第725話 VSクロード2

【視点:ウィンド】

 レイ達三人が別の場所で激戦を繰り広げている頃。

 ウィンドは転移用の魔法陣の中に入り、頂の塔の頂上へ向かっていた。


「(いよいよ……ですね……)」


 魔法陣は転移が終わり、ウィンドは頂の塔の目的の場所到着する。ここまで来れば『長老』は目と鼻の先だ。胸の鼓動を手で抑えながらウィンドは上を目指す。


 魔法陣を出るとそこは塔の頂上。


 どうやらこの場所は塔の屋上のようで周囲には仕切りも何も無い。しかし、ウィンドの目に前には上に向かう白い階段が頂上まで伸びていた。


「(……これの上ですね)」


 ウィンドは階段へ一歩足を踏み出す。


「(……考えてみれば、私は『長老』と会うのは初めてですね……)」


 ウィンドは一歩一歩、階段を踏みしめながら、『長老』に会う前の緊張をほぐしていく。


「(……どんな人なのでしょうか……)」


 ウィンドは思考する。『長老』はこの魔法都市エアリアル創設の頃からこの国の長としてずっと君臨してきた。


 そして、エアリアルが生まれたのは今から六百年以上前からだと聞いている。『長老』はこの国を建国した英雄であり、魔法を極めた最高峰の魔導士という話だが、一体どうやってそれほどの年月を生き永らえているのだろうか。


「(……推定年齢は六百五十歳を超えているはず。何にせよ、ただの老人ではないでしょうね)」


 今から私は『長老』と対峙をしてとある質問を行う。その回答次第で……私は……。


「(……とはいえ、弟子たちを巻き込むわけにはいきませんね……)」


 仮にそうなったとしても、彼らに被害が及ばない様に配慮しなければいけません。あくまで、これから行う問答は私の個人の問題。『長老』にもその意図を汲んでもらわないと。


 そう考え、私は階段を登り切り、ついに本当の意味で頂上に辿り着く。

 そして目の前には、初めて対面する『長老』の姿が―――


「……………え?」


 その『長老』の姿を見て、私は目の前の光景がすぐに理解できなかった。


 ◆


 ウィンドが『長老』とようやく対面した頃―――レイとクロードの二人の戦いは苛烈を極めていた。


【視点:レイ】


「はああっ!!」「っ!!」


 目の前の男、クロードに対して僕は勢いよく斬り掛かる。クロードは僕の剣戟を自身の左手の剣で防ぎ、空いた右手でゼロ距離で僕に向かって魔法を放つ。


<上級氷魔法>コールドエンド!」「っ!!」


 ゼロ距離からの猛烈な氷の嵐が吹き荒れ、僕はたまらず一旦その場から離脱する。そして、魔法の威力が弱まってから素早く踏み込んで距離を詰めるのだが――


「甘いよ。<上級獄炎魔法>インフェルノ!!」


 恐ろしく速い速度で放たれる強力な火炎魔法。魔法で対抗しようにも間に合わない。


「くッ!」


 魔力を込めて身体を半回転させ、襲い掛かってくる炎を剣で裂いて防ぐ。


 だが、炎を斬り裂いて攻撃を凌いだと思った瞬間、クロード自身が強化魔法で自身の脚を強化し、凄まじい速度で剣による突きを放ってくる。


「(間に合わない!!)」


 目の前の攻撃を凌ぎきれないと思った僕は、咄嗟に身を僅かに横に逸らしてみぞおち辺りを狙った突きを若干逸らして直撃を避ける。


 だが、完全に回避しきれず右の横腹辺りが深く抉られて、激痛で思わず顔を顰める。


「――っ!!」


 体の内部から灼熱の炎を注ぎ込まれたような度し難い痛みに意識を奪われそうになる。僕は自分の舌を思い切り噛んで無理矢理意識を戻し、三十センチほど先にあるクロードの顔を強引に殴りつける。


 ドスっと鈍い男がすると同時に、クロードの顔面に僕の拳がめり込み、クロードの脳を揺さぶり意識を一瞬だけ刈り取る。


「……はぁっ……はぁっ……!」


 僕は後ろに向かって大きく飛び退き、距離を取る。そしてすぐに自分の脇腹の状態を確認する。


「(内臓まではいってないけど、回復しないと動けない……)」


 そう思いながら、僕は右手を傷口に当てて回復魔法を使用する。その間、僕の一撃で身体をふらつかせそうになったクロードは足腰に力を入れてどうにか倒れずにその場で踏ん張る。


