第290話 自身では気付かぬ変化

 森を抜け、魔法陣から元の村に戻ったボク達は旅の支度を整え宿に向かった。そこには既にリーサさんが旅の支度を終えてボク達を待っており一緒に馬車へ向かった。


「リーサさん、それではお願いします」

「お任せください! 私はしばらく皆様のお役に立てなかったので、誠心誠意込めて働かせていただきます!!」

 リーサさんは元気いっぱいに返事をして御者席に乗り込んでいった。ボク達も馬車に乗り込んで、今度こそ村を離れて次の目的地へと向かうことになった。


 馬車は二頭の馬によって軽快に走り出した。カエデは身体が少しずつ大きくなってるため馬車の中に乗らずに、ボク達の馬車の上を低空飛行している。


「あーあ、疲れたわー。レイ君、こっち来てー」

「ん、何?」

 カレンさんに呼ばれて席を隣に移動する。

 そして、隣に座るとそのまま横からハグされる。


「んー癒されるー……」

「あの、カレンさん……?」

 いきなり抱きしめられてちょっと困惑する。周囲も(特にミーシャちゃん)はカレンさんが急にボクに抱き付いたことでちょっと驚いている。


「カレン、最近露骨ですね……」

「レイ様も何気に嬉しそうなので、わたくし達もあまり強くは言えませんね……」

「私がお姉ちゃんなのに、私がお姉ちゃんなのに……」

 三人の視線が痛い……。


「カレンさん、どうしたの?」

「今はお姉ちゃんって呼んで」

 姉ポジションなのに甘えん坊モードだ。かわいい。


「カレンお姉ちゃん……もしかして疲れてる?」

「疲れてる……。取り繕って固い対応するのあんまり得意じゃないのよ」

 ジンガさんと話した時の話かな。あの時はいつものカレンさんっぽくなかったけど無理してたのかな。特にジンガさんは威圧感あるからなぁ。


 全然関係ないけど、

 普段クールなお姉さんがこうやって寄り添ってくるの良いよね。

 最近のカレンさんは可愛い系になりつつあるけど。


「カレンお姉ちゃん、サクラちゃんにもこんな感じなの?」

「こんな感じ……」

 疲れてるせいか普段よりも素直でかわいい。

 それでも今は男じゃないから自分の反応が鈍いのが悲しい。


「あ、あの……」

「??」

「カレンさんって、普段こういう感じなんですか?」

 ミーシャちゃんがカレンさんの様子を見て、何故か怯えてる。


「……何よ、私がこうで悪い?」

「ご、ごめんなさい!!」

 カレンさんの一言で、ミーシャちゃんが怯んでしまった。

 この二人、どうやら元々知り合いみたいなんだけどあんまり仲良く無さそうなんだよね。何処となく余所余所しいというか……。


「まぁまぁ、カレン様。ミーシャ様も悪気があったわけではございませんし、カレン様もお疲れでしょうし、お二人とも仲良くいたしましょう♪」

 

「そ、そうですね……」

「レベッカちゃんが言うなら止めときましょう」

 レベッカが仲裁に入ると二人は静かになった。


「……ところで次の目的地って?」

「リーサさんの話では、サクラタウンと言ってましたが」

 エミリアの言葉にカレンさんとミーシャちゃんが頷く。


 次の目的地は二人が冒険者として生活を営んでいる街だ。

 名前からしてもう桜の木とかいっぱい生えてそうな平和そうな場所に見えるけど、もっとも盛況な冒険者ギルドがあるくらいだからそれなりに周りは危険なのかもしれない。


 次の街に向かう間に、その事を聞いてみることにした。


「カレンさんとミーシャさんは元々あっちの冒険者なんだよね。どういう所なの?」


「綺麗な街ですよー。ボクにとってはサクラお姉様と運命の出会いを果たした場所でもあります!!」

 ミーシャちゃんは興奮した様子でキラキラした目を輝かせて言った。その様子を見てカレンさんが引いたような表情をしている。

 それを聞いて、レベッカが微笑んだ。


「ミーシャ様はよほどサクラ様の事をお慕いしているのでございますね」

「はい! サクラお姉様はボクのヒーローなのです!!

