第726話 VSグラハム2

 レイとクロードが激戦を繰り広げている時と同じくして、カレンとグラハムも別の場所で戦っていた。


【視点:カレン】


「はっ!!」「ぬうぅぅぅん!!!」

 鉄と鉄が共鳴するかのような反響音を一秒に数度響かせながら、私の剣とグラハムの拳がぶつかり合う。


 ぶつかり合う衝撃の度に空間全体が揺れて、私と目の前の男の肉体に身体が軋む様な衝撃と痺れが走り、その都度私の口角が上がる。しかし、目の前の男は狂気じみた笑いを浮かべながら嬉々として向かってくる。


「ははは!! 楽しい!! 楽しいぞ!!」

「全く……戦闘狂はこれだから……!!」


 私は目の前の大男に心底呆れながら剣を振るう。


 しかし、彼の肉体はその鉄の様に頑丈で、私の斬撃などまるで意に介さずに受け流しながらカウンターの拳を私に打ち込んで来る。


 一撃一撃が重く、油断すれば一撃で意識を刈り取られかねない威力を秘めた拳だ。まともに喰らうことは絶対に避けねばならない。


「ッ!!」「むぅ!?」

 私は剣を戻すと同時に男の顎元に足を高く蹴り上げてハイキックを放つ。


 ここまで一度も剣以外の攻撃を行わなかったため、突然の攻撃に一瞬驚いたのかグラハムは目を大きく見開いて後ろに身体を仰け反らせて蹴りを回避する。


 そのまま私は手にした剣を後ろに放り投げ、蹴りの勢いのままバク天に繋げて後ろに飛んで男との距離を取る。そして、十分な距離を取った所で私は態勢を正し、直後に上から降ってきた剣を受け止めて剣を構え直す。


「……見事なものだな。その剣捌き、そして身のこなし。幾多の戦いを繰り広げて生き残ってきただけの事はある」


「それは褒めているのかしら?」


「正直な感想だ。あれだけの俺と剣と拳をぶつけ合いながらも、息すら切らさずその涼やかな態度……そして、俺に蹴りを喰らわせる程の格闘センス……女にしておくのは勿体ないな……」


「それは心外ね。女だからって弱いわけじゃないし、男だから強いとは限らないじゃない。性別に拘ってる時点で貴方……『男』としては二流よ」


 私はグラハムの挑発にそう答える。すると、グラハムは少しだけ目を見開いて「くっくっく……」と笑い始めた。


「ははははははは!! いや、面白い女だ! 本当に女か!?」


「だから女よ。しつこいわね……見て分かるでしょ?」


 私はうんざりとした顔で言う。


「確かに、並の男なら惑わされる美貌ではある。だが外見など関係ない。

 俺が気に入ったのは、何事にも揺るがないその精神よ。……よし、俺の弟子にしてやろう。魔力も十分に備わっているようだし素質は十分だ」


「……悪いんだけどアンタの誘いはお断りよ。女を誘うのであれば、もう少し気の利いた口説き文句を考えておきなさいな」


「……ふ」

 私はグラハムを挑発するように言い返す。すると、男はニヤリと笑って拳を構える。グラハムの拳と腕はまるで玉鋼のようにギラギラとした鉱物と化していた。



「……厄介ね、それ。<鋼鉄変化>メタルフォームって言ったかしら?」


 私の一言に、グラハムは「ほぅ」と感心したような声を上げる。


「俺の魔法の事を知っていたとは。能力だけではなく博識な女だ」


「魔力を物理的に具現化させそれを肉体に融合させて鋼と化す魔法……。とっくに失伝魔法になっていたかと思っていたけど、使い手がまだ存在するとは思っていなかった」


 見た目は肉ダルマだが、【四賢者】と名乗っているだけの事はある。


 鋼鉄変化メタルフォームは体を一時的に魔力で作り変える稀有な魔法だ。自身の肉体を媒介にする為リスクが大きく常時多量のマナを消費する。


 だが目の前の男はそれを苦もなく使いこなし、私の剣と打ち合えるほどの錬度を誇っている。それだけの技量と魔力を持ちあわせている証明だ。


「俺は自然干渉魔法のような外界に干渉する魔法は苦手だが、自らの肉体を対象とする魔法に関してはすこぶる相性が良くてな。

 あらゆる魔法に自身の肉体が耐えうるようにトレーニングを欠かさなかった。俺は自らを鍛え上げて【四賢者】の地位を得た……!」


 そう言ってグラハムは自らの拳を天に掲げる。


「まるで天に自分を知らしめるようなアピールね。神にでも選ばれたつもりかしら」


「この国において【神】とは【長老】の事を指す。何も間違いはあるまい」


「神様ねぇ……」


 ウィンドの話によると、『長老』とやらはこの国創設から六百年以上生き永らえていると聞いた。ともすれば、彼らにとって『長老』は人間よりも上位の存在と認識しているのかもしれない。


「(……一体、どんな秘術でそれだけの年月を生きているのやら……)」


 私は内心そう呟きながらも、目の前の男に意識を向ける。


「……とはいえ、俺に負けるようでは、貴様を『長老』に会わせるわけにはいかん。悪いが、ここからは本気に潰しに行かせてもらおう」


 グラハムはそう言いながら、四肢を地面につける。まるで四足歩行の獣のように、地面に手を付けてこちらを見上げるように構える。


「何をするつもり?」

「ふ……自身の肉体を対象とする魔法が得意と言っただろう?」


 そう言ってグラハムはニヤリと笑うと――――


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「……っ!!!」


 突然、獣のように叫び始めたグラハムに対して私は驚いた。しかし、すぐにグラハムの肉体が膨れ上がり始め、その全身から獣のような体毛が生え始める。


「な……もしかして、憑依呪術!? 鋼鉄変化に上乗せして発動するなんて無茶を……!!」


 私が驚きに目を見開いていると、グラハムの肉体は二回りも大きくなり、もはや人間としての面影すら残していなかった。


 その身体は正に、獣の王に相応しい肉体へと変化していた。


 全身黄金の体毛となっており、顔は完全にライオンのように変化し、その頭部には一本の大きな角が生えていた。そして、その身体は鋼鉄変化メタルフォームによって黒ずんでおり、もはやグラハムは人間とは呼べない完全な獣だった。


「この肉体は【獣王】と呼ばれている。剣では俺を倒せんと知れ!!」


 獣王となったグラハムは、鋭い鋼の牙を生やした獣の顔で威嚇しながら、私に飛び掛かってきた。

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