第896話 実は三人いる

 それから数日後。カレンはレイ達の宿を訪ねていた。カレンは宿に入ると宿の主さんに声を掛けられ、挨拶も兼ねていつものお嬢様ムーブで軽い世間話をする。


 そして話を切り上げて目的の人物を呼んでもらおうとしたところで、階段から降りてきた人物に声を掛けられる。


「おや、カレン様」


 自身の名を呼ぶその声を聞いて、レベッカだと気づいたカレンは振り向いて彼女に挨拶をするのだが……。


「レベッカちゃん、おはよう。丁度良いところに……ってその子……何?」


 レベッカが何かを腕に抱いていることに気付いたカレンは彼女にそう質問をする。レベッカが腕に抱いていたのは黒と白の毛並みを持つぶちの子猫だった。


「あ、この子は……」

「ぐるにゃー」


 レベッカが説明しようとしたところで、猫はレベッカの腕の中で可愛らしい鳴き声を上げる。カレンはその猫の頭を軽く手で撫でながら言った。


「可愛いわねー、いつから猫を飼っていたの?」


「いえ、飼っておりませんが」


「え?」


 レベッカの言葉に困惑するカレン。


「実は、先ほど部屋を出たところで、レイ様の部屋の扉の前でこの猫様が扉をカリカリと爪で引っ掻いておられたので、とりあえず捕まえておきました」


「誰か他の宿の人が飼っているんじゃないの?」


 カレンがそう質問すると、二人の会話を聞いていた宿主が言った。


「いえ、この宿はレイさん達が貸しきっておりますので、他のお客様はおりません」


「……じゃあ、この猫は何処から……?」


「謎でございます……ところでカレン様は一体何用でこちらに?」


「あ、忘れてたわ。レイ君いるかしら?」


「レイ様でございますね。少しお待ちくださいまし……」


 そう言って軽く頭を下げたレベッカは、再び宿の階段の方に向かって上がっていく。数分後、レベッカがレイを連れて階段を下りてきた。


「カレン様、レイ様をお連れしました」


「待たせてゴメンね、カレンさん。今日はどうしたの?」


「レイ君、実はね……って」


 レイはそう言いながらカレンに駆け寄ってくる……のだが、彼の腕の中にはレベッカとはまた種類の違う別の猫が抱かれていた。


「……その子はどうしたの?」


「あ、この子? ミーアって言うんだよ、よろしくね? ほらミーア、挨拶」


「……みゃぁ」


「ふわぁ……可愛いわねぇ……」


 猫を見て頬を緩ませるカレンだが、何故この宿に二匹も猫が居るのかという事に疑問を感じたカレンはすぐに正気に戻る。


「って、この宿は猫飼ってないんじゃ……?」


「そのはずなんだけど、何故か気が付いたらこの子が僕の部屋に入ってくるんだよ」


「え、なにそれ。怖……」


「あはは、不思議だよねー」


 レイはそう言いながら顔を緩めて抱いている猫を床に降ろす。床に降ろされたミーアはレイの膝に自身の尻尾を擦りつけて床にゴロンと転がった。


「(か、かわいい……)」


「それで、カレンさん」


「あ、用事の事ね……。ちょっとここでは話し辛い事だから、少し外に出ましょう。いつもの喫茶店でどお?」


「構わないよ」


「じゃあ決まりね、行きましょう」


「レベッカ、僕はカレンさんとちょっと出かけてくるね」


「はい、行ってらっしゃいまし……っと」


 レベッカに見送られてカレンとレイは宿屋の扉を開けてて出て行こうとする。


 しかし、先ほどまで大人しくレベッカの腕に抱かれていたぶち猫はレベッカの腕から床に飛び降りてレイ達の所まで走って行った。


 同様にレイの傍で寝転んでいたもう一匹の猫のミーアも、その猫と同じようにレイの足元にすり寄っている。


「あ、ミーア……もうっ……」


「よく懐いてるわね……ところで、もう一匹のこの子は誰なの?」


 カレンはぶち猫の方を抱き上げてレイにそう質問する。


「いや、僕もさっきレベッカに聞いたばかりだから分かんないよ。何処かに飼われてるのかな……?」


「そっちの猫のミーアはどうなの?」


「多分野良猫なんじゃないかな……最近だと毎日のように僕の部屋に遊びに来るから夜は僕が餌をあげてるけどね」


「殆ど飼っているようなものじゃない」


「あはは、確かに。でも気が付いたらいつの間にかいなくなるんだよね」


「(気が付いたら居なくなる……そしてレイ君の部屋にいつの間にか現れる……本当に猫なのかしら、その子……)」


 カレンは不思議そうにその猫を見ていると、彼女が抱いていたぶち猫の方が腕からすり抜けてそのまま外に走り去っていった。


「猫は気ままねぇ……」


