第199話 模擬戦
――次の日の朝
僕達は荷物を纏めてカレンさんの屋敷を出る。
既にリカルドさんには話を通してあり、僕達は宿に住まいを移すことになった。
「すまないが今取れる部屋は二部屋のみだった。
少年が住む個室と、女性三人が過ごす部屋が取れたから使ってほしい」
朝一番に僕達を訪ねてきたリカルドさんは、
そう言って宿のカギを渡してくれた。
「ありがとうございます」
僕がカギを受け取ると、
リカルドさんはカレンさんに向き直り頭を下げる。
「ルミナリア殿、彼らを今まで住まわせてもらって感謝する」
「気にしないで、良かれと思ってやったことだし」
「急にお邪魔してしまったのに、泊めてくれてありがとうございました」
僕もリカルドさんに続いて頭を下げる。
ちなみに女の子三人は後方でメイドさん達とお喋りしている。
姉さん達はすっかりメイドさん達と仲良くなってたらしい。
「それでは失礼する」
そう言ってリカルドさんは帰って行った。
「それじゃあ、カレンさん。お世話になりました」
「またお話しましょうね、カレン」
「とても素敵なお屋敷でした。
弟のレイくんの事も沢山お世話になりましたね」
「カレン様、お心遣いいただきありがとうございます」
それぞれカレンさんに別れの言葉を告げる。
「そんな堅苦しい挨拶要らないわよ。
この街に滞在するなら一緒に仕事することになるでしょうし、
また遊びに来てね」
「うん、機会があれば是非寄らせて貰います」
「私もまた来たいですね」
「はい、その時はまたよろしくお願いします」
姉さんはそう言うとペコリと一礼して、僕達の後ろに控える。
そして、最後に手を振って僕達は宿に向かった。
◆
僕達が滞在する宿は冒険者宿とは別の宿だった。
それなりに高級な宿のようで、内装は綺麗だし従業員の対応も良い。
しかし、流石にカレンさんのお屋敷には遠く及ばないようだ。
「さて、これからどうしようか?」
僕は宿の部屋で皆に尋ねる。
ちなみに今はエドワードさんからの直接の依頼は無い。
普通の冒険者の依頼を受けるのも自由と言われた。
「あ、ちょっとレイの部屋を貸してもらえません?」
エミリアにそうお願いされた。
「良いけど、何で?」
「入手したアイテムで本格的な調合をしたくて……。
折角時間が出来たので、今日は丸一日調合に時間を使いたいんですけど、結構匂いとかするので、大部屋だとやりづらいんですよね」
「そういう事か。了解、好きに使っていいよ」
「すみません、助かります。
という事なんで、今日のところはレイは大部屋の方で過ごしてくださいね」
あ、そういう事になるんだ……。
「じゃあ、エミリアは部屋にいるとして、僕達はどうしようか?」
「んー、私は別にやりたいことも無いかなぁ……」
「ふむ……街の観光……。
といっても、カレン様に色々教えていただいておりますね。
そうだ、レイ様、少し行ってみたい場所がございます」
「良いよ、どこに行く?」
「訓練場でございます」
「えっ」「え?」
レベッカの意外な提案に僕と姉さんは少し驚いた。
◆
レベッカの希望で僕達は修練場に来ていた。
「おお……ここが、訓練場でございますか。
清楚で美しい街並みと違って、殺伐とした雰囲気が漂っておりますね」
「まあ確かにその通りだけど……」
修練場には模擬刀や剣を打ち込むための案山子、
脱ぎ捨てられた穴の開いた鎧などが散乱している。
レベッカは何故かワクワクした様子だ。
「この訓練場では実戦を想定した戦闘訓練を行っているのですか?」
「そうだと思うんだけど、僕はよく知らないんだよね」
「そうなのですか?」
「うん、リカルドさんに剣を教わるときはここでやってるんだけど、
大体無言で鍛錬してるからそういうの聞いてなくて……」
リカルドさんに師事をしてもらってる時は黙って剣を振っている。
しかし、まだ十三歳の少女が好んでこんな場所に来たがるなんて……。
「レベッカはここにきて何をしたかったの?」
「槍を振るう機会が少なくなっていたので、身を引き締めたかったのです」
なるほど……。
レベッカは幼少の頃から武芸を学んでいたと聞いている。
