第177話 お姉ちゃん勘違いする

 前回のあらすじ

 僕の気持ちは全て通じていました(一方的に)


 おもっきり横道にそれた話をしたけど、僕達は今廃坑の調査中だ。

 魔物もいるし、しっかり気を引き締めて仕事に取り組まないといけない。


「……よし、進もう!」


「おお、レイ、気合が入ってるじゃねえか。

 若い奴はその辺の復活が早えよなぁ、羨ましいぜ」


 何故か気合い入れたら、ウオッカさんに褒められた。


 そして、先に進み、少し怪しげな場所を見つけた。

 今までより開けた場所で、多数の人間が採掘を行っていた名残がある。


 多数のスコップやツルハシが散らばったまま放置されている。

 他にも、掘り当てたと思われる鉱石が、まとめて置かれているようだ。中には金や銀など、不純物が混じっているものの、磨けば相応の価値がありそうなものの僅かにある。


「うわっ、これはすごいですね!

 これ全部掘ってたらいくらになるんだろう……」


「……そうだな、ちょっと余計なものが多く混じってる気がするが、磨き上げて価値のある部分だけを持っていけば、それなりの値段にはなると思うぜ」


「とはいえ、今はそのようなことをしている暇はない。この廃坑の調査と魔物討伐が最優先事項だ、鉱石の価値云々は我らが関することでは無い」


 ウオッカさんの見解に口を挟むリカルドさん。

 確かに、リカルドさんの言葉は正論だが、これだけのお宝を目の前にしているのに興味の欠片も無さそうだった。


「ったく、クソ真面目な奴め」


「何を言うか、そもそもこの廃坑の調査を終え、魔物を一掃したならば、ここは元の機能を取り戻す。

 そうすればここに置いてあるものは全て国の所有物になる。私達がここから持ち逃げすれば重罪として問われるぞ」


「あーはいはい、分かったよ」


 少し前は不穏な雰囲気だったが、今の二人の会話は聞いていて面白い。

 というか、さっきは一触即発だったけど本当は仲が良いのかな。


 そんなことを考えていたら、不意に姉さんが僕の袖を引っ張ってきた。


「どうしたの、姉さん」

「レイくんに聞きたいことがあるんだけど、こっちに来て」


 どうしたんだろう、普段ニコニコしてる姉さんが真面目な顔をしている。

 ちょっとした圧を感じた僕は、他の4人が調査をしてる中こっそり抜け出して、少し先の通路まで来た。


 何だろう、随分姉さんにして強引に連れて来られたけど……。


「この辺なら他の人に訊かれないかしら」


「大丈夫だと思うけど、どうしたのベルフラウ姉さん?」


「うん、それなんだけど……ちょっと、待っててね」


 姉さんは、すぅーっと息を吸ったり吐いたりして深呼吸を繰り返す。


 そして、何かを決意したような顔で僕を見つめてきた。


「レイ君、単刀直入に聞くけど、

 レベッカちゃんとエミリアちゃんのこと、好きなのよね?」


「えっ!?」

 な、何となく聞かれるかも、とは思ってたけどこんな直球で姉さんに聞かれるとは………。


「それは、うん……その通りだよ」


「やっぱりそうなのね……」


「ごめんなさい……」


「謝らないの!別に悪いことじゃないのだから!

 薄々は思ってたのよ。初めて出会ってから時間が経つほど仲が良くなっていったし、レベッカちゃんとは時々一緒に寄り添って寝てるもんね。

 私は微笑ましいわーくらいにしか思ってなかったんだけど……」


 どうやら、姉さんには気付かれていなかったらしい。


「えっと、エミリアとの事は姉さんの目にはどう映ってたの?」


「エミリアちゃんとは、同年代だしボーイミーツガール的な関係だと思ってたわ」


「あぁー……」


 実際、僕視点だとそれは近いかもしれない。異世界でエミリアと出会って、一緒に冒険したり過ごしたりして仲が深まっていった。それは、よくある冒険譚だけど、同時に恋愛小説のようでもある。


