第179話 見つけた

「この黒い何かが、魔物を進化させた?」

 リカルドさんとウオッカさんがもたらした情報は信じがたい物だった。


「ああ、おめえらに助けられる少し前にな、

 普通のゴブリンとオーク達が何を思ったのか、この黒いのを取り出して自分の体に貫かせたんだ」


「その行動だけでも異様過ぎたが、

 驚くことに、その後に体が肥大化し始めて、一気に最上級の魔物に進化しはじめたのだ」


「そんなことが……」

 僕の想像を超える出来事に絶句してしまう。


「まぁ、同じものとは限らないけどな。

 俺たちが見たのは、これをより『剣』の形に加工されてたはず。

 といっても、色合いを考えるとそっくりだ」


「剣の……形?」

 それは、何処かで……。


「ああ、これと同じ色の漆黒の剣だった」


 漆黒の……剣……。


『この剣があれば貴方は如何なる敵も打ち倒せる勇者となる。

 多少の汚名など成果で流せば良い。そうすれば誰からも信頼される冒険者となるでしょう』


『ああ、何か途中から剣が気味悪い感じに蠢いてた気がするな……。

 だけど、力がどんどん沸いて来て……そっちの方に気を取られててどうでもよくなってたな』


 ……もしかして、これが。


「……レイくん、大丈夫?」

 いつの間にか姉さんが戻ってきていた。


「姉さんこそ、大丈夫?」


「ええ、二人に休ませてもらったから……

 それよりもレイくんよ、私と同じくらい青い顔をしてるよ?」


「それは……」

 思い出した、いや、ようやくここまで追い掛けてきたものが目の前に現れたのだ。


「……みんな、ちょっと話があるんだ」


 ◆



「え……このガラスケースの中身が、あの黒の剣ですか!?」

 僕の切り出した言葉に、三人が驚く。


「うん、多分……。さっきリカルドさんとウオッカさんが言ってた内容はちょっと違うけど、

 おそらく僕達が追ってきた、人間を凶暴化させた『黒の剣』に近しい物だと思うんだ」


 僕達の追ってきた剣は、失意のどん底にいたアムトさんを狂った化け物に変化させていた。でも、リカルドさん達の情報の『漆黒の剣』は魔物をより凶悪な魔物に進化させるというものであった。


 『黒の剣』と『漆黒の剣』、これは表現の違いでおそらく同一のものだ。

 懸念する部分としては効果が違うことだけど、それはおそらく魔物に使った場合と人間が使った場合の差異だと思う。だから、もしこれが同じものなら、このケースの中の黒い何か体は、より凶悪な魔物を生み出してしまうはずだ。

 

 誰がこんな物を置いたのかは分からないけど、

 こんなものがあれば強力な魔物が住み着くのも納得だ。

 この場で処分しないといけない。


「……驚くべき話だ。

 少年たちは、この物体の正体を探るためにこの地に赴いたというのか……」


「その、商人って奴が怪しいな。

 何故この場所にそんなものが置いてあるのかは知らねえが、こっちにその商人がこっちに来てるっていうなら、この物体を持ってきたのもそいつかもしれねぇ」


 リカルドさんとウオッカさんが推測を口にする。


「その可能性は高いと思います。一刻も早くこの場所から離れたいですが、この黒い何かの放置するわけにもいきません」


 万一、こんなものが外に出ようものなら大パニックを引き起こす。幸い、まだこれは剣ではないようだし、今処分出来れば未然に防げる可能性も考えられる。


「処分か……しかし、どう処分するのだ?」

「まず、これに触れてはいけません。

 この剣の正体は人間に寄生する化け物です、触ろうものなら人格を乗っ取られて操り人形にされてしまいます」

「なに!?」

 リカルドさんとウオッカさんが驚く。


「これは僕達の追っている剣と同じものです。

 これを使えば、人間は理性を失い凶暴な魔物へと変わってしまうんです」


「そんな恐ろしいものを、少年はどうやって見つけたんだ?」


「街中で暴れている冒険者さんがいまして、その人がこの剣を持っていたんです。何とか剣を引き剥がし、事情を聴くと、さっき話した奇妙な商人から購入したという情報を貰いました」


「……その冒険者はどうなった?」


「その人も、剣の力で魔物に変えられていました。

 憑りついて時間が浅かったのか、剣を弾いたら元の人間に戻ることが出来ました。万一、この剣に憑りつかれた人間を見掛けたら、剣を引き剥がせたら助かるかもしれません」


「そうか、分かった。

 しかし触れてはいけない、となるとどう処分するべきか」

「そりゃああれだ。

 叩き壊しちまえばいいんじゃねえの?」


 ……どうすべきか。

 ウオッカさんの案はシンプルだが効果的かもしれない。

 だが、うかつに手を出すと本体が飛び出して襲い掛かってくる可能性もある。


「……レイ、ひとまず氷魔法で冷却してみては如何でしょうか。

 以前、そのやり方で一時的にしろ動きを止めることが出来ましたし」

 エミリアの案だ。

「そうだね、やってみよう」


 僕とエミリアは、ガラスケースに入ってた黒い棒をガラスケースごと氷魔法で冷却し始めた。中途半端に冷却するのではなく、中身も完全に凍らせる。少なくとも、これで即座に襲い掛かられるという事は無いだろう。


