第892話 フローネ様

 前回のあらすじ。

 謎の金髪美人のお姉さんに絡まれたと思ったら義姉の知り合いだった。


「ふ、フローネ様……どうして貴女が……」


 姉さんは金髪女性の姿を見た途端にガタガタと震えだす。まるで恐怖の対象に出くわしたかのように。


 え、何?このお姉さん、本当に何者なの!?


 僕はそんな二人の様子にただオロオロするしかなかった。

 そんな僕を見て金髪の女性はクスリと笑い、僕に話しかけてくる。


「本当はこんなに早く会うつもりは無かったのだけど、出会ってしまったのなら仕方ないわよね……二人とも、来なさい」


 謎の金髪のお姉さんは、店の出口を指差してそう告げてくる。僕はそんなお姉さんを呆然と眺めるしかなかったのだが、姉さんが先に我に返り慌ててこう反論する。


「ま、待って下さいフローネ様! どうしてここ!?」


「それも説明するわ。良いから黙って来なさい」


 フローネと呼ばれた女性は、有無を言わさぬ口調でそう告げると、スタスタと店の出口に向かって歩いて行く。


 姉さんはそんな女性の態度に少し躊躇するも、すぐに覚悟を決めたようで女性の後に付いて行く。


「……姉さん、あの人は一体誰なの?」


「……先輩よ、私のね」


「え、それって……」


 僕は姉さんが口にした”先輩”という言葉の意味を理解する。


 ◆◇◆ 


 その後、僕達が金髪女性の後を付いて行くと王都の繁華街の方に出てしまった。


 姉さんは金髪の女性に対して何も言えないようで緊迫した表情で黙って歩いているのだが、金髪の女性はそうでもなさそうで機嫌良さそうに歩いていく。


 彼女は僕達を何処に連れていくつもりなのだろうか?


「あ、あの……」「……ん?」


 金髪の女性はそこまで機嫌が悪そうには見えない。姉さんは言い出せないようだけど、ここは僕が聞くしかないだろう。


「……その、何処に行かれるつもりなのでしょうか? もしかして、街の外……とか」


「んー、知りたい?」


「はい」


「じゃあ教えてあげる。私が気に入ってる飲食店よ。そこならゆっくり話が出来るし、他の客も来ないから」


「は、はぁ……」


 そんな会話をしていると、僕達は繁華街の外れにある小さなお店に到着する。


 そこは王都では珍しい木造建築で、日本の都会で見たような懐かしい雰囲気を醸し出している。


 看板には『居酒屋・おにごろし』と書かれていた。


 ……居酒屋?


「さ、入って入って」


「え、あの」


「大丈夫よ、ちょーっと値段が張るお店だけど、今回はぜーんぶ奢ってあげるから」


 金髪の女性はそう言って僕と姉さんの背中を押してお店の中に入っていく。そして、僕達がお店に入ると店主さんが僕達に声を掛けてくる。


「いらっしゃい、三名ですか?」


「あ、はい」


 小さな声で僕は返事をする。すると金髪の女性は、今までの雰囲気とは全然違う明るい声で店主さんに言った。


「すみませーん、キンッキンに冷えた大ジョッキのビール3つ下さーいっ。それと、鳥のから揚げと、焼き鳥、それとお刺身を三人前……いや、5人前お願いしますっ!!」


「あ、あのフローネ様……!?」


 その金髪の女性の注文に驚く姉さん。僕もびっくりである。そんな僕達を他所に店主さんは笑顔で頷き、「好きなテーブルにどうぞ」とだけ言ってから、奥の厨房へ入っていった。


 すると、金髪の女性は緩んだ表情を戻してから僕達の方に振り返る。


「さ、奥のテーブルに行きましょうか。下界の人に聞かれるとまずい話になりそうだしね」


「……は、はい」


「……忘れてたわ。この人、居酒屋に来るとテンションが突然上がるのよ……」


 僕と姉さんは言われるがままに金髪の女性の後についていく。そして、店の奥にあるテーブル席に案内されると、僕と姉さんは顔を見合わせながら席に着いたのだった。


 ◆◇◆


「……じゃあ改めて自己紹介ね。私はフローネ……薄々気付いてはいただろうけど『女神』の一人よ。そこのベルフラウとは担当の世界が同じで、私は彼女の教育係をしていたわ」