「だけど、まさか告白やデートまで済ましているなんて、お姉ちゃん思ってなかったわ……」

 う……さっきの会話、姉さんは入ってこなかったけど、ちゃんと聞こえてたんだね……。


「……レイくんがこっちに来て、楽しく過ごせているのか不安だったけど、良かった……」

 そう言って、姉さんは目を拭う。少し泣いていたようだ。


「姉さん……」

「大丈夫、ちょっとジーンと来ちゃっただけだから……」


「ありがとう、心配してくれて」


「良いのよ、レイ君は大事な弟なんだもの」

 そう言って、姉さんは僕の頭を撫でてくれる。


「それで、姉さんが訊きたかったのは、やっぱり僕の気持ち?

 本当に好きなのはどっちか?とか……」


「あ、うん、それもまぁ気にはなるんだけどね……」

 あれ、それが本命の話じゃなかったの?


「レイくんがレベッカちゃん達を好きになったのは、

 あの二人と一緒に暮らして過ごすようになってからでしょう?」


「うん……」


「あの子達もレイ君の事を慕っていると思うの。

 もちろん、お互いがお互いにライバルだって意識は時々感じるけど、

 でもね、レイ君があの子達の事が好きになったなら私は応援したい。

 そこで私がどうこう言うのはおかしいもの」


「……そうなのかな」


「そうだよ。だからどっちが一番好きとか訊くつもりは無い。

 きっと、レイくんも同じくらい彼女たちのことを想ってるだろうから」


「……」

 感情の優劣なんか付けられない。

 たとえ、恋愛という形じゃなくても、彼女たちと離れたくない。


「だから、私はそこに関しては言うつもりは無いの、ただね……」


「……ただ?」


 そこまで言って、姉さんは再び深呼吸し始めた。


「すーはーすーはーすーはー」

「だ、大丈夫?過呼吸になってない?」


「だ、だいじょぶよ、これは精神統一のための儀式みたいなものだから」


 そう言いながら、今度は目を閉じる姉さん。

 一体何をするつもりなんだろう。

 そして、再び目を開けた姉さんの表情は真剣そのものになっていた。


「レイくん、今から私に嘘を付かないで欲しいの」

「う、うん。分かった」

 

 そして、姉さんは少し間を置いてこんな事を訊いてきた。



「………レイくんは私の事好き?」

 え、何、その質問?今更そんな当然の事を聞くの?



「うん、好きだよ」「うそだっ!」


 ………いや、突然叫ばれても困るんですけど……。



「どうして?」


「だって、私さっきの話ちゃんと聞いてたよ!?

 レベッカちゃん、レイくんの心の声が聴こえてたんだよね?」


「うん、まぁ、そうらしいね……恥ずかしい話だけど」


 まさか、魔法を使うたびに、心の声が漏れてるとは想像も付かなかった。今後、あの魔法を使ってもらうのは避けた方がいいのかもしれない。


「それで、声がどうしたの?」


「レベッカちゃん、こう言ってたよね!『レイ様はエミリア様とわたくしに強い想いを抱いているようでございますし』って!!」


「うん、言ってた……かな」

 何だろう、話が今一つ読めない。


「その後、レベッカちゃん、こうも言ってたよね!!

『もし旅を終えたら、わたくしの故郷に三人で参りましょう』って!!!」


「えっと……うん、言ってたよ。

 実際行くかどうかは……いや、多妻になるかどうかは置いといても、

 レベッカの故郷だしいつか行ってみたいかな」


「なのに!お姉ちゃんの事が好きなはずがないじゃないっ!!」


「えぇ!?」

 ど、どういうことなの?


「だって、わ、私、その三人の中に入ってないじゃない!!」


 ………。


「あぁー……」


 つまり、レベッカの言った三人というのは、


 一人は当然レベッカ自身、これは当然だ。


 二人目はエミリア、

 多妻がどうの言ってたし、当然意味として考えるなら含まれるよね。


 それで三人目、まぁこれは……流れ的に僕になるよね。


 ……で、姉さんは。


「お姉ちゃんだけ仲間外れなんて酷いよぉー!!!」


「姉さん落ち着いて、とりあえず深呼吸しようか」

「すーはーすーはーすーはー」

「はい吸ってー吐いてー」

「すーはー」

 いや、いつまで繰り返すんだろ。


「だから!!レベッカちゃんが三人って言ったって事は!!

