第289話 思い残していた事

「あの、レイさん。今から帰るんじゃないんですか?」

 大人しく付いてきていたミーシャちゃんは、

 帰り道と違う場所を進んでいることに疑問を感じてボクに質問をする。


「うん、ちょっとした用事かな」

 本来なら真っすぐ、移送転移魔法陣に帰るつもりだったんだけど少し予定が変わった。とある用事でボク達は森の中を散策することになった。


 少し悪いけど、ミーシャちゃんにも同行してもらっている。


「レイくん、多分この辺りだよ。嫌な気配がまだ少し残ってる」

「わかった」


 姉さんに言われて、ボク達は立ち止まる。

 ボク達が立ち止まった付近には、黒い瘴気のような煙と魔法陣がいくつか地面や木々に黒い線で描かれていた。魔力自体は随分と前に消失しているようだ。


 結界が既に一度破られて時間が経っているからか土埃で汚れている。


「これが元凶、だったのかな?」

「おそらく……」

 ボクの言葉に、レベッカが頷く。


 以前この森で魔王軍の施した結界内に閉じ込められたことがあった。その時は敵の親玉を倒したことで結界が解除されて事なき終えたのだけど、痕跡そのものは残ったままだった。


「カレンさん、この結界がなんだったのか分かる?」

 ボクは消えかかってる黒い結界を近くから観察してるカレンさんに質問した。


「複数の魔法の効果を混ぜ合わせて作られた特殊な結界ね。

 一つは反結界と呼ばれるもの。特定の魔法に対して効果を無効化するものね」


 反結界によって封じ込まれていたのは、大まかに二種類。

 迷宮脱出魔法ターンエスケープと言われる、ダンジョンの深部から一瞬で地上に帰還する転移魔法。それ以外にも転移する魔法は全て封じられている。


 もう一つは幻覚などを無効化する類の魔法全般だ。

 以前、姉さんが使用した目覚め偽りよ消えよの魔法で幻覚を完全に解除できなかったのはこれが理由だったのだろう。


「それと、もう一つだけ<幻の世界>って言われるものね。

 かなり高位……というか<失伝魔法>の類よ。効果範囲は、この森一帯……効果は幻覚を見せて正気を奪う効果ね。こんな悪質な結界を使うなんて、犯人は性格がネジ曲がってるわ」