 席に着いて金髪の女性……フローネはテーブルを挟んで僕達にそう言った。


「あ、どうも……僕は、レイです……。やっぱり女神様だったんですね……」


「フローネ様、その節はどうもお世話になりました」


 僕と姉さんはそう返事を返す。フローネという名前を聞いても、すぐに思い出せなかったが姉さんが彼女の事を『先輩』と言ったことでピンと来ていた。


 以前に何度か姉さんが天界で女神として仕事をしていたことを話す時たまに『フローネ』という名前を出していた。


 しかしまさかこの世界で、その女神様と会えるとは……。


 金髪の女神、フローネ様は僕に視線を合わせて穏やかな表情で言った。


「キミが桜井鈴くんよね。ベルフラウからよ~く話を聞かされていたわ。

 キミがお母さんの桜井美鈴さんのお腹から生まれたその日から、キミが交通事故で亡くなる直前まで、ずーっと毎日聞き飽きるまでね。なるほどねぇ~……」


「あ、ありがとうございます……?」


 僕はどう返事して良いのか分からずに返事をする。フローネ様はクスリと笑い、少し真面目な表情になってから、姉さんの方に視線を向ける。


「さてと……ベルフラウ?」

「は、はい!」


 姉さんの肩がビクリと震える。おそらく、今から怒られると思ったのだろう。


 具体的にどういう理由で怒られるか僕には分からないが、少なくとも姉さんはフローネ様に対して怒られるような何かをしでかしてしまったのだろう。


 だが、フローネ様は穏やかな表情で姉さんに語り掛ける。


「ねぇ、ベルフラウ? 貴女が下級女神として私の下で仕事をしていた時は、真面目にやってたけどいつも辛そうな表情をしていたわよね。今はどうかしら? 人間に戻って少しは気が楽になった?」


「そ、それは……」


「ああ、勘違いしないで。私は怒ってるわけじゃないわよ。突然辞めたいと聞かされて驚いたけど、貴女なりに理由があったわけだし……ね、桜井鈴君?」


「……っ」


 フローネ様はそう僕にウィンクをしてくる。僕はその視線に思わずドキリとしてしまうが、フローネ様には何かを見透かされている気がして落ち着かない。


 姉さんが女神を辞めた理由。それは僕にあるのだ。


「……姉さんは悪くないんです。僕が一緒に居てほしいなんて無茶な事を言って引き留めてしまって……」


「……そうね」


「だから、姉さんに罰を与えるような事は……もし、罰を受けるなら代わりに僕が……!」


「……ふぅ」


 フローネ様は、小さく溜め息をついてから言った。


「別にベルフラウを罰するつもりはないわ」


「……本当ですか?」


「ええ。さっきも言ったけど、まだあなた達と会うつもりは無かったのよ。

 今回、私が地上に降りてきたのは、この世界の災厄……魔王という存在があなた達に倒されたと報告を受けたから。その魔王を倒したのはキミなのよね?」


「あ、はい……仲間と一緒に、ですけど」


 僕はフローネ様の言葉に素直に頷いた。するとフローネ様は感心したように頷く。


「……本当に凄いわね。まだまだ幼いあなたが世界を救うなんて……」


「いえ、そんな……それに僕だけの力じゃないですし」


 僕は照れながらそう返すが、フローネ様は真剣な表情で話を続ける。


「でも、実はまだアレコレやってるんでしょう?

