第127話 傍迷惑な奇跡

 以前の場所まで戻った時、既に昼頃になっていた。

 昨日は魔物と遭遇しなかったのだが、

 今日は街道で三回ほど魔物の姿を見かけた。


「この辺りです」

 レベッカが示した場所は昨日の休憩場所より先に進んだ所だった。


「じゃあちょっと森林の中に入ろう」

「レイ、馬車はどうしますか?」


 森林の中は道が舗装されていない。馬車の出入りは少し難しそうだ。

 でも、折角ここまで来たんだし、もう少しだけ調べたい。


「馬にはここで待っていて貰おう」

「わかりました。

 魔物が現れて襲われると困るので誰か残った方が良さそうですね」


 ……ふむ、どうしようか。


「じゃあ、姉さんお願い」

「えぇ……良いけど、何か私留守番多くない?」

「き、気のせいですよ」


 街道は魔物の出現率は低いけどそれでも襲われる可能性はある。

 案内役のレベッカは絶対に必要だし、

 不意打ちで襲われた時に前衛の僕は護衛に適任だろう。


 集団に囲まれた際はエミリアが居ると大体何とかなる場面も多い。

 となると、基本的に怪我がないと姉さんは出番が少ない。


「何かあった時の為に、

 <空間転移>がある姉さんが留守番に適任なんだ、お願い」

 僕は手を合わせて姉さんに頼み込む。


「んー……わかったわ。

 レイ君に頼まれたら断れないものね!」


「ありがとう、助かるよ」

 よし、これで調査に専念できる。


 それにしても――

「(……何でこんなにも、胸騒ぎがするのかな)」


 何故かわからないけど嫌な予感がしてしょうがない。

 これも<心眼>の効果なのだろうか。


 ◆


「こちらの方です」

 レベッカの案内で舗装された街道を逸れて森林の中に入っていく。


「それにしても、よく一人で入っていけたね、大丈夫だったの?」


「昨日は一度も魔物の姿を見掛けなかったので、

 少し散歩でも……と思い入っていったのですが」


 呑気だなぁ……

 でも、確かに昨日は全然魔物が居なかった。

 ドラゴンが去った直後だから魔物が森林から避難していたのだろう。


「その果実ってどんな形してたの? 木になってたりした?」


「はい、よく見かける赤い実だったのですが……えっと……」


 レベッカは両手の指で形を描くように、僕達に見せた。


「うーん……」

「よく、分かりませんね……」

「うぅ……申し訳ありません……」


 いや、まぁ仕方ないよ。輪郭だけでは難しいし。


 それにしても――

 僕は案内してるレベッカの姿をまじまじと見る。

 姉さんの着用してた服だけど、今のレベッカは大人の女性の姿だ。


 髪も以前より長くなってて銀のサラサラした髪が美しい。

 背も高くなってるし、

 体つきもより女性っぽくなっててお尻も胸も大きくなってる。


 そこにレベッカの幼さと無自覚な妖艶さが加わっている。

 その……エロい。


「……レイ、顔に出てますよ」

「レイ様……えっちですね」


 二人にジト目で見られる。

 しまった、つい視線がいってしまった……。

 僕は誤魔化すために話題を変える事にする。


「ところで、まだその場所は遠いのかな?」

「いえ、あと少しだと思います……あ」

 レベッカの足が止まる。


 視線の先には、何かに噛り付いている魔物の姿。

 <バーサクグリズリー>の姿があった。

 熊型の魔獣で、本来は体長2メートルを超える巨体で、

 凶暴な性格とパワーを持つ魔獣だ。


 しかし、目の前の魔獣はちょっと大きすぎる気がする。


「何やら様子がおかしいですね……」

 その魔獣は通常の個体よりも体長がかなり大きい。

 魔獣の足元には喰い捨てた果実の残骸がいくつも転がっていた。


「……とりあえず倒そうか」

 僕は剣を抜いて構えると、魔獣に向かって走り出す。

 魔獣はこちらに気付いたのか、

 手に持っていた果実を投げ捨てて威嚇してくる。


「グルルゥアァ!!」

 魔獣が前足を地面に叩きつけて、爪を振り下ろしてくる。

 それをサイドステップで躱し、剣で斬りつける。


「ギャウ!?」

 魔獣は後ろに飛び退いて僕の攻撃を避ける。

 しかし、僕は更に一歩前に出て返しの刃で切り付けた。


「はああぁっ!」

「グルルルァァァ!!」

 グシャッと回避の遅れた魔獣の前足が剣で斬り裂かれ出血する。


 痛みで暴れ出した魔獣は僕に向かってツメで襲い掛かる。

 僕は一旦、後ろに下がって回避するが、完全に回避しきれない。

 軽くツメが顔に当たり顔にうっすらと傷が出来てしまった。


