第656話 幕間2

【三人称視点:エミリア、セレナ】


 一方、その頃――


「……セレナ姉、話ってなんですか?」

 エミリアは姉のセレナに呼ばれ、王城のバルコニーに呼び出されていた。


「ふふ、ミリー。今日は月が綺麗よ?」


 セレナはエミリアの事を愛称の"ミリー"と呼ぶことがある。皆の前では気を遣って敢えて普通に呼んでくれたが、今は二人きりという事で大丈夫と判断したのだろう。


「それは男が女の人に告白する時の言葉ですよね」


「え、なんで知ってるの? ……まさか、既に言われたことがあるの!?」


 セレナは驚きながら、エミリアに詰め寄っていく。


「さぁ……どうでしたっけ……」


 レイに言われたかもしれないし、レベッカの自作小説で見たのかもしれない。

 エミリアは思い出せず目を逸らしながら曖昧に答えるしかなかった。


「それより、話ってなんですか? 私を呼びだして……」


「ああそうだったわね」


 セレナはそう言って本題に入ることにした。


「明日の船で一緒にファストゲートに戻るつもりでいるけど、帰国してもしばらくあなた達に付いていくわ。家にもちゃんと帰らないといけないしね……」


「……セレナ姉、帰ってきてくれるんですか?」


「ええ……しばらくの間、独りにさせてしまって悪かったわね……」


 セレナはそう言いながら、エミリアの頭に被っていたとんがり帽子を手に取って彼女の頭を撫でる。


「あ……」


「一人暮らしは上手く出来た? 魔法の勉強はしっかりしてる? お父さんとお母さんが他界しちゃってから、私も出ていっちゃったから少し心配だったの」


「大丈夫です……セレナ姉…………私、ちゃんとやって……」


 セレナの言葉に、エミリアは普段の調子で口調で答えようとした。しかし、エミリアが目元に涙を溜めていることにセレナは気付いた。


「エミリア……?」

「……わ、私……ちゃんと出来ていたのでしょうか……」


 エミリアは、自信なく独白する。

 エミリアは両親と生き別れ、そして残ったセレナが居なくなって孤独だったのを我慢してきた。今でこそ仲間と一緒に居たから寂しさを紛らわせていた。


 彼女は静かに涙を流す。そんな彼女をセレナは優しく抱きしめる。


「よしよし……私と一緒でも不安はあるだろうけど……」


「うっ……ひっく……」


「……これからは、一緒だからね……ミリーちゃん……」


 セレナはそう言ってエミリアの頭を優しく撫でる。


 それからしばらくしたあと……。


「……落ち着いた?」


「……はい、私としたことが……」


 エミリアは涙を拭いて、普段レイ達に見せるキリッとした表情に戻る。


「もう、相変わらず他人行儀な口調なのね……それを直せばもっと友達も出来たでしょうに……」


「仕方ないじゃないですか……これは、私のクセなんですから……」


 エミリアはセレナの手から自分のとんがり帽子を奪い取って被り直す。照れ隠しなのか、エミリアは帽子を深く被り直して姉に背を向けた。


「それじゃ、私は戻りますね」


「えー……折角の姉妹水入らずなんだからもう少し話しましょうよ」


「……これからずっと一緒に居てくれるなら、いくらでも話をする機会もあるじゃないですか」


「それはそうなんだけどね……でも、今の間に色々と聞いておきたくて」


 エミリアは、やれやれと言った気持ちで再び姉のセレナに向き合う。


「まぁ、テーブルにでも腰掛けて話しましょうか」


「良いですけど……」


 エミリアはセレナに案内されて、王城にある客人用テラスに移動してテーブルに腰掛ける。そして、近くにいたメイドに声を掛けて、二人分の軽食のサンドイッチとハーブティーを用意してもらった。


