第792話 レイくん、逃げる

 彼らの実力の再確認する為の戦いを終え、今は闘技場の片付けを行っていた。


 エミリアとルナの壮絶な魔法合戦による大爆発は闘技場の周囲にもはっきりと聞こえてしまい、王宮の兵士達が駆け付けた時には闘技場内部がボロボロになってしまっていた。レイ達はその責任を取って闘技場の片付けを自ら手伝うことにしたのだ。


 僕達は瓦礫の撤去や壁の修繕などを兵士さん達と一緒に行い、終わるころには既に夜を回っていた。

 その後、ある程度キリが付いて修繕の作業を明日に持ち越すことが決まり、兵士さん達が帰るタイミングで幾ばくかの修理費用を兵士さんに手渡して誠心誠意謝罪してから僕達も帰路に着く。


「それにしても、ルナ様お見事な戦いぶりでございましたね」


「うん、僕もルナがあそこまで戦えるとは思わなかったよ。頑張ったね、ルナ」


「えへへ~」


 帰り道、ルナは僕とレベッカの二人に褒められて嬉しそうにしていた。


「まぁ、私の指導が優秀だったということですね……えっへん」


「エミリアはもうちょっと反省して。エミリアがやり過ぎたせいで闘技場のコロシアムと周囲の壁を半壊させてしまって、僕達も修理を手伝わされる羽目になったんだからね」


「そうでございますよ、エミリア様。エミリア様がルナ様を想って敢えて厳しく指導を行ったのは存じておりますが、それでも加減というものがございます」


 エミリアの得意げな態度に僕が釘を刺し、レベッカもそれに続く。エミリアは僕の言葉に小さくなってしまったが、それでも反論する。


「だ、だって……ルナがあそこまで粘ってくれるとは思わなくて……その……」


「エミリアちゃん本当に鬼なんだもん……私もドラゴンになって有耶無耶にしないと絶対終わらせてくれないと思って最後はああなっちゃった」


「あ、最後にドラゴン化したのはそういう理由だったんだ」


 てっきり、エミリアにブチギレて変身したのかと思ってたけど。


「うん……やっぱりあれはやり過ぎだったよねぇ……」


 ルナも自分の行いがやりすぎだと反省している。もし、あの後も戦ってたらどっちが勝ったのだろうか。それでも、最終的にエミリアが勝ったと僕は予想するけど……。


 僕が考えているとエミリアがわざとらしく咳払いをして言った。


「こほん……。というか、私達は自分達の事でいっぱいいっぱいでしたが、そっちはどうだったんですか?」


「こっちの? 一応形としては僕の勝ちだっだよ。カレンさんの勝利宣言聞こえてなかったの?」


「勝負に夢中で雑音にしか聴こえませんでした」


 あとでカレンさんに言いつけてエミリアを叱ってもらおうかな。てか怒られてしまえ。


「で、レベッカの感想は?」


「……正直、ここまで押されるとは思いませんでした。以前までなら攻撃するタイミングと防御するタイミングに僅かに隙があってそこを攻めることで互角に打ち合えていたのですが、今回はどう読みきっても軽く躱されてしまい……はっきり言って完敗でございました」


「いや、そこまででもないと思うんだけどね……」


「ご謙遜を……以前までのレイ様と比較してまるで別人と戦っているように思えました。わたくし、レイ様がここまでお強くなってしまわれた嬉しさの反面、最後まで戦い抜けずに降参してしまった自分が不甲斐ないと感じております……うるうる……」


 レベッカは目をウルウルさせながらそう言うが、こっちもレベッカはかなり強敵だった。


 まともに打ち合っても全て凌がれるから攻撃の最中に技能を使用して常に相手が何をしてくるか考えて対応、相手がこちらの裏を付いた場合にも選択肢が分岐してミスすればこちらの攻撃を防がれてしまう。


 事実、計三百回近くの斬り合いの中で自分が勝負を決めに行った攻撃はほぼ凌がれ、最終的にレベッカが折れるまで攻め続けて勝ちを拾えたに過ぎない。もう少し続けばこっちの攻撃が通っただろうけど、そこまで凌いでくる時点で少し前に戦った冒険者達と比較して次元が違い過ぎる相手だった。