それでも見た目に合わないなぁ……。
「レベッカちゃん、
もうちょっと女の子らしい趣味を持ちましょうよ……」
「ふむ、というと?」
「えっと……オシャレとか、お化粧とか?」
「ベルフラウ様のご提案もごもっともだと思うのですが、魔物が蔓延るこの戦乱の時代において、やはり戦いの覚悟は常に持っておくべきかと」
「で、でも……」
「ですが、わたくしも本を読むのが好きなので、
ちゃんと女の子らしい趣味は持ち合わせてると思います」
ゼロタウンにあるレベッカは部屋に数十冊くらいの小説が置かれている。シリーズ連載物から単発のものまで揃えており、大体は恋愛物か伝記物だったりする。
「まぁ、確かに女の子っぽいかしら?」
姉さんも渋々納得したようだ。
僕も姉さんの気持ちは少し分かる。レベッカは容姿は如何にも清楚で幼い美少女なのに、戦闘では雰囲気が変わって女の子っぽさが薄れてしまう。
「ところでレイ様、剣の稽古に励んでおられるとか」
「うん、そうだよ」
「折角なので、軽くわたくしと手合わせ願えないでしょうか?」
「え、レベッカと?」
「はい」
「でも、女の子と戦うのは……」
「模造刀で軽く打ち合うだけです。
本気で戦うわけではありませんしベルフラウ様もいらっしゃいます。
回復魔法があれば傷も残りません」
「そうかなぁ……」
僕は少し考えてレベッカの提案を受けることにした。
あまり戦いたくないけど、レベッカ頼みだ。
――レベッカと模擬戦、休憩を挟みながら数時間経過。
「……ふぅ……」
「はぁ……流石でございます、レイ様。最初の方はわたくしが連続で胴や小手を取っていたのに、後半は完全に捌かれてしまいました」
「……ううん、レベッカも凄かったよ。
一度使った搦め手は全く通用しなかったし、槍のリーチを取られて戦いにくい相手だった」
僕は素直に思った事を言った。
最初レベッカのスピードに翻弄されていたけど、途中で対応できるようになっていた。だけど、そこからはレベッカは距離を取るような動きに変わって簡単に射程距離に入らせてくれなかった。
地形を使って距離を詰めるように動いたり、フェイントを交えたりしながら隙を突けたけど、後半は殆ど互角の勝負といっても良かった。これが実戦なら序盤に押されてた僕の負けだった。
「それにしてもレイ様、以前と違って剣技を身に付けておりましたね。
普段の動きと違ったので、少し動揺してしまいました」
「あはは、これはリカルドさんの稽古のお陰かな」
リカルドさんに教わった剣技は完全にマスターできてないけど、
少しずつモノにはなってきている。
今回互角に戦えたのは、それも理由のようだ。
「二人ともお疲れ様、飲み物をどうぞ」
「ありがとう、姉さん」
「お気遣い感謝いたします、ベルフラウ様」
レベッカに飲み物を渡すと、彼女はそのまま一気に飲み干してしまった。
……喉が渇いていたのか。
僕がそんな事を思いながら見ていると、レベッカはこちらを見て微笑んだ。
「ふふ、レイ様、本当に強くなりましたね」
「えっ」
「出会った当初からレイ様はお優しいお方でしたが、
戦闘面では少々ぎこちない部分がおありのようでございました。
ですが、ここ一年で身体能力も戦闘技術も格段に増しております。
これならば、上位の魔物達にも引けを取ることは無いでしょう」
「そっか、それならよかった」
「はい。ですが、わたくしとしてはもう少し強くなっていただきたいです」
レベッカはニッコリと笑いながら言う。
「もっと強くなる?」
「はい。そうすれば、わたくしと故郷に帰って婚姻を結んでも誰からも文句は出ないでしょう」
「こ、婚姻……!? レベッカ、その話はまだ……」
少し前にも言われたけど、ストレートに言われると照れるよ……。
しかし、僕の反応にレベッカは不満げに頬を膨らませた。
「むぅぅ……まだ納得されておられないのですか?
ヒストリアでは、優秀な血を受け継ぐためにも多妻制が認められております。確かに、わたくしもレイ様と純粋に二人で結ばれたくはありますが、レイ様が望むならエミリア様とも……」
「ちょ、ちょっと待って!
