第291話 サクラタウン

 サクラタウンに近くまでくると、霧が濃くなり始めた。

 空を見ると、今にも降り出しそうな雲行きだ。


「雨かな……?」

「違うわよ。この辺りはいつも霧に覆われてるの」

「へぇ……」


 ボク達が会話をしている間にも、街へ近づくたびに霧が濃くなっている気がする。不思議な事に街までくると霧は薄くなり、周囲には日差しが差し込んでいた。よく見ると、街から少し離れた後ろに深い霧に覆われている何かの建造物がある。


 カレンさんは街の方向、更にその奥を指差しながら言った。


「あれがサクラタウンよ。

 このファストゲート大陸でもっとも冒険者の活動が活発な街よ」

「活気があるんだね」

「そうね。……逆に言えば、それだけ魔物の被害が多いとも言える。

 華やかな見た目だけど、ここ最近は王都と連携して魔物との戦いに備えて駐屯している兵士も多いわ」


 普通の町人以外に武装した冒険者が多い。

 それだけじゃなくて似たような鎧と槍を持った集団が街の周囲を見張っている。


「ミーシャちゃん、あれって……?」

「あれは王都の兵士さん達ですね。魔物との戦争が近いって噂ですから、ちょっとピリピリしてる感じです」


「そうなんだ……」


「心配するような事はないと思うけどね。

 ほら、もうすぐ着くみたいだし、降りる準備しましょ?」


 カレンさんの言葉通り、いつの間にか馬車は止まっていた。


 ◆


 街はうっすらと霧が掛かっており不思議な雰囲気だった。

 

『サクラの木』は見た目は地球の『桜の木』とそっくりで、ピンクの綺麗な花が咲いていた。ここのサクラの木は年中咲き続けているらしいけどそこ以外は本当に同じように思える。


 リーサさんに挨拶してからボク達は馬車を降りる。

 馬車を降りると街の中の周囲は綺麗なサクラの木が沢山並んでおり、華やかな街だった。少し大きめな飲食店やアクセサリーを売る出店などが目に入る。


 行き交う人も多く、行商人や冒険者の姿も見られる。

 武器屋や防具屋などもあるようで、特に評判が良いのは魔道具屋らしい。


 中でも目を引くのは、奥の方にある広場と中央の冒険者ギルドだ。広場は子供の遊び場になっていて、中央には不思議な魔力が宿るオブジェクトが置かれている。


 冒険者ギルドは本家のゼロタウンのギルドと同じくらいの大きさ。

 それだけならさほど目を引かなかったのだが、出入りする冒険者や商売目当ての商人さんが頻繁に出入りしているみたいだ。人が忙しなく出入りするため妙に目立っている。

 

 この街は、サクラタウンは旅のきっかけとなった目的地でもある。

 最初の目的はこの街に向かっていると思われた怪しい商人を捜索する予定だったのだけど、商人の正体が判明したことにより、この街より北にある王都が狙われている可能性の方が高い。


 なので今、ボク達は王都を目指している。

 この街から更に北上してから中央へ進んでいくと王都イディアルシークへ辿り着く。サクラタウンから馬車でおよそ二日ほどの旅路になる予定だ。


 このまま馬車を走らせるとシロウサギとクロキツネ(お馬さんの名前)が疲れ切ってしまう。そのため、今日はこの街で一泊することになる。


「まずは冒険者ギルドに行って、その後サクラの家に向かいましょうか」

 この街の事を良く知っているカレンさんが今後の予定を決めていく。

 ボク達はカレンさんの後に付いて行くだけだ。


 サクラタウンはゼロタウンよりは狭いものの、

 今まで巡ってきた街の中では比較的人口も多く街も賑わっている。

 冒険者の街なだけあって武装した大人が多く闊歩している。しかし、外には公園のような場所もあり、そこには子供たちが遊んでいるようだ。


「あっはっはっ!! ファイアー!!」

「やったなー!! ライトニングー!!」

 二人の小さな男の子と女の子が広場を走り回りながらお互いに向かって指を指して撃ちあうかのように遊んでいる。どうも魔法ごっこのようだ。


「平和だなぁ……」

「ふふ、幼い子供たちがあんなに楽しそうに……レベッカもほっこりいたします」

 そう言うレベッカは遊んでる子供達と身長の差はあまり無い。年齢的には5歳くらいは離れているだろうが、見た目で言えば混じって遊んでてもそこまで違和感はないだろう。


「それにしても、霧が濃いなぁ……」

「この霧……普通の霧じゃないですね。多分魔力を含んでますよ」

 エミリアは漂っている霧を観察しながら言った。


 街の中はそこまでだけど、街の付近は濃い霧が漂っているようだ。

 どうやら霧は街から少し離れた場所から発生しているみたいだけど………。


 ボク達の会話に気付いたカレンさんが振り向いて言った。

「正解よ、エミリア。この霧は街の外にある霧の塔から漏れ出てる魔力が霧という形で流れ込んできてるの」

「霧の塔……?」

 以前にサクラちゃんが言ってた名前だ。


 <霧の塔>というのは、名前の通り霧に覆われた湖の真ん中にある塔の事だそうだ。ボク達が以前に攻略したエニーサイドのように、敵が無限出現する特殊なダンジョンで一度ダンジョンに入ると簡単には出てこれないらしい。


