第891話 突然の再会

 ミリク様と共に訪れていた旧王都メサイアにて、魔王を討伐した数日後の話。


「……んー、もう朝かな……」


 カーテンの隙間から差し込む朝日と、妙な肌寒さを感じて目を覚ます。


「すやぁ……」

「……」


 僕の姉を名乗る元女神のベルフラウ様が、僕の隣で気持ちよさそうに僕のベッドの毛布に包まっていた。寒いと思ったら、姉さんが勝手にベッドに潜り込んで僕の毛布を奪っていたらしい。


「……」


 多分、姉さん的には僕が、「朝だよ、姉さん」と言って優しく起こすのを期待しているのだろう。わざとらしい寝息を立ててるのも露骨な感じで、本当に眠っているのかも怪しい。


 ……よく見たら薄目を開けて若干ニヤついているし。


 僕はそんな姉さんの様子に呆れつつ、『はぁ……』と溜息を吐く。そして、僕はそのまま着替えて部屋を出ていった。


「ちょっ!?」


 部屋を出て扉を閉めた途端、扉の向こうから慌てたような声が聞こえてくるが、無視する。


 そのまま階段を降りて1階のリビングに顔を出して、何故かリビングで料理を作っていた宿主さんに挨拶する。


「おはようございます。宿主さんがここで料理とは珍しいですね」


「おお、レイさん。おはようございます。いえね、普段ならこの時間にベルフラウさんが料理を始めている時間なのですが、今日は珍しく二階から降りて来られないので、代わりに私が久しぶりに皆様に料理を振る舞おうかと思いまして……」


「あ、そうなんですか……ご迷惑お掛けします……」


「いえいえ、それよりもベルフラウさんの様子はどうでしょうか? もし、風邪などで寝込んでいるのであれば、私が後で薬とお食事を持って参りますが……」


「あ、大丈夫ですよ。ただの寝坊なので」


 実際の所、寝坊でもなんでもなく、ただ僕に構ってもらうために寝たふりしているだけの困ったお姉ちゃんです。


「そうでしたか。それならばベルフラウさんの分も皆様と一緒に配膳してもよろしいですか?」


「ええ、お願いします」


 僕はペコリと頭を下げて宿主さんにお願いする。


 その後、ムスッとした様子で起きてきた困ったお姉ちゃんを宥めてから、僕達は宿主さんの作ったお手製の料理を食べたのだった。


 ――その日のお昼過ぎ。


 僕と姉さんは久しぶりに二人で買い物に出掛けることにした。


 最初は他の皆も一緒に誘うつもりだったのだが、僕が今朝姉さんを無視したことでご機嫌斜めになった姉さんの様子に皆気付いており、「僕と二人で行ってきて」と送り出されたのだ。


「うふふ、レイくんとデート……! 最近、私と二人っきりで出掛ける事減ったからたまにはねー」


 そう言いながら姉さんは僕の腕をギュッと抱きしめてくる。大きな胸が当たって気持ち……じゃなくて暑苦しい。


「僕的には皆と出掛けた方が楽しいんだけど……」


「むむっ……! お姉ちゃんよりもエミリアちゃんやレベッカちゃんの方が大事なの!?

 それともノルンちゃんやルナちゃん? あ、この間、こっそりカレンさんとデートしてたでしょ?あのレイくんの好みにドストライクな戦う貴族お嬢さまのカレンさんと何処へ行ってたのかな? お姉ちゃんに詳しく聞かせてくれる?」


「な、なんでそれを知ってるの……!」


「ふふーん、お姉ちゃんは女神だから何でも知ってるのです♪ ……あ、ここよ。私が行ってみたかったブランド物の服が置いてある店」


 そう言って彼女は僕の腕を軽く引っ張って嬉しそうに店の中に入っていく。


「まあ、たまには姉さんと二人っきりで出掛けるのも悪くない」


「うんうん! お姉ちゃんと一緒に居るのがいっちばん楽しいよね!」


「言ってない」


 姉さんと一緒に居るのが楽しいのは全く否定しないが、僕的には皆と一緒で静かにショッピングするのが一番和むのだ。それにこうやってベタベタしていると、周りの目線が気になってしまう。


 特に僕の教え子の生徒たちと鉢合わせするのは特に気まずい。


 この店に入るのは初めてだけど、以前の洋服店のように僕の生徒のご家族の方が経営するお店だったら目も当てられない。


 というか、僕達は一応姉弟ということになってるのだけど、周囲にはどう見えているのだろうか?


 このお店はブランド物の鞄や財布などを取り扱うお店なだけあって、他のお店と比較しても値が張っている。そのため、お客さんは身なりの良い貴族の男女ばかりだ。


 彼らには僕達がどう見えているのだろうか。少なくとも、姉さんは元女神なだけあって超が付くレベルの美人である。


 反面、僕は見た目も小柄でほっそりとしておりパッとしない。転生してからかなり鍛えているにも関わらずこれである。周囲から比較されて笑われていないだろうか?


