第793話 肝心な所でしんみりできない

 それから次の日―――


 僕達は闘技場で色々やらかしたことを説明する為に、グラン国王陛下へ訪れた。


「あっはっはっはっは!!!! そうかそうか、ちょっと熱が入り過ぎて闘技場を半壊させてしまったのか、これは傑作だ!!」


 が、何故がそれを報告しにいったら陛下に爆笑されてしまった。


「いやいや、結構なことだ。それほどの力があり余っているのであれば、この先の戦いにおいてさぞ活躍してくれるのだろうな。期待しているよ」


「あ、あははは……本当に申し訳ありませんでした……!」


 エミリアは顔を青くして作り笑い、その横には必死に「ごめんなさい」と謝り続けているルナ。

 ちなみに、僕達は直接的に関与していないため、やや涼しい表情して二人の様子を見守りながら、陛下に粗相しないよう気を使う。


「そうだ、丁度いい機会だから教えておこう。以前から調整を繰り返していた魔導船の準備が終わったようだ。既にいつでも飛び立てるとあちらから報告が入っている」


「!!」


 陛下のその言葉を聞いて僕達に緊張が走り、背筋をピンと伸ばす。


「魔法都市の彼らも魔王討伐に全面協力を表明してくれている。キミ達が出向いて彼らを説得してくれたお陰だな。

 そして以前の演説の効果があったのか、魔王討伐に参加してくれる冒険者達も毎日のように現れているようだし、今回の戦は他国の支援もあって十分な戦力が揃いそうだ」


「……ついに、その時が来たということでございますね」


「まだ新型兵器の調整が残っているが、大方その通りだ……キミ達も今の間に色々と準備をしておくといい。勝つ準備は当然だが、今の間に心残りは解消しておきなさい」


「……心残り、ですか?」


 エミリアがそう聞き返すと、陛下は優しく笑う。


「ああ、キミ達はまだ若い。まだまだ人生はこれからだ。だというのに、魔物との戦争で命を落とすなどあってはならない。戦争というのは、僅かな心残りや後悔が理由で敗戦に繋がり、後に引き摺り、それに耐えられなくなって命を落とす者も大勢いる。私はね、キミ達のような若い者達が戦死したと聞いた時が一番辛いと感じてしまう」


「陛下……」


「だから、悔やむようなことがないように今は生きてほしい。そして、戦いに勝ってこの先も生き続けて未来を過ごして欲しい」


「……はい!」


 僕が元気よく返事をすると皆も続いて返事した。そして僕達は帰路に着く。


 ◆◇◆


 宿に戻ると、僕達は仲間達全員を集めて話し合いをすることにした。話し合いの内容は勿論、今後の僕達がどうするかについて。


「……心残り、ねぇ……」


 陛下に言われたことを僕が皆に話すと、まず姉さんがため息を付きながらそう言う。


「正直、私としてはこのまま魔物との戦争なんか逃げ出してレイくんと一生スローライフしていたかったわ」


 いきなりぶっちゃけたよ、この女神様。


「姉さん……それは僕も同じだけどさぁ。今更逃げ出すのはダメだって」


「それはそうだけどぉ……私がレイくんとこの世界に来たのは、別にあなたを勇者様に仕立て上げて魔王を倒させる目的なんかじゃないんだから」


「いや、転生する時と微妙に話が違うんだけど……」


 あの時は、一応世界の危機がどうのってことで、異世界の人間を送って戦力にするって流れだったんじゃないかな。多分、最初の言い出しっぺの人と姉さんの思惑が違うだけなんだろうけど……。


「あの話はフローネ様がそう言いなさいって言われたから、私も定型文として言っただけなのよ。本当はそんな説明放り投げて異世界に転移して女神業ともオサラバする気満々だったし」


 最終回近いからってとんでもないことを言ったよ、この女神様。


「……以前から思ってたんですが、ベルフラウはよくその性格で女神なんかやれてましたね」


「エミリア様、その物言いはあまりにもベルフラウ様に失礼ではございませんか? ……今はこんな大らかな方であっても、女神様として世界を統治していた時はもっと毅然とした方だったかもしれませんし……」


「……レベッカ、それあまりフォローになってないわ」


 レベッカの強引なフォローにノルンは静かに突っ込みを入れる。


「……まぁ、ベルフラウが女神だったかどうかは今更疑っても仕方ないわ。事実として受け入れましょう」


「そんな言われ方されるくらい、今の私って女神様っぽくないのかしら……」


「うん、まぁ……」


「ちょっとレイくん!?」


「……それで、皆は何か今の間に心残りがあるかだけ聞いておきたいんだ」


「あれ、お姉ちゃんスルー? 私、レイくんのお姉ちゃんになるために女神様退職したのに、泣いちゃうよ?」


「誰かそこの駄女神だめがみ黙らせてくれません? しんみりした空気になる題材の筈が、ベルフラウのせいで台無しになってます」


「エミリア様、落ち着いてくださいまし。無理にしんみりした空気にする必要はないかと思います。むしろ、ベルフラウ様は空気を和ませるためにこのような素っ頓狂な発言をしたのではないかと、わたくしは推察致します」