「もしかしたら迷子で飼い主を捜してたんじゃないかな……よいしょっと……」


 レイは足元のミーアを拾い上げて腕の中に抱きしめると、そのまま外に歩いていく。カレンも同じように外に出てレイの後について行った。


 猫のミーアを連れて喫茶店に入店するのだが、動物を入れるのは駄目といわれたので、結局広場の近くのベンチで話すことにした。


「それで話って?」


 レイとカレンはベンチに座り、ミーアがレイの膝の上で丸まってゴロゴロと鳴いて日向ぼっこをしている状態だ。


「あ、そうそう……実はね、私達、旅行の予定を考えているの」


「旅行?」


「レベッカちゃんの故郷の事は知ってるでしょ?

 ヒストリアって場所のこと……レベッカちゃんが前に故郷に久しぶりに帰省したい って言ってたから、皆で一緒に行こうって考えているんだけど……」


「あ、そうなんだ。確かにレベッカは故郷に帰りたいだろうし、良いんじゃないかな?」


「それでレイ君も一緒に行かないかって話なんだけど」


「うん、全然構わないよ。僕もレベッカの故郷の事には前から興味あったし……」


「そう……良かった」


 あっさりOKが出た事でカレンは安堵の息を漏らす。


「勿論アカメも連れてってオッケーだよね?」


「え、えぇ……」


 カレンは若干困ったように頷きながら答える。


「ん、どうしたの?」


「……なんでもない。その、他にも質問したい事あるんだけど……良い?」


「カレンさんと僕の仲なんだから、遠慮せずに何でも聞いて?」


「じ、じゃあ……レイ君はアカメの事どう思ってるの?」


 カレンがそう質問すると、レイの膝でゴロゴロしていたミーアがピクリと反応する。


「え? どうって……」


「……異性として好きなのかってことなんだけど」


 カレンはそう言って少し顔を赤らめながら質問する。そんなカレンの質問にレイは悩んだ表情を浮かべて言った。


「うーん……好きだけど……」


「!」


「そもそも、アカメは妹だし……そういう感情とはまた違う気がするかな……」


「恋愛感情は無いってこと?」


「うん」


「……本当?」


「そんなに気にすること? アカメだって僕にそんな感情ないと思うよ?」


「……そうだと良いんだけどね」


 カレンは意味深にそう言って、レイから視線を逸らして少し俯いた。


「……もう一つ質問、いい?」


「何?」


「……ぶっちゃけ、レイ君。今、一番好きな人、誰?」


「っっっ!」


 カレンの質問にレイは表情に出して動揺する。そんな彼の様子をミーアがジッと見つめていた。


「……えっと、それ答えないと駄目な質問だったりする?」


「……ゴメン、質問しといてなんだけど私もちょっと聞くのが怖いわ……」


 レイは顔を赤らめてそう質問を返すが、カレンも同じくらい真っ赤になっていた。


「ごめんね……その……」


「良いわよ、私も今すぐ返事が欲しいわけじゃなかったから……それじゃあ、帰りましょうか」


 カレンはそう言いながらベンチから立ち上がってレイも膝の上に乗ってるミーアを隣に退かして立ち上がる。


「みゃあぁぁ……」


「ん、大丈夫だよ。ミーアも一緒に帰ろうね」


「みゃ!」


 ミーアはレイの言葉に答えるように大きく鳴き声を上げて、彼の肩にジャンプして乗っかる。レイは顔を顰めながら肩に掴まるミーアを腕で支える。


「あいたた……爪立てちゃダメだよミーア、帰ったら一緒にお風呂入ってツメを切ろうね」


「みゃ!」


「え!? い、一緒にお風呂入っちゃうの!?」


「あ、うん。最初の頃は嫌がってたけど、外で身体が汚れてるかもしれないから時々僕が入れてあげてるんだよ」


 レイがそう言うと、カレンは彼の両肩を掴んで質問する。


「ね、ねぇ……その子って本当に野良猫?」


「さぁ? でも飼い主の捜索願いとかも出されてないみたいだし……」


「……そ、そう。なら良いわ」


 カレンはそう言って肩から手を離したのだが……。


「(……この猫、怪しいわね……エミリア辺りが変身して化けてるんじゃ……?)」


「……」


 レイはカレンが何か訝しむような視線で猫を見つめているのに気が付き、肩に乗っかっているミーアをそっと地面に降ろした。


「じゃあカレンさん、また今度ね……ミーア、帰るよ」


「んみゃー……」


 そう言ってレイとミーアはカレンと別れて宿屋に戻るのだった。

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