 この場に置いてあるガラスケースはおよそ二十ほど、大体人が一人は入れるくらいのスペースのものだ。それを全て氷魔法で冷却していき、僕達は一旦作業を終えた。


「ふう、とりあえず、この辺で大丈夫かな」

 ガラスケースのみならず、中身も氷魔法で完全に凍結している。これならすぐさま取り出すことも出来ず、正体の化け物も動き出すことが不可能な筈だ。


「ええ、十分でしょう。

 それでは、これからどうしますか?」


 ……このやり方は一時的な措置だ。

 実際であれば何らかの手段で完全な除去をしておきたい。

 ……だけど、


「はぁ……ふぅ………」


 姉さんはまだ具合が良くなさそうだ。

 もし、完全な除去を考えるのであれば、姉さんの<大浄化>が最適だ。

 これなら悪しき存在は完全に消滅させることが出来る。


 だけど、今の姉さんは明らかにそれを使うだけの体力が残っていない。

 あの魔法は姉さん以外使用できないし、消耗も大きいはず。

 まして二十個すべてにそれを使用するなんて不可能だ。



 <大浄化>を使わず、この物体を完全に処理する方法を考えないといけない。



「あの、レイくん……。

 私からも提案があるんだけど」

 考え込んでいると、姉さんがおずおずと話し掛けてきた。

 相変わらず顔色が悪い。


「大丈夫?何?」


「なんとか……。それよりも、今の完全に凍結した状況なら、完全破壊。つまり原型もなく粉々にすれば、そのまま本体の魔物も倒しきれると思うわ」


 ……なるほど。

 確かにそれは有効かもしれない。


「でも、それは……」

「……少なくとも、今の私達ではそこまでの破壊力を生み出せる魔法や技はありませんね」


 エミリアの属性攻撃魔法はあまり有効では無い。

 レベッカの地属性魔法や闇属性魔法なら可能性はあるが確実性は低いだろう。

 かといって僕の剣技ではそこまでの威力は出せない。


「……いや、その方法なら手があるぞ」

 リカルドさんの声に僕達は振り向く。


「本当ですか?」

「ああ、ウオッカの斧技に周囲を一気に粉砕する大技がある。それを使えば……」

 隣にいたウオッカさんを見る。


「ああ、出来るな。

 溜めに時間が掛かるし衝撃も大きいから使いどころの難しい技ではあるが……。

 この状況ならおあつらえ向きかもしれねぇ」


 今は敵は止まった状態だ。

 それにさっきの廃坑と違い、ここの天井は脆いわけでは無い。

 多少の衝撃なら大丈夫だろう。


「ウオッカさん、お願いしても良いですか?」

「よし来た、おめぇらはちょっと下がってな」


 ウオッカさんは自慢の大斧を振り上げて、一つのケースの前に立つ。

 僕達は被害を受けないように後ろに下がる。


「念の為、耳を塞いでおいた方が良い」

 リカルドさんの言葉に従い、僕達は手で耳を塞ぐ。


「行くぜ!」

 ウオッカさんは気合と共に大斧をケースの手前に振りかぶって地面に斧を叩きつける。


 ……しかし、何も起こらない?