「(リーチも長い、通常の個体より俊敏でタフだな)」

 目の前の<バーサクグリズリー>と戦う中でそう感じた。


「レイ、援護しますよ<炎球・改>ファイアボール

 エミリアが横から魔法を放ち、

 <バーサクグリズリー>の顔に命中する。


「グガアアッ!」

 顔面に着弾した炎球だが、あまりダメージは与えられていない。


「そんなことだと思いました。<破壊>ブレイク

 エミリアが指をパチンと鳴らすと同時に、

 直撃した<炎球>が破裂して小爆発を起こす。

 爆煙で視界が遮られる中、

 僕は駆け出して<バーサクグリズリー>の懐に入り込む。


「せぇいっ!」

 下から上に振り上げた剣で魔獣の首を跳ね飛ばした。

 胴体から離れた頭部がゴロンと地面を転がり、黒い煙を上げて消滅した。


「ふぅ……」

 やっぱり大きい相手はやりづらい。

 普通の魔物と違って力が強く、素早いから余計に疲れる。


「お疲れ様です、レイ様、エミリア様」

 レベッカに血が流れた部分も拭ってもらい、

 回復ポーションを傷口に優しく塗ってもらった。


「ありがとう、レベッカ」

「いえ、わたくしこそ手助け出来ずに申し訳ありません」


 大人レベッカの無垢な笑顔を直視した僕は、軽く失神しかけた。

 子供のレベッカも可愛いけど、今のレベッカも十分ヤバイ……。

 僕は邪念を払うように頭を振って、思考を切り替える。


「大きかったね……もしかしたら上位種かもしれない」

 通常種の<バーサクグリズリー>でも結構な強敵なのだが、

 今の敵は別格だ。一人で戦うと危険だったかもしれない。


「いえ、多分違うと思いますよ」

「えっ?」

 エミリアは<バーサクグリズリー>が立っていた場所を指で差した。

 そこには果実の実の残骸がいくつも転がっていた。


「果実を食べて巨大化していたんですよ、あの魔物は」

「じゃあ、レベッカと同じように大きくなったってこと?」

「はい、おそらくそうだと思います」


「そんな怖い効果が……」

 そう思って、つい僕とエミリアはレベッカをジッと見てしまった。


「うぅ……申し訳ありませんでした」

 謝られた。別にそういう意味じゃなかったんだけど……。

 エミリアは苦笑して言った。


「いえ、レベッカは、

 あの魔物みたいに凶暴化してなくて良かったなと思っただけですよ」

「うんうん、あの魔物普通より更に凶暴だったから」

「そうですか……」

 ホッとした表情を浮かべて胸を撫で下ろす。


「ところでレベッカ、こいつが持っていた果実で間違いありませんか?」

 エミリアはさっき魔物が投げ捨てた赤い果実を拾っていった。


「はい、これで間違いありません」

 ふむ……とすると、この辺りかな?

 僕達は魔物が居座っていた周辺の木を三人で見回った。


 そして数分後――


「あった!」

 僕は木に登って、

 木に残っていた果実を、待機してるエミリアに投げ渡した。

 そして地上に飛び降りて三人でその果実をまじまじと見つめた。


「これですね」

「はい、間違いありません」


 果実は真っ赤な林檎のような形をしており、

 大きさは通常のものと同じぐらいだ。


「これが例の体が大きくなる実なのかな?」

「恐らく、そうなんだと思われます。

 おそらく体の魔力を増幅して成長させる効果があるんでしょうね」


「……とすると、高密度の魔力が込められた実なのでしょうか」


「少し調べてみましょうか。

 ―――<鑑定Lv12>《アナライズ》」


 名前:<奇跡の実>

 詳細:食べると膨大な魔力を得ることが出来る。

    副作用として体が活性化し急成長する。

    食べると精神に影響が出て、

    場合によっては理性を失う神経毒が含まれている。


「どうも危ない副作用があるみたいですね」

「……」


「どうしました、レイ様?」

「いや……なんか、凄く嫌な予感がするんだけど」

 あの時、谷を越えて行った<雷龍>の姿、大きくなっていた気がする。

 もしかして……。


「……エミリア、レベッカ、もうちょっと探索していいかな?」

 僕は<奇跡の実>を鞄にしまいながら言う。

 僕の嫌な予感がどんどん強まっていく。間違いであってほしい。


「レイ様がそう仰るなら私は構いません」

「私も大丈夫です」

「ありがとう」


 二人に感謝しつつ、僕は森の奥に入っていった。

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