 ……ああ、目を閉じればあの時と同じような光景が目に浮かんできます……。目の前には恐るべき魔物、傷だらけになりながらボクは逃げ惑い、そして絶望の中で出会ったのです……」


 そこでミーシャちゃんは一旦区切る。


「そこに颯爽と現れたのが、当時駆け出しだったサクラお姉様でした!

 サクラお姉様は遠くから弓の一撃で魔物の眉間を寸分違わぬ位置に直撃させて仕留め、クールに去っていきました……!!」


 街がどんな場所かを聞きたかったのに、

 何故かサクラちゃんとの馴れ初めを語り出したミーシャちゃんだった。


「サクラちゃんのイメージとちょっと違うような」

 ミーシャちゃんの話を聞いたボクの素直な感想だ。あの子ならクールに去ったりせずに怪我して無いかお節介をしてくれるか励ましてくれそう。


「そうですね。というかあの子は弓なんて使えたんですね」

 ボク達と一緒に戦ってる時、サクラちゃんが弓を使ってたのは見たことが無い。

 魔法による遠距離攻撃か、双剣による攻撃が大半だ。


「……実はミーシャの妄想だったり?」

 カレンさんはちょっと疑わしい目でミーシャちゃんを見ている。


「しっ、失礼な!! カレンさんはお姉様から話を聞いているのではないですか!?」

「聞いてはいるけどね……」

 カレンさんは少し意地悪そうに笑う。


「アリスちゃんとはどういう経緯で知り合ったの? ミーシャちゃん」

「アリスさんとは、ボクが冒険者ギルドで依頼を受けようとしているときに助けてくれたんです。

 その時に偶然にもサクラお姉様が居合わせまして、それ以降三人でパーティを組むようになりました」

「へー」

 ボク達もレベッカとそんな経緯でパーティを組むことを決めたんだっけ。


「それで、カレンさんとは? サクラちゃん繋がりなんだろうけど」

 ボクがその事を聞いた瞬間、カレンさんが突然立ち上がった。


「あー、私、今すぐ平原を全力走りたくなってきたわ! ちょっと行ってくるわね!!」


「え、カレンさん!?」「カレンお嬢様!?」

 ボク達が止める間もなく、カレンさんは窓から馬車を飛び出して、馬車より先に走って行った。

 一応、凶悪な魔物が生息する地域なんだけど……。


「どうしたんだろう、カレンさん」

「カレンさんにしては妙に不自然だったわね」


 姉さんの意見だけど、ボクも同意だ。

 どうも、ボクがミーシャちゃんに聞いた質問が原因のように思えるけど。


「……ミーシャちゃん、もしかして初対面でカレンさんと何かあったの?」

「……えーっと」

 ミーシャちゃんは汗をダラダラ流しながら、滅茶苦茶小さな声で言った。


「……初対面でカレンさんに投げ飛ばされました」

 どういう状況だよ。


「ち、違うんです!! その日、ボクが初めて魔物を討伐出来てそれが嬉しかったのでみんなで祝ってくれたんですが、その時についお酒をいっぱい飲んでベロベロに酔ってしまったせいで、ボクがサクラお姉様に○○○なことを――」