 遠まわしに『私がレイくんの好きな人にカウントされてない』ってことじゃない!!!!」


「あぁー……」


 そういう解釈もあるのか。

 確かに、前の発言でも『レイ様はエミリア様とわたくしに強い想いを抱いているようでございますし』と、姉さんの事は含まれてない。勿論、僕が姉さんの事が嫌いなわけがなくて、むしろ死ぬほど大好きなわけだけど……。


「う、うえーん!!!!」

 ついに泣き出してしまった。


 そして、姉さんの泣き声が聞こえてしまったせいか、

 エミリアとレベッカがこっちに向かってきた。


「ど、どうしたんですか!?

 今さっき、女性の泣き叫ぶ声が聞こえてきたんですけど!!」


「べ、ベルフラウ様、どうしてそんなにお泣きになっているのですか?

 よしよし……落ち着いてくださいまし……」


 レベッカは、姉さんをあやしながら事情を聴いている。

 エミリアももちろん一緒に、事情を聞いている。

 その際にエミリアが、僕の方をちらりと見た気がしたが、僕は黙ったまま見守る事にした。何というか、今は僕が口を挟める状況じゃないような気がする。


「ふぅ……ごめんね、二人とも、泣いたらすっきりしたわ」

 数分後、ようやく姉さんは落ち着いたようだ。


「……それで、お泣きになった理由はどうやら、

 わたくしの軽率な発言が理由のようでございますね。

 申し訳ありませんでした」


「いえ、そんな事はないわ。

 それに私が勝手に勘違いして、泣いちゃっただけだし……」


「……え?勘違い?」

 僕よりも早くエミリアが姉さんの言葉に反応した。


「えっ?」

 エミリアの反応に、言った本人の姉さんが何故か動揺した。


「姉さん、勘違いって?」

 僕が訊くと、姉さんは今度は顔を赤らめてこっちから目を逸らした。


「いや……あの……その……」

 なんだ?なんか変な予感しかしない……。


「えっとね、レベッカちゃんの話聞いてたらね。

 もしかするとレイくんは私の事好きじゃないかもって思って……。

 それで、ちょっと落ち込んじゃったっていうか」

 うん、確かにそれは言ってたね。そういう意味だったのかな。


「いえ、レイ、それなら別に私が反応したからってベルフラウが動揺する必要はありませんよ。だって、さっき私達が事情を聞いてた時に言ってましたからね。つまり……」

 エミリアがそこまで言って、その後はレベッカが引き継いだ。


「……つまり、ベルフラウ様はそれとは何か別の勘違いをしていた、と?」

「そういうことになりますね」

 そして、姉さんに僕達三人の視線が集中した。


「……」

「……」

「……」

「う、うえーん」


 姉さんが泣き真似して誤魔化し始めた。


「えっと、レベッカ、僕も聞きたいんだけどいいかな」


「はい、なんでございましょう」


「レベッカは姉さんの事を『わたくしの故郷に三人で参りましょう』って言ってたよね」


「ええ、確かにそう言いました」


「それって別に姉さんを含めてないってことじゃないんだよね」


「はい、わたくしが言ったのは『一夫多妻として暮らすのであれば三人で婚姻を』という意味でございます。もし、私の故郷に来るのであれば、その時はもちろんベルフラウ様を含まれておりますよ」