 クロードは、僕の拳の一撃によって左頬が腫れ上がり、口元から僅かに血を流していた。だが、その表情は笑っている。


「……今のは痛かったよ。だが、そっちの方がダメージは大きそうだね」

「……っ!」


 彼の言葉に返す言葉も無い。事実だ。

 僕の彼に与えた一撃は魔力も宿っていない咄嗟の拳の一撃でしかない。


 一方、僕が受けたダメージは強力な刺突によるもの。彼の剣は聖剣ではないようだが付与された魔法によって切れ味を増しているようだ。貫かれた脇腹は鋭利な切れ味があり、今もまだ内臓に異物が侵入しているかのような不快感と痛みが走る。


「ともあれ、あの状況から直撃を防いだのは見事だよ。今のは僕の得意な<付与強化魔法>の一点集中だったのだけど……」

 そう言いながらクロードは強化された脚をアピールする様に地面で軽く動かす。


「しかし、やはりただの剣士では僕には届かないね。キミの剣の技量は見事なものだったけど、本気を出した僕には流石に手が出ないようだ」


「……そう見えますか?」


 僕は無理矢理笑顔を作って彼に挑発する。

 その間、僕は右手で自身の脇腹の傷を全力の回復魔法で癒し続ける。

 だが、クロードはそんな僕をハナで笑い、言った。


「ふふ、挑発して会話を引き伸ばして時間を稼ごうって魂胆かい?」

「……バレバレでしたか」


 僕は無理矢理作った笑顔を止める。


「強化魔法での肉体強化から繰り出される剣技と、詠唱速度を微塵も感じさせない強力な魔法攻撃の連続攻撃……素直に凄いと思いました」


 僕は彼の技量を素直に称賛する。最初は剣技だけで戦っていた為、それほどの実力者だと思わなかったけど、魔法を使い始めて状況が一変した。


 僕の迂闊な攻めは彼の魔法攻撃でけん制され、僕が逃げ腰になると彼が追っかけて剣で攻撃、それを仮に凌いでも右手の魔法攻撃で追撃を加えてくる。はっきり言ってかなりの強敵だ。


「……でも、まだキミの顔は戦いを諦めた顔をしていないね。今の攻防で少しは実力の差を見せつけられたと思ったんだが……」

「……」


 僕は彼の言葉に返事はせず、右わき腹の傷の回復に専念する。しかし、どういうわけか傷の治りが普通よりも遅い。


「傷は痛むかい? 僕のこの武器は、この国の名匠に作らせた特別性でね。ただ単純に硬いだけでなく所持者の魔力に応じた追加ダメージも付与されている。単純に鎧を着込んだだけでは防ぎきれないってわけさ」


「(なるほど、この装備が簡単に貫かれるわけだ……)」


 この目の前の男の魔力量はかなりのものだ。先程から何度も上級魔法を使用しているにも関わらず使用頻度に躊躇が無い。


 おそらくまだまだ余力を残しているのだろう。それだけの魔力が上乗せされているのであれば、この銃弾すら防ぎきる鎧を容易く貫通したとしても納得は出来る。


 僕は考えながら回復途中の右の脇腹の傷の具合を考える。攻撃を中断して全力で魔力を注いだだけあって、まだ痺れが残るが傷口はほぼ塞がったようだ。僕は回復魔法を止めて目の前の男に言った。


「お待たせしました。時間稼ぎに付き合ってくれて感謝します」

 僕はそう彼に言った。すると、彼はキョトンとした表情を僕に向けて笑った。


「……ぷぷ……ははは……! そんなに正直に言っちゃうのかい!?」


「……違いましたか?」


「……いや、間違ってないよ。キミ達に戦いを持ちかけたのはテストのつもりだからね。キミの命を奪うような事は真似はしない」


「……テスト?」


「そうさ。この戦いは、キミ達が『長老』に会う資格があるかどうかを試している。価値の無い人を『長老』に会わせるつもりはない。キミ達を試す為に僕達は試験官としてここに来たわけさ、恨まないでくれよ」


「じゃあ、今の僕は合格ですか?」


「いや、合格点は届いてないね。今のキミじゃあまだ『長老』には会わせられない」


「……そうですか」


 僕はその言葉にガッカリする。ここで「合格」と言ってくれれば、これ以上無駄な戦いをしなくて済んだのだけど。


「その、”長老”って人」


「ん?」


「その人に会うためにあなた達と戦わないとダメって、それだと殆どの人間が会えない気がするんですが……僕達が地上の人間だからですか。あなた達にそんな命令までして、その長老って人は何を考えているんですか?」