「も、もういいから……!」

 ミーシャちゃんは顔を真っ赤にしてとんでもないことを口走る。

 伏せ文字に関してはあえて言及しないけど、どうやらそれを見ていたカレンさんを怒らせてしまったらしい。


 むしろサクラちゃんに嫌われなかったのだろうか。


「ご、ごめんなさい、ボクつい興奮を……」


「よくサクラちゃんに怒られなかったね」


「そのあと、1週間くらい近づかないでと笑顔で言われました」


「それでよく済んだわね……」


 一緒に聞いていた姉さんも唖然とした表情をしていた。

 伏せておくけど、ミーシャちゃんがやったことはまぁまぁ最低である。ミーシャちゃんが女の子で無ければ、捕まったうえで社会的に死んでただろう。


「それで、その後カレンさんに『今度やったら殺す』と脅されたので、それ以降カレンさんが苦手で……」


「うん、それ完全に自業自得だからね」

 カレンさんが馬車から出て行った理由、多分だけど分かった。

 ミーシャちゃんに対してカレンさんが結構辛辣な態度を取ってたから、ボクらに嫌われるんじゃないかと思って逃げたんだろう。全面的にミーシャちゃんが悪いから気にすることないんだけどね。


 むしろこれで許すサクラちゃんが一番凄い。


「ミーシャ様……最低です」

「うぐっ!」

 遠巻きに聞いていたレベッカがミーシャちゃんに軽蔑の視線を向けていた。エミリアはミーシャちゃんが完全にアウェーになりつつあるのを察して、流れを変えるようにボク達に言った。


「その辺にしときましょう。ミーシャさんも反省はしてるんですよね?」


「も、もちろんです! サクラお姉様の事は大好きですけど、今は直接手を出したりは絶対にしません!!

 というか、仮に手を出そうとするとサクラお姉様に絶対敵わないので、一瞬で動きを拘束され制圧されてしまいますし、直接話さない時は、距離を取って遠くから覗いて……いえ、見守っています」