「えっ!?じゃあ私も来ていいってこと!?」

 姉さんが凄い勢いで食いついた。


「勿論でございます。

 レイ様の『姉』であるベルフラウ様と一緒に暮らすのは当然でございます」


「そっかぁ……」

 姉さんは嬉しそうだ。……が、


「……え、姉として?」

「はい」


 ………。

 あ、姉さんの勘違いが分かったかもしれない。


「姉さん、もしかして……」

 どうしよう、これは言ってもいいんだろうか……。


「レイ、私も気になるのでこっそり教えてください」

 エミリアは後ろからちょいと指で突いて、そう聞いてきた。


 まぁ、本人に直接問うよりダメージ小さいから良いよね。


 流石に姉さんに聞かれると可哀想だし小さい声で話すことにする。形としては、僕とレベッカは姉さん達から顔が見えないよう後ろに振り向いてしゃがんで話すことにした。


「(えっとね、多分姉さんは……)」


「(ふむふむ)」


「(つまり、勘違いって言うのは、

『僕が一番好きなのは姉さん』……だと思ってたんだろうね)」


「(……なるほど、だからあんなにショックを受けていたわけですね)」


「(もちろん、僕は姉さんの事好きだよ、こうやっていうのは恥ずかしいけどね)」


 そう、僕は姉さんの事が大好きだ。

 それは異世界に来てからも、今までずっと変わったことが無い。

 ただ、その『大好き』の意味が少しずつ変わっているのは事実だ。


 姉さんと一緒に暮らし始めた頃は、まだ姉さんは『女神様』として接していたと思う。女神様、言い方を変えるなら『家族』としてではなく、『憧れの人』という感じだ。

 更に言い換えるなら『僕に優しくしてれる年上の綺麗な女性』だった。


 確かに、この時であればもしかしたらエミリアやレベッカよりも恋愛的な意味で好意を持っていたかもしれない。だけど長く過ごすうちに、それは『姉』としての想いに変化していった。


 そして今は姉さんは僕にとっての『大事な人』であり『姉』であり『家族』なのだ。『恋愛』ではなく、それはもう完全に『家族愛』の域に達しているといっても過言ではない。


 ある意味では恋愛を超越してる感情だと思う。


 ……つまり、そういうことだ。


『一夫多妻として暮らすのであれば三人で婚姻を』の三人とは紛れもなく、僕、エミリア、レベッカの事。婚姻は家族になるための儀式であり、元々家族である姉さんを対象に入れていないだけである。


『エミリア様とわたくしに強い想いを抱いている』というのも、

 姉さんに関してはとっくにその感情を越えているから、カウントしなかっただけだろう。



「(……なるほど)」

 エミリアが何か納得したように呟いた。


 もう、ヒソヒソ話をしなくていいだろうか。

 

「どうかな?これで間違いないと思う?」


「ええ、間違いないかと。それならレイがベルフラウの事が大好きだからずっと一緒に居てほしいって言えばきっと解決ですよ」


「そ、そうかな?」


「そうですよ。ある意味で二人の関係性は誰よりも強いんです。それは私やレベッカでは絶対に届かない部分にある。それを伝えてあげてください」


「ん……分かった」

 エミリアに相談出来て良かった。


 僕とエミリアは立ち上がり、姉さんに向き合う。

 姉さんは相変わらず落ち込んでいたっぽいので、僕は声を掛けた。


「姉さん」


「――!? な、何、レイくん?」


 姉さんは無理やり笑顔を作っているようだ。

 やっぱり、僕が好きだと嘘を付いてると思っているのかもしれない。


「姉さん」

「う、うん」


 今度は僕が深呼吸する番だ。


「―――姉さん、ぼくは姉さんの事が誰よりも好きだよ」

「………」


「だから、そんな顔をしないでほしい。

 僕は姉さんと一緒に過ごせてずっと幸せだった」


「……本当?」

「本当、だから泣かないで。

 そして、これからもずっと一緒に居よう。僕達は家族なんだから」


 そうだ、血の繋がりなんて関係ない。

 人間だろうが女神だろうが、こうやって一緒に過ごせば絆を結んでいける。

 僕は1年近くずっと女神様といっしょに過ごしたけれど、実際の長さ以上に感じている。


「姉さん」

「うん……」

 ずっと泣きそうな顔をしてた姉さんが、少し笑った。


「ありがとう。私もレイくんのことが大好きだよ」

 そう言って僕を抱きしめてくれた。だから僕も抱きしめ返す。


 本当にこの人は僕のことを好きでいてくれる……。


 出会った時から、ずっと。


 だからこそ、この人の事を僕は一生守ってあげたい。


「うん、大好きだよ、お姉ちゃん」

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