第724話 グラハム・ミント1
【視点:カレン】
「ここは……」
気が付くと私は何処か見知らぬ土地にいた。
空を見渡すと青い快晴の空。そして周囲は何も見当たらない荒野だ。
しかし、どこか違和感を感じる。これだけ澄み渡った空だというのに、日の温かさを感じず、鳥のさえずる声も、吹く風の心地よさも何も感じなかった。
まるで、時が止まったような感覚にも思えてしまうが……。
違和感の正体を探るために周囲に魔力を巡らせる。すると、この一帯全てに自然に溶け込んだマナとは別の他者の魔力が充満していることに気付いた。
「……なるほど、ここは誰かが作り出した場所って事ね……全く、手の込んだ事をするものね」
私は静かに息を吐く。
「……」
背後から気配を感じた。私は腰辺りにベルトで固定してある剣の柄に右手を添える。そして、背後を振り向きながら背後の存在に向けて言った。
「……ここは貴方が作った場所なのかしら?」
私の視線の先には、筋肉質の男が立っていた。
この男の名前は、グラハム・アーネストという名前だったはずね。
男は私の質問に頷きながら答える。
「その通りだ。あの場所では我らの戦いには不向きだからな。他の二人も、自身で作り出したフィールドで戦っている頃だろう」
「……ふぅん」
この男の言葉が真実なら、他の皆も私と似たような状況というわけね。
「話は分かったけど、なら私の相手は貴方という事?」
「いかにも、このグラハムが貴様の相手をすることになる。貴様は、地上の冒険者の……カレン……で、合っているか?」
「……意外ね。私の名前を知っているなんて」
魔法都市の連中は自身の国以外の事など微塵も興味がないと思っていたわ。
「以前、冒険者の事を調べるために地上に降りた事があった。
【蒼の剣姫】とかいう大層な二つ名の付いた有名な冒険者だとか……同姓同名ではなく、貴様に相違ないか?」
「ええ、合ってるわ。その二つ名は私のお気に入り。改めまして、私はカレン・ルミナリアよ。冒険者としての名乗りだから本名は少し違うけどね」
彼の言葉を肯定する様に私は笑みを浮かべる。
「(……二つ名まで知っているなんて、本当に私の事を調べたのね……それにしても、魔法都市国家の人間がわざわざ地上に……?)」
「ふむ、間違いでは無かったか。地上の猛者とこうして戦うことが出来るとは、つまらない仕事だと思っていたが、多少なりとも楽しめそうだ」
グラハムはそう言いながら自身の拳を触ってポキポキと鳴らす。
「……一つ、質問いいかしら?」
「……何だ?」
「……本当に『賢者』なの? その出で立ち、それに如何にも素手で戦うような雰囲気……どう見ても貴方、格闘家か何かでしょう?」
「ふん……格闘家か。確かに、俺は日常的に肉体を鍛えているが……俺は、紛れもない【四賢者】の一人だ」
「……そう」
どうみても賢者っぽくないのだけど、本人がそう言うのなら間違いないのだろう。何にせよ、この場は戦わないと出してもらえそうにない。
「……ふぅ」
私は頭の中でスイッチを切り替え、目を見開く。
それと同時に、先程から右手で握っていた剣の柄に力を込めて剣を抜き構える。
同時に、自身の魔力を一気にブーストさせて身体能力を向上させる。
「――さ、始めましょう」
「……やはり、凄まじい闘気よ……貴様を選んで正解だったようだ」
グラハムはニヤリと口元を歪めながら両手の拳を構えてファイティングポーズを取る。
「では、いざ―――」「尋常に―――」
「「――勝負!!」」
そうして、目の前の男との戦いが始まった――――!
【視点:サクラ】
「………おおおおおおお!?」
わたし、サクラは目の前の光景に声を漏らす。
「すっっっっっっっっごい、お花畑だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
わたしは、目の前の光景に心を奪われてピョンピョンと跳ねながら周囲を眺める。そこは、一面に色とりどりの花が咲き誇っていた。
「すごい、まるで天国みたい……なんか、さっきまでシリアスな場面に立ち会ってた気がするんだけど……まぁいいや♪」
その光景はまるで花の楽園のようで、わたしはそんな感想を述べながら花々の絨毯の上を歩く。
そして、少し歩いた先には円形の大きな広場がありそこには大樹がそびえ立っているのが見えた。
そこには、花嫁のような衣装を身に纏った美しいお姉さんが佇んでいました。
その美しさはこの場にある花畑にも見劣りしない美貌で、女のわたしでも少し「ムッ」と言いたくなるほどです。
「わ、きれーなお姉さんだぁ♪ ……って、あれ?」
わたしは、その女性をそう表現しながら駆け寄ろうとする。すると、わたしの存在に気付いたのかお姉さんはこちらに振り向いた。
「ふふ、気に入って、貰えて、良かったわ」
女性はこちらを見て嬉しそうに微笑む。その女性は、数十秒前に見た顔のお姉さんでした。
「お、お姉さん……さっきの……?」
「……♪」
そのお姉さんは、わたしの方をジッと見つめてからこちらにゆっくり向かってくる。
「た、確か、えっと………ミント……ミントさん……」
「んふ………せ、い、か、い」
お姉さんは独特なイントネーションで、口をセクシーに動かして、名前を口にした。
「ッ!!」
