第180話 敵

 不気味な広い空間から、元の廃坑に戻った僕達は、

 これ以上の調査は無理と判断し地上に戻ることになった。


「あの場所が強力な魔物の発生源である可能性が高いな」


「そうですね。それに、もしかしたら病気が蔓延した理由かもしれません」


「うむ、誰があの場所にあんな危険なモノを設置したかは分からんが……。

 あるいは、ここの管理していた者か、それか元々あって自分達の手に負えないからあのように壁を作って封印したのかもしれん」


 本当のところはどうかは分からないけど……。

 あれが危険なものなのは間違いない。もし、リカルドさんの二つ目の推測が正しいのなら、封印したこと自体は間違いでは無かったと思う。


 一つ目の場合は……想像もしたくない。


「じゃあ、レベッカ、任せていいですか?」

「はい、エミリア様。では、精霊様、お願いします」

 レベッカが声を掛けると、レベッカの槍から闇の精霊が飛び出してくる。


「それでは魔法陣を描きますね」

 闇の精霊を中心に、エミリアとレベッカが周囲に魔法陣を描く。

 普段なら魔力で魔法陣を描くのだが、マナが安定しないこの場所ならこのやり方の方が良い。中心に精霊が居ることで、魔法陣を起動してからも少しだけ安定させることが可能だ。


 そして、魔法陣を起動させる。

「これで<迷宮脱出魔法>の準備は整いましたよ」


 これでようやくこの場から出ることが出来る。そう思った。


 なのに―――


「人の道具を荒らしておいて、逃げ帰るとは。

 随分マナーのなっていない虫けらどもだ」


 老人のような声が聞こえた。

 そして、謎の声と共に地面から得体の知れない人物が現れる。


 その姿は異様だった。

 一見人のように見えるが、奇妙な仮面を被っており姿は見えない。身長は低めだがフードを被って頭は見えず、長いローブを着ていて姿は殆ど分からない。


「……何だ、貴様は」

 リカルドさんはウオッカさんを背負ったまま、目の前の人物を睨みつける。


「『死の行商人』…とでも名乗っておこうか。

 貴様らの中には私を追い回していた輩もいるようだからな。

 こう言えば私の正体に察しがつくのではないか?」


 そう言って、そいつは僕の方を向いた。

 こちらを睨んでいるようにも見えるが、仮面に隠されてその表情は読めない。


「……行商人、だと?」

 ……まさか。


 確かに、聞いていた情報の風貌と一致する。

 奇妙な仮面で姿を隠し、ローブを着て正体が分からない。他の情報だと、その腕は枯れ木のようにやせ細っていて、老人だろうと言われていた。


「……貴方が、黒の剣を売り捌いていた、商人ということ?」

「そういうことだ」

 姉さんの言葉に対して、あっさりと肯定する。

 やはり、こいつが例の怪しい商人なのか。


「おい、さっきの部屋はてめぇの仕業か?」

 ウオッカさんはリカルドさんから降ろしてもらい、自力で立ち上がって睨み付ける。その眼には強い怒りが込められていた。


「さて、何のことか分からないな。

 私は自分が保管していたものを取りに来ただけだ。

 お前たちが台無しにしてしまったようだがな」

 やっぱり、さっきのはこいつの仕業か。


「あの、魔物を進化させる剣は何だ?

 ……それ以上に、貴様の目的は一体何なのだ」

 リカルドさんもウオッカさんの横に並び、武器を構える。


「……何を?