「ははは、キミは何か勘違いをしているようだ」


「勘違い?」


「僕達は別に命令で動いているわけじゃない。『長老』に会うのに本来は資格など必要はないし、彼が何か言ったわけじゃないよ。

 だが今の『長老』を見て良からぬ事を企む連中もいるかもしれない。僕達は『長老』に近付こうとする不届き者から守るために、こういう形で動いている」


「……守るため? ウィンドさんに聞いたんですが、その人はかなり高名な魔道士で、守る必要なんて無いんじゃ……」


「……まぁ、知らない人間はそう言うよね」


 クロードは突然今までの穏やかな表情を崩して無表情になる。


「ちなみに、『長老』と会話を交わしていいのは僕達、四賢者だけだよ。地上もこの国の人間も関係ない」


「……それって一体」


「……おっと、そろそろ時間だね。キミの傷も最低限治療が済んだだろう?」


 クロードはそう言いながら自身の背後に複数の魔法を同時展開する。

 展開された魔法は火球ファイアボール十つに、氷の槍アイスランスが十本。どちらも一発喰らえば大ダメージは避けられないほどの大きさだ。


「待ってください、一体『長老』って……!!」


「話があるなら、僕に合格と言わせてみるんだね。その時は教えてあげてもいい。もし、キミ達が『長老』に認められれば僕達は喜んでこの役目から退くよ。せいぜい頑張ることだね」


 そして、クロードが手を振り下ろすと展開された魔法を同時発射して僕に襲い掛かる。


「くっ!」


 どちらの一撃も相当なの威力にも関わらず、彼は一切詠唱せずに魔法を使用している。更に強化魔法で強化された彼の肉体は僕の能力を上回っている。


「こうなったら……!」

 僕は一時的に聖剣の力をフルパワーにして解放する。


 瞬間、僕の手にする蒼い星ブルースフィアは青白い光を灯す。そして、聖剣から僕に向けて流れ込む凄まじい魔力の奔流を感じながらも僕は『蒼い星』を振り抜く。


「はあああああっ!!」


 僕が渾身の力で振るった剣戟は、クロードが放った<火球>と<氷の槍>を真っ向から一撃で全て両断する。


「……!? そんな馬鹿な! まさか、その武器は……聖剣!?」


「……正解です。殺し合いでもない戦いで、武器性能に頼ったやり方で勝負を付けるのは申し訳ないんですが……」


 そう言いながら僕は構える。


「……貴方はちょっと強すぎる。強化魔法で底上げされた身体能力は僕を上回ってますし、魔法の扱いにおいても僕が知る限り貴方以上の存在を知りません。なので、ここからは【剣技】以外も活用させてもらいます」


「剣技、以外……?」


「例えば………<上級雷撃魔法>ギガスパーク

「な、無詠唱!?」


 僕は一瞬だけ目を瞑って、剣を空に突き立ててその上に雷魔法を降らせる。僕の雷魔法を吸収した剣はバチバチと電気の音を立てて黄色いスパークを纏わせている。


「キミがそれほどの魔法を詠唱無しで使えることも驚いたが……何だ、それは……?」


 クロードは僕の放った魔法以上に、剣に魔法を纏わせたことを驚いているようだ。


「魔法剣と名付けました。今は、雷の魔法を剣に纏わせている状態です」


「バカな……剣と魔法を合わせるだと!? 僕ですら、剣と魔法は別々に放つものだ! そんなもの聞いたことが無い!!」


「そう言われても、使えるんだから仕方ないじゃないですか……」


 クロードが必死に叫ぶものだから、僕はついそう言い返してしまった。


 すると、クロードはぐぬぬ……と顔をしかめながら僕を睨みつける。そして、肩をダラりと下げて感情を失ったような平坦な声で言った。


「……驚いたよ。キミは聖剣使いな上に、僕と同レベルの無詠唱魔法を使う。それだけでも驚愕モノだというのに、この魔法都市の住民ですら使い手の居ない<魔法剣>まで使いこなすとは……」


「合格ですか?」


「……正直、賢者としてのプライドが傷ついたよ」


「いや、合格かどうか聞いてるんですが……」


 そう言ってクロードは僕に剣を向ける。


「……来い、僕にキミの全ての力を見せてみろ……!」


「あの、聞いてます?」


 クロードは僕の質問に答えずに射貫く様な目で剣を向ける。


「(……これは止まりそうにないな)」


 どのみち、彼に合格を貰うか倒す以外にこの場から逃れる術はない。僕は若干の疲れを感じながら再び戦いを受けて立つのだった。

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