「……あの、リカルドさん?」

 もしかして、失敗したのかな?と思い、声を掛けたのだが、その瞬間。


 遅れて、凄まじい衝撃と振動が走った。

 ウオッカさんの放った場所から前方に衝撃波が広がり、轟音とともに床が砕け散ったのだ。

 その威力は凄まじく、地面が数メートルにわたって割れていた。

 そして、目の前のガラスケースはまるで分子分解されたかのように砂のように砕け散ってしまう。

 しかも同時に3つ、とんでもない範囲だ。


「―――ふぅ、まぁこんなところだな」

 ウオッカさんが額の汗を拭う。


「す、すごい!今のは……一体……?」


「ど、どうやったんですか!?まるで爆発魔法ですよ!」

 僕とエミリアは素直に称賛する。

 あれだけの威力の攻撃は見たことがない。


「あれは、<衝撃破壊>という技だ。周囲に衝撃を伝わらせ、衝撃波で前方の敵を粉砕する、ある種、究極の技の一つだな」


「……凄いですね。

 あれだけの威力を生み出すには魔法の力を借りないと不可能だと思ったのですが……」


 今の技、ウオッカさんは魔法の効果などは一切使っていない。

 純粋な技量と力のみで、あれほどの破壊力を生み出したのだ。かなりの実力者だとは思っていたけど、これほどの強さだとは想像出来なかった。


「褒めてくれて悪いがよぉ、この技はマナを使わねえ代わりに体力を消耗する。

 あと数発使ったら、悪いが回復魔法頼むわ」


「分かりました、お願いします」

 ウオッカさんに一つずつ粉砕してもらい、使うたびに僕が回復魔法を使用する。


 何度見てもとんでもない威力の技だ。

 かなりの集中が必要のようで発動の度に数秒の溜めと周囲に大きな衝撃が走るため乱戦では使えなさそうだが、単純な破壊力でこれに勝るものは早々無いだろう。


 しかし、十五ほど破壊したところで、限界が来た。


「っ………!!悪い、ここまでだ。

 これ以上だと、いくら回復魔法使ってもらっても撃てねぇわ……」


 ウオッカさんは膝を崩す。

 あれだけの威力を生み出してるのだ、体に負担が来てもおかしくない。


「十分です。ありがとうございました」


 残ったのは5個のガラスケース、

 周囲はウオッカさんの放った技で周囲は至る所にヒビが入っている。


 ウオッカさんがここまで頑張ってくれたんだ。

 僕も頑張らないと……!!


「……出来るかどうかは分からないけど、僕が残りを試してみるよ。

 レベッカ、あの魔法お願いして良い?」


「はい……<全強化>貴方に全てを

 強化魔法が僕に付与される。同時に、僕の体が銀のオーラに包まれる。

 僕は同じように完全冷却されているガラスケースの前に立つ。


 ……集中だ。

 <龍殺しの剣>で中心にある『黒い何か体』を跡形もなく粉砕する。

 下手に<魔法剣>を起動しようものなら、その熱量で冷却が解けて魔物が動き出す可能性がある。だから、僕は純粋な力のみで目の前の物体を粉砕しなければいけない。

 それこそ、さっきのウオッカさんの技のように……。


「………」

 嫌な汗が出る。

 もし失敗すれば目の前の物体から人間に寄生する化け物が飛び出してくる。

 その場合、僕はどうしようもない。


「おい、レイ」

 後ろから声を掛けられる。ウオッカさんの声だ。


「……さっきの技はな、生命力を練り上げて放つ技なんだ。

 おめぇなら、分かるんじゃねぇか? その技がどんなもんなのか……」


「……はい」

 先程のウオッカさんの攻撃はただの力押しではない。自身の命すら削りかねないほどの諸刃の技だ。それを、ウオッカさんは僕達に言わずに何度も使用してくれた。


 ……ここで、僕が自分の命を惜しんでどうする。


「………!!」

 僕は剣を振り上げる。

 使うのは魔力では無い、自身の体のリミッターを外して放つ究極技。

 それが<衝撃破壊>だ。


「……行きます!!」

 そして、僕は渾身の力を込めて剣を振るった―――

 ウオッカさんと同じく、直接当てるわけでは無い。衝撃で目の前の物体を粉砕する大技。そして……数秒後、遅れて衝撃が発生し、目の前のケースは砕け散った。


 なんとか、成功したようだ。

 これで、残るは3つだけになった。

 しかし、今の技で僕の体の関節にヒビが入ったかのような痛みを受ける。


「――――っっ!!!」

 思わず、立っていられないほどの痛みで膝を折ってしまう。

 ウオッカさんは、こんな技を何度も使っていたのか……。


「レイくん!!」

 姉さんが僕に駆け寄り、回復魔法を使用する。

 そのおかげか、痛みは随分と緩和された。


「ありがとう、姉さん」

「うん……。それより、大丈夫?」

「まだ少し痛むけど、動けないほどじゃないよ。

 それよりも、あとはこのケースだけだね」


 僕はもう一度前に立ち、先ほどの技を使用する。

 再び、衝撃が起こり、これでようやく全てのケースを破壊することが出来た。


「レイ!……体、大丈夫ですか?」

「レイ様……無理をなさらないでください」


 レベッカとエミリアが駆け寄ってきて、

 すぐに姉さんも回復魔法を使用してくれる。


「だい、じょうぶ……。

 ウオッカさんはすごいよ……こんな技をあれだけ使うなんて……」


 僕は息を整えながらそう答える。

 正直、もう立っているだけでもやっとだ……。


「いや、俺もまだまだ修行が足りねぇってことだなぁ……。

 お前はすげえよ、レイ。一度見ただけで俺の技を覚えるなんてよ……」


 ウオッカさんはさっき、姉さんに回復魔法を受けたというのにリカルドさんに肩を貸して貰っている。それほど、負担の大きな技なのだ。


「この状況では更なる調査は難しいな。

 一旦外に出よう、後日再び調査再開をすればいい」

 リカルドさんはウオッカさんを支えながら出口に歩き出す。


 僕達もその後に続いた。

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