第895話 保護者面のヒロインズ二人

 それから二ヶ月後。僕達はもはや義務となった魔王討伐に精を出して今日も何処かで漂っている魔王の魂を討滅していた。


「これで終わりっ!!」


 仲間達の援護で隙が出来た魔王を僕が放った剣閃で切り裂き、魔王は黒い霧となって消えた。


「はぁ……今日も問題なく勝てて良かった」


 敵を倒したことで安心した僕は聖剣を鞘に納めて仲間達の方に戻っていく。


「サクライくん、お疲れ様~」


 ルナが笑顔で僕の方に走ってきて、用意してくれてあったタオルと飲み物を手渡してくれる。戦闘でもサポートしてくれていたのに、戦闘後もばっちりケアしてくれるとても気が利く子だ。


「ありがとう、ルナ」


「……む、ルナ……その役目は妹の私の役目……」


「アカメちゃんも疲れてるでしょ? ほら、アカメちゃんが大好きなレモンジュースも用意してあるよ」


「……」


 ルナに手渡された水筒を無言で受け取って一気に飲み干すアカメ。僕達と過ごすようになったアカメは、今までの鬱憤を発散するかのように超スピードで仲間達と打ち解けていき、今ではすっかり家族の一員だ。以前まで僕達と敵対してた魔王軍幹部の面影はもはや欠片もない。


「……ぷはっ」


「アカメちゃん一気飲みし過ぎだよ。ほら、タオルタオル……」


「……ありがとう」


 ルナに差し出されたタオルを受け取って自分の口元を拭うアカメ。ちょっと女の子の割にやんちゃ過ぎる気がするが可愛い妹である。


 そんなレイ達を眺めながら、カレンとベルフラウは話し合う。


「ベルフラウさん、これで討伐した魔王は何体目なのか覚えていますか?」


「ええと……記憶しているかぎりでは、これで四十体目かしらね……」


「四十体……最初にミリク様に頼まれた時はどうなるかと思っていたのだけど、ここまで随分順調ですね……」


「カレンさんが協力してくれているお陰よ」


「いえ、私の力なんて本当に微力なものでしかないわ。レイくんやベルフラウさんが精力的に頑張ってくれてるのが結果に繋がってるのだと思います。

 ……あ、そうだ。例の件、どうなってます? あれ以降進展はありましたか?」


「え、進展? 何の事かしら?」


 ベルフラウはカレンの質問の意味がよく分かっておらず首を傾げる。

 するとカレンは「あれ?」と驚いたような顔をした。


「……もしかして、まだ話してないんですか? てっきりもう話したものかと思ってました」


「え、えっと……何の事かしら?」


 ベルフラウが困惑していると、カレンはベルフラウに近付いて、レイに聴こえない様にベルフラウの耳元で小さく言った。


「……ほら、レイ君に”レベッカちゃんの故郷に皆で一緒に遊びに行こう”って誘いですよ」


「……?」


「まさか本当に忘れてるんですか? ……ベルフラウさん、こっち来て!」


「な、何よ……」


 カレンに手を引かれてベルフラウがレイ達から離れる。そして二人は小声で話す。


「……ベルフラウさん、本当に忘れてるみたいですね」


「……わ、忘れてたわけじゃないわよ。ただちょっと……タイミングを逃しちゃっただけで……」


「それを『忘れてた』って言うんですよ?」


「……うぐ」と言葉に詰まるベルフラウにカレンは続ける。


「…ベルフラウさんが言い出した話じゃないですか。『レイ君が私たちの誰かを選ぶことに迷ってるから、一夫多妻が認められているレベッカちゃんの故郷に皆で旅行して、その時にドサクサに紛れて婚姻を行って、レイ君を共有出来るようにしましょう』って話。忘れたとは言わせませんよ?」


