第178話 奇妙な場所

 ◆◆◆


 僕と姉さんはようやく仲直り出来て、元の場所に4人で戻ってきた。


「すみません、お待たせしました」

 流石に、数十分ずっとこんな話をしてて呆れさせてしまっていただろう。

 僕は、リカルドさんとウオッカさんがこちらの様子を見ていたことに気付き、すぐに謝罪した。


「いや、構わねえよ。

 ……にしても、良いもんだな、家族ってよぉ。

 俺も娘がいるけどよ、こういうのあんまりないからちょっと羨ましいぜ」

 ウオッカさんは好意的に受け入れてくれたようだ。


「ふむ……私は兄弟が居なかったから、少し分からない感情もあるが……。それでも、その関係性が尊いものだとは分かるさ。少年、姉さんと仲間を大切にな」

 リカルドさんはクールに言った。


「はい、本当に、僕は幸せです」


 ◆


 仲直りしたところで、僕達は再び調査を再開することになった。

 僕達が色々話し合っている間に、リぜルドさん達はきっちり仕事を進めていたようだ。

 その時に、気付いたらしい。

 廃坑の地図を見合わせながら進んでいくと、明らかにおかしい場所があった。


「それが、この場所だな」

 僕達は廃坑の先まで進み、その場所まで着いた。

 壁であるはずの場所におかしなひび割れが起きており、周囲にはまるで何か爆発したかのように焼け焦げ瓦礫が散乱している。

 そして、ひび割れた壁の先に不自然な通路が出来ていた。


「地図に書かれてませんね。隠し部屋か何かでしょうか?」

 リカルドさんに地図を借りて確認していたエミリアが尋ねる。

 確かにそれなら、今まで見つからずに残っていた理由も説明がつくし、怪しい。


「ああ、その辺の見解は俺らといっしょだな」

「だが、おかしなものだ。この壁は横幅2メートルはあったであろう厚い壁だぞ。そんな隠し通路を用意するだろうか」


「言われてみると…… 」

 この分厚さだと物理的な方法で取り除くのも困難だ。

 下手すれば衝撃で廃坑の一部が崩落してしまう可能性だってある。


「これだけの分厚さの壁を破壊したのでしょうか。

 周囲を見るかぎり、高威力の爆弾か何かで壁を破壊したんでしょうけど」


「エミリア様の仰る通りだとは思うのですが、

 このような場所でこれほどの威力の爆弾を使用するのは少々危険に感じますね」


 エミリアとレベッカの見解だ。

 周囲が焼き焦げており、一部分の床が大きく凹んでいるところを見ると、かなりの威力で壁を壊したのが想像できるが、レベッカの言う通り、こんな場所で大爆発が起きたら衝撃で何か起きてもおかしくないだろう。


 しかし、ひび割れてる部分の壁の色が周りと比べてちがうように見えるのは何故だろう。爆弾か何かで破壊した時に煤で焼け焦げたのだろうか。


「考えられるのは、いくつかある。

 まず、この分厚い壁は爆弾か何かで一気に吹き飛ばしたか、

 あるいは強力な爆発系の魔法を使ったかだろうな」


「爆発系の魔法?」

「使い手は多くないが、そういった類の魔法が存在する。もっとも扱いが難しく、威力が調整しづらいことから人が使うことは少ない。

 この手の魔法は威力もさることながら魔力の消耗も激しい、どちらかと言えば魔物が使う印象だな」


 リカルドさんの説明によると、

 人間が使うと自身を巻き込んで怪我をしてしまうことが多いらしい。


「しかし、ここを通ったのは恐らく人間では無いだろう」


「それは何故ですか?

 爆発魔法は危なくても爆弾とかで壊した可能性は……?」


「爆弾にしては少し威力が高すぎるってことだな。壁だけじゃなくて、周りにも被害が出てやがる。これだけの範囲だと、間違いなく魔法を使って壁を壊したんだろうぜ」


 ウオッカさんの言葉だ。

 リカルドさんは、ウオッカさんの言葉に頷いて続ける。


「そしてこの規模の爆発を起こした場合、建物の崩落の危険が非常に高い上に自分を巻き込む可能性も高いだろう。下手をすれば衝撃で自分が生き埋めになる可能性がある。仮に人間の爆発魔法を使う人間が行ったとしても、あまりにもリスクが大きい」


「なら、<迷宮脱出魔法>などで緊急避難を考えていたらどうでしょう?」

 エミリアが質問した。


「エミリア、それってどういうこと?」


「事前に魔法陣を設置して、すぐに脱出魔法を使用できる状況にしておいて、爆発魔法を撃つんですよ。そして、壁付近に着弾する寸前に魔法陣で脱出を行うんです。そうすれば、危険は最小限に抑えられるでしょう」