わたしは思わず後ずさって彼女から距離を取る。そして、腰に下げた二つの双剣を手に取って両手で構える。
「……あらためまして、私の名前、は、ミント・ブリリアント……。
【四賢者】一人……よ。よろしく、可愛いお嬢ちゃん」
「……サクラ・リゼットです」
先程までの浮かれていた気分が一気に静まっていくのが自分でも分かる。目の前の女性は、わたし達の目の前に現れて戦いを挑んできた人たちの内の一人。
「あら、あら、怖がらせちゃった?」
ミント・ブリリアントは独特の言葉遣いとおどけた表情をしながら、自身の胸元に手を入れて、そこからロッドを取り出す。
「……って、何処から武器を取り出してるんですかぁ!?」
「ふふ……魅力的な、女の子、には、武器は……常に、携帯しないとね♪」
そう言いながらミントさんはロッドをクルクルと振り回して構える。
「(……この人、油断できない……)」
見た目は綺麗な女の人だけど、先程から観察する彼女の動きの一つ一つがまるで流れるように流麗で、その所作に無駄が無い。
どうみても接近戦が得意なタイプには見えないし、【賢者】と名乗るだけあって純粋な後衛の魔法使いなのだろう。しかし、内包するマナの量が桁外れだ。
「ふふ、このフィールドは、私が魔法で作ってみたのだけど、気に入ってくれた、かしら? ……ほら、マナの精霊も沢山いるでしょ? ご挨拶、する?」
ミントさんは、この場のわたし以外の存在に語り掛けている。
別に彼女の頭がおかしいわけじゃない。
レイさんやカレン先輩には見えないだけで、彼女が何と対話をしているのか、
彼女は、大気中に存在する【マナ】を精霊という形で認識しているのだ。それはつまり、自分と同レベル以上の【精霊魔法】を習得しているという事。
「……見えてるんですね、精霊さん」
「……ふふ、やっぱり、貴女にも見えていたのね、この子達が」
ミントさんは楽しそうに話す。
「それじゃあ、お互い、見える者同士、戦いましょう、か」
「うぐ……やり辛い……」
双剣士 VS 純正魔法使いの戦いだ。正面からやれば7:3で勝てる自信はある。だが、彼女のペースにずっと巻き込まれている気がする。
何より相手は女の人。別段、悪意がありそうにも見えないし、正義のヒーローのつもりで戦う自分としては、滅茶苦茶戦い辛い。
「ふふ……」
「(ど、どうしよ……)」
わたしがどう行動すべきか決めかねていると、ミントさんがロッドをクルクルと回しながらこちらに急接近してくる。
「(……ッ!)」
わたしは、すぐに両手に持った剣で彼女のロッドを受け流す。
「あら、流石に、普通に戦ったんじゃ、難しそう、ね」
ミントさんはそう言って身を翻しながら、わたしから距離を取る。
「(力は思った通り大したことない、だけど、魔法使いなのに動きが俊敏!)」
わたしは、距離を取ろうとするミントさんに向かっていき距離を詰める。
「と!」
距離を詰めようとしたわたしに向かって、彼女はロッドをこちらに向ける。ロッドの先端から魔力が溢れたと思ったら、そこから花弁が飛び交ってこちらにくるくると弧を描いて飛んでくる。
「わわっ! とうっ!!」
わたしは一瞬対処に焦ったが、すぐにその花びらを斬り裂いて接近を試みる。しかし、一瞬、甘い匂いがしたと思ったら……。
「……ふふ、素直♪」
次の瞬間、正面に居たはずの彼女がわたしの背後を取っていた。
「えっ!?」
わたしはすぐに振り返ろうとする。しかし、時既に遅し。
「
彼女はわたしにロッドを向けてマナを放出する。すると、周囲に舞っていた花弁が一斉にこちらに向かってきて、わたしの周囲を包み込む。
「し、しまった!?」
「ふふ……」
そして、数秒後には周囲の花弁が全てわたしに向かって襲い掛かってくる。
「わぁあ!!」
わたしは双剣を振り回して攻撃を防ぐが、数が多すぎるせいで捌き切れない!
花弁が身体に接触しても痛みは殆ど無い。
しかし、その接触した箇所から力が抜けていっているのが分かる。
「う……こ、これ……!」
わたしは咄嗟にその場から飛び退くと花弁の渦の中から抜け出す。
「ふふ、私の、花の魔法はね、人の中枢神経を狂わせる、の」
「う……毒とかじゃないんですか……」
頭がクラクラする。彼女の言葉がちゃんと聞き取れない。
「毒、じゃ、ないわ……。だって、ほら」
ミントさんはわたしの肩を優しくポンと叩く。
「あ……れ?」
わたしは自分の意思とは関係なく短剣を地面に落としてしまう。
そしてそのままへなへなとその場に座り込んでしまう。頭がボーっとする……身体に力が入らない……!
「大丈夫、そのまま眠れば、すぐに楽になるわ……」
「う、う……」
徐々に目の前が暗くなって、息苦しくはないけど……意識が遠のいていく。
「……心配しないで、次に目が覚めた時は……私と友達になっているから」
「……友達……」
最後にサクラが思い浮かんだのは、レイ達と出会う前の出来事。初めて冒険者となって、出来た友達の顔が浮かんでいく。
そうして、サクラの意識は夢の中へと落ちていった。
「……おやすみ、なさい、可愛らしい、お嬢ちゃん」
ミントは、意識を失ったサクラの身体を優しく抱き寄せて囁く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます