第890話 ミリク様と征く⑤
前回のあらすじ。帰宅前に魔王襲来。
ミリク様がどっか行ったのでレイは仕方なく単独で魔王を退治しにいった。
「えっと、この辺りに吹き飛んだと思うんだけど……」
僕は吹き飛ばされた魔王の落下地点で周囲を見渡してその姿を探す。
「……あ、いた」
そして、少し離れた位置にあった建物の屋上に佇む人型の魔物を発見する。
どうやら建物に屋根から突っ込んで落下していたようで、魔王が倒壊した建物から瓦礫をどかしてゆっくりと立ち上がった。
『ダメージはそこまで大きいようには感じない。おそらく、自身の魔法の爆発でレイの攻撃を軽減していたと推測する』
「斬ったはずなのに吹き飛んだのはそういうことか……」
『……』
――
――
――
――
魔王はその場で動かずに自身に様々な魔法を付与させて能力を強化していく。
物理抵抗と魔法抵抗は名前通り、物理攻撃と魔法攻撃に対する防御魔法だ。魔力強化は魔法の威力を強化し、射程強化は攻撃射程を伸ばす魔法だ。
さっきの攻撃魔法の威力と範囲が広がると考えるとかなり厄介といえる。
『防御魔法と付与強化魔法……止めないの?』
「あれだけ多彩な魔法を使えるなら、周囲に設置魔法を張ってる可能性がある。焦って攻撃すると相手の思う壺かもしれないよ」
僕が思い描く相手はエミリアだ。彼女は強化系の魔法は得意じゃないけど、遠距離・近距離問わずに様々な設置魔法を周囲に張り巡らせている。
その為、迂闊に攻撃魔法を放つと逆にカウンターを受けて大ダメージを受けてしまう可能性もあるのだ。
『ならどうするの?』
「あちらから動くのを待つよ。僕は
『……なるほど、冷静』
「で、さっき僕はアイツの
『……つまり、レイは魔王が仕掛けるタイミングを待てばいいと?』
「そういうこと。……あ、来たね」
僕は蒼い星との会話を一旦中断して魔王の方に意識を向ける。すると魔王の周囲の空間に魔法陣が浮かび上がり、そこから黒い霧のような物が噴き出した。
そして、その黒い霧から無数の魔法陣が出現し、こちらに炎、冷気、雷、風、水、投石……大小様々な攻撃魔法を放ってくる。
「蒼い星、障壁防御」
『ん』
僕が防御魔法を発動したのと同時に蒼い星が障壁を展開。魔王の魔法攻撃は僕の障壁に全て弾かれていく。
『……今の所、魔王はこちらにダメージらしいダメージは与えていない』
「だね。でもこれは相手も承知の上だと思うよ」
僕は飛んでくる炎や風や水といった属性魔法を聖剣で斬り払いながらそう言った。きっとあの黒い霧から出てくる攻撃魔法は目晦ましだ。本命の攻撃はまだ別にある。
「(おそらく……)」
魔王が取る手段は大体想像が付く。
今、放ってる攻撃魔法の連射は時間稼ぎ。魔王の周囲の黒いオーラは先程よりも増大しており、おそらく何らかの強力な魔法を準備している。
空中で僕と戦ってた時に使ってた上級魔法は多少溜めがあったもののここまで時間は掛かっていなかった。ということは、少なくとも上級魔法以上の威力の魔法を使うはずだ。
上級クラスの魔法を複合した上位複合魔法か、あるいは上位魔法すら凌ぐ極大魔法のどちらか。だがそれ単発で放っても上級魔法をほぼ無傷でやり過ごした僕相手には通じないと考えるかもしれない。
となれば、何らかの手段で僕の動きを封じるか、僕の防御力や速度を下げるような弱体魔法を使う可能性が高い。
「(一応、対策を打っておくか……)」
僕は密かに最近習得していた雷魔法を自身の足元に設置する。エミリアの得意な攻撃系の設置魔法の一つだ。
『……レイ、敵の魔力が目に見えて増大してきてる。多分、もうすぐ本命が来る』
「……!」
蒼い星の言葉で僕は魔王の方に意識を向ける。すると、そこには周囲に展開していた無数の魔法陣が一ヵ所に集まり……虹色に輝く幅5メートル程度の大きな球体が魔王の上空に浮かんでいた。
「あれが本命か……!」
『レイ、来る』
「分かってる!」
そして、その球体から先程とは比べ物にならないほどの攻撃魔法が一斉に放たれる。しかも、今度は炎や風といった属性魔法を複合させた強力な攻撃魔法だ。
全ての上級魔法を複合させた魔法だ。
「(あの魔力量と質……上級魔法以上の威力!)」
その威力は極大魔法に引けを取らないだろう。僕は咄嗟にその場から離れようと飛行魔法を使用するのだが……。
次の瞬間、僕が立っていた地面の近くからいくつもの魔力の鎖が飛び出してきて、その先端が僕の腕や足に絡みつく。
「っ!? これは……」
『
相手を拘束する類の魔法だ。おそらく、時間稼ぎの最中に魔王が仕込んでいたのだろう。
正面から矢継ぎ早に攻撃魔法を連射して目晦ましをして、その間に決め技に繋ぐ布石まで用意するとは、流石魔王と言わざるおえない。
『レイ、逃げて!』
普段は冷静な蒼い星の焦った声が僕の耳に届くが、ほぼそれと同時に魔王が上空に待機させていた虹色の球体の魔法をこちらに向かって解き放った。
――
そして、一つの隕石が落ちてくるような巨大な球体が、周囲に地響きを感じさせるような圧迫感を伴って僕に向かって落ちてくる。
これほどの圧力と衝撃では、おそらく蒼い星の魔法障壁すら容易に突破してしまうだろう。落ちてくる速度自体はさほど早くないが、僕を縛り付ける束縛の魔法のせいで身動きを取ることが出来ない。
それは即ち、詰みということだ。
もっとも、あくまで僕の身体が動かないだけで対処法は既に用意してある。
「……設置魔法、起動」
僕はそう口を動かし、十数秒前にこっそりと地面に設置しておいた魔法を起動させる。
すると、僕の足元から微弱な雷魔法が迸り、僕を縛り付ける鎖を焼き切った。束縛が解かれた僕は即座に<初速>の技能を起動させて駆け出す。
雷魔法の影響で全身がややビリビリしているが、代わりに全身の筋肉が刺激されて通常よりも動きやすくなった。
次の瞬間、僕が1秒前まで居た地面に向かって魔王の
「うおおおおおぉぉぉ!!」
自分でもらしくないと思う雄たけびを上げながら、僕は<初速>で最大限に速度を増した状態で聖剣を構えて魔王に肉薄し――
「これで終わりっ!!」
そのまま魔王の真横から聖剣で撫でるかのように斬り裂き、一閃。
『元素超爆』の発動直後の魔王はその身に一切の防御をしておらず……僕の攻撃は吸い込まれるように魔王の胴体を通り抜けたのだった。
そのまま魔王を通り過ぎて10メートルくらい離れた所で足を止めて、魔王の方を振り向く。
魔王はピクリとも身動きせずに棒立ちしており……数秒後、魔王の身体が腹辺りから両断され、そのまま上半身と下半身が床に落ちて、ドチャリという水っぽい音と共に黒い飛沫を上げた。
そして、魔王の死体は砂のように崩れていった。
『……間一髪だった』
「……結構苦戦したね」
僕は蒼い星の言葉に頷きながら、彼女を鞘に納める。
すると、上からミリク様が呑気な声で『おーい!』と声を掛けてきた。僕は上に視線を向けて、僕に向かって飛び降りてくるミリク様の姿を視界に捉える。
「あ、ミリク様! 僕一人で戦わせて自分一人逃げるとか酷いですよっ!!」
『し、仕方なかろう。神は地上で起こる出来事にあまり干渉できないんじゃ。
しかし今の相手は分割された魔王の魂の中でも、相当上位に位置する魔王と考えられるぞ。それをよくぞ一人で倒したのぅ……まことに天晴れであるぞ』
「そんなこと言って僕を持ち上げても、丸投げして自分だけ逃げたのは変わりませんけどね」
『うぐ……儂の勇者が反抗期になっとる……。何処で教育を間違えたのじゃ……?』
「ミリク様に育てられた覚えはありませんけど……っていうか、僕はもうすぐ十八ですよ? もう立派な大人です」
『……大して変わらんような。相変わらず女の子みたいな可愛い顔しとるし……』
「何か言いました?」
『なんでもないのじゃ!! では、魔王討伐も終えた事だし、転移魔法で帰るぞ』
「はーい」
僕はミリク様とそんなやり取りをしながら、今度こそミリク様の空間転移で帰還するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます