第974話 ”絶対”離さない

「……正直、話すべきかどうかずっと悩んでいた」


「……」


「だが、久しぶりに再会したレベッカを見て確信をしたんだ」


「確信というのは?」


「……外見だ。当時のレベッカは12歳で今は15歳になる。本来なら成長期でかなり変化がある筈なのに、レベッカの容姿が殆ど変わっていない。本来ならば女性らしく肉体も成長していくはずなのにな……」


「……」


 僕はウィンターさんの言葉を聞いて黙り込んだ。それは僕達も気付いていたことだ。 レベッカ本人は自身の成長が遅いだけだと思っているようだが、実際は別の理由がある。


 それは――


「――本来人間が後天的に上位存在……”神”に昇華するには二通りの条件がある。

 一つは人間界で多大な功績を残した人間がその命を失った時に、神々の手によってその存在を上位存在へと昇華させられる。

 そしてもう一つは、高位神から直接の加護を得て神の眷属となる場合。

 神の眷属なった人間は加齢が進むごとに特殊な力に目覚めていくが、その代償として人間としての成長が極端に鈍化し始める」


「……なるほど」


 僕はウィンターさんの言葉を聞いて納得するように頷いた。


「つまり、レベッカは後者のケースと言いたいんですね」


「……突然こんな話をして驚きもしないという事は、キミもレベッカが普通の人間ではない事に気付いていたのだね」


「……ええ」


 僕はウィンターさんの言葉に頷く。


 正確には姉さんから話を聞いていたから知っていたというのが正しい。

 

 かなり前の話に聞いていたことであるが、こうしてレベッカのお父さんからも告げられてしまうと、レベッカが自分達と違う存在になりつつあるという事に改めて気付かされる。


「……私の見立てではおそらくあと数年。レベッカは数年経てば完全に肉体の成長が止まってしまう。

 そうすれば内包するマナの質が変質し永久的に体内を循環し始めて不老不死と肉体となり、徐々に人間ではない別の存在に成り替わっていく。……見た目はそう変わらないがね」


「そんなに早く……」


 ウィンターさんの話を聞いて、僕は思わず言葉を失う。レベッカの神様化は、僕や姉さんが予想していたよりもかなり進行が早いようだ。


「……本来、私は娘が偉大な神に選ばれたことに喜ぶべきなのだろう。

 レベッカに自分が選ばれたことを自覚させて、いずれ”大地の女神”を継ぐ存在として相応しい行動を身につけさせるのが”神官”としての私の役目だ」


「……ですが、それじゃあレベッカは……」


 僕がそう言い掛けると、ウィンターさんは「だが」と語尾を強めて言う。


「……私はその前にあの子の”父親”だ。娘が特別な存在に至る事よりも、娘が普通の女の子として幸せになってほしいと思っている。それが親心だ」


「……」


 ウィンターさんの言葉に僕は何も言わずただ黙って話を聞いていた。


 僕と彼の立場は全く違うし、おそらく何を危惧しているかも各々違うのだろうが、大切なレベッカが別の存在になって自分の元から去っていくことが許容できないという部分においては同じなのだろうと思う。


「”人”としてのレベッカのリミットはおそらく4、5年だと思う。

 ……私はね、レイ殿。娘に人としての幸福と母としての幸せ人生を歩ませてあげたいのだ」


「……ウィンターさん」


「しかし一度”神”になってしまえば、それも難しくなる。

 ”神”は潔白な存在でなければ神でいられない。もし神になってから誰かと子を育むような事があれば、上位神の粛清が待っている。

 そうなってしまえば人間としての幸福どころか、誰もが不幸な結末を迎えてしまう。……娘がそんな結末を迎えるのであれば―――私はきっと責任を感じて命を絶つだろう」


「……っ!」


「だからこそ今しかない……。レイ殿、キミに頼みたいのだ」


 そう言ってウィンターさんは僕に向かって深々と頭を下げる。


「娘を……レベッカを……貰ってやってほしいのだ。キミの花嫁として」


「僕が、彼女を……」


 ウィンターさんの言葉を聞いて、僕は驚いて言葉を失ってしまう。


「父親として最低の頼みだと分かっている。だが、私にはもうキミに頼ることしか出来ない……。

 幸い、娘はキミに多大な信頼と好意を寄せている。言葉にはしないが娘はキミと結ばれることを望んでいるだろう。あとはレイ殿……貴方の気持ち次第なのだ……娘の幸せを願う一人の父親として……お願いだ……!!」


 ウィンターさんはそう嘆くように膝を崩して、僕に土下座をするように頭を下げた。僕はそのウィンターさんの嘆きの言葉を聞きながら、色々と考えを巡らせる。


 ウィンターさんがここまで追い詰められた考えを僕に打ち明けたのも、父親として娘の幸せを心から願っているからなのだろう。


 それが例え娘の気持ちを完全に無視していたとしても、ウィンターさんは同じ選択をした可能性がある。


『あとはレイ殿……貴方の気持ち次第なのだ……!』


 ……そう。この決断は僕に完全に委ねられた。


 ウィンターさんはきっと何日も悩んでこの結論しか出せなかった。


 おそらくラティマーさんも同じだろう。そして僕を婿殿と呼び続けている長老様は、最初からこうなると全て分かっていたに違いない。


 ……僕もレベッカの事はずっと気になっていた。


 初めてレベッカ出会った時は、彼女がとても儚い存在に見えた。


 傍に居て見ていてあげないと、目を離したらまるで幻のように消えてしまうような、そんな感覚をずっと感じていた。


 レベッカが僕に特別な好意を寄せてくれていたのも薄々気付いていたし、僕も彼女の事は妹のように可愛がっていたつもりだ。


 そして彼女から一度目の告白を受けて、僕も彼女への想いをはっきりと自覚した。


 なのに、それでも関係がそこまで進まなかったのは、僕自身何も覚悟が出来ていなかったからだ。


 好意は理解していて自身の気持ちも分かっていても、他の女性への好意も受け取ってしまいずっとフラフラと感情を揺らしていた。


 だが、いい加減それを終わらせないといけない。


 僕はもう18歳。レベッカは15歳。


 もう初恋に胸を躍らせて、ただ平穏な日々を過ごす子供ではないのだ。


 自分だけではなく未来を思い、一人の女性を愛して、その女性との未来を歩んでいく覚悟を決める年齢だ。


 ……だから僕は――


「……ウィンターさん、顔を上げてください」


 僕は土下座を続けるウィンターさんに声を掛けて彼を手を差し出す。


「……レイ殿」


 ウィンターさんは顔を上げるが、僕の手を取らない。

 それは、僕がまだ答えを告げていないからだ。


 だからこそ、僕はレベッカを離さない決意を固める。

 そして、彼を安心させるように言葉を紡ぐ。


「……レベッカは、僕が必ず幸せにします」

「……レイ殿」


 僕の言葉を聞いたウィンターさんは顔を上げて僕を見る。その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいるように見えたが、彼はそれをすぐに袖で拭った後、再び僕に頭を下げた。


「ありがとう……本当に感謝する……!」


 そして、ウィンターさんは僕の手を取って立ち上がる。


「……こういう時にあの子の父親として、どういう顔をしていいか分からないが……」


 ウィンターさんは溢れ出る涙を手で抑えながらそう呟く。僕はそんなウィンターさんの言葉に微笑みながらこう言った。


「本来なら先に言わなきゃいけない言葉で、後に口にするには不適切な言葉だと思っています。それでも言わせてください」


「……何かな、レイ殿」


「ウィンターさん……いえ、”お義父”さん。貴方の娘さんを……レベッカを、僕に下さい」


 僕はお義父さんにそう言って頭を下げる。


「レイ殿……!ああ、勿論だとも……!」


 すると、お義父さんは僕の頭に手を乗せて涙声で言った。


 ――そうして僕とウィンターさんは、誰に知られることもなく家族の絆を結んだのだった。


 ――そして、その二人をずっと静かに監視する人物がいた。


「………」


 その人物は二人の会話を聞き届けるとその場を静かに立ち去っていったのだった。

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