第380話 黒衣の大魔道士、再び

 地上に戻ると、王都は静まり返っていた。

 しかし、今のところ街が襲われたような形跡はない。


「異様な雰囲気だな……」

 団長は街の周囲を見回りながら前を歩く。


「もう、街の避難は完了してるのかな」

 僕の呟きに、少し前を歩くサクラちゃんが反応して答えてくれた。


「王都以外の街に協力を得られたので、街の人の半分は昨日のうちから転移魔法で避難してもらってたんです。事前に、王都が魔王軍に襲われることは分かってましたから」


「そうなんだ」


「他にも冒険者の方や闘技大会の参加者にも事情を話して協力を得ています」


「いつの間に……」


「魔王軍の内通者がいるかもしれなかったので、ちょっと遠回りな召集の仕方をしましたけどねー。

 同じ場所に集めず、王宮内に隠蔽された魔法陣から直接王宮に来てもらいました。皆さん、すごく驚いてましたよー」


「随分と強引なやり方をしたんだね。怪しまれなかったの?」


「かなり怪しまれてましたよ。だけど、陛下の直筆の書状という形で手紙を送っていたので、無視するわけにもいかなかったんでしょう。

 まぁ、何人か魔王軍の配下が紛れ込んでいたので、退場してもらいましたけどぉ」


「えぇ!? 大丈夫だったの?」


「問題ありませんよー。陛下に近付く前に私と先輩がノックアウトさせましたから」

 サクラちゃんは、拳をグーに固めて、ちょっと照れながら笑う。


「さ、さすが……」


「そのお陰で魔物達が現れても、彼らが機敏に対応してくれたのは本当に助かりました。想像よりも紛れ込んでいた魔物が多かったから、結構焦ってたんですよ。先輩もちょっと不調っぽかったし」


 不調?と一瞬、疑問を感じたが、すぐに思い出した。


「あ、そっか。カレンさん、朝倒れてたもんね。カレンさん、身体の調子は大丈夫?」

 前を歩くカレンさんに声を掛ける。


「ん? 大丈夫よ、今朝は迷惑かけてごめんね」

 振り返りながら笑顔で答える彼女だったが、まだ少し顔が赤い。


「カレンさん、やっぱり熱があるんじゃ……?」


「本当に大丈夫よ。あのエミリアが作った薬、凄いのよ。身体がフラフラで視界もグルグル回っていたのに、今は全然平気なんだから………だけど……」

 そこで、カレンさんはエミリアに視線を移して言った。


「エミリア、私に一体何を飲ませたの?

 いつもより魔力量が多くなってるように感じるんだけど」


 カレンさんに問われて、エミリアは、ニンマリ笑いながら答えた。


「それは、私が調合した回復薬ですよ。材料は……聞きたいです?」


「あ、いいわ。聞かない方が良さそうね」


「それが賢明ですね。その薬は体力と魔力の前借りと言いますか、今は多分絶好調なくらいに戦えると思います。ただ、明日になるとまぁまぁしんどいことになるので、今日中に戦いを終わらせられるといいですね」


