第126話 少しだけ見ました

 十三日目――

 野営をした次の日の朝。


「ふわぁぁぁ……」

 僕はミニテントを出て、近くの川に顔を洗いに行った。


 綺麗な川で流れも穏やかだ。僕は顔を洗い、

 自作の歯ブラシとうがい用の粉を付けて川の水で歯を磨いた。

 うがいをして最後に顔をもう一度洗う。

 そこに後ろから声を掛けられた。


「れ、レイ様!」

 何故か少し慌てたような声だがレベッカだ。

 僕は振り向いて挨拶をする。


「おはよー、どうしたのレベッ…………カ?」

 そこに居たのは、レベッカの衣服を纏った大人の女性だった。


「ど、どなたですか……!?」

 僕は目の前の女性を見て言った。


 レベッカと同じ服を着てて銀髪で宝石のような深紅の赤い眼。

 しかし、身長や体のサイズが服が体と合っておらず窮屈そうである。

 胸も姉さん程ではないが大きく、身長も僕と大差ないくらいだ。


 ちなみに今の僕の身長は大体161cm、以前より少しだけ伸びた。

 この女性の身長は160cm無いくらいだろう。


 戸惑っていると少し泣きそうな顔をしながら目の前の女性は言った。


「わたくしです!レベッカでございます!!!」

「――えぇ!?」


 ◆


 僕は混乱しながらもとりあえず女性を連れてテントに戻った。

 テントに戻った時はエミリアも姉さんも起床しており、

 謎の女性を連れてきたときには凄い顔で驚かれた。


「れ、レイくん!?その女は誰!?」

 その女って、姉さん……。


「レベッカと同じ服着ていますが。

 レイはロリじゃなくてロリ衣装が好きなのでは……」


 違う、そうじゃない。

 色々誤解されてしまった。

 このままでは僕の趣味嗜好がヤバイことにされてしまう。


「ち、違うんだ、これは……」

「わ、わたくしです!!レベッカでございます!!」

 女性は自分がレベッカだと必死に訴えている。


「えっと……レイくん?どういうこと?」

「だから、レベッカが急に大人になって現れたんだよ……」

「……ごめんなさい、私寝ぼけてるみたいです。

 ちょっともうひと眠りしてきます」

 エミリアがテントに戻ろうとしたところを引き止めた。


「ゆ、夢じゃないから!?……多分」

「うぅ……そんなこと言われても信じられませんよぉ……」

「そ、そうだよね……」

 何でエミリアが泣きそうな顔をしてるんだろう。


「えっと、レイくんとレベッカちゃ……

 レベッカさん、説明して貰っていい?」

 姉さんは途中でレベッカの対応を変えながら言った。


「そ、それが……」

 そして目の前の大人レベッカは、

 レジャーシートの上で膝を下して女の子座りで話し始めた。


 ◆


「―――というわけでございます」

「つまり、昨日はまだ子供の姿だったけど、

 今朝起きたら突然大人の姿になってしまったと……」

「はい」


 僕と姉さんとエミリアは改めて大人レベッカを見る。

 確かに顔つきは凄く似ている気がする。白い肌に若干釣り目の深紅の瞳。

 ただ、十三歳だったレベッカと違い、

 体はスラッと伸びており以前より小顔になったように錯覚する。

 レベッカの姉だと言われたら疑いなく信じてしまうだろう。


 というか……

 レベッカの巫女衣装は元々露出が多かったけど、

 今は大人になってしまってかなり際どい状態になっている。

 特に下半身のスリットは体に合わなかったせいか少し破けている。


 ……見てて気づいた。いや、見えてないけど!!

 直視しないようにしてたんだけど、そのアレを着けてない?

 


「あ、あの、レベッカ……さん?その……」

 姉さんが言いずらそうにレベッカに言い掛けて、

 ちょっと恥ずかしくなって言えなかった。

 だが、続きの言葉をエミリアが言った。


「その、レベッカ……下着は……?」

 「……」

 一瞬沈黙が流れる。

 

 ………………。


「きゃああぁぁ!?み、見ないでくださいぃ!!」

 顔を真っ赤にしてレベッカは慌てて両手で隠す。


 …………。


 その後、レベッカはテントの中に連れられて、

 姉さんの予備の下着と服に着替えて何とか落ち着いた。


「レイ、貴方ガン見してましたよね?」

「してないから!絶対!!」


 ◆


「なるほどねぇ……それでレイくん、どう思う?」

「どうと言われても……ねぇ?」


 人が大人になる呪いとか魔法とか心当たりはない。

 エミリアと魔法の勉強も定期的に行ってるけど、

 エミリアだってそんな魔法を知らないそうだ。


「……本当にレベッカなんですか?」


「はい、わたくしはレベッカでございます。

 証拠として普段使用してる魔法を――」


 レベッカはそう言って、

 いつもの<空間転移>で槍と盾を取り出そうとするのだが――


「………あれ?」

 レベッカが魔力の籠った声で呼びかけても、

 槍と盾は何時まで経っても現れなかった。


「おかしいですね……もう一度……」

 再度試すが結果は同じである。


「ど、どういうことでしょう!?」

「もしかしたらレイくんが何かしたんじゃ無い?」

「いやいやいや、僕は何もしてないし!」

 そもそも原因すら解らないのだ。


「で、ではこれは如何でしょう!<全強化>貴方に全てを

 少しの時間の詠唱を挟んで大人レベッカから魔法が発動する。

 すると、いつものように僕に強化魔法が掛かった。


「おぉ……間違いないよ。レベッカの強化魔法だ」


 <全強化>は付与強化魔法の最上位の魔法で、

 全ての強化魔法習得ととある条件でようやく発動できる魔法だ。

 後者の条件がかなり厳しいらしく習得者は少ない。


「では他の魔法はどうですか?」

 エミリアに言われて、

 大人レベッカは他の魔法を使用してみる。

 