 ストーカーじゃん。


「それってどれくらい前の話なの?」

「ええっと……もう半年くらいは経ってますね。今ではサクラお姉様もすっかり許してくれていますが、カレンさんとは今でもギスギスしています……」


「そっか」

 ボク達は顔を見合わせる。

 この様子だと二人が仲良くなるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。


 それから、しばらく馬車を走らせているとカレンさんが戻ってきた。


「おかえりなさいませ、カレンお嬢様」

 リーサさんが馬車を一旦止めて、カレンさんを迎え入れた。


「ただいまリーサ。話は終わった?」

「おかえりー。やっぱりミーシャちゃんの話が理由で出て行ったんだね」

 ボクの言葉に、カレンさんは苦笑しながら言った。


「ちょっと走りたくなっただけよ。それより早く先に向かいましょ。サクラタウンまではまだ半日くらいは掛かるわよ。このままだと着くのは明日の早朝になっちゃうわ」

 そう言って、カレンさんはボクの隣に腰掛けて座った。


「では、改めて出発します」

 リーサさんは、そう言いながら手綱を振って馬車を再び走らせた。


 既に日は暮れている。

 この調子だと近隣に泊まる場所が無ければ野宿だろう。


「……」

「……」

 カレンさんが戻ってミーシャちゃんはバツが悪そうに黙り込んでしまった。

 一方、カレンさんの方は表情は普段通りだが、ミーシャちゃんの方に視線を決して合わさない。


 これは……うーん……。

 カレンさんはサクラちゃんを大事に想ってるから、当時ミーシャちゃんに辛く当たったのだと思う。ミーシャちゃんも、自分が悪いのを理解してるから何も言えないでいる。

 とはいえ、当事者であるサクラちゃんが許している以上、カレンさんも許してあげてもいいと思うんだけどな……。


 ボクは、隣に座っていたカレンさんの指を軽く握る。

 するとカレンさんがこちらを見て、可愛らしく首を傾けた。


「どうしたの?」

「……カレンさん、怒ってる?」

 周りに聞こえない小さな声でボクは問いかけた。周りからすると、ボクの方がカレンさんに寄りかかって甘えているような感じになる。


 カレンさんは少し考えて、

 一瞬だけミーシャちゃんを見てこちらに視線を戻して言った。


「……怒ってないわよ?」

「本当?」


「本当よ。あの子も反省してるみたいだし、サクラももう気にしてないもの」

 カレンさんは、ミーシャちゃんに視線を向ける事なく答えた。


「でも、あんまり話そうとしないよね」

「それは……お互いどう話せばいいのか分かんないのよ。

 心配しなくても大丈夫よ。あの子が私を怖がってても、別にあの子をどうこうするとかないから」


「……なら、良いけどさ」

 ボクがそう言うと、カレンさんは微笑みを浮かべてボクの頭を撫でてくれた。


「……最近カレンさんに頭撫でられてることが多いよね」

「今のレイ君女の子だもの。以前より多少気安い関係でも問題ないでしょ?」

「そうなのかな……」

 ボクは首を傾げつつも納得する事にした。


「大体、レイ君だって最近はずっとこんな感じじゃない」

「だってカレンさん優しいもん」

 寄りかかってるボクの腕を優しく撫でる。


「むむむ……」

 さっきからボクとカレンさんを交互に見ながら姉さんが唸っている。

 いつまでもスルーするのはちょっと可哀想なので、ボクの方から声を掛けてみた。


「どうしたの? ……いや、大体分かるけど」

「最近、お姉ちゃんよりカレンさんと仲良くすること多くない?」

 その言葉に、ボクとカレンさんが顔を見合わせてから言った。


「気のせいだよ」「普通ですよ」

「嘘よっ!! レイくん、前はお姉ちゃんにベッタリだったのに、最近はカレンさんに甘えてることの方が多い!!」


 そう言われると、ちょっと否定できない……。


「……もしかして、レイくん。カレンさんの事も好きだったり?」

「……違うよ?」


 ボクは目を逸らしながら答える。

 好きか嫌いかでいえば、前者なのは確かだけど……。


「……そうなんだ」

 カレンさんがボクの言葉を聞いて少し落ち込んだような事を言った。


「いや、違う! カレンさんの事は好きだから、本当!!」

「え、そ、そんなはっきり言われても……」

 カレンさんは少し顔を赤らめて、ボクから目を背けた。


「あ、いやそうじゃなくて……えっと……」

 ボクも慌てて弁明しようとしたのだが、上手い言い回しが思いつかない。

 好きだけど今のは告白とかそういうのではなくて……。


 というか、声が大きくなったせいで馬車にいる全員の注目がボクに集まってしまった。


「レイ……」

「レイ様……」

 よりによってエミリアとレベッカに聞かれてしまった。


「……う」

 ボクは恥ずかしくて何も言えずに俯く。

「……なるほどねー。つまり、三人共好きで、しかも二股かけてると」


 姉さんが挑発的で芝居がかったような冷たい声で言う。

 ちなみに姉さんは笑っている。

 多分、ボクがベタベタし過ぎていることに対しての意地悪だろう。


「あんまりからかわないでよ……」

「ごめんごめん、冗談よ」

 そう言いながらも、姉さんは楽しそうだ。


「レイ君も大変ね……」

 カレンさんが苦笑いしつつ言った。


「うぅ……ひどい……」

「よしよし……」

 カレンと姉さんに頭を撫でられ、そのまま慰められるボクであった。


 そんなボクらを横目で見ながら、

 エミリアとレベッカが何かを話し合っていた。

 ヒソヒソ話をしているため、こちらには声は聞こえていない。


「……レベッカ、どう思います?」

「仲が良いのは宜しいことだと思うのですが……。最近のレイ様、ちょっと以前と変わっておられますね」

「やっぱりそう思いますか」

「はい。距離感が近いというよりも、異性としての遠慮や照れが薄くなっているように思われます。もしかしたら、わたくし達が思うよりも事態は切迫しているのかも……」

「……ですね」

 早急な対応が必要かもしれない。

 エミリアはそう思った。


 結局その日は野宿をして、次の日のお昼頃に目的のサクラタウンに到着した。

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