「ねえレイくん、これなんてどうかな?」


 姉さんが見せてきたのは少し凝ったデザインの茶色いキャスケット帽だ。名探偵が被ってそうな帽子だが、姉さんの銀色の髪と合わせてみると若干不釣り合いな印象を受ける。


 とはいえ似合っていないわけじゃない。


 姉さんくらいの美人なら何を着てもそつなく着こなしてしまうだろう。姉さんの色んな姿を見てみたくなって、自分がこれはと思ったものを薦めてみる。


「可愛いけど、姉さんにはもっと似合うのがありそう」

「え、そぉ? じゃあこれは?」


 そう言って姉さんは別の帽子を手に取る。今度はツバの部分が黒のキャスケット帽だ。何処となくアウトドアっぽい感じがして、容姿が清楚系な姉さんにはギャップはあるがそれがまた良い。


「うん、可愛い」

「ふふっ、他にも沢山あって目移りしちゃうわね」


 姉さんはそう言って帽子以外の商品も物色し始める。


「今回、レイくんが好きなもの買ってくれるんだよねー?」

「そんな話だったっけ?」


 そういえば昼食中にそんな事を姉さんが言ってたかもしれない。僕は姉さんの機嫌を直すために、半ば無理やりに了承させられたのだが……。


「うん、レイくんはお姉ちゃんの我儘を聞いてくれるよね?」


 姉さんはニヤリと笑って僕を見てくる。その美しい笑顔を向けられてドキリとしてしまうが、僕はなんとか平静を装って応じる。


「わかったよ」

「やったぁ♪」


 そう言って満面の笑みになる姉さんを見て、僕も釣られて微笑んでしまう。そして帽子や小物だけではなく、衣服をいくつか選んだ後に、姉さんがお店の人の案内で試着室へと向かっていった。


 こういう時、付き添いの男はどうしても手持ち無沙汰になってしまう。


 周囲はカップルだらけで、どのカップルも女性の方は嬉しそうに彼氏の腕を抱きしめていた。僕と姉さんも傍から見ればあのカップルのように見られているのだろうか……?


「(……他のお客さんと比較するのは止めとこう)」


 僕は雑念を消すために自分の頭を軽く拳でコツンと叩いて雑念を消す。そうして姉さんを待っていると、今度は別のお客さんに視線が行ってしまう。


「ん、あの人……」


 長い金髪でサングラスを掛けたグラマラスなお姉さんだ。歳は20代中盤くらいだろうか。ハイヒールを履いているため長身に見えるが、実際の身長は自分とほぼ同じくらいだろう。


 姉さんと同じかそれ以上にグラマラスなラインが特徴的で、黒いタイトなワンピースを着たそのお姉さんは、ショップの商品を品定めしているようだ。


 サングラスを掛けているため目元は少し隠れているが、相当な美人さんなのは分かる。


「って、ダメだダメだ……! 女性に失礼な視線を向けちゃダメってカレンさんに散々教わったのに……」


 僕は再び首を振って自分で反省して、その人から視線を逸らそうとするのだが……。


「?」

「……あ」


 見事にそこで僕と金髪のお姉さんと視線が合ってしまう。その女性は、僕と視線が合うとクスリと笑って、こちらにゆっくりと近づいてくる。


 僕はその人に失礼な事をしてしまったと思い、慌てた様子で謝ろうとするのだが……。


「あ、あの……」


「……ふふ、坊や。こんなお店でどうしたの? もしかしてデートの最中?」


「え、いや……その……」


 僕はしどろもどろになって上手く言葉が返せない。すると、金髪のお姉さんはそんな僕を可笑しそうにクスクスと笑った後、僕に顔を近づけてくる。


「ねぇ坊や。私といいことして遊ばない?」


 そう言って僕の腰に腕を回してくる金髪美女のお姉さん。僕は思わずドキリとして顔を真っ赤にさせてしまうのだが……。


「レイくーん、お待たせー!!」


 間の悪いことに、ここで今まで試着に手間取っていた姉さんが帰ってきてしまう。慌てて僕が姉さんの方を振り向くと、ついさっき手に取っていた新しい衣装を身に纏った姉さんが、ちょうど僕達の方を見て固まったところだった。


「……って、レイくん……その人……」


「あ、ち、違うんだよ、姉さん! この人はさっきたまたま視線が合ってちょっと話してただけで、別に……」


 僕は誤解を解こうとしどろもどろに説明する。だが、姉さんは僕の言葉が聞こえておらず……何故か、その女性を見て固まっていた。


 そして金髪のお姉さんも姉さんに視線を向けて、フッと笑い掛ける。


「元気そうね、ベルフラウ。天界で仕事していた時とはまるで別人みたい」


「……へ?」


 その金髪の女性は、姉さんの知り合いらしい。だが、この人の言葉に聞き逃せない単語が混じっていた。


 この人は今、”天界”と口にしたのだ。

 つまりこの人は姉さんの正体を知っている。


「あ、あの……貴女は一体……」


 僕は目の前の金髪の女性の正体が分からずに質問を投げかける。だが、金髪の女性は姉さんから視線を逸らさずに黙ったままだ。


 しかし、姉さんは額に汗を流しながら、こうポツリと漏らした。



『フローネ様』……と。

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