はい……」
エミリアはノルンの手を握って小さく返事をして目を瞑った。そして静かな寝息を立て始めた。僕達は彼女が安眠出来るように静かに見守ったのだった。
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