 偶然、少し離れた場所に<一角獣>が居たため、

 レベッカは得意とする魔法を発動した。


<礫岩投射>ストーンブラスト

 <礫岩投射>は土属性魔法の基本となる攻撃魔法だ。

 周囲に瓦礫や石などが浮き上がり敵に向かって襲い掛かる。

 石の散弾を受けた<一角獣>は為す術もなく倒れてしまった。


 ごめんよ一角獣……。


「何故かいつもより調子が良いです」

 大人レベッカの今の魔法は通常時の同じ魔法に比べて、

 どういうわけか威力がかなり上がっていた。


「体が成長したことで魔力も上がっているのでしょう、知らないけど」

 知らないんかい。


「なるほど、ちょっと分かってきたかも。

 レベッカちゃん、<重圧>グラビティを使ってみて?」

 姉さんは思い当たることがあったのか、大人レベッカにリクエストした。


「はい、ベルフラウ様。……………<重圧>グラビティ

 詠唱を挟んでレベッカは<重圧>を発動しようとしたのだが、

 今度は発動しなかった。


「ど、どういうことでしょうか?」

 レベッカはかなり困惑していたが、姉さんは納得したようだ。


 僕も思い出したことがあった。

 確かレベッカの元々装備していた<ミリクの装束>は、

 女神ミリクの力の一端を借りたものだったはず。


 女神ミリクの力はレベッカの使用する<空間転移>と、

 それに準ずる<重圧>などの失伝魔法だ。

 今の大人レベッカは姉さんが以前装備していた<ドラゴンドレス>の為、

 その力が使えなくなったのだろう。


 僕と姉さんはその事を大人レベッカに説明した。


「そうだったんですね、わたくしも気が動転しておりました。

 ……それで、わたくしはこれから一体どうすれば?」


「そうだね……」


 <空間転移>と<失伝魔法>が使用できなくなった。

 つまり今のレベッカはかなりの弱体化をしている。

 ただ、それでも本人が使用できる魔法は使えるし、

 多少弱くなっても僕達が居るから旅を続けること自体は問題ない。


 だけど、流石に戻の姿には戻してあげたい。

 このままだと彼女が可哀想だ。


「レベッカ、何か思い当たることは?」

「思い当たること……と言われましても」


 僕達は昨日、南へ飛んでいくドラゴンの姿を目撃してから、

 途中で馬を休ませるために休憩を挟みんで谷を抜けた。

 その後、もう日も沈んでいたため、谷を越えた川岸に防御結界を張って、

 そこでテントを張って一夜を過ごしたのだ。


 川で魚を釣って食べたけど、小さな魚ばかりでお腹が空いている。


「……私たちも思い当たることはありませんねぇ」

 エミリアの言う通りだ。同じ川の水を汲んで、

 同じ魚を焼いて塩漬けして食べて保存してるフルーツとパンを食べた。

 特に他に変わったことなんて無かったと思う。


「―――あっ!」

 と、レベッカはそこまで回想して何かを思い出したようだ。


「何か心当たりがあったの!?」

「え、ええと……その……昨日、わたくし……」

 レベッカは何か少し言いづらそうに小声で話している。


「レベッカ、声が小さくて聞こえませんよ?」

 エミリアが少し叱るような感じで、レベッカに言った。


「そ、そのすいません……昨日通った谷の中で、

 休憩中に美味しそうな果実を見つけまして……」


「それだ!」「それですね!」「それね!」

「え、えぇ!?」

 僕達の声が同時にハモるとレベッカは困惑した声を出した。


「レベッカ、それをどうしたの?」

「お、お恥ずかしい話でございますが、

 お腹がぐうぐう空いておりまして、その場で……」


 休憩中、確かレベッカは一度、

 舗装された谷の街道から森林の方に歩いて行ったことがあった。

 まさかあの時だろうか。


「……あー……まぁ、うん、仕方ないか」

「そ、そうですよね……うぅ、面目ございません……」

「レベッカちゃん、拾い食いとかはダメ、めっ!だよ!」


「はい、反省しております」

 姉さんは怒っているような口調だが、本気で怒ってはいない。

 しかし、十中八九原因はそれだと思う。


「気になるね。一度その果実を見たいし少し戻ってみようか?」


 僕は三人に提案する。

 皆、異論はないらしく同意してくれた。


「では、レベッカ、案内をお願いします」

「はい、かしこまりました………。

 あの、朝食を食べてからでよろしいでしょうか?」


 レベッカはお腹をぐうぐう鳴らして恥ずかしそうだ。

 大人になるとお腹が良く空く副作用でもあるのだろうか。


 その後、朝食を済まして馬車に乗り、

 レベッカの先導に従って再び谷の街道へ戻っていった。

 ちなみにレベッカはいつもの三倍くらい食べていた。

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