 霧に覆われているため塔の上の方は見えず、

 内部も上層は霧で覆われていて非常に視界が悪いそうだ。


「へぇ……上の方はどうなってるんです? カレン」

 エミリアの質問に、カレンさんは困ったような笑顔を浮かべる。

 話によるとサクラちゃんとカレンさんは二人で頂上まで登り、このダンジョンを攻略したらしい。


「んー、企業秘密よ」


「えぇ~教えてくださいよぉ」

「だぁめ。これでも女神様に口止めされてるのよ」

 エミリアは不満げに頬を膨らませる。


「この話はまた今度ね。ほら、着いたわよ」

 カレンさんは足を止めて、前方を見上げる。そこには英語のようなこの世界の文字で『冒険者ギルド』と書かれた看板と、その先には大きな建物があった。


 大きな赤い扉を開いて中に入ると、沢山の冒険者が酒を飲み交わしながら盛り上がっていた。どうやら受付と食堂が一緒になっているようだ。受付のカウンターの周囲はランプの強い光が照らしており、食堂部分は若干薄暗い。受付のお姉さんはこちらを見て軽く会釈をする。


「ようこそいらっしゃいました。本日は何の御用でしょうか?」

 受付の人に笑顔で迎え入れられ、カレンさんと、そこから横に一歩引いた形でミーシャちゃんが前に出る。


「ど、どうも」

「こんにちは、久しぶりにこっちに帰ってきたから挨拶をと思ってね」

 カレンさんは真面目な顔で受付のお姉さんと話し始める。

 受付の人は、カレンさんの顔を見て驚いたように言った。


「カレンさん!! お久しぶりですね。サイドの方まで帰省していたとお聞きしましたが……」


「ええ。ま、ちょっとしたお休みよ……。でも、王宮の方に呼ばれたからまたこっちに戻ってきたの。ここに立ち寄ったのはついでよ……そうだ、サクラも帰ってきてるかしら?」


「サクラさんですか? 今朝、この街を発ったようですが」

 カレンさんの問い掛けに、お姉さんは不思議そうな顔をする。

 どうやら、サクラちゃんはもうこの街を出てしまったようだ。カレンさんは露骨に残念そうな顔をして、ボク達も自己紹介をしてから、その後適当に会話をした後に話を切り上げた。


「どうやらあの子たちは先に王都に向かったみたいね」

「サクラお姉様に一刻も早く会いたかったのに、残念です」

 ミーシャちゃんも残念そうだ。


「残念だったね、二人とも」


「どのみち王都に行けば会えますしそんなに落ち込まなくてもいいのでは」

「そ、そうね……。別に、可愛い後輩に置いて行かれたとか思ってないわよ?」

「思ってるじゃないですか……」

 エミリアが苦笑して突っ込んだ。


 カレンさんが露骨に落ち込んでるのを皆で励ましながらボク達はギルドの外に出る。

 ギルドの外に出ると可愛らしい金髪碧眼の少女と丁度すれ違った。しかし、よく見るとそれは以前に会ったことのある人物だった。


「あれ、アリスちゃん?」

「え?」

 ボクがすれ違った時に声を掛けると、その女の子が振り向いた。


「あ、カレンさんとミーシャ? それに、レイさん?」

 その女の子は、サクラちゃんと一緒に王都に向かったはずのアリスちゃんだった。


「あれ? なんでアリスがここに? お姉様は?」

「サクラに付いて行ったんじゃなかったの?」

 ボクと同じ疑問を持ったミーシャとカレンさんは彼女に質問した。


「アリスも一緒に行きたかったんだけど、緑の人が邪魔をして……」

「緑って、ウィンドのことかしら?」

「うん」

 カレンさんが質問すると、

 彼女は少しだけ眉間にシワを寄せて声のトーンを下げながら言った。

 多分、ウィンドさんの物真似のつもりだろう。あんまり似ていない。

「『あなたとミーシャさんは今回の作戦に組み込まれていませんので、この街に待機しててください』って……!!」


 アリスちゃんは、腹立たし気に地団駄を踏んでプンプンと怒っている。どうやら、サクラちゃんとカレンさんについて行くつもりだったけど、ウィンドさんに止められてしまったようだ。


「って、ボクも!?」

「うん。だからミーシャもアリスお留守番だよ」

「そんなぁ……お姉様に会いたかったのに……うぅ……」


 二人とも残念そうだ。

 そんな二人に苦笑し、カレンさんは二人の頭を撫でながら言った。


「残念だったわね。詳しくは言えないけど、今回の任務は結構重要で危険度が高いの。サクラの事が心配なのはわかるけど、私がいるから大丈夫よ。二人は安心してこの街で待っててね」


「……はい」

「……はーい」

 カレンさんの言葉に、二人は渋々といった様子で返事をした。

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