第893話 陰でディスられるお姉ちゃん

 フローネ様にご馳走になった後、僕と姉さんはお店を出てフローネ様にお礼を言った。


「フローネ様、今日は本当にありがとうございます」


「ありがとうございました!」


「良いのよ~気にしないで~」


 そんな会話をした後、フローネ様は僕を見て、少し真面目な表情で言った。


「今日は貴方と直接話が出来て良かった」


「え、はい。こちらこそ、フローネ様とお会いできて嬉しかったです」


 突然真面目な表情で言われて、僕も思わず真面目に答えてしまう。するとフローネ様は笑みを見せてから言った。


「ええ、私もよ。……それとベルフラウ」


「は、はい!」


「……桜井鈴くんのこと、しっかりと支えてあげるのよ?」


「も、勿論です」


「……じゃあ、私は行くわ……もし、また会う機会があれば、今度は他の仲間の皆さんも誘って食事にでも行きましょう……それじゃね」


 フローネ様はそう言いながら僕達を通り過ぎて、こちらに背を向けたまま手を振って、そのまま夜の街へと消えていった。


「……行っちゃったね」


「うん……」


 僕と姉さんは、フローネ様が去って行った方角をしばらく見送ってから、顔を見合わせる。


「……姉さん」


「……何?」


「結局、フローネ様ってこの異世界に何の為に来たんだろう? 居酒屋の中で飲んでた時は、その辺り一切言わなかったよね?」


「……さぁ?」


 僕と姉さんはお互いに首を傾げながら、結局最後まで意味の分からなかった女神様を見送ったのだった。


 ◆◇◆


 その頃、レイ達は宿に戻ったのだが、レイ達と別れたフローネはというと……。


「……ふぅ」


 レイ達が宿泊する別の宿の屋上で、フローネは安堵の息を吐く。


「……少し予定外だったけど、なんとか彼に接触出来たわね」


 フローネはそう独り言を呟きながら、自身の胸元から小さな端末を取り出す。その端末は、レイ達の世界にある携帯電話に酷似しており、当然、この異世界には存在しないものである。


「さて……」


 フローネはその端末を操作して、端末を耳元に当ててどこかに通話する。そしてしばらくするフローネの耳元でガチャリと音がする。


 そして、フローネが何か口にする前に、端末から老人の声がする。


『……其方か……首尾は?』


「はい、この世界の諸悪の根源を打ち倒した『サクライ・レイ』との接触に成功。その際、彼と行動を共にしていた元女神のベルフラウとも接触しました」


『……ふむ。以前に其方から聞いていた予定よりも接触が早かったな』


 端末の向こうから、老人の思案する声がする。フローネは続けた。


「申し訳ありません。本来であればもう少し時期を見て彼と接触し、密かに交友関係を築く予定だったのですが、彼とベルフラウの買い物の途中で偶然鉢合わせしてしまい……本来、秘匿するつもりだった私の正体を隠すことが困難になってしまいました」


『……そうであったか。しかし桜井鈴とベルフラウが共に生活している以上、想定出来た話でもある。多少予定が早まっただけと考えればさして問題あるまい』


「はい。そのように仰って頂けると……」


『……して、其方の所感はどうだった? 桜井鈴は……我らと共に並ぶに相応しい人物であったか?』


 通話先のその人物の質問を受けて、フローネはごくりと唾を飲み込んでから答えた。


「……今のところはまだ判断は付きかねます。ですが、彼……桜井鈴は、飛び抜けた能力を持つ転生者であるにもかかわらず、真面目で丁寧な物腰で人格的にも問題が無いと考えています。少なくとも、貴方様に害を及ぼす様な事は無いかと」


『……そうか。ここ数ヶ月間、桜井鈴とその周囲の人物の監視をしていた其方が言うのであれば間違いは無かろう。……だが、答えを出すのはまだ時期尚早か……。まだしばらく其方には、桜井鈴の監視を続けてもらうとしよう』


「は、はい」


『では、引き続き頼むぞ。フローネよ……その少年が女神ベルフラウ……いや――』


 端末の先の老人の声は一度、言葉を区切ってから次のように言った。


『――堕ちた女神の代わりとして、我らの真の同志になってくれる事を、心より祈る』


「……はい」


 フローネはそう返事をする。端末の先の老人は「ではな」とだけ言って通話を切ったのだった。フローネは手に持った端末を一度見下ろした後、それを再び胸元に仕舞った。


「……真の同志……か」


 フローネは老人が最後に言った言葉を反芻(はんすう)する。そして、フローネは一人呟いた。


「まるで呪い……いえ、祝福の言葉と言うべきかもしれないけど……気に入らないわね」


 フローネは、そう言ってから視線を夜の街へと向けた。そして誰かを睨みつけるかのように目を細めた。

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