「さ、話し合いましょうか」


「随分と手慣れた感じで注文してましたが、よくここで食べてるんですか?」


「ええ、王城には何度も王様直々に呼ばれてるからその度に、食事を用意してもらってたの。毎回食事を豪華にしてって言ってたら嫌な顔されるようになったけど」


「自業自得ですね」


 エミリアは姉を呆れた目で見つめる。それから、二人は他愛のない会話で盛り上がったが、途中で本題とばかりにセレナの表情が真面目になる。


「それで、義弟くんの事なんだけど」

「ストップ」


 しかし、セレナがレイについて話そうとした途端、エミリアは手の平を前に出してそれを制止する。


「何よ?」


「なんでセレナ姉はレイの事を『義弟』と呼んでいるのですか」


「え、だってミリーのボーイフレンドだし……」


「それだけで!?」


「だって、いずれ結婚するでしょ?」


「そんな話、したこともないんですけど!?」


「なん………ですって…………?」


 セレナは驚愕の表情を浮かべながら、持っていたティーカップのスプーンを落っことしそうになる。


「そ、そんな……うちのエミリアになびかない男がいるなんて……」

「……」


 根拠のないセレナの身内贔屓に、エミリアは若干引いたような顔をする。


「……まぁ、告白されてオッケーはしたんですが……」


「やっぱり!!」


「ただ……」


 エミリアはそう言って、やや表情を暗くして俯く。


「……その、レイの相手は、私で良いんだろうか……と、思いまして……」


「……もしかして、何か悩み事……?」


「……」


 エミリアは無言で僅かに頷いた。


「ミリー、私に話してみなさい」


「でも……」


「私は貴女の身内よ? 他の人よりも全然話しやすいと思うのだけど……魔法の相談でも、恋愛相談でも……ね?」


 そう言われて、エミリアは「うっ……」と言葉に詰まり、それからゆっくりと口を開いた。


「……実は」

 そして、エミリアはセレナに話した。親友であるレベッカにすら話すのを躊躇われた彼女の想い。だが、姉のセレナには何故かすんなりと話すことが出来た。


 セレナが彼らとの付き合いが浅いからこそ話しやすかったとも言える。彼女がセレナに話した内容は、普段の彼女には想像が付かないほど弱気な内容だった。


「……なるほど」


 エミリアの話を最後まで聞いたセレナは、そう言って顎に手を当てて何かを考える。


「……自分よりも、彼に相応しいと思う女性が身近にいるように思えてしまって、彼とうまく向き合えず、距離を取ってしまうと……」


「……はい」


 セレナの言葉に、エミリアは落ち込んだ様子で頷く。エミリアはその女性が『誰』かまでは言わなかった。本来なら詳しく聞きたいところだが、彼らと一緒に行動すれば嫌でも気付くことになるだろうと思い、セレナは彼女に無理強いしなかった。


「……まぁ、確かに、義弟くんの周りには魅力的な子ばかりよね」

「……」


 セレナは今日であったばかりの彼の仲間達の顔を思い浮かべる。


 まずは、彼の姉を名乗る女性『ベルフラウ』。

 一言で言えば、まるで女神を思わせる美貌と包容力を備えた美しい人だ。その魅力たるや、普段から男に言い寄られてばかりのセレナからしても文句のつけどころがない。


 次に、彼女の妹的なポジションにいる『レベッカ』という不思議な魔力を感じさせる赤い瞳と銀色の長く細い髪の美少女。少し話をした印象としては、どこか浮世絵離れした雰囲気があり、外見の幼さに反してやたら古風で丁寧な言葉遣いをする。


 次に『サクラ』という女の子。

 赤髪のショートヘアの子で活発な印象の女の子だ。彼女もかなりの美少女であり、上記の二人と比べても容姿は見劣りしない。


 しかし、セレナの目線だと彼女とレイがそういう風な関係性に見えなかった。


 最後に、『ルナ』という竜族?の女の子。

 魔法で竜と人間の姿を自在に使い分ける少女なのだが、彼女が口にする<竜化>という魔法はセレナも聞いたことが無いため、セレナは彼女に強い興味を抱いていた。


 人間としての外見は、自分と同じ黒髪黒目の少女だが、普通に可愛らしい発展途上の女の子だ。どこか気弱で、セレナの事を見て『あ、あのー。……い、いえなんでもないです!』と、遠慮気味にモジモジする様子は保護欲をそそる。


 それと、流石に候補に挙げるつもりはないが『ノルン』。

 彼女の本体は神依木にあり、今の少女の姿はセレナが自身の魔力を分け与えて作り出した仮の肉体。

 <失伝魔法>に数えられるセレナにとっての秘奥の術法、<魂の器>……名前の通り、魂を保管する仮初の肉体を作り出す魔法である。


 ノルンはレイと出会ったばかりだと聞いていたが妙に距離が近い。森から帰る時も手を繋いでたし、ドラゴンの背に乗っている時は、ノルンが彼にしがみ付いていていたのも印象的だった。


 とはいえ、外見的に言えばレベッカよりも更に幼い少女であり、流石に彼が手を出すことは………。


「う、うーん……」

「?」


 ……無いと思いたいところである。


 ノルンの中身はとっくに成人を迎えているため、仮に恋愛感情を抱いても合法というのが色んな意味で不味い。それに、彼からアプローチが無くても、彼女の方からアプローチすれば話は別だ。彼の性格からして、断ってもノルンを邪険に扱ったりはしないだろう。


「……」

 セレナはそこまで考えてから、ティーカップを手に取って紅茶を飲む。

 そして、エミリアに向かって口を開いた。


「確かに、強力なライバルばかりだけど……義弟くんは貴女を選んで告白してくれたんでしょう?」


「そう……だと思うんですが……」


 エミリアの脳裏に浮かぶ一人の女性。レイは、彼女といる時、いつも安心したような表情を浮かべていた。彼女も、レイが傍に居る時はいつもよりも嬉しそうだった。


「……彼女、レイといる時はいつも幸せそうで……」


「ミリー……もしかして……」


「……」


 セレナの言葉に、エミリアは無言で頷いた。


「……私よりも、レイは彼女の傍に居てあげた方が幸せになれると思うんです……」


「……貴女って子は……」


 セレナは呆れ顔で溜息を吐く。そして、エミリアにハンカチを差し出した。


「な、泣いてないですから……」


「バレバレよ……ほら、これで涙拭きなさい」


「……ありがとうございます」


 エミリアはハンカチを受け取って涙を拭く。


「……でもね、ミリー。それはあくまで貴女の考えよ。そんなに不安なら義弟くんに聞いてみればいいじゃない。『私とその子、どっちが大事なの?』って」


「でも……そんなこと聞いたら、きっと困らせるし……」


「義弟くんがどう思うかなんて、結局は彼にしか分かりっこない事よ?」


「……それはそうなんですけど」


 セレナは何か言いたそうなエミリアを見て苦笑する。


「……仕方ないわね、私が一肌脱いであげるわ」


「え?」


「明日、あなた達は帰国するんでしょ? ファストゲートに着くまでにまだ数日掛かる。それまで、このセレナ姉に任せておきなさいな」


 セレンはそう言って彼女にウィンクする。

 エミリアは、なんとなく不安そうな表情を浮かべた。

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