「レベッカって昔から本当に強いよね……」


「レイ様はもっと強くなられましたよ。今ならば、カレン様やサクラ様にも勝ち越せるのでないでしょうか?」


「サクラちゃんはともかく……カレンさんはなぁ……」


 どっちが相手だとしても必ず勝てる相手だとは思えない。特にカレンさんは、今でも僕の戦い方のお手本となってる人で技術面では遠く及んでないと自分でも理解している。というか、僕にとってカレンさんは競争相手じゃなくて……。


「……レイにとって、カレンは超えるべき相手じゃなくて、憧れの対象なんですね……」


「うっ……!」


 エミリアに図星を突かれてしまう。


「うぅ……ジェラシー感じちゃう……そうだよね、カレンさんって貴族だから所作も言動もお嬢様らしく上品で美人だし、それでいて凛々しくて面倒見もいいお姉さん気質だから、サクライくんにはドストライクなんだよね……」


「や、やめてよ、ルナまで……!」


 しかもそんな何か言いたげな目で言われると本当に心苦しいよ。


「それで、レイは結局誰と付き合うんですか?」


「この流れでそんな事聞く!? 前に姉さんに言ったけど、今、僕は誰とも付き合うつもりとか無いからね!!」


「ええー、じゃあこの私エミリアがヨリを戻そうと言ってもですか?」

 エミリアはイタズラっぽくウィンクさせてそんな事を言う。ちょっとイラッとしたので何か言い返そうと思ったのだが……。


 ムニッ。


 ルナがエミリアのほっぺたを手で掴んで止めた。


「エミリアちゃん、サクライ君にそんな事言うのズルい、卑怯!! 大体、振ったのはエミリアちゃんでしょ!」


「ふぁい、ふぉへんふぁひゃい……」


「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ!」


 多分エミリアは『警察ってなんですか?』って思ってる。多分、ルナの剣幕で言い出せないと思うけど。


「おぉ……いつも控えめなルナ様がエミリア様と互角に渡り合っております……」


「ご、互角かな……これ……?」


 しばらくほっぺたを引っ張っていたルナだが、結局エミリアが降参して決着がついた。


「うぅ……私のほっぺたが……」


「ルナ様、魔法の勝負だけでなく、口論でもエミリア様と互角とは……」


「むしろ口論だとエミリアが完敗してないかな?」


 何せ相手の口を封じて謝罪させてるわけだし。うん、この勝負はルナの勝ちだな。


「はて、しかし何故このような流れになったのでしょうか?」


「あいたた……レイが『誰とも付き合わない』と言ったからこういう話になったんですよ、レベッカ」

 エミリアがルナに引っ張られたほっぺたを手でさすりながら言う。エミリアめ、余計な事言って話の流れを元に戻すつもりか。


「なるほど、そういう事ですか……では、レイ様」


「ん?」


 レベッカはそう言うと歩みを止めて僕の方を向いてこちらを見る。そして、皆も同じように足を止めてジッと僕の方を見る。


「仮にこの場で、わたくし達の誰かがレイ様に交際を申し込んでも断るのでございますか?」


「………」


 突然の告白は女の子の特権って言葉があるけど、前後の流れからいきなりこれは反則じゃないだろうか。


「どうなのでしょうか、レイ様」


「……えっと………その…………………」


 逃げたい。超逃げたい。


「…………騎士に二言は無いということで……」


「レイ様は既に騎士を脱退されておりますが、有効期限切れにございます」


「すみません、前言撤回します」


「左様ですか。では改めて、お聞かせ下さいませ」


 レベッカは笑顔で再度僕に問い直す。どうせ逃げ場は無いのだからもう観念しよう。


「……誰とも付き合う気は無いって言ったのは本当だよ。今は恋愛よりも他にやることが沢山あると思うし……」


「ふむ……」


 僕がそう答えると、レベッカは納得したかのように頷く。


「少しお待ちくださいまし、レイ様」


「えっ?」


 僕の返事を聞く前に、レベッカはくるりと後ろを振り向き三人で何か話し始めた。


「(どう思われますか、エミリア様、ルナ様)」


「(いや、絶対誤魔化すための言い訳だと思いますよ。大体、恋愛よりやる事って何ですか?)」


「(え、それは魔王退治とか魔法学校の教員になるために勉強とかじゃないかな、エミリアちゃん)」


 ……三人がボソボソ言ってる間に、こっそり帰ろうっと。


「レイ様、お待ちください」


「……はい」


 結局、レベッカに呼び止められてしまった。

 その後、僕は三人が相談し終わるまでずっと立たされていたのだった。

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