 この世界担当の女神の名前は……ミリクとイリスティリアだったわね。その女神に命令されて、今後魔王が生まれないように悪の根を断とうとしている。普通に勇者ってのは一度世界を救えば役割を終えるのに、大したものよ」


「あ、ありがとうございます……」


 僕はフローネ様の褒め殺しに若干引き気味な反応になってしまった。だが、褒められて悪い気分じゃない。


「今回はその事に対するお礼と激励ね。

 お礼っていうのは、この世界に怒る災厄を跳ね除けてくれた事。実はこの世界には貴方と同じように異世界から転生した人間が何人かいたのだけど、誰も彼も自ら危険を冒して魔王を倒しに行くような気概のある連中なんて一人も居なかったのよね」


「そ、そうなんですか……?」


「ええ、ベルフラウも貴方と異世界に転移する前に何人かこの世界に送り込んでいたもの。でしょう?」


「……はい、フローネ様」


 姉さんは静かに頷く。僕と二人の時はあれだけはっちゃけてた姉さんも、フローネ様の前ではまるで別人のように静かだ。


「だというのに、一番弱そうなキミが……あ、ごめんなさいね、失礼な事言って」


「い、いえ……」


 そっかー……女神様から見ても僕って弱そうに見えるのか……。


 それもそうだよね、見た目貧相で身長も低くて体重も軽くて筋肉も殆ど無くて、もう18歳だっていうのにさっきフローネ様『幼い』とか言われたし、時々女の子に間違えられるし……。


 っていうかカレンさんや皆に『自信を持て』とかよく言われるのに未だに全然自信無いし、怖い男の人見たら未だに足が竦んじゃうし、元いじめられっ子の性のせいか、すぐに謝りたくなるし……。


 僕がそんなネガティブな事を考えていると、隣に座っていた姉さんが、心配そうな顔で僕の肩を揺すって言った。


「ちょ……レイくん、どうしたの? なんかこの世の終わりみたいな顔してるわよ?」


「あ、大丈夫……いつもの発作みたいなものだから……」


「発作……? まぁ大丈夫なら良いんだけど……」


 僕は姉さんに心配させないようになんとか笑う。いけないいけない、僕を労ってくれている女神様の前で一人で自爆するところだった。


「何にせよ、桜井鈴君。キミは他の転生者が為し得なかったことをやり遂げてくれた。主神様も貴方の働きに満足しているし、ベルフラウも魔王討伐の際に貢献をした。だから、私からもご褒美をあげようと思ってね」


「ぼ、僕に……ですか?」

「そう」


 フローネ様は笑顔で頷く。そして、フローネ様が何か言い掛けた時だった。


「おまたせしましたー!」


 そんな明るい声と共にフローネ様の目の前に美味しそうな焼き鳥やから揚げが運ばれてくる。それは良いのだが、僕はその量に驚いてしまう。


 いやだって、ジョッキのビール3つと鳥のから揚げ5人前、他にも沢山の料理が過剰な数で運ばれてくるのだ。どう考えても僕達では食べきれない。


 だが、フローネ様は言った。


「ご褒美としてはこれだけじゃ全然足りないけど……好きなだけ食べてね。食べたいものがあったら私に気を遣わないでどんどん注文して良いわよ。お金は気にせず、ね?」


「え、でも……」


 僕は姉さんの方に視線を移す。姉さんは、苦笑いしながら頷いた。


「フローネ様が言うなら遠慮しなくて大丈夫。この人、お酒の席だとすっごく気前がいいから」


「”お酒の席”以外でも気前良いわよ。何度か昼食を奢ってあげてたでしょ、ベルフラウ。失礼な子ね……」


「す、すみません……」


 姉さんはフローネ様に頭を下げる。


「良いわよ、祝いの席だもの。桜井鈴くん、今日は無礼講よ。

 私の事を女神だと思って恐縮せずに、お店でたまたま仲良くなった気前のいい美人のお姉さんくらいに思っておいてね」


 無礼講っていう人って、本当に無礼講に接して問題ない人って一握りだよね……。


 僕はそんな野暮な考えは飲み込んで、フローネ様に「ありがとうございます」とだけ言った。


 そしてそれから僕は女神様との食事会を楽しんだのだが……ここでの話は、機会があればまた語ることにしようと思う。


 ただ一つ……。


 フローネ様はお酒が入るとやたら絡んでくることが分かった。どうやら、姉さんも女神時代にそれで苦労していたらしい。

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