 エミリアの説明に、リカルドさんが頷く。


「ああ、それならばありえるな。

 しかし、問題点があるのだ。これを見てくれ」

 そう言って、リぜルドさんは一つのアイテムを取り出した。

 見た目は、何かを図るメーターのようなものだ。


「リぜルド様、それは一体?」

「マナ測定器具だ。マナ濃度を測るために使われる魔道具だな」


 そう言って、リぜルドさんは隠し通路の正面の地面にそのメーターをポンと置いて、更にスイッチを押した。すると、表示されたメーターが上下に大きく揺れ始めた。

 高い時は大体全体の3/4程度まで上がるが、低い時は最低値まで下がっている。


「見ての通りだ。これは髙いマナ濃度があるなら常に上に揺れている筈なのだが、見てのとおり下に大きくブレている」


「よく分かりませんが、下にブレるとどうなるんです?」

 今一つ分かってない僕の質問にレベッカが答えた。


「つまり、この場所ではマナが安定しない状態で渦巻いているという事です。

 <迷宮脱出魔法>は難易度の高い魔法でして、成功率をあげるなら魔法陣を用意するのは必須となります。そして、魔法陣の起動を行う場合、自身の魔力だけでなく周囲のマナを使用するケースが殆どなのです。

 例えば、通常の魔法陣を起動した後に、自分で魔力をずっと流し続けたりするでしょうか?」

 レベッカの質問に、エミリアと姉さんは首を横に振った。


「しませんね。というか、私は大気のマナのおかげで勝手に魔法陣が起動し続けることを今知りましたよ」

「わ、私も……」


 当然だけど、僕も知らなかった。

 つまり、マナが極端に薄い場所は魔法陣を使用するために、自身のMPを余分に消費する必要があるという事になる。


「でも、森でエミリアは<索敵>の為に魔法陣を展開し続けてなかった?」

 確か、あの森もマナの濃度が低いという話だった。


「ああやって移動しながら使う魔法陣はどのみち自力のMPを捻出する必要があるんです。だから、薄くても魔法陣の起動が不安定になることは無いんですが……。

 今思えば確かに消耗が大きかったかもしれませんね」


 レベッカとエミリアの言葉に、リカルドさんは頷いた。


「可憐な少女と黒髪の少女の言う通りだ。これだけマナが安定しない場所だと魔法陣が正常起動しない可能性が高い。必然的に<迷宮脱出魔法>の成功率が極端に下がってしまう。

 強行するとしても、命綱がこうも不安定では困るだろうからな」


 リカルドさんの説明を聞いて、僕も納得は出来た。


「ということは、今レベッカは<精霊魔法>が使えなかったりする?」

 マナが少ないという事はレベッカの精霊の力を借りる魔法技術も制限されていることになる。


「そうですね、この辺りに精霊様は何処にもいらっしゃいません。

 ただ、今のわたくしには常に闇の精霊様が傍におられるので、節約した状態なら短時間であれば<精霊魔法>を使用できます。

 ですが、もしいなかったらレイ様の言った通りの状況でした」


 となると、マナが薄いだけで魔法の燃費が悪くなるという事でもある。

 これは万一の事を考えて覚えておいた方がいいかもしれない。


「つまりそういう事だ。

 逆に、魔物は体が全てマナで出来ているいわば魔法生物だ。

 人間に比べると魔法陣に頼らずとも、あるいは強力な魔物であるなら、自力で耐えられる可能性もある。魔力が多い分強引なやり方で凌ぐことだって可能だ」


 リカルドさんは、ひび割れた壁を叩きながら言った。


「この壁を壊すほどの魔法を使える魔物であるなら、弱い魔物であるはずもない。

 他の手段を考えるなら、ゴーレムなどの石人形で体当たりを繰り返して壁を壊すなどの方法も考えられるだろうが、周囲の状況から考えると違うだろうな。

 ただ、地図にも載っていない隠し通路をどうやって調べたのかは疑問ではあるが……」

 

 リカルドさんは最後に疑問を言葉にしたが、

 その答えはここにいる誰も予想することが出来なかった。

 

「おい、そろそろいいだろ。長々と説明しちまったな。

 つまりこの壁を人間が壊そうとするなら危険すぎる。魔物であるなら多少強引な手を使っても可能だから魔物の確率が高いってことだな」


「うむ、そういう事だ」


 ウオッカさんのまとめに、全員が同意するように首肯した。


「じゃあ、この隠し通路は一体なんの為にあるんだろう?」

 僕は疑問を口にした。


「考えられる可能性……まずはこの隠し通路の存在を知る存在がいた。

 次に、おそらくだが設計者が何かを隠すために、この隠し通路を埋め立てた可能性は高いだろうな」


「何かを隠す……?例えば財宝、とか?」


「仮にそうだとして、これほどの分厚い壁にする必要もなかろう。

 永遠に闇に葬るつもりなら別だが……」


 ……闇に葬る必要がある場所?


