第973話 男二人で
ヒストリアの村の生活を始めて15日目――
レイが共同部屋で論文を纏めていると、戸が開いてそこに長老様が入ってくる。
「婿殿、客人が来ているぞ」
「え?」
長老様にそう言われて、レイは首を傾げる。
「(客人?誰だろう?)」
レイは不思議に思いながらも部屋を出て玄関に向かうとそこには――
「うぉ、ウィンターさん!?」
そこに居たのはレベッカのお父さんのウィンターさんだった。
「やぁレイ殿。ここの生活に不便はないかな」
「あ、はいお陰様で」
「それは良かった」
ウィンターさんはそう言って硬い表情を少し緩める。
僕も彼の雰囲気に合わせてなるべく穏やかな表情で笑い掛ける。
だが僕の内心は少し困惑していた。
普段ウィンターさんがここに来る時は妻のラティマーさんも一緒だ。それに僕に用事があったとしても、まず娘のレベッカに話が行くはずなのに……。
「あの、今日はお一人ですか? いつもならラティマーさんも一緒だと思ったんですが……」
「今日は私一人なんだ。普段ならレベッカの様子も気になっているところだが、今日に関してはキミ自身に用事があってね。突然だが今から時間を取れるだろうか?」
一人娘のレベッカより、僕個人に用事?
「はい。論文は後で時間を取れますので問題ありません」
「良かった。では今から少し付き合えないだろうか。二人でゆっくり話をしたいんだ」
「よ、喜んで……」
僕は緊張しながらウィンターさんの申し出を受け入れた。こうして僕はレベッカの父親であるウィンターさんと二人だけで話をすることになった。
「……」
その二人の様子をこっそりと覗きこむ視線があった。その人物は二人が何処かに移動し始めると、気配を消して二人を追うのだった。
◆◇◆
僕とウィンターさんは屋敷を出てヒストリアの村にある小さな公園のような場所に向かっていた。
公園といっても遊具などがあるわけではなく、村民の憩いの場として作られた場所であり、ベンチや花壇などがあるだけのシンプルな場所だ。
砂場の方には木刀が無造作に転がっているのを見ると、もしかしたら戦闘訓練も兼ねた場所なのかもしれない。その公園にたどり着くと、僕とウィンターさんはベンチに座り込む。
昼下がりの午後。今、この公園には僕達以外の人影は無さそうだった。
「良い天気だね……」
「は、はい」
「……」
「……」
男二人で公園のベンチで二人きり。
しかも相手は自分と仲良くしている女の子の父親。このシチュエーションに緊張を隠せない。
「(ど、ど、ど、どうしよう……!!)」
ウィンターさんが何故こんな人気のない場所に僕を連れてきたのか定かではないが、どう考えてもただの世間話をする為ではないのは容易に想像できる。こんな状況で冷静になれというのが無理な話だ。
「(ああああ……僕何かしでかしたかなぁ……?)」
僕は額に汗を流しながら必死に頭をフル回転させて、ここに至るまでの自分の行動を振り返っていた。
もしかしたら最初の挨拶の時に何か失礼な事をやらかしていたのかもしれない。
あるいはミリク様の件で何か思う所が……。
「(……いや、待てよ?)」
長老様は僕の事を”婿殿”といつも呼んでいたではないか。
そしてウィンターさんは長老様と血縁関係のはず。
となるとそこから考えられるウィンターさんの言葉は――
「レイ殿」
「は、はいっ!!」
ウィンターさんの呼びかけに対して、僕は上擦った声で返事をする。
「……話というのは、レベッカの事だ」
「(き、きたー!)」
自分の予想通りの話題がきた事に僕は思わず心の中で叫ぶ。
「……レイ殿。レベッカがキミに強く信頼を寄せているからこそ頼みたいことがある」
ウィンターさんはこちらに視線を向けずに自身の膝に視線を落したまま、険しい表情で呟くように言う。
「……は、はい」
「――我が娘、レベッカの事を―――」
「……!」
「――救ってやってほしい」
……。
「………え?」
予想外のウィンターさんの言葉に、僕は思わず声を上げてしまう。
「救ってほしい、ですか……?」
「……そうだ」
ウィンターさんの言葉を僕が聞き返すと、彼は小さく頷く。
「……キミにしか頼めない事なのだ。話を聞いてくれるだろうか……?」
「……勿論」
話の内容は飲み込めないが、ウィンターさんが僕を信頼してこの話をしてくれている。その信頼を裏切りたくはないし困っているのなら僕も力になりたい。
「……ありがとう」
ウィンターさんはベンチに座ってずっと僕に視線を向けていなかったが、そこでようやく僕に視線を向けてくれた。
……そして、彼は語り始めた。
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