「……なるほど」

 つまり、この二つの魔法を組み合わせて、森から誰かを閉じ込める仕掛けだったという事か。


「おそらく敵の狙いは――」「しっ」

 エミリアが言い掛けた言葉を、ボクはエミリアの口に手を当てて制する。ここにはミーシャちゃんがいる。ジンガさんが危ない目に巻き込まれたことを伝えたくない。


「あの、皆さん。これは結局何なんでしょう?」

 ミーシャちゃんの疑問に、カレンさんが答える。


「……ま、何処かの悪い魔法使いのちょっとした悪戯ね。私達が悪用されないように解除するから安心なさい」


 カレンさんはボクの意図を察してか、

 本当の事を伝えずにウィンクしながら明るく言った。


「???」

 ミーシャちゃんはよく分かっていないようだったが、

 それでも少し安心したようだった。


「どうやって解除するの? お姉ちゃんの魔法でも完全には無理よ」

「大丈夫ですよ、ベルフラウさん。今回は私と、レイ君で上手くやるつもりだから」

「ボクも?」


 自分の名前が出たことで、キョトンとする。

 自慢じゃないけど、こういう類の魔法はさっぱり分からない。

 力になれるとは思えないんだけど。


「そうよ、私の所持する聖剣と、レイ君が今回手に入れた聖剣の力を借りるの」

「聖剣の?」


「聖剣の魔力を利用した魔法ってのも開発されてるのよ」

「そんな魔法もあるんだ……」

 カレンさんは鞘から聖剣を抜いて、地面に突き立てる。


「レイ君、こっちに来て同じようにして?」

「わかった」

 ボクはカレンさんの隣に立ち、同じように地面に剣を突き立てる。


「それじゃあ、今度は聖剣に向かって魔力発動スタートして」

「うん」

 ボクとカレンさんはお互いに自身の聖剣に魔力を流し込む。

 すると、聖剣に嵌め込まれていた魔法石が輝き出す。



『なになに? 何が起こるの?』

 ボク達の様子を面白そうに見ていたカエデが言った。


「カエデ様、お静かに」

 レベッカは、口に指を当ててカエデに声を抑えるようにジェスチャーを行う。


「多分すぐ分かりますよ。まぁ私達はゆっくり見ていましょう」

 エミリアは、何が起こるのか大体想像が付いているようだ。


「じゃあレイ君、私が今から詠唱文を言葉にするから、同じように言葉にしてね」


「うん」

 ボクは素直に返事をする。

 カレンさんは詠唱を開始した。


「我が手に握る聖なる剣よ。その光を示せ―――」

「わ、我が手に握る、聖なる剣よ。その光を示せ―――」


 カレンさんの詠唱を復唱するようにボクは続ける。

 ボク達二人の身体から光が溢れ出し、その光が聖剣に流れ込む。そして、聖剣から地面に光が流れていき、その光が地面を伝い円陣を形成していく。


「聖剣に導かれし光の輝きよ。理に従い、世界をあるがままに――」

「聖剣に導かれし光の輝きよ。理に従い、世界をあるがままに――」


 カレンさんの言葉に合わせるようにボクは唱える。

 次第にボク達の周囲に光の粒子のようなものが漂いだす。光の粒子はボク達、そして森の中全域を漂い始め、幻想的な光景を作り出す。


「我らは願う、理を超えた更なる先の道しるべに進むことを――」

「我らは願う、理を超えた更なる先の道しるべに進むことを――」


 そして、最後にボクとカレンさんは声を揃えて魔法を発動させる。


「「――<万象流転>」」


 最後の言葉を言い終えると、周囲を漂っていた光の粒子が輝きを増していく。

 やがて、聖剣を中心に巨大な魔法陣が形成され、黒い結界はその魔法陣へ吸収されるように消えていき、光の粒子が弾けた。


 それと同時に周囲の景色が元に戻り、森に残っていた邪悪な残滓が消えていく。

 同時に、森に住まう魔獣や魔物達が光の粒子を浴びたことで浄化され、森は本当の意味で静寂を取り戻した。


「……終わった?」

「うん、終わったわ。……お疲れ様、レイ君」

 カレンさんは、突き立てた聖剣を拾い上げ鞘に収める。

 ボクの剣もカレンさんに拾われて渡される。


「二人ともお疲れ様です」

「綺麗な光景だったわ。あれならもうこの森も大丈夫でしょうね」


 エミリアと姉さんは労ってくれた。

 ボクとカレンさんはお互いの顔を見て笑い合う。


『ねぇ、二人とも。結局、<万象流転>ってどういう魔法だったの?』

「うわっ」


 空を飛び回って周囲を観察していたカエデが降りてきて、ボクの背中の上に掴まる。カエデの質問にカレンさんがこう答えた。


「この世にあるものは絶え間なく変化を遂げていき留まらない。

 この魔法は不可能を可能にすることではなく、世界をより正しい流れへ戻す……といえば分かるかしら」


『???』

「???」

 ボクも聞いてて全然分からない。


『よく分からないけど凄そうだね』

 カエデのその言葉にカレンさんは苦笑する。


「簡単に言えば本来あるべき形へ戻す魔法ってこと。

 今回でやったことは張られていた結界を無効化し、その影響化にあった魔物を取り除いたの。

 もうこの森は安全よ。ジンガさんも安心して森を歩けるようになると思うわ」


『そっかぁ……確かに、魔物が殆ど居なくなったもんね』

 カエデは納得した様子だ。


「さてと、それじゃあ帰ろう」

「そうですね。彼女達も先に向かっていますし、私達も行かないと」

「では、参りましょうか」

 こうして、ボク達はこの森で起こった出来事に終止符を打つことが出来た。

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