「……そ、そんな事言ったような……言ってないような……」


「誤魔化してもダメですよ。冗談半分の流れでレイ君に許可を貰えれば、後は外堀が埋まってなんとかなるだろうとかいい加減なこと言い出したのはベルフラウさんなんですから」


「……わ、分かってるわよ……。でも、あの話の後にアカメちゃんが一緒に住むようになって色々と言い辛くなっちゃって……」


「……まぁアカメはレイ君の妹ですから、もしこの話を知られたら面倒な事になりそうなのは予想できますけど。でも直接的な事を言わなければいいじゃないですか。本当の目的を伏せて『面倒事が全部終わったら皆でレベッカちゃんの故郷に遊びに行きましょ? 』……みたいなノリで」


「……い、いざ言おうと思ったら、その……本当の目的の方で頭いっぱいになっちゃいまして……はい……」


 何故かベルフラウは顔を赤らめて普段の口調が崩れていく。


 そんな彼女の様子に、カレンは「……これはベルフラウさんには無理そうね」とため息を吐いて、ベルフラウに言う。


「……機会があれば、私の方から誘ってみます。それでいいですか?」


「い、良いの……?」


「構いませんよ……というより、このままだと一生進展が無さそうですもん」


「ぐぐぐ……なんか負けた気分……」


「さて、話も終わったことだし……そろそろ――」


 そろそろ帰りましょう、とカレンが言おうとしたとき、二人の前にアカメがヌッと立ちはだかる。


「話って何?」


「わっ!」


「ちょ……アカメ、驚かさないでよ!」


 さっきまでレイ達と一緒にいたアカメが急にこちら現れた事に驚く二人。


「……私たちから距離を取ってコソコソ何か話している……怪しい……」


「あ、怪しくないわよ……」


「ほ、ほら……レイくんが呼んでるわよ……アカメちゃん……?」


「ん、分かった……」


 アカメが二人に背中を向けてレイの方に歩いていく。ベルフラウとカレンはそんなアカメを見送りながら、彼女が完全に見えなくなるのを確認すると口を開いた。


「……危なかった」


「……ですね。でもいずれは彼女にも勘付かれてしまうし、なんとか説得しないと……」


「あ、あの子を説得……? ……無理じゃない?」


「まぁ……ブラコンといっても良いくらいレイ君に懐いてますもんね。今までの境遇を考えたら仕方ないけども……」


「……ねぇ、あの子をこっち側に引き込むというのはどうかしら?」


「こっち側って……アカメを一夫多妻に引き込むということですか? 流石にそれは……実の兄と妹ですし……」

「や、やっぱり駄目かしら……?」


「そもそも、あの子はレイ君の事をどう思ってるか分かりませんし……」


「たまにレイ君の布団に潜り込むくらいには好きみたいだけど……」


「レイ君とアカメは双子だからどちらも18歳手前ですよね。その年齢だと普通の兄妹はそういう行為を控えると思うんですが、少し前までレイ君は妹がいることを知らずアカメの方も似たような状態だったと聞いてます。

 そう考えると二人の距離感が極端に近いのは恋愛感情では無いように思えるんですよね。本来、家族として過ごす時間を過ごせなかった寂しさを、双子という関係だからお互いに埋め合っているんだと思います」


「う……た、確かにそうね……」


「私もサクラの事を可愛い妹だと思い過ぎて、過剰に接してしまった時期があるので……今の二人はそんな感じに見えます」


「あー……サクラちゃん前に言ってた気がするわ。『カレン先輩、昔はもっとベタベタしてた気がします』って」


「……あ、あの子がそんな事を……やっぱり迷惑だったのかしら……ぶつぶつ……」


 カレンは少しショックを受けた表情を浮かべて、その場でしゃがみ込んで反省の言葉を呟き始めた。


「まぁ……アカメちゃんはなんとか説得する方向で考えましょう。問題は……」


「……レイ君の方ね」


 二人はお互いに見合わせてからため息を吐いて、レイ達の方に戻っていくのだった。

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