エミリアとはまだそういう関係じゃないから!」
レベッカは急にとんでもない事を言い出す。
「おや?『まだ』ですか」
「うん………あっ」
完全に墓穴を掘ってしまった。
「うふふ……レイ様とエミリア様のご関係はとても甘美で美しいです……」
レベッカが頬を赤らめて妄想し始めた……。
「あのー、お姉ちゃんをのけ者にするの止めてもらえない?」
「ひゃあぁぁぁぁ!!」
突然、背後から声をかけられて肩を掴まれたレベッカが飛び上がった。どうやらレベッカは途中で姉さんが近くで聞いていたことを失念していたらしい。
「べっ、ベルフラウ様、申し訳ありません……」
「うんうん、素直に謝れるのは偉いね。
でもレイくんの気持ちはちゃんと考えてあげてくれると嬉しいな」
「はい……申し訳ございませんでした……」
レベッカはしゅんとしながら頭を下げた。
というか、レベッカは気が早すぎると思う。
レベッカはまだ十三だし、エミリアは十五、僕は十六だ。
まだ結婚とか考えるには早いんじゃないかな。
「ね、姉さん、この世界って結婚が出来るのってどれくらい?」
僕はレベッカに訊かれないよう小声で姉さんに聞いてみた。
すると、少し考えてから答えてくれた。
「レイくんの住んでいた日本だと男性18歳、女性16歳が結婚OKだったと思うけど、この世界は同意さえあれば13歳でも結婚できるはずだよ」
「そ、そうなんだ……」
レベッカはまだ幼いと思うんだけど、
それでもこの世界の尺度からするとオッケーなんだ。
ロリコンさんが聞いたら泣いて喜びそうだ。
と、そんな話をしていると、誰かがこの訓練場に入ってきた。
「あれ? レイ君達こんな場所でどうしたの?」
その人物は、少し前に屋敷の前で別れたばかりのカレンさんだった。
「カレンさん? こんなところでどうしたんですか」
意外な人物の登場に、僕は驚きながら尋ねた。
「さっきまで街の外で依頼を受けて帰ってきたんだけど、
たまたま訓練場の扉が開いたままになっててね。それで入ってみたらあなた達が居たのよ。ここにいるって事は訓練中だったのかしら」
「あ、はい。今はレベッカと戦っていました」
「へぇ、レベッカちゃんとねぇ」
レベッカはカレンさんの視線に気付くと、少し照れながら会釈した。
「カレン様も一緒に訓練いたしますか?」
「うーん、その誘いは嬉しいんだけど、私とまともに訓練出来る人ってあんまり居なくて……。ここに来るときも大体一人で訓練してるのよね」
「ふむ……カレン様は
<百合姫>と二つ名が付くほどの猛者だとお聞きしておりますが……」
「あ、それは誤解だから……せめて<蒼の剣姫>で覚えてね」
百合姫はどういう経緯で付けられたのか気になる。
「レイ様、わたくし一度カレン様と手合わせしたいです」
レベッカが目を輝かせながら言ってきた。
「え、えっと……どうしようかしら?」
カレンさんはちょっと困った顔をしてるけど……。
「別に手合わせくらい良いんじゃ?」
横で見ていたベルフラウ姉さんは言った。
僕もそれに同意する。
「うーん、わかったわ。じゃあやりましょっか」
レベッカとカレンさんはお互い向き合うように構えると、
同時に地面を蹴って距離を詰めた。
◆
――三十分後
「うう、完敗です……」
数度打ち合ったのだが、
レベッカは一度もカレンさんに有効打を与える事が出来ずに終わった。
「うん、なかなかいい線行ってたわ。
ただ攻撃も直線過ぎる。もうちょっと攪乱するように動いてもいいかもね」
「はい! ありがとうございます!」
レベッカは元気よく返事をした。
自分の課題を自覚し改善しようと前向きに考えているようだ。
「レイ様、次はレイ様の番です」
「えっ?……あ、うん、分かった」
何時の間にか僕もやることになってたみたい。
僕はレベッカと交代して、サレンさんの前に立つ。
カレンさんの前に立つと、僕に向かってサレンさんは優しく微笑んだ。普段の強さを見なければ、凄く綺麗で惚れてしまいそうなくらいなんだけどなぁ……。
「レイ君、今失礼なこと考えなかった?」
「い、いえ何も……」
「ふーん、ならいいけど」
相変わらず鋭いなぁ。
「レイ様頑張ってくださいね!」
「うん、頑張るよ」
レベッカの声援を受けつつ、僕は武器を構えた。
「では行きますよ……」
こういう時の最初の一撃は僕は決めている。
フェイントを一切掛けない、正面からの本気の攻撃だ。サレンさんもそれがわかっているのだろう、回避行動を取らずに受けの姿勢に入った。
「ッ!!」
僕は短く息を吐きながら、全力の突きを放った。
「ぐっ!?」
だが僕の渾身の一閃は、
サレンさんの模擬刀であっさりと受け止められてしまった。
「やるわね、かなり重い一撃だったわ」
「は、はい、ありがとうございます……」
どうやらまだまだ修行が足りないらしい。しかし……。
ボロッ……。
使っていた模擬刀がぶつかり合った衝撃で折れてしまったようだ。
「あっちゃあ、どうしよ……」
「ご、ごめんなさい、本気でやり過ぎました」
「仕方がないね、予備の剣を出しましょうか」
そう言って姉さんは予備の模擬刀を取り出そうとするのだが、カレンさんが止めた。
「あー、ベルフラウさん待って、
多分この子が本気でやったらすぐに壊しちゃうと思うわ。もっと頑丈な武器じゃないと……」
「ご迷惑をおかけします……」
相手がカレンさんという事で必要以上に力を入れてしまったみたいだ。
「うーん……予備の武器とかもあるけど……。
ねぇ、レイ君の<魔法剣>って普通の武器でも使えるの?」
「えっ? えっと、<魔法剣>は魔石が付いた武器じゃないと使えません」
「そっか……じゃあ、並の武器じゃダメね……。
丁度いいわね。そろそろ頃合いかもしれない。
――外に出ましょう。本気でやったら訓練場吹っ飛びそうだし」
「はい、分かりました……え?」
カレンさんの言葉に返事したけど、最後の一言でギョッとした。
「サレンさん、今何か物騒な事言いませんでした?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと死なないように手加減するから」
「それ全然安心出来ないんですが!?」
「さ、行くわよー」
カレンさんに引っ張られるようにして、僕達は訓練場を出て行った。
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