「そういえば、ここで病気が流行ったという話があったわよね。

 ―――その病気の出所って何かしら?」


 ……まさか。


「分からんが……と、待つのだ、ベルフラウ殿。

 まさかその原因がこの先にあると?」

 リカルドさんは、姉の質問に答えず質問で返した。


「さっき、私は邪気を感じたと言ったけど……。

 それはもしかしたらこの先のものに関わってる可能性がありそうなの」


「ふむ、なるほど」

 リカルドさんは合点がいったかのように納得した。


「それで、みんなの意見を聞きたいんだけど、どう思うかしら?」

 姉さんは全員を見回しながら意見を求めた。


「僕は姉さんの考えを信じるよ。

 さっきリカルドさんの説明に出た<闇に葬る必要があるもの>がこの先にあったとして、それならこれだけの分厚い壁で隠すだけの理由付けにもなる」


「私も賛成します」

 エミリアも僕の言葉に続いた。


「わたくしも、エミリア様と同じ気持ちです」

 レベッカも賛同してくれた。


「俺ぁ別になんでもいいぜ。どのみち調査の必要がありそうだしな」

「違いないな」

 全員、この先に向かうことには賛成のようだ。


「ありがと、それじゃあ……」

 姉さんは隠し通路の先を見据えて言った。


「行きましょうか。

 もしかしたらとんでもないものが見つかる可能性がありそうだけどね」


 ◆


 そう言って、僕らは隠された通路へと足を踏み入れた。


「これは……」

「凄いわね……」

 隠し通路の先は、巨大な空間だった。


「あり得ない……構造的に考えて、このような大きな空間があるはずが……」


「とするとだ、この空間はおそらく物理的に繋がってる場所じゃあねえな。何らかの魔法的な能力で別の場所に転移しちまってるかもしんねぇ」


 ……確かに、今までとは空気感がまるで違っている。

 それに、この広い空間にあるもの……それが異様な雰囲気を漂わせていた。


「この、ガラスのようなケースが並んでいますが、これは一体なんでしょうか?」

 エミリアのいうガラスのケースの中には、黒い棒?のような何かが収められている。


 いや、棒というか……あるいは生き物なのか?

 微かに、中身が動いた気がする。


「この黒い何か、何処かで……」

 何だろう、何処かで見たことがあるような気がする。


「ねぇ、姉さん、これに見覚えは………」

 見覚えが無いかな、と言おうとしたのだが、姉さんはガラスのケース越しに黒い棒を凝視している。しかし、様子がおかしい。手は震えており、言いようのない恐怖を感じているように思える。


「姉さん、どうしたの?」

「え……?あ……」

 姉さんの手を握って軽く揺すると、少しだけ顔色が戻った。


「どうしたの、姉さん?気分が良くなさそうだよ?」

「れ、レイくん、この場所……かなり危険よ」

 えっ?


「ど、どういうこと?」

「この、黒い何かなんだけど、異様なほどの邪気を感じてるの……」


「邪気……?」


「この邪気に中てられると、身体中のマナが抜けていくのを感じるの。

 この黒い何かが原因……何かは分からないけど、これはこの世にあってはいけないものよ」

 姉さんの顔色は悪いままだが、言葉には力が戻っていた。


「もし、ここに長くいるとどうなるの?」


「……体内のマナが全て吸収されると思う。

 この世界の人間は、マナの恩恵を大きく受けているわ。そんな人間がマナを強制的に搾取されると、体がまともに動かなくなるし、おそらく病気や怪我に対する耐性も極端に落ちてしまう」


「それって、もしかして……」

「この廃坑に、これがずっと存在していたとしたら……。ずっとここで働いていた人間は、少しずつ体のマナを抜き取られていって不調を訴えた可能性はあるかもしれないわ」


「この廃坑で病気が蔓延した理由って……」

「……可能性はあるかも」


 それが理由なら、この場所は……。

 いや、もしかして、こんな場所があったから壁で封鎖したのだろうか?

 少しでも影響を減らすために……。


 しかし、それなら何故これを除去しなかった?

 いや、出来なかった?


「……これは、まさか」

「……ああ、多分アレだと思う」

 後ろで、リカルドとウオッカさんが何かに気付いたようだ。僕は、姉さんをケースから離れた場所に連れていって、レベッカとエミリアに声を掛ける。


「二人とも、少し姉さんの様子を見てあげてて。

 出来れば、この黒い何かから距離を取ってほしい。

 姉さんはこれを見てから気分が悪くなったみたいだから」


「分かりました」

「はい、すぐにお連れします」

 二人が姉さんの傍にいる間に、リカルド達に声をかける。


「……リカルドさん、ウオッカさん、あれが何か分かったんですか?」


「……まだ分からんが、可能性が高い。

 まだ確証があるとは言い切れないが、少年にも伝えた方が良いな」

 リカルドさんは今まで以上に真剣な表情で語ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る