「あはは……良いお姉ちゃんを持ったね、サクライくん」


 エミリアとレベッカの会話を聞いて、若干呆れつつ苦笑いするルナ。


「(結局、姉さん以外、誰も心残りがあるかどうか言わないんだけど……)」


 案外、実は皆余裕があるのだろうか。ちなみに僕はつい最近心残りを解消して吹っ切れたから無問題だ。


「と、とりあえずエミリアは、何かある? 今の間にやっておきたい事とか……?」


 とりあえず一人ずつ話を振ってみよう。ということでエミリアに質問をぶつけてみる。するとエミリアは思案気に丸っこい顎に手を当てて言った。


「心残り……そうですね、カレンと決着が付かなかったことが心残りでありますね」


「え、決着? 二人ってそんな仲だっけ?」


「レイが知らない所で結構火花散らしたりしてますね。所謂キャットファイトです」


「え、マジ?」


 まさかカレンさんとエミリアがそこまで女の戦いを繰り広げていたとは……。というか、一体何で争ってたんだろ?


「聞きたいですか? 下の名前が『レ』から始まって『イ』と終わる名が付く人物を巡っての争いなんですが……」


「いや、それ僕じゃん!!」


 僕の名前は今更語る必要ないけど、桜井鈴。この世界の名前で合わせるならサクライ・レイ。つまり下の名前が『レ』から始まって『イ』で終わる。え、今更説明要らない?それはそうだ。


「そうですよ。本人が不在なので今は詳しく語りませんけど、たまに険悪な雰囲気になってお付きのリーサさんが慌てて仲裁に入ってくれたりしてました」


「(自分を巡って何を話してたのかすごく気になる……)」


「まぁ正直それくらいですね。私もこの間吹っ切れましたし……じゃあ、次……レベッカはどうですか?」


 エミリアがレベッカに話を振って、全員がレベッカに注目する。

 レベッカは「ふむ」と呟きながら、こう言った。


「わたくしは特にありません」


「え、本当に?」


「はい」


 エミリアの問いにレベッカは即答する。本当に無いの?心残りとか……。


「強いて挙げるとするなら、魔王討伐の前に故郷に戻れなかったことでしょうか。お世話になった両親とお爺様にレイ様と会わせて差し上げたかったです………まぁ、その場合、子孫を残せと言われて色々波乱万丈な体験を堪能できた可能性もございますが……」


「!?」


 レベッカが小声でボソッと何か言った気がするけど、声が小さくてよく聞こえなかった。


 ……うん、聞こえなかったことにしておこう。


「さて、それでは次はルナ様」


「うぇっ!? あ、は、はい!」


 いきなり振られたルナは焦りながらも元気よく返事する。


「……やっぱり……心残りと言うか……もうちょっと女の子としてこの世界で過ごしたかったかなって……殆ど、ドラゴンの姿で過ごしてたから……」


「……ルナ」


「あ、でもね。私も皆と同じ、サクライくんにこの世界でまた出会えたお陰で、それまでの不幸が全部どっか行っちゃったんだもん。だからもう……私も心残りなんて……ないかな……」


 ルナはそう締め括り、僕達は少しの間沈黙する。そして、今度はノルンが手を上げた。


「次は私の番って事でいいのかしら? ……そうね………」


 ノルンはそう言いながら、テーブルに置かれた温かいお茶をゆっくりと飲み干して言った。


「別にないわ」


「ノルンも無いのか……」


 なんだろう、つまり全員今の生活に全く不満がないという事か……。


「じゃあ、最後の〆としてレイ、どうぞ」


「え、僕も言うの?」


「言い出しっぺじゃないですか。ほら、ここで重い一言をドンと言ってみんなをしんみりとした気持ちにさせてみてくださいよ」


「何だその振りは……」


 エミリアの期待してるんだかしてないんだかよく分からない無茶振りに僕は困惑する。というか、悩みを聞くみたいな振りで始めたのに、最後は大喜利みたいな雰囲気になってない?


「そ、そうだね……」


 何を言おうか……正直、僕も心残りとか全部無くなった後だし……特に何かあるわけでも……。


「あ、カレンさんとまだデートしてないや」


 ・・・・・・・。


「……は?」


「……レイ様、流石にそれは」


「……サクライくん」


「レイくん、最後にその発言すると修羅場よ、修羅場」


「見事地雷を踏み抜いたわね……」


 僕がふと思い付いた心残りを口にすると、仲間達に絶句されてしまった。


「……僕、なんかやっちゃった?」


 皆にそう質問すると、全員が一斉に首を横に振った。


 こうして、心残りを聞くつもりで始めた話し合いは、最終的に地雷を踏んで全員に微妙な顔をされる結果と相成った。

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