 私は、現状の不幸を嘆いている人間を救っているだけだ。

 お前たちに、非難される覚えはないが」


「ふざけるなっ!!!!」


「ふざけてなどいない。

 ある男は、依頼に失敗しそれが理由で周囲から笑いものにされた。

 そこで私が力を貸したのだ、黒の剣の力でな。

 そしたらどうだ?彼は凄まじい力を得たでは無いか。

 それだけの力を得たのであれば、周囲も彼を見直すであろうよ」


『私は恥ずかしかった。

 私が身の丈を考えず<ドラゴン>討伐の依頼を受けて、挙句私のせいで仲間たちに恥をかかせてしまった。私の力がないせいで……だから私は!!』


 アムトさんは、身の丈に合わない高難易度の依頼を受け、そして失敗した。

 自分の失敗のせいで、同じパーティの仲間まで笑いものにされてしまったのだ。

 そして、目の前の男に騙されて黒の剣を渡され、その剣で自ら仲間達を斬り伏せてしまった。


「ある男は、誰にもパーティに組んでもらえない嫌われ者だった。

 そのせいで目的のダンジョンの攻略が上手くいかず、いつも飲んだくれていた。

 そこに私が声を掛けたのだ。

 この剣があれば誰の力にも頼らずに済む、とな」


 エニーサイドに居た飲んだくれのドグの話だ。

 彼は毎日のように酒場で飲んだくれていたとは聞いていたが、

 とある日に黒の剣を持って、ダンジョンへ一人向かって行ったそうだ。


 ただ、運が良かったのか、そのダンジョンは女神様の管轄する場所だった。

 そのお陰で彼は、一時的な記憶こそ失ったが無事助かった。

 おそらく女神ミリク様の手助けがあったのだろう。


「そして……ああ、これは今とは無関係な話だが……。

 ある老人が、亡くなった妻に会いたいと涙で顔を濡らしていたな……。

 私が力を貸してやったのだ、どうだ?老人は妻に会えたのか?」



『私が死んでもいいと思ったのです。

 最愛の人を生き返らせることができるなら……。

 ですが……まさかこのようなことになるとは思いませんでした』


 今の話は、ゼロエンド大陸の最後に立ち寄った村の話だ。

 村の村長さんは愛する妻を亡くし、失意の底にいたが誰にも相談できずにいた。

 そこに目の前の男が、不気味な魔石を渡し、妻を蘇生する方法を教えたのだ。


 だが、その方法とは、術者を溶解させる呪いだった。

 もし僕達が、村長さんの家に向かわれければ、村長さんは孤独のうちに呪いで死んでいただろう。

 その後、姉さんの助けで無事に妻のイレーヌさんと再会を果たすことが出来た。


「ええ、あの人は妻と再会出来たわよ。

 貴方の考えた方法とは全く違うやり方だけどね!!!」


 姉さんは男を一喝し、同時に<束縛>で男を縛り上げる。


「純粋なお爺さんの気持ちを弄んで、何が力を貸してやった、よ!

 貴方がやったのはただの人を呪い殺す方法よ!!」


「ぐぅ……!」

 更に姉さんの<植物操作>が発動し、男の体を更に締め上げていく。


「こんなことの為に、多くの人達を巻き込んだっていうの!?

 貴方が人間か魔物かなんてもう関係ない!この場で死になさい!!!!」


 そして姉さんは魔法を解き放つ。

 解き放った<極大大砲>の砲弾は縛り上げた『死の商人』に向かっていき―――


「―――こい、下僕共!!!」

 死の商人の言葉により、地面から多数の悪魔が出現した。


「なにっ!」

 うち、一体の悪魔は死の商人と砲弾の中心に召喚され、

 死の商人の代わりに被弾し、そのまま消滅したが、死の商人は代わりに無傷だった。


「………!!あ、悪魔だと?」

 リカルドさんとウオッカさんは目の前の光景に戦慄する。


 悪魔系モンスター

 <レッサーデーモン><アークデーモン>などの強力な魔物。

 魔法に対する耐性が強く、人間と同等の知能を持つため人語を話す。

 更に身体能力も高く、多数の魔法を使いこなす難敵だ。


 そして共通しているのは、こいつらはある魔物の配下だという事。

 その魔物は、<魔王>

 つまり、この魔物は全て魔王の配下という事になる。


 僕は剣を構えて目の前の男に問う。

 姉さん、エミリア、レベッカも武器を構えて周囲を取り囲む悪魔と対峙する。


「悪魔だと?まさか、お前が魔王なのか?」


「くっくっくっ……いいや、違うぞ。私は魔王様の誕生を心から望む者だ」

 男はそう言って両手を広げて空を見上げる。


「私の本当の名前は、デウスだ。

 覚えておけ、虫けら。この延々と無意味な歴史を繰り返す世界を作り替え、

 新たな世界を創造する立役者となる男だ」


「そんな事はさせないわよ!!」

 姉さんは<極大大砲>を放とうとするが、 それより先に多数の悪魔がデウスの前に立ち塞がった。


「盾になっても無駄よ!!<極大大砲>ハイキャノン!!!!」

 姉さんは構わず砲撃を放つ。しかし、悪魔達は障壁を展開して防御した。

 姉さんの放った魔法は威力が減退され、デウスには届かなかった。


「くっ……!!」

「無駄だ、その魔法は消耗が激しいのだろう?

 妙な力を感じるが、所詮はただの人間よ。

 魔物と比べたら魔力は低かろう……さて」


 奴は手で指示を出し、悪魔たちを僕らに差し向ける。


「お前たちが私を追い回していたのは知っていた。

 そろそろ目障りだと思っていたのでな、この場で皆殺しだ」


 そして、奴は決定的な指示を部下の悪魔達に下す。


「―――殺せ」

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