「とんでもない薬を飲まされたもんね……」

 カレンさんはため息を吐きながら言った。


 僕らは会話しながら早足で王宮に向かう。話によると、陛下は身を隠すために、一時的に王宮の隠し部屋に避難してるらしいのだけど……。


 しかし、僕達が王宮に向かう途中、王宮の前の門が開いた。


「ん………あれは……」

 アルフォンス団長は足を止め、その門が開く様子を遠くで眺める。

 彼が足を止めたため、自然と僕達も足を止めて、そちらの方を向いた。


 門から出てきたのは、黒い鎧を身に着けた騎士達だった。

 その中心にいるのは、長身の少し年老いた男性で、彼も同じような鎧に加えて鎧にやや豪華な装飾が付いていた。どうやら彼が黒い鎧の騎士達の隊長らしい。


 背後に二十人ほど部下を連れて門を出て広場に向かい、そこから中央を大通りを進んでいく。どうやら彼らも王都の防衛に向かうようだ。


「……ガーダル団長、遠征から戻ってきていたのか」

 アルフォンス団長はそう呟いた。


「団長? それってアルフォンスさんと同じ?」


「いや、俺は自由騎士団団長だ。

 ついでに言えば、自由騎士団ってのが歴史の浅い最近作られた組織だ。反対にあっちの団長は、ずっとこの王都を支えてきた王宮騎士団の団長だよ。

 ガダール団長とその周りの彼らは、他の騎士とは別格扱いで、王宮近衛騎士団という別称もある」


「へぇー、じゃあ、向こうの方が偉いんですか?」


「そうだな。向こうは代々国王に仕えているからな。

 こっちの自由騎士団は俺の代で出来た組織だから、色々と勝手が違うんだよ。まぁ一緒に混ざって訓練することもあるが、正直苦手だ……なんつーか、堅苦しい」


「……確かに、自由騎士団と王宮騎士団では雰囲気が違いますよね」


 僕は、以前見た王宮内の光景を思い出す。

 確かに自由騎士団の人達は、みんなラフな雰囲気だった。


「まぁ、そんなことより今は陛下のところに向かわねぇと」


「あ、はい。急ぎましょう」

 僕達は、駆け足をして、王宮近衛騎士団の後ろを通り過ぎようとしたその時。


「待て!」

 突然、呼び止められた。

 声の主は、先程通り過ぎたはずの王宮騎士団のガーダル団長だった。

 彼は、兜を外し、こちらに素顔を見せて、歩いてくる。

 白髪の壮年の男性だった。


「アルフォンス団長、久しぶりだな」


「……うっす、ガーダル団長。遠征から帰還しておいででしたか」


「あぁ、ついさっき急ぎ戻ったばかりだがね。

 魔王軍の侵攻に備え、我ら王宮近衛騎士団も王都の防衛の最前線に加わらねばならぬと思ってな」


「……さいですか、ガーダル団長が護りに就いてくれるのであれば心強いです」

 アルフォンス団長は、苦笑しながら答える。


「ところでアルフォンス団長、貴公は一体どこに向かっている?」


「陛下のところです。闘技場内の魔物を一掃したので、それの報告です」


「ふん……、若造かと思っていたが、きっちり成果は上げていたか。流石に、陛下が見込んだだけの事はあるな。……だが、我々に挨拶も無しに通り過ぎるのは少々無礼ではないか?」


 ガーダル団長は、鋭い眼光でアルフォンス団長を睨みながら言った。


「すいません、急いでいたもので……」


「まぁ良い。……ところで、後ろの者たちは?」

 そう言いながら、ガーダル団長はギラギラした目をこちらに向けた。


「あ、僕達は――」と言い掛けたところで、カレンさんに腕を制される。そして、カレンさんは僕とガーダル団長の前に立ち、少し低姿勢な態度で恭しく礼をする。


「お初にお目に掛かります。私は自由騎士団所属のカレン・ルミナリアです。近衛騎士団、団長殿、以後、お見知りおきくださいませ」


「ほぉ……君があの……」

 そう言うと、ガーダル団長は少し驚いたような表情を見せた。


「……なにか?」


「いや失敬、君の事は聞いている。

 先の大戦にて最前線で戦い抜いたというではないか。

 女の身でその若さで大したものだ」


「……いえ、私などまだまだ未熟者。団長には及びもつきません」


「ふむ、謙虚なのは美徳だ。

 戦いに身を置く者として、君の武勲の数々を聞いておきたいところではあるが……」

 ガダール団長は、言葉を切り、王都の入り口を見る。


「……何者かが王都に入り込んできたようだ」

「えっ?」


 僕が声を出すと、ガダール団長は空を見上げる。

 そこには、巨大な黒い影があった。


 それは、羽ばたき音と共に、ゆっくりと降下してくる。

 あれは……。


「カエデっ!!」

 僕はその影に近付き、巨体の影はこちらに降りてきた。


 巨体の影の正体は雷龍のカエデだった。

 カエデは僕の姿を確認すると、こちらにゆっくり飛んでくる。


『桜井君、よかったー!!』

 僕の目の前まで来ると、カエデは嬉しそうな声で鳴いた。


「うん、大丈夫だった? 怪我とかしてない?」

 僕は優しく撫でてあげると、気持ちよさそうにしている。


「これは……まさか!? 何故、王都にこのような竜が……!!」


 ガダール団長は、カエデの姿を見て酷く驚き、剣を抜いた。他の近衛騎士団の団員達も剣を抜いて構え始める。それに気付いて、慌てて僕はカエデと団長たちの間に割って入る。


「だ、大丈夫! カエデ……いや、この子は僕の味方なので」

「み、味方だと……お前は一体……」


『それより、桜井君、大変なの!!

 あのロドクって奴が魔物の軍を率いてこっちに向かってきてるよ!!』


「あいつが!?」

 ロドクというのは、以前に交戦した魔軍将の一人だ。

 エルダーリッチというアンデッドのモンスターで、前回はアンデッド化したドラゴン達を率いて襲い掛かってきてのだが、苦戦しながらも何とか追い返すことが出来た。強力な魔法使いでもあり、戦うとなると相当厄介な相手となる。


「カレンさん、姉さん! 僕はカエデと一緒に先に外に向かうよ!」

 仲間のみんなに声を掛けて、カエデの背に掴まる。


「わかったわ」

「陛下の事はこっちに任せて」

 二人は僕の言葉に頷く。


「カエデ、よろしくね」

『うん、行こう』


 カエデが翼を広げて、空に飛び立つ。


「あっ、待ってください、レイ様。わたくしも参ります」

 レベッカは槍を取り出し、それをバネにして飛び上がった。そのままこちらに飛んできた所を僕がレベッカの小さな身体を受け止める。


 それに続いて、「それなら私も」と、言いながらエミリアも飛翔の魔法でこちらに飛んでくる。


「でも、三人だとカエデもフルスピード出せないかも」

「それなら私はこのまま自前で飛んでますよ。戦力はなるべく多い方が良いでしょう?」

「分かった。じゃあ二人も一緒に行こう」

「はい」

「ではちょっと行ってきますね」


 僕はカエデの背中にしがみつき、その後ろにレベッカが付く。

 エミリアは、飛翔の魔法を使用してカエデの後ろを飛んでいく形だ。

 しかし、僕達が向かおうとするとガダール団長に止められてしまう。


「ま、待ちたまえ。君たちにはまだ聞きたいことがある」

「聞きたい事?」


「少年、君は何者だ? 何故、この竜を使役できる? 君は、この竜の正体を知っているのか?」

「知ってます。……この子が、僕の友だちだということも」


「友……だと?」

「話さなきゃいけないことがあるのは分かってますが、今は時間が無いので先に行ってます。……カエデ、お願い」

『分かった!』

 カエデは羽ばたきながら上昇していき、

 僕達三人は、外の敵